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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
夏の大会編3 You can (not) climb to the top.
52/64

第51話 俺たちのこれから

「……よし!」

 頬を軽く叩いて気合を入れる。

 一人の少女が制服姿である人を待っていた。時刻は昼前の十一時。

 少女はある人影を見つけると手を振った。

 少年が言葉を発する。

「何だ、早いな」

「航大くんが遅いんだよーもう!」

 航大と京子。二人は準決勝の相手の視察のため、コウシエンに来ていた。

「時間通りに来たからいいじゃねぇか」 

「そういうとこだよ! 本当に……。さ、早く行こ?」

「お、おい! 引っ張るなって!」



 龍山学院は三回戦に続き準々決勝も勝ち、全国ベスト四になった。

 今日は試合がなく、観戦日。試合は一日の休止期間を経て、準決勝が行われる。

 準々決勝以降はくじ引きで対戦相手が決まる。

 昨日に行われた試合では龍山学院、次試合の勝者はそれぞれ別の対戦相手と試合をすることになった。つまり今日の試合で龍山学院の準決勝の相手が決まるというわけだ。

「とりあえず座るか。その辺にでも」

「そうね」

 座席はすんなりと確保できた。注目が集まる試合は次。あくまでこの試合は準々決勝とはいえ前座である。

 試合はすでに始まっていた。第一試合はそれほど目をみはるようなことをする必要がなく、見るべきところもあまり無かった。

 第一試合で対戦している両校は古豪ではあるが久々の全国大会。前評判はあまり良くなく、これといった決定打はなくとも勝ち進んできた。


 いずれも次戦を意識しているのか、エースを温存している。負ければ終わりの高校野球において、作戦としては何も間違ってはいない。ただ、見ている側からすれば迫力に欠ける。どちらかといえばエースのぶつかり合いを観客は見たくなる。

 互いのエースを温存した第一試合は帝城高校が勝った。ロースコアではあったが、全体で見ればいい試合だった。それ以上に言う言葉は見つからないのだが。


「さて、いよいよか」

 航大が観たい本命。今大会の優勝候補、明王第一高校の試合が始まる。


 明王第一の試合を観る航大。京子は航大の様子を気づかれない程度に覗き込む。

 航大の顔は真剣な眼差しでグラウンドを見つめている。きゅっとまっすぐに締まった唇も鋭い目も昔の彼とは変わったことを示していた。

(顔つきは大人に近づいてるみたいでカッコ良さが増している気がする)

 それだけではない。彼は強くなった。かつて野球から離れるほどショックを受けたが、立ち直り全国を勝ち上がり、頂点を掴むのも夢ではないほど力をつけた。

 順調に力を発揮していけばプロ、メジャーも夢ではない。だが……。

(航大くんは遠い人になってしまうのかな?)

 色んな考えが思い浮かぶ。

 やはり自分は彼と離れたくないんだ、と。京子は感じた。

 隣の手を握る。

「な、なんだ?」

「なんとなく?」

「何で疑問形……?」

 二人の時間。今だけはそう簡単に過ぎ去ってほしくない。



 明王第一は後攻。エースの代々木がマウンドに上がる。彼の投球を二人は観察する。

「この人って……」

「お前も知らないわけじゃないだろ? リトルの時に対戦経験あったと思うが」

 京子は顎に手を当て、グラウンド、代々木が投げている方をじっと見ている。

「変わったね、あの人」

「ん?」

「前はもっと相手を見下してる印象だったけど、なんか違う。違った意味で怖い……かも」

 当時の荒々しさは影を潜めて、爽やかな表情が目を引く。  

 投球も昔の力任せな投げっぷりに別れを告げ、速球と変化球を混ぜたスタイルになった。

 豪から柔への転換に成功した代々木には相手打線はまったくと言っていいほど打てない。被安打一とほぼ完璧な内容である。

 試合は中盤に差し掛かろうとしていた。


 展開は一方的だった。ここまで勝ち上がって来た相手とはそれほど実力差はないはずだが、明王第一が得点を重ねていく。

「不思議よね、それほど強打者ってわけでもないのにポンポンと点が入る」

 明王第一の野球は基本に忠実。打つ、捕る、投げる。どの選手も手本になりそうなほど動きが自然で上手い。

「派手さはない。だが、このチームは全員が野球の達人なんだ」

 全国常連校で今年の優勝筆頭とまで言われていたのもうなずける。この選手をマークすれば……といった戦略が通じないほど、選手全員の意思統一がはかられ、事前で違和感のない動きがチーム全体に浸透している。

「この野球を崩して得点を奪うのは至難の業だ。次の試合は間違いなく一点勝負になる」

 京子は何も言い返さず、予想を語る航大をじっと見る。

 それに気づいたのか、航大が京子に向かって言う。

「……俺の顔になにか付いてる?」

「え、あ、いや何も! 何もないよ?!」

 ただ顔を眺めていたとは言いづらく、何とかして誤魔化そうとする京子。幸いにも、彼はそれ以上追及はして来なかった。



 試合が終わった。結果はやはり明王第一の圧勝だった。

「予想通り……かぁ。相手もよく頑張ってたけどね」

「両者ともに強豪校。だけど当たり前のことを当たり前にできるチームは強い。相手はそれができなかった。いやさせてもらえなかったというのが正しいか」

 航大は唸る。対策は一日の休養期間があっても思いつきそうにない。

「代々木もレベルアップしている。速球中心だったスタイルから手元で曲がる変化球を混ぜていた。……厳しい戦いになりそうだ」

「そうだね」

 偵察を兼ねた試合観戦を終え、ホテルへの帰り道。二人は電車に乗る。

 電車は八両編成で人一人が通れるスペースを挟んで二人掛けの椅子が横一列に二つずつ並んでいる。

「でもね、龍山学院の皆も力をつけてきた。試合はやってみなくちゃわかんないでしょ?」

「まあ、そうだな」

 電車に揺れる二つの影。日が傾き、窓から夕焼けの日差しが眩しい。

「ここまで、長かったな」

「えっ?」

「全国優勝は中学時代のメンバーを持ってしても不可能だった。場所こそ違えど、野球の頂点を狙う機会を再び得るまでニ年。野球そのものを諦めた時期もあった」

 航大の話に頷く京子。

「他人を嫌いになることもあった。他人の思いを素直に受け取れない。それは今も昔も変わらないかもしれない」

 でも、と航大は言って間を置く。日が沈んでいく窓の外。日差しが和らぐ風景が見えるなか、二人は顔を合わせる。

「それでも……京子にまた会えたことは、本当に良かったと思ってる。ありがとう」

「何それ」

 京子は急にかしこまった航大がおかしく、笑っている。

「こういうのは言わないとな、とは考えていた。言える時期を逃したらきっと後悔するだろうと思ってな」

 そう言って目線を逸らす。

「私も、言わないといけないことがあるんだ」

 京子は真剣な眼差しで航大を見る。

(今だ。今しかない。今言うんだ!)

 ずっと溜め込んでいた気持ちを、言葉にする。

「私は大村航大のことが、大好きです。私と付き合ってください!」


 空いているとはいえ、電車内で告白とは。大胆だなとは思ったが、そういうことではない。

 航大は京子のことをずっと保留にしてきた。考えないようにしてきた。そのことに答えを出さねばならない。今まで先延ばしにしていたことと航大は向き合う。

(この日が来たか……)

 関係を壊さないように。そう考えて友達以上恋人未満の関係を続けてきた。それが航大にとっては心地が良かった。余計なことを考えず、野球に集中できるからだ。だがそんな猶予期間も終わる。

 航大にとって京子とはどんな存在なのか。

 初めて会ったときは敵、ライバル。そこから交流を深め、友達以上の関係になった。

 彼女を庇って負傷したときから、京子の航大に対する反応は以前と変わっていた。その頃からただの友達というような間柄では無くなっていたのかもしれない。

 薄々航大は気づいていたかもしれない。でも、見ないふりをした。知らないふりをした。

 航大と京子は一度別れるとき、また会う約束をした。ガキの頃の約束など忘れてしまうだろう。航大はそう思っていた。

 だが、京子は違った。関東の実家から離れて関西に一人で住むほど、航大との約束を大切にした。これは簡単なことではない。周囲へ何度も説得しただろう。

 そこまでして、彼女はすでに彼と共に歩くことを決めていたのだろう。彼女は航大にまた会いに来た。東京で築いてきたであろう他の友との絆より航大を選んだ。

 そんな彼女の覚悟と想いを受け止め、止めていた時間を動かさねばならない。

 だが、何を言えば良いか。航大は迷った。

 回りくどくなく、自分からかけ離れないような言葉を選ぶのは難しい。

 ……できれば現状維持でいたかった。きっとその関係は永遠に続くものじゃない。いつかは終わりが来る。やはり前に踏み出せない。そんな自分自身がいることを航大は悔しく思う。

(俺は怖いのか……失うことが)

 答えは百かゼロかしかない。現状維持にはもう戻れない。

(俺は京子のことが好きなのか……? ずっと好きでいられるのか? こいつの想いに答えられるのか?)

 そんな考えが色々と浮かび、頭を混乱させる。

(俺はそんなにできた人間じゃない。だが、京子は野球をしていない俺でも見捨てたりはしなかった。きっと野球をしているいないに関わらず、大村航大という人間が好きなんだ)

 互いに外面だけを見ているような薄っぺらい関係じゃない。そこには確かな絆がある。

 航大は手をぎゅっと握る。

(一度、二度。山あり谷ありの経験をしてきた。俺と共にいるということは、京子を巻き込んでしまうということだ。それでも良いというのなら……)

 航大は口を開く。不器用でいい。言葉足らずでもいい。

(言え! 新たな一歩を、今踏み出せ!)

 今の精一杯を言葉に変える。

「俺で良ければ喜んで。こちらこそ、よろしく頼む」

 回りくどい言葉なんて要らない。彼らしくも不器用で、言葉足らずで。それでも言葉にのせて、京子に届ける。

 京子は満面の笑みを見せる。思いは通じたのだ。

「大好き!!」

 京子が今までの想いを爆発させたか、航大に抱きつく。

「お、おい……」

 京子の行動は航大を困惑させた。逆に京子は満更でもない様子である。

「だって、もう我慢しなくていいってことでしょ? だから私はこうするの」

 ぎゅっと抱きしめ、京子は航大から離れようとしない。

(前に進まない、進めない俺を……ずっと待っていてくれたんだな。ありがとう)

 航大も京子を抱きしめる。二人が抱き合う形になり、航大はふと人目を気にする。幸い人は少なく、座席の関係で航大達が何をしているかは見えない。

「えへへ。航大くんってあったかい……」

「お前もな」

 沈むゆく夕日が、抱き合ったままの二人を照らす。

 二人が出会って五年。航大と京子の関係はようやく恋人同士になった。

 二人は願う。

 これから一緒に過ごす時間が長くなりますように、と。

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