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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
レギュラーへの道
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第6話 決戦へ

「じゃあ、次は俺の番だな」

 

 そう言って航大は中村のミットめがけて腕を振りぬいた。



 あと一週間に迫った紅白戦。


 猿渡と航大はブルペンで捕手を座らせて、投げ込みをしていた。


「何だ、この球は。一打席勝負したあの日とは全く別物じゃないか」


「結構、仕上がってるだろ?」


 そんな風にさらっと言える球ではないことは、捕球した中村が一番よくわかっていた。

 130、いや下手すれば140km/h近くは出ているだろう。


「まさに中学の頃の球そのものじゃないか。よくここまで投げられるようになったな!」


「ああ。右投げのときの感覚にだいぶ近い感じで投げられている気がする」


 その様子を見て猿渡が言った。


「ぼ、僕も負けませんよ。あと一週間、少しでもレベルアップしたいですから!」


「その意気だ、猿渡。紅白戦の先発は頼んだぞ」


 しばらくして投げ込みを終えた航大と猿渡はランニングのメニューを行う。

 中村が一人になったのを見て京子が声をかける。


「ちょっといい?」



「航大のことか。あいつのことで何か聞きたいことでもあるのか?」


「一つ質問だけど、航大くんが昔左投げだったことって知ってる?」


「は? そんな馬鹿な。あいつの左投げは高校からじゃないのか?」


 中村は驚きを隠せない。


「東京のリトルで野球をやっていたころは今のような左投げだったのよ。私があんなドジなことをしなければ……」



 京子は中村に自分が知っている過去を話した。中村は自分の知らなかった航大の過去に驚く。


「へえ、そうか。お前と航大はその時からの……ね。ライバルであり、強い絆で結ばれてるんだな」


 中村は続けた。


「にしてもあいつが自分の身を犠牲にしてお前を守るなんてな」


「それから高校になるまで航大くんは右投げだったのよね」


 中村は少し考えて言った。


「ああ。俺の知る限りは中二までそうだった。あいつが辞めるまで……な」


「私、思うの。大けがをしても航大君は野球を辞めなかった。中学の途中で野球をやめたのは怪我が原因って言うけど、本当は違うよね?」


 少しの沈黙のあと、中村は言った。


「航大には黙ってろって言われてたが、実はな……」


 京子は知ってしまった。航大が野球を辞めた本当の理由わけを。



 重い空気になってしまった場に長い沈黙が流れる。


「すまんな、紅白戦前にこんな話して」


「いいの。私も知りたかったし」


 中村の申し訳無さそうにしている顔を見て、京子は笑ってみせた。

 彼女の笑みに顔を赤らめる中村。首を何度も横に振り、冷静になる。


「航大のやつを支えてやってくれ。あいつにはお前が必要だ。俺にはどうすることもできなかったが、山川なら」


「ええ、任せて。というか言われなくてもそうするつもりよ。なんたって私と航大くんは強い絆で結ばれているんだから」


 京子は堂々として言った。


「……もしかして、付き合ってるの? お前ら」


「うーん。告白はしたけど、返事待ち、みたいな状況かな」


 あはは、と京子は笑うが中村は苦笑い。


「まあ、あいつらしいな」


「ところで試合はどうなの? 勝てるの?」


 京子は聞く。


「勝てるさ。こっちはほとんど手の内を見せていない。逆に、二年生は春季大会で大体の実力は知れている」


 二年生が練習の偵察に来ている可能性も否定できないが、先発投手を隠して練習してきて今更持ち球を知ったところで、すぐには対策を立てられない。


 色々と話してだいぶ時間が経ったような気がする。


「ふう。今日のメニューはこれで終わりだ」


 走り終えた航大が京子と中村の方へとやってくる。


「猿渡は?」

「あそこ」


 指差す先には、息を切らして寝転ぶ猿渡の姿があった。まるで、水揚げされたようなマグロだ。


「どんなペースで走ってたんだ……。途中から姿が見えなかったが」


 中村は呆れた口調で言った。


「ペースはともかく、軽く5キロくらいは走ってたか。まあこれくらいのメニューはこなしてもらわないとな」


「あと一週間。怪我でもしてくれたら投げるやつがいないから困る。そこまで無理する必要はないぞ」


「わかってる」


 気づけばもう夕方。片付けを済ませ、集合がかかる。


「いやーごめんねえ。先生も結構忙しいもので練習に出る出るって言いながらなかなか出れなくてー」


 水原先生である。おかげでだいぶ自由な形で練習を行えている。それで怪我や喧嘩がないのは幸いだ。


「さて、一週間後の紅白戦。みんなの様子を見てオーダーを組んでみたんだけど、とりあえず発表しまーす」


 沈黙が生まれる。ここで選ばれるメンバーは、紅白戦勝利後のレギュラーになるのだ。


「一番ライト、鍵谷。二番セカンド、今西。三番センター、青木。四番キャッチャー、中村……」

 スタメンの名前が呼ばれる。中村の名前が呼ばれた。


「……八番サード、倉田、九番ピッチャー、猿渡。次はベンチメンバーね」


 ベンチメンバーには航大を含め数人が名前を呼ばれた。一部の部員は落胆していた。おそらくベンチメンバーにも選ばれなかった部員だろう。


「選ばれた人は選ばれなかった人の思いを背負って、精一杯プレーしてほしいと思います。本日は以上です。お疲れ様でした」


 ベンチ入り、スタメン入りして喜ぶ者。ベンチメンバーにも選ばれず嘆く者。

 運命の日は、すぐそこに迫っていた。


 

「おはよう」


 声が聞こえる。航大は布団をはねのけ、上体を起こした。


「また、鍵してないでしょ」


 京子が目の前にいることから察した。また勝手に家に入って来たようだ。


「不法侵入だぞ」

「起こしに来てあげたのに、ひどい」


 もちろん、頼んだ覚えはない。


「来るのが早いぞ」


 そばに置いてある時計に目をやる。時刻は7時。日付は運命の日を指していた。


「航大くん、わかってると思うけど練習着で来ちゃダメだからね」

「お前も私服で学校に行くなよ」


 京子は自分の来ている服を見て気づいたようで、慌てて部屋を飛び出した。

 京子が消えたのを見て航大は、はねのけた布団を戻して再び目を閉じる。寝ているつもりではないのだが、意識が再び遠のく。

 が、さっき聞いたあの声がまた聞こえた。


「二度寝しないの! 大事な試合に遅れるわけにはいかないでしょ!」


 布団を剥ぎ取られ、起きるしかなくなった航大はパジャマを着替えることにした。


「いよいよだね」


「ああ。楽しみだよ」


「頑張ってね、航大くん」


「先発は俺じゃないが、まあ頑張るさ」


 そう言って航大は部屋を出る。少しして普段着に着替えた航大は朝食を用意する。

 それを眺めていた京子の腹が、盛大に鳴る。


「朝食、食ってないんだろ?」


 航大の問いに京子はうなずく。倒れられても困ると思った航大は京子の分も用意する。


「あ、ありがと」


 京子の頬を赤く染める。


「この間の晩飯のお返しだ」


 こうして航大は京子と一緒に朝食を取ったあと、準備をしてグラウンドへと向かった。



 航大と京子は紅白戦を行うグラウンドに着く。試合前のアップを済ませ、集合がかかる。


「さあ、みんな。練習でやって来たことを生かして頑張ろう!」


 水原監督が声をかけ、円陣を組む。


「集合!」


 主審が声をかけ二年生チームと一年生チームが整列する。


「礼!」


 両チームが礼をする。ついに試合の幕が開く。


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