8話 『それで蓮はいつまで私にまたがっているのかしら?』
「……どうぞ。入っても構わない」
俺は動揺することなく答えた……つもりである。
別にやましいことなど何もない。何もしていない。
ただただ妹のマッサージをしていただけだ。またがってハリのあるお尻の上付近、つまり腰の張りを揉んでいただけだ。
ハリのあるお尻ではなく、張りのある腰を揉んでいたのだ。兄妹同士なら普通の行動をしていただけだ。……していただけだ。
~~していただけ、って言い訳にしか聞こえないのは果たして俺だけか?
「入っても構わないって……私の、に?」
……お前は少し黙ってろ。
そんな哀の言葉は真下から聞こえるので、栗花落さんの疑惑に満ちた表情はますます強固なものとなっていく。
「……妙に兄妹で仲良くない?」
「そんなことはない」「ありがとうございます」
栗花落さんの疑念を纏った質問に対し、俺たちは同時に回答した。
……今の問いに「ありがとうございます」はおかしくないか、哀。いや、兄妹で仲が良いことを褒められることは正しいのか。高校生にもなると、幼いころと受け取り方が変わるってことか……。成長とは感慨深いものである。
でも今回の栗花落さんの質問の意図は、ただただ懐疑である。
「哀ちゃんって……もしかしてブラコン?」
「いえ違います。蓮がシスコンのようですが」
――俺のせいにしやがったな、コイツ。多少兄妹仲が良いことは認めるが、その要因は俺ではないはずだ。
妹が嫌わない限り、兄ってのは妹を嫌いになったりしないものだ。
「そっ、そんなことより栗花落さん。いきなりどうしたの? 昼休みはいつもあまり来ないのに。ていうか、いつから見てた……?」
「『蓮。エア・コンディショナーつけてもいいかしら?』のところから……」
「――それ、一番最初のシーンだから!」
「えっ、そうなの? 哀ちゃんが最近よくこの台詞言うから言ってみただけなんだけど」
「そっ、そうだよね」
「蓮。エア・コンディショナーつけてもいいかしら?」
「あぁ……ってさっき自分でつけたろ。今、快適温度だ」
「でも暑いのよ。さっき、あんなことやこんなことしたからよ。火照った身体を冷やしてくれるのは、そうエア・コンディショナーだけよ」
……何? エアコンのCMなの?
もぉ~、栗花落さんがめっちゃ見てくるんですけど。ガン見なんですけど。
「マッサージで、が抜けているぞっ、コイツ~」
で、の部分を強調し、哀の額を人差し指で軽く押す。本当ならば、人差し指を人刺し指にしてやりたい気持ちだ。
だってこっちは、栗花落さんの視線が冷たく突き刺さっているのだ。さっきまで快適温度だったはずの生徒会室がやけに寒い。
「ふ~ん、マッサージだったんだね。マッサージしたら身体暖かくなるもんね~」
ふぅー、なんとか乗り切ったか。
「……て、言うと思ってるの?」
「ですよね……」
今、乗り切れる体勢でないのは自分でよく分かっている。
俺の現在地、仰向けの哀の引き締まった腹部のちょい下付近、分かりやすく言えば体位は騎乗バキューン(効果音)。
最初は哀もうつ伏せで太もも付近をまたがっていただけなのだが、わちゃわちゃゴソゴソ、キャッキャッしていたらいつの間にか今の体位……じゃなくて体勢になっていた。
「さっき『揉んでやろうか、その豊満な胸』と言われました。私は今抵抗している最中です」
「……そうなの? 天羽くん」
「断じて違う……」
否定はしたが、今も当然哀の言葉は真下から聞こえる。
コイツは俺の存在を栗花落さんの中でどうしたいんだよ……。確かに揉んでやろうかって言った。言いました。けれども……
「豊満とは断じて言ってない」
「天羽くん、問題点はそこじゃないよ?」
「そうだったかしら? 叫んでいたじゃない? 私のこの二つの山に向かって」
そう言うと哀は、膨らみのない平らな胸を突き出してくる。
「やまびこみたいに言うな。登らねーよ、そこに山はないから。むしろ谷しかねーよ」
「えっ? 谷間しかないって?」
「お前も難聴か?」
「難聴主人公ブチ殺すわよ」
「難聴やったのお前だよ……」
「ねぇ、そこの天羽兄妹……。二人ともおかしくない?」
……だよね? そうなるよね? もっともなご指摘だよね。この体勢だもんね。
「肩を揉んでいたんだよ……最初は」
「うん、それで?」
「それで次は腰揉みになって」
「うん、それでそれで」
「だったら哀が……」
――って、何この先生に問い詰められている小学生感。
俺そんな悪いことしたか? 友達からポケ〇ン奪ったか?
「ごめんなさい、栗花落先輩。蓮はシスコンなだけなんです。蓮……」
哀は栗花落さんに謝罪とフォロー? を入れた後、目線を上げ俺の方に視線を移す。
「これからするときは二人っきりのときだけ、だものね?」
フォローありがとな哀……んなワケあるかぁ! 悪化してるから、状況が悪化してるから! 絶対ワザとだろ、コイツ……
栗花落さんの中で俺の尊厳が砕け散っていく音がした……そんな気がする。
……仕方がない。ならば俺のマッサージの腕で分かってもらうしかない、とお気楽思考の安直バカに俺はなりたい……
「……栗花落さんも揉んであげようか?」
「……わたしのも揉むの?」
「断じて違う……」
なんで赤面しながら胸を隠しているんだよ。
否定はしたが、今も哀の言葉は下から聞こえる……
「それで蓮はいつまで私にまたがっているのかしら?」
「1話丸々またがったままって、この作品ちょっと尖り過ぎじゃないかしら? 騎乗フゴフゴ」
効果音を使わなくてはいけなくなるので、哀の口を手で押さえる。
「マッサージしてくれた兄にお礼は?」
「ありがとう。またがらせてくれた私にお礼は?」
「なんでだよ! あっ、ブックマークしてくださった方々ありがとうございます。特に二名様の感想と三名様の評価、とても嬉しかったです」
「どこを向いてお礼を言っているの? 私はこっちよ」
「お前もあっちに向けてお礼しておけ」
「何があるっていうのよ? あっ、あれがパソコン、スマホ越しの視線に目が合うカメラなのね」
「そんな設定はない」




