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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
レギュラーへの道
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第7話 魔球炸裂

 整列と礼を終え、それぞれのベンチへと散っていく高校球児。航大たちも一年チームのベンチに戻る。


「意外と大きいな、このグラウンド」


 チームメイトの宮崎みやざき亮平りょうへいがつぶやいた。


 ここは、なんと野球部専用グラウンドだ。一軍が主に使っており、地方球場並の大きさくらいあるのではないかという噂が立つ程。おまけに電光掲示板も設置されている。どこにそれほどのお金をかける余裕があったのかは疑問だ。



 アナウンスが入る。


『1回の表、1年生チームの攻撃は1番、ライト鍵谷くん』


 鍵谷が左バッターボックスに入る。


「なあ、航大。鍵谷ってどんな選手なんだ?」


 宮崎が航大に尋ねる。


「足の速い左バッター。両親はともに陸上界では結構有名人だ」


「り、陸上? 野球じゃなくて?」


 宮崎はガクッとした。


「水原先生が初心者を1番打者に起用するわけないだろ。あいつはこう見えて北近畿シニアのレギュラーだったやつだ」


 三年前、とても足の速いある中学生がいた。一年ながら短距離で中学生の日本新記録を出して全国優勝。早くも対等に勝負できる選手がいないことで退屈していた彼を航大は野球に誘ったのだ。


「まあ、足で勝負するスタイルは今も昔も変わらない。よく見ておけよ」


 航大と宮崎はグラウンドに視線を向ける。


 二年生チームの先発は日野。春季大会と同じく、今日も制球に苦しんでいる。


 右投げのサイドハンド。常にクイックモーションで投球しているが。フォームも崩れている。


 カウントはすでに二ボール。日野は三球目を投じた。


 投球と同時に鍵谷はバントの構え。意表をついたセーフティバントだ。


 コツンと音がしてボールが三塁方向に転がる。


 予想していなかったのか、捕球にワンテンポの遅れが出る。一塁に送球するが、鍵谷はすでに到達していた。


「は、はええ。なんて足だ」


「これで塁にランナーが出た。この試合、足を絡めて1点を取るのは案外簡単かもしれないな」

 一塁ランナーとなった鍵谷はプレッシャーをかける。一塁ベースから結構離れ、普通の人なら帰塁できないのではないかと思われるところまでリードを取る。


「あれはさすがにやりすぎだろ。牽制されたら確実にアウトだ」


 度を越したリードの取り方に対して、宮崎は苦笑する。


「いや、わからんぞ」


 航大は言った。


 日野は一塁に牽制を送った。乱調とは程遠い鋭く正確な送球だ。

 アウトに見えなくもないが、間一髪セーフ。


「あぶねえな」


 二番打者、今西はバントの構えを取る。日野は構わず投球する。と、同時に鍵谷が走り出す。


 ボールがバットに当たり、今度は一塁方向に転がる。ボールの勢いは弱くピタリと止まり捕手が捕球する。二塁に目線を向けるが、間に合わないと判断すると一塁に送球した。


 塁審からアウトがコールされ、一死二塁。


「今のはなぜバントしたんだ? サインミスか?」


「相手の捕手が並なら盗塁でよかったんだけどね」


 水原先生は言う。日下部は普通の捕手ではない。万が一でも鍵谷がアウトになったら先制点を挙げるのが厳しくなる。次の打者が三番であることも踏まえて無理にはいかなかったのだろう。


「さーて。3番の青木くんね。まあ1点は堅いでしょう。見せてもらうわよ、1年生の実力を」



「おい」


 日下部はタイムをかけ、日野に詰め寄る


「ああ? タイムなんかいらねえって。さっさと持ち場に戻れ」

「そうはいかない。俺のサインを無視して勝手にピンチを作ったのはどこのどいつだ」


 日野は自身の失態を突かれてしゅんとするのかと思いきや、さらに強気な態度をとる。


「ははっ。たまたま打たれただけだ。心配要らねえよ。1年ごときに俺がポコスカ打たれるわけねえんだよ」


「サインくらい守れ」


「へいへい」


 渋々従う素振りを見せた、が本心は逆だ。


(お前のリードがなくても1年くらい抑えられる! なめるなよ)


 日野は低めに投げろ、という日下部のサインを無視し適当なコースに投げた。

 甘いコースだ。青木はためらうことなくバットを出す。


(馬鹿野郎! サインを守れと言っただろうが!)


 日下部の心の声も虚しく、強烈な打球が左中間に飛ぶ。


 二塁ランナーの鍵谷は余裕でホームベースを踏む。先制点は一年生チームだ。

 打った青木は二塁に到達。


 打たれた日野は信じられないような顔をしているが、日下部にとっては当然の結果だった。日野に対しての怒りが込み上げてくる。


 四番打者、中村が左打席に立つ。この打者だけは危険だ。日下部は中村のことを知っているが故に勝負を避けるようにミットを外角よりさらに遠く構える。


 ちょうど1塁は空いている。歩かせてもいいだろうと、日下部は考えた。


 だが、日野はまたしても無視。


「ははっ、そう簡単に何度もラッキーが起こるかよ!」


 甘い球とはいえ、130は出ているだろう。並の打者なら振り遅れることもあるだろうが、中村は違う。


 カーンという強烈な金属音とともに打球は日野の頭上をあっという間に通り過ぎ、そのままバックスクリーンに突き刺さる。


 スコアボードに「3」の文字が入る。日野は舌打ちし、マウンドの土をならす。


 その態度が気に食わない日下部。頭にきてマウンドに行き、日野の胸ぐらをつかんだ。


「お前、まじめにやらないならマウンドから降りろ!」

「はあ? 何言ってんだよ」


 状況が分かっていないのか。チームをまた敗北に導こうとする日野への怒りはさらに増す。


「これは俺たちのレギュラーをかけた試合なんだ。俺のリード通り落ち着いて投げてくれりゃ3点も取られることなんてなかったんだぞ!」


「だからそれはマ――」


「現実を見ろ!」


 それは今までの声よりも大きく、グラウンドに響き渡るほどだった。


「1年だろうが、2年だろうがすごい奴はすごい。嫌でもこの試合で思い知るだろう。俺は中村に勝てず、お前は大村はおろか、相手の先発投手にも及ばないってことをな」

「な、何だと?」


 日下部はふうと息を吐き、日野に向かってこう言った。


「大事なのはそれを正面から受け止めて自分はどうあるべきか、どう戦うかを考えることだ。今のお前には無理かもしれんが、自分の下はいないと考えれば少なくとも相手をなめることはなくなってマシな投球ができるはずさ」


 日下部はキャッチャーボックスへと戻る。日野の目つきが変わった。


 五番、高井川が右打席に入る。身長180センチですさまじい迫力。高校一年生には見えない。


(確かにパワーはありそうだが、際どいコースに投げられたら打てるのか?)

 

 日下部は、低めのストレートを要求。そのサインに対し、首を縦に振る日野。

 日野はサイドハンドからストレートを投じた。

 高井川は初球を強振するも、空振り。思わず「あれ?」と、声を漏らす。


(打撃そのものは粗い、か。なら甘いコースと見せかけて……)


 2球目。ボールは真ん中に来た。


「甘いぜ、先輩!」


 しかし、打球はジャストミートではなく、ボテボテのゴロ。投げたのはストレートではなくツーシーム。日野がボールを拾って一塁に送球し二死。打ち損じた高井川は、悔しがっていた。


「いいぞ、征治!」


 日下部は笑顔で言った。日野をこのアウトでより勢いに乗らせるためだ。

 六番の不知火しらぬいは日野の速球に手が出ず、三球三振。

 スリーアウトとなり、攻守交代。日野と日下部を待ち構えていたのは鬼の形相の日野監督である。


「馬鹿野郎! 初回から三点も取られやがって。特に日下部! お前がもっとしっかりとリードしてやってたら無失点だったはずだ」


「いや、それは俺が……」


「征治は黙っていろ」


 はあ、とため息をつき、日野監督は言った。


「……とにかくだ。これ以上の失点は何としても防げ。いいな!」

 


 叱られた後、日野監督とは離れてベンチに座る日野、日下部。


「俺が打たれたとき、いつも叱られてたのはお前だったな。すまん」


 申し訳なさそうに、日野は声を細める。


「何言ってんだよ、今更。もう慣れたよ」


「俺は今まで何も考えず、自分が中心になることだけしか頭になかった。俺のせいで害を受けるやつのことなんて考えたこともなかった」


 それを聞いてふっ、と日下部は笑い、言った。


「まあお前がそれに気づいただけでもこの試合の意味はあった。で、3点ビハインドを背負った俺たちだが、どうする?」


 日野に迷いはない。


「ひっくり返すに決まってるだろ。自分のミスは自分で取り返すしかねえからな」



 突然一人のチームメイトが声をあげた。


「おい、相手の先発、大村じゃないぞ!」


 メンバー表を確認する。スタメンに航大の名前はなく、その名はベンチメンバーに記載されていた。代わりにマウンドにいるのは猿渡。


「猿渡? 誰だそりゃ」


「シニアはおろか、軟式の公式試合にも出場経験なし、か。予想外のピッチャーをもってきたな」


 二年生チームのベンチはざわめく。




「さて、点も取ったし猿渡くんはのびのびと投げれるわね」


 水原先生は言う。


「まあ大丈夫ですよ。中村のリードがあればそうは打たれませんよ」


 航大は言った。それほど航大は中村を認めているということだ。


 宮崎はただ、マウンドを見つめた。そこには数か月前までサッカーのユニフォームを着ていた猿渡。左打席に立つ一番打者の東と対峙する。

 その初球。猿渡は振りかぶって投げた。



「むっ」

 投じられたのはカーブだ。外角低めに決まりワンストライク。

 ストレートを狙っていたのか、東は見逃す。東はストレートには強い。速球であってもクリーンヒットにする実力がある。


「初球カーブ、いい入りだ。ストレートに強い東さんだが、変化球に弱いからな」


 ベンチで航大が言う。東は航大がいた北近畿シニア時代の先輩。弱点を知っているのは当然だろう。


「さて、2球目はどうする? カーブを続けるか、それとも――」


 猿渡は二球目を投げた。またもカーブ。今度は一球目よりも大きく曲がり、内角低めいっぱいに決まる。


 先ほどとは逆に自分の方に向かってくる球に東は手が出ず、見逃した。これで2ストライク。


 二年生チームのベンチからはまたどよめきが起こる。


「相手は二種類のカーブに驚いているだろうが、それだけじゃない。まだ、もうひとつあるからな」


 三球目、猿渡は振りかぶって投げた。


(また、さっきのカーブか。だが高い。ボールになる!)


 ボールになると思われたそのボールに信じられないことが起こった。

 ボールは垂直に落ち、ストライクゾーンの低めギリギリを通過したのだ。


「な、何だと!」


 東は一球も振ることなく三球三振。見慣れない第三のカーブを誰もが魔球と呼んだ。


 ふっ、と航大は不敵に笑う。


「この試合、もらったな」


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