第50話 明かされる秘密
二回戦が終わった翌日。航大と中村は監督に呼ばれた。
航大が監督の部屋のドアをノックする。
「開いてるから入っていいよ!」
監督の声が聞こえたので、航大はドアを開けた。
「失礼します」
航大と中村は部屋に入る。前日のトラブルの光景が頭に浮かんでくる。
監督は睡眠薬と思わしきものが入ったとされる水を飲んでしまい、出発直前の時間まで爆睡。これは二回戦で起きたトラブルの始まりに過ぎず、航大と中村は監督とともにバスに置いていかれ、主力の一年生たちは電車の事故による足止めを余儀なくされた。
おそらく今日呼ばれたのは昨日のトラブルの件だろう。と思っていたが、その渦中には縁が薄い日野と日下部の姿もあった。彼らも監督に呼ばれていたのは何か理由があるのだろうか。航大は思った。
「とりあえず、座って」
「はい。ところで、なぜ日野さんと日下部さんが?」
航大が尋ねると、日下部が口を開いた。
「対戦することになるお前や中村には耳に入れておいたほうがいいと思ってな。昨日のこととは別件で」
航大は別件で思い当たることなどない。難しい顔をしていると、水原監督が話を切り出した。
「さて、揃ったことだし。まずは簡単に昨日のことから。進展があったし報告しとかないと、と思って」
「報告……ですか?」
中村も難しい顔をしている。高野先生は野球部の部長を解任。近日中に聞き取り調査があるという話があったような気がするが、もう何かつかめたのだろうか。
「高野先生が自己都合により退職したわ。退職が社会的責任を果たした、これ以上の追及は無用。と理事長からの命令が来たわ」
「な、辞めたからお咎めなしって……それはどういうーー」
水原監督ははぁ、と息を吐き、こう続けた。
「上は今回の件、大事にしたくないそうよ。どうやら高野先生のバックにはつつくと面倒な誰かが居るみたいで……根は深そうね。色々高野先生にしてやられた感じがして後味が悪いけど、私たちは次以降の戦いに向けてやっていくしかないわ」
「それで、部長職の後任は?」
「理事長よ。正確には名前を貸すだけということになるみたい」
以上が、二回戦で起きたトラブルについての結末。もはやこれは進展ではなく打ち止め。
なぜ高野先生はあんなことをしたのか。真相は闇の中に葬られた。
「で、ここからが本題。次の対戦相手に気になる選手がいるの」
と話を進めようとしたところで、日下部が手を挙げる。
「ここからは俺が」
日下部が口を開く。次の対戦相手について思うところがあるとのことだが、航大は思い当たることがない。
「航大と中村に質問だ。お前たちがこの野球部に来て五ヶ月。おかしいと思ったことはないか?」
航大はうなり、少し考えて言った。
「いや、ないですね。前監督が息子をえこひいきしてエースナンバーを渡したこと以外には」
「おい」
日野が思わず突っ込みを入れる。事実ではあるが、それでも背番号一を曲がりなりにも背負っていた彼にとって言葉を挟まずにはいられないだろう。
「……それ以外にはない、か。まあ知らないのも無理はない。だが薄々気づいているんじゃないか? うちと他校の違い」
中村は思いついたように手をぽんと叩き言葉を発した。
「そういえば、三年生が居ませんよね。一人も」
その言葉にうなずく日下部。
「でもそれが、うちに三年がいないのと次の対戦相手。何が関係あるって言うんですか?」
「大ありさ。なぜなら相手のエースは、昨年うちでエースナンバーをつけるはずだった人だからさ」
益川光弘。それが次の対戦相手、山陰松江高校三年のエースピッチャーである。
最速140キロ後半の真っすぐに縦横に大きく曲がる変化球を操り打者を打ち取る。コントロールもいい。
航大達は実際の映像をレコーダー付きのテレビで確認する。
「確かにこの人がいたら日野さんはエースナンバー取れないですね。でもなぜうちに居た選手が他校に?」
「表向きは転校という形になっているが、実際は日野前監督が追い出した」
「追い出した……?」
航大が眉のしわを寄せる。その様子を見て話の掴みは十分だと判断したのか、日下部は話を始めた。
「俺たちが一年の時。チームは夏の大会を終え、新チームとなって発足し始めた。そんなある日の練習前、俺と日野は見てしまった」
それは当時の二年生たち複数人が、部室で実際のお金を賭けて賭け事を行っていたという光景だった。
「しかもそれを裏で取り仕切っていたのは当時部長だった高野先生。おとなしく、野球に無関心だった先生の裏の顔を知った俺たちが監督に相談したことで野球部内は大混乱になった」
まさか高野先生がそんな人だったとは。航大達は驚いた。
だが、そんな話は聞いたことがない。そんな重大なことは外に漏れていてもおかしくはない。
「そんな話、初めて聞きました」
「そりゃそうさ。野球部外には広まらないように厳しいかん口令が敷かれ、生徒たちはこのことを漏らさないように常に監視されていたからな」
日野監督は監視の目を強め、自身の息のかかる人間を使い、監視させた。このことが明るみになれば、野球部の活動停止は免れない。息子の映一のマウンド姿を拝むことができなくなるとでも考えたのだろう。
「高野先生と当時の二年生との繋がりは強固なものだった。なら、全て連帯責任として消えてもらおう、と日野前監督は行動に出た」
日野前監督は問題の一部始終が明るみになる前に手を打った。それは当時の二年生部員の排除だった。
「日野前監督はまず賭博に関与している、いない関わらず二年生部員を退部させた。根元を完璧に絶ってチームを再建しようとしたんだ」
だが、二年生部員を全員退部だけでは不十分と判断した日野前監督は、理事長に掛け合い退部した二年生全員を退学にした。
それだけではない。責任者である高野先生を退職に追い込もうとした。
「まあ知っての通り、退職まではいかなかったが、野球部から追い出すことには成功した。この一件から日野前監督は身内以外の他人を信じなくなり、身内である映一をエースとしたチームづくりを推し進めていった」
日野前監督の行動は荒く、バレれば本人だけでなく野球部、学校の存続すら揺らぐ可能性があった。だが、弊害を未然に防いだのは入念な準備あってこそだったのだという。
「日野前監督には多くの知り合いがいる。マスコミやプロ球団の関係者はもちろん、高野連の関係者とも親密な関係を築いていた。当時の事件の後始末だけでなく、龍山学院の監督を辞めてから近畿工業大付属への監督代行就任もそういった人の協力なしでは実現しなかっただろう」
だが、当時の賭博事件の被害者は無関係な野球部員まで連帯責任として退学にさせられたことだ。
なんらかの理由で龍山学院に憧れ、志願して受験して合格し高校生活をスタートさせた半ば。事件に巻き込まれ無関係にも関わらず、退学処分。本人からしてみればたまったもんじゃない。
「その、無関係な人まで処分されたそうですけど……その人たちは?」
「転入先の斡旋という最低限の保障だけして、あとは放置。その後の動向を知る人はいない。たった一人を除いて」
たった一人。そう、現山陰松江高校のエース投手だ。
「益川さん、ですか」
「あの人はシロだった。後輩想いのいい先輩で、俺たちの練習にも付き合ってくれた」
練習前は後輩たちと話をしたり、教室の近くの階段で後輩が来るを待つ。何かとフレンドリーで話しやすい先輩だったという。
「俺らに野球のイロハを教えてくれた。賭博なんてする時間は皆無。周りから見ても絶対あり得ない。だが……」
『俺は違います! 賭博なんてやってません! お願いします、退学を何とかーー』
『しつこいなあ、君は。もう理事会で決まったことだ。去りたまえ』
「あの事件以降、現三年生にあたる野球部員は居なくなり、野球部に近づく者も居なくなった。それでも日野前監督により野球部は存続させることができた。だが、航大達も見た通り競争意識のなくなった集団は監督のいないところで練習をサボり始めた」
そこから航大達が入学してきて……今に至る。
「だいたいわかりました。で、どうしたいと?」
「どうしたいってそりゃ航大、楽しそうに野球やってる俺たちを潰したい連中が他にもいるから気をつけろってことじゃないのか?
」
航大は首を横に振って言った。
「違うね。益川さんが今どう思っているのかはわからないが、もし自分たちへの恨みで野球をやってるなら止めたい。本当は自分たちで決着をつけたいと思っているんじゃないですか。先輩方」
日下部は表情ひとつ変えず航大を見ている。日野は考えを見透かされたのに嫌気がさしたのかそっぽを向く。
「なぜわかった?」
「そりゃ、この映像の益川さんを見れば、ね。鬼のような形相で投げているもんだから」
「昔はこんな感じじゃなかった。普段は後輩に優しい先輩で、マウンドに上がれば表情変えないポーカーフェイス。その二面性が格好良かったが……今のあの人は」
日下部は横に首を振り、下を向く。憧れ、尊敬していた選手の変わりようにショックを受けるのも無理ない。
「監督、二人に次の試合。任せてみてはどうでしょうか?」
航大は監督に
「おい、航大! 先輩らが投げるってことは……」
「別に気にしてないさ。俺は休んでその次の準々決勝以降の試合に向けて余裕をもって準備ができる。むしろ好都合だ」
「お前なぁ……。負けたら終わりなんだぞ」
心配する中村に対し、航大はまんざらでもない様子。
「信じてみようぜ、中村。先輩たちを」
その言葉に反応し、頷いたのは監督だった。
「確かに二回戦で、全員が出場したからコウシエンでの戦い方はだいたい分かったはず。一試合任せてみるのも悪くないわね。控えとはいっても起用次第でレギュラー組には負けず劣らずの力を発揮できる。何より一年長く高校野球に触れているというアドバンテージがあるのだから、ね」
決意は固まった。
二年生たちにも居なくなってしまった三年生に対しての未練があったようだ。
高校野球の頂点にたどり着くためには乗り越えなければならない。
あっという間に試合の日。三回戦、対山陰松江高校。島根県代表が相手だ。相手は二回戦から戦ってきたが、対戦スコアを見る限り無難に勝ち進んできた。
投打ともにバランスのとれたチームという第一印象だ。
日野と日下部は球場入りの前に益川に会った。
「益川さん!」
日野は声をかける。
「ああ、お前らか。元気そうだな」
「……俺らが憎いですか?」
日下部は率直に聞いた。
「ああ、そうさ。本当に憎い。楽しそうに野球をやってるお前らがさあ! 絶対に潰してやる。日野、日下部!」
そう言って先に球場入りする益川。
「益川さん……」
言動から明らかにこちらを恨んでいるのがわかる。ぶつける怒りの矛先を間違えているが、その力がもたらしたのが全国出場。皮肉なものだ。
昨夏の府ベスト八にも貢献していた一人であったが、お世辞にも全国に行けるほどの実力はなかった。
当時と今では全くの別人になったことは映像を見れば理解できる。だが憎しみだけで野球をやっても楽しくない。面白くないだろう。
彼を救うため、かつての後輩たちは立ち上がった。
試合の序盤は山陰松江の確実に得点を重ねる野球で主導権を握る。小技を絡めて得点する戦法は、派手さはないが気がついたら負けていたなんてこともある。失点しても追加点を与えないことがこの試合のポイントになった。
二回戦と同様に龍山学院の先発となった日野は立ち上がりに苦しむも、大崩れすることなく粘りの投球を見せる。
そんな日野の姿に感化されたか、龍山学院の打撃陣も負けじと点を返し、四対三と一点差に迫った。
試合は終盤。一点差のまま、八回だ。日野も疲れが見え始め、球が高めに浮いてきた。
山陰松江はそんな日野の打ち頃の球を逃さず、外野へと飛ばす。連打で二死ながら一、二塁。
「ここまでよう頑張ったな、日野。昔の先輩として労っといたるわ。だがな、勝つのは俺。憎い龍山学院はここで終わる」
「いいえ、終わりません。俺たちの夏はまだ終わらない」
捕手マスクを被る日下部が言う。ここが正念場。この場面を切り抜ければ、まだわからない。
日野は右打席に立つ益川に対して腕を振る。
横手投げから繰り出される横に曲がる変化球、高速スライダー。右対右には効果的だ。益川は当てるだけで精一杯。
日野の高速スライダーは切れ味が紅白戦のときよりも増していた。以前は打者相手に使えるボール程度だったが、全国クラスの打者に通用する球に仕上げてきた。
(ここまで成長していたか。だが………!)
二球目は外角に真っ直ぐ。甘めに入った球は相手にとって絶好球だった。
キーンという金属音とともに凄まじい打球が飛んでいく。だが、その打球はラインの外。ファールだった。
(危なかったが……これで追い込んだ。ビビるなよ、映一)
サインに頷く日野。
(真っ直ぐか? スライダーか? どちらにしても今度はスタンドまで運んでとどめを刺す!)
ぎゅっとバットを握りしめ、日野を睨む益川。狙いを絞らず、来た球を当てに行くつもりのようだ。
(ラストボール。迷いなんてない。お前と一緒につくり上げたこの球。流れを引き寄せるのに相応しい)
投じられた球は曲がる曲がる。
(……負けるか!)
益川も負けじとバットを伸ばす。
だが、その金属から快音は聞かれず、空を切った。
「よっしゃ!」
ベンチからも観客席からも歓声が上がる。益川は下を向いていた。
(負けた? 後輩に、俺が?)
「益川。攻守交代だ」
ランナーコーチについていた控え選手の声が聞こえたが、益川は下を向いたまま。彼は立ち直れずにいた。
(チームを全国に導いた俺が! このチームの柱でエースの俺が! 何故だ……)
「益川!」
大声に驚き、声が聞こえた方角に益川は目を向ける。
「この回を抑えればうちの勝ちだ。頼んだぜ、エース」
その声にただ一言、益川は返す。
「任せておけ」
試合は最終回、九回表。先頭の東は倒れたが、日野と日下部に打順が回る。
(一点。あと一点だ。俺が出れば日下部が何とかしてくれる。延長を戦うことになってもいい。だが、せめて同点にする!)
そのためには塁に出る必要がある。四死球でも振り逃げでもなんでもいい。
どんな形でも塁に出る。日野はそう自分に言い聞かせ、打席に入った。
「さあ、勝負だ。来いよ日野。何度でも打ち取ってやる」
これまで日野は四打席立って無安打。この打席でもヒットを打つのは難しいと思っていた。
初球。速球に振り遅れ、空振り。ストライクカウントが一つ増える。
(映像と本物はやっぱり違うな。わかっていても打てない。さすがはうちのエースになるはずだった人だよ……)
一瞬、諦めるが脳裏にちらついた日野だったが、深く息を吸って吐き出し、その考えを捨てる。
(打てなくても粘る。日下部に繋ぐ。あいつなら、なんとかしてくれる)
二球目。外角に来た真っすぐを見送る。際どい球だったが、判定はボール。
(次あたり、変化球で打ち損じを狙ってくるか……?)
日野は益川を見る。首を横に振る動作にその考えを改めた。
(いや、ここは真っすぐ。益川さん、ここが勝負所と踏んだんだろうな)
益川の投球を昔見ていた日野は試合の終盤で首を横に振り、真っすぐを投じていたことを思い出した。
試合が終わる寸前のところで必ず直球を投げる。本人曰く、自分の一番自信がある球で試合を決めることがこだわりなのだと。
三球目はやはり直球。だが高めに外れ、二ボール。
四球目をなんとかファールで粘り、五球目は外角に外れてフルカウント。
(ラストボールも、直球! ストライクなら打つ!)
益川は第六球を投じる。
力のこもったそのボールに日野は手が出ない。だが。
「ボール、フォアボール!」
ボールは高めに浮きあがりすぎていた。日野は日下部にある耳打ちをしてから一塁へと向かった。
(何とか繋げた……。後は頼むぞ、日下部!)
日野が四球を選び、打席に立つのは日下部。
(二死で俺に回っても同点止まり。映一が塁に出てくれて助かった)
心の中で感謝を述べ、日下部は益川と対峙する。
「ゲッツーでゲームセットだ」
「そう簡単にはいきませんよ」
睨みをきかせる益川に物怖じせずバットを構える日下部。ここまで二年メインで試合を進めてきた龍山学院。
一年は青木と鍵谷が出場したが、今日はそれ以外の選手は出場させない。
過去を知る二年生が、益川と戦って勝つ。ただ勝つだけではダメだという監督の計らいだった。
(初球。真っすぐか、変化球か。どっちだ? 日野の話だと、直球勝負で来るというが……)
俺を信じろ。初球の真っすぐを振り切れ。
日野の耳打ちの内容。打ち損じを狙うなら変化球がセオリーなのだが、日野は真っすぐと言った。
(信じてみるか。日野を)
初球に真っすぐが来ると信じて狙う。
益川は第一球を投じた。
「ストレート!」
スイングに迷いはなく、速球を完璧に捉えた。
打球が舞い上がる。打球の行方を走りながら追いかける日下部。
(行け!!)
あっという間に打球は伸びる。後ろを振り返った益川は無言でその打球の行方を追う。
綺麗な放物線を描き、打球はスタンドへと吸い込まれていった。
「ふっ……」
見事な逆転弾を打たれ益川だったが、彼は笑っていた。その勝負に悔いなしといったような顔だった。
「益川……」
捕手が駆け寄る。
「……相手は知っていたかもな。でも抑える自信はあったから投げた。それだけだ」
「お前の後輩、すごかったな」
捕手からの言葉に益川は当たり前だ、と言ってこう続けた。
「俺が色々教えた二人だ。あれから一年。これくらいやってくれないと教えた甲斐がないってものさ」
九回裏。益川より後ろの打線では、立ち直った日野から連打は望めなかった。
確かに疲労は見えていた。だが、今の彼は昔とは違い守備陣を信頼している。
(以前は日野前監督の影響もあって自分が自分が、と我が強かった。でも、今は打たせてもいいという投球ができている)
味方を信用していないとこうはいかない。仕上げて来た変化球の技術も相まって、終盤でも力を発揮した。
(これで、最後だ!)
金属音は快音ではなく、内野の定位置に力なく、打球を転がす。
セカンドゴロ。最後の打者を打ち取り、試合が終わった。
「益川さん」
試合終了後、益川を見つけた日野と日下部は彼を呼び止めた。
「何だ?」
「俺たちの思い。わかってくれましたか?」
「ああ。成長したな、二人とも」
笑みを浮かべる益川。日野と日下部は互いの顔を見て笑い合う。
「……一つ。心残りがあるとするならば」
益川は言った。彼が願っても叶わなかったその言葉は日野と日下部に深く刻まれた。
「お前たちと同じチームで、最後の夏を終えたかった」
「益川さんは被害者だ。あの人はただ純粋に野球を楽しみたかった。親父は野球部の闇を排除したかった。どっちも悪くない。悪いのは問題行為を起こした当事者」
「そうだな」
三回戦を終えた日野と日下部はホテルに戻り、窓から見える夜景を見ながら話をしていた。
「上級生の部員の全員退学騒動からまた野球に戻って、全国大会まで行ったのはあの人だけだった。それだけ野球が好きだったんだろうな」
今日の試合を二人は振り返る。益川の話題は外せなかった。
「やっぱり野球はやめられないってやつだな。皮肉にも事件がきっかけで打倒龍山学院を目指した益川さんは強くなった。そんなあの人からホームランを打ったんだ。自信持てよ」
「おごるなんとかは……って言うだろ? 勝った俺たちには次がある。次の試合までそんなに日はない。いつでも出られるように準備だけは怠るなよ」
「はいはい、わかったよ」
「作戦は失敗だ。急造品ではあの程度、というわけだ。航大を引きずり出すことも叶わんとは」
二人の影が誰もいないコウシエンのスタンドで会話をしている。ナイターの証明が照らされる中、整備員たちがグラウンドの手入れをする様子を眺めているようだ。
一人は高校生くらい。もう一人は声から察して大人のようだ。
「ま、龍山学院は止められないでしょう。控えにも実力者が居るチームを倒すのは容易ではないですし」
「次は君の番だ。与えた力を有効に使いたまえ、代々木くん」
ふっと笑みを見せた代々木は言った。
「力を使わずとも、勝つのは俺です。航大とはちゃんと勝負して、ケリをつけるつもりですから」




