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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
夏の大会編3 You can (not) climb to the top.
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第49話 追いつけ! 追い越せ!

「……この人が航大の親父さんなのか?」

 球場前に一人立っていた男について、中村が聞いてくる。

「ああ。そうだとも。今は離婚してるから苗字は古村だが」

 男は答える。中村を見て、何か感心した素振りを見せた。

「中村剛志。君が強肩強打の一年生司令塔とは恐れ入った」

 男ーー航大の父と名乗ったその男は中村を褒めているようだ。

「……何か、用か?」

 航大の父は目線を航大へと移す。それ気づき不快な表情を見せる航大。

「冷たいねぇ。まあそれもそうか。俺と航大が直に顔を合わせるのは五年ぶりくらいだもんな。母を捨てて逃げた元夫。お前にはそう映ってもしかたないよな」

 ふぅ、と息を吐いてその男は停車しているマイクロバスを指さす。乗降口から人影が顔を出す。

「手土産だ。今日はそれで勘弁してくれ。会って話す時間は立場上限られてるんでな」

 バスから降りてきたのは、なんと龍山学院のユニフォームを着た選手たち。

「最後に一つだけ。お前のセンスは知らず知らずのうちに他人の恨み辛みを買っている。だが、それ以上にお前を応援する奴らがいることを忘れるな」

 そう言ってぱちんと指を鳴らす。すると、あたりが一瞬真っ白になった。

 視界が戻ったときはすでに航大の父は姿を消していた。



「なんだったんだろうな。あの人は」

 バスから降りて来た龍山学院の主力選手たちもぼやいている。航大の父と名乗る人物の行動の真意は不明。だが、主力選手は助けられたと言ってもいい。

 鍵谷がその後のことを話してくれた。

「電車が停まったとき、もうだめだと思ってな。でも知らないおっさんが助けてくれたんだ。電車の扉こじ開けて、『マイクロバスを用意している。乗れ』ってな。あのおっさん何者だったんだろうな、俺たちついてるぜ」

 航大は何も言わなかった。あそこにいたのは、存在するはずのない人物。生存は絶望的だと言われていた事故から生還したのだろうが、素直に喜べない。

 (あの人は俺の父親だった人。あの世に行ったはずの……な)

 なぜ今まで姿を隠し、今になって姿を見せたのか。航大には理解できなかった。


「さて、色々あったけどこれで全員揃ったわ。乗り込みましょう」

 球場に入る準備を整えた龍山学院の主力選手たちと監督。鍵谷は状況を確認しようとマイクロバス内で聞いた話を整理する。

「さっきのおっさんから話を聞いたんだが、試合は中盤で七対四。三点ビハインドだそうだ」

「あの打線で四点とれたのか……。奇跡だ」

 中村は本音をこぼす。

 お世辞にも打線を繋げそうなのは主将の東と日下部、日野の三名。あとは千里学園の投手に通用する力を持っているとは言い難い。

「とにかく、先輩たちは俺らが来るのを信じて粘っていた。今度はその思いに応える番だ。行こうぜ!」

「「おおっ!!」」



(むう……。三点差になったか。まあいい。まもなく試合も終盤。あと少しで目的はーー)

「邪魔するわ。さんざん好き勝手やっといて、私は関係ありませんなんて言い訳は通用しないわよ!」

「何?! そんな馬鹿な。球場に着くのはもっと先のはず……」

 突然現れた水原監督に戸惑いを隠せない高野先生。その姿に記録員としてベンチ入りしていた京子も驚く。

「水原監督!」

 京子は思わず声を上げた。

「色んな人の助けを借りられたのよ。高野先生のような人望のない人とは違ってね」

 水原監督の言葉に高野先生は唇を噛む。

「頂点を目指す高校球児の純粋な夢を壊そうとしたあなたの罪は重い。何が目的かは知りませんけど、こんなことーー」

「ふん。あなたは何もわかっていない。このまま龍山学院を勝たせてはならない。それがこの世界のためになる」

「世界……?」

 水原監督は斜め上の回答が来たことに眉をひそめる。

 ぞろぞろとベンチに入ってくる航大たち主力組と入れ替わるように、高野先生は言うべきことはすべて言ったかのように出ていこうとする。

「……どこに行くんですか?」

「私の役目は終わりだ。君たちはどうせ負ける。そうなれば私には明るい未来が約束されるのだ」

「いいえ、そうはなりません」

 高野先生の言葉を否定する水原監督。彼女の目からは確かなる意志を感じる。

「私たちは勝ちます。たとえ何点差であろうとも、私は彼らを信じる」

 高野先生はふっ、と笑うだけで何も返すことなく球場を去った。



 攻守交代でベンチにようやく揃う龍山学院の一八名。彼らに監督は謝る。

「本当にごめんなさい! 私がいないばっかりに……」

「監督、まだ試合は終わってません。それよりもあと三点。日野さんに竹田、猿渡。三人がなんとか繋いで追加点を防いでくれたおかげで射程圏内。勝つための指示をお願いします、監督」

 航大は言う。まだ諦めてはいけない、と。

「……そうね。色々と思うことはあるだろうけど、私がいるのはこの球場。やるべきことはただ一つ。勝ちに行くわよ!」

「「おおっ!!」」


 試合は中盤を終えて七対四と三点差は変わらず。七回裏、龍山学院の攻撃。

 一番の東が打席に入る。今の打順で期待できるのは二年生、それも千里学園投手の速球に対応できる実力を持っている三選手だ。

(初球、フルスイング!)

 速球の得意な東にとっては朝飯前。強烈な打球外野が左中間に飛ぶ。長打になり、二塁を陥れる。

「よし、続け!」

 二番高木に代打鍵谷。背番号一桁選手の待ちに待った登場に球場は歓声に包まれる。

 初球は外角低めに外れボール。

(速いな。流石は全国クラス。球速だけなら大阪桐将の多田に負けないくらいだ。だが……)

 大阪桐将という全国常連の姿を見てきた鍵谷にとって千里学園の投手は見劣りしていた。

(ストライク、ボールがはっきりしている。ここは……狙ってみるか)

 二球目も確かに速かった。だが、ど真ん中に投げられた直球は絶好球だった。

 待ってましたとばかりに鍵谷はバットを寝かせ、三塁方向に球を転がす。打球の行方は見ずに走り出す鍵谷。

 コツンと聞こえた金属音。無警戒だった千里学園の守備陣は動揺した。

「セ、セーフティか!」

 投手はとっさのことで反応が遅れ、三塁手に任せる。

 三塁手が捕球体制に入り送球しようとしたが、鍵谷の足はすでに一塁ベースを踏んでいた。

「オールセーフ! チャンスだ!」

 鍵谷の揺さぶりはまだ終わらない。三番日野の初球、鍵谷は走った。

 投球はボール。捕手は投げる素振りを見せるだけで投げない。ここで一塁が空いたがバッテリーは勝負を継続。日野よりも四番に座る日下部が怖いと判断したのだろう。

 無死満塁で四番を迎えるよりはいい。確かにその考えも一理ある。

 だが千里学園は読み違えた。龍山学院側は一発を狙っているわけではない。目先の一点にこだわるという意識で打席に立っていた。

(単に一点取るだけなら外野フライで十分。だが確率を上げるにはライト方向に打って鍵谷も三塁を踏めるようにする)

 日野は細かい打撃は苦手だ。実力は確かにあるが荒削りな部分が目立つ。しかし、この打席は違った。

(球をよく見ればストライク、ボールがはっきりしている。振り回すな。確実に打球を外野に、ライト方向に飛ばすんだ!)

 初球。カウントを取りに来た甘めの直球にタイミングを合わせた。

 打球はふらふらと宙を舞い、狙い通りライト方向に流した。

「落ちた!」

 ここで嬉しい誤算があった。

 外野手の手前で打球がポテンと落ちた。

 日野はそのことを目視で確認すると、オーバーラン気味から一塁ベースに戻る。

 一点を返し、二点差に詰め寄った龍山学院。

 なおも無死一、三塁。三塁には鍵谷。どんな形であれもう一点は固い。鍵谷の足はそれほどの威力をもっている。

「さて、ここでもう一丁揺さぶりますか」

 水原監督はサインを送る。

「頼むわよ、もう一点!」


(……待ってました! 俺の脚の出番だな)

 サインを見た瞬間、鍵谷は笑みを浮かべる。目は常にホームベースを狙っている。その機会が今ここに。逃すわけにはいかない。

 日野が大きめにリードを取る。相手投手がセットポジションを構えて二秒。日野は迷わずスタートを切った。

「ランナースタート!」

「な、何?」

 投手は動揺したが、冷静に二塁へ送球する。

「おい待て! 投げーー」

 捕手の声を遮るように内野手の一人が声を発する。

「三塁ランナー走った!!」

「まずい!」

 鍵谷は二塁に送球された瞬間にスタートを切った。それに気づいた二塁手が捕球後すぐにホームへと送球するが、間に合わない。

「セーフ!」

「よっしゃあ! ついに一点差!」

 龍山学院ベンチは大盛り上がり。最大七点あった点差はもう目と鼻の先。

 日野はアウトにならず、二塁に到達している。

 四番日下部。相手バッテリーが選ぶ選択肢はひとつ。

「敬遠か……。まあ無理もない」

 今日は二安打の日下部。チームで一番相手投手に順応している選手との勝負は避けられて当然だろう。

 日下部は歩かされ、五番の因島いんのしま。だが彼が打席に立つことはない。

『因島くんに代わりまして、中村くん』

 アナウンスが聞こえると龍山学院側からの応援席は沸く。一回戦で攻守ともに活躍した背番号ニの司令塔が打席に入る。

(やっぱり凄いところだ、コウシエン。中学の全国大会とは規模が全然違う。こんなところで戦えるなんて夢のようだ)

 まだ無死で一、二塁。一回戦で活躍したとはいえ中村はまだ一年。一方の相手投手と捕手は三年生だ。

 高校に入学したばかりの一年には負けたくないのだろう。捕手は立ち上がらない。相手バッテリーは勝負を選択した。

(高野先生の策略とはいえ、遅れをとったのは俺たち主力の一年組だ。やられた分はきっちり取り返さないとな!)

 中村はバットを握りしめる。ここで求められるのは、皆がここまで繋いで来たものをきっちり返すことだ。


「打つ!」

 来た球をスタンドに放り込めばいい。腕を動かせば、あとはバットが打球を運んでくれる。

 快音が響いた。綺麗な放物線を描き、打球はライトスタンドへと吸い込まれていった。

『中村、スタンドに打ち込む豪快な逆転三ランホームラン! 龍山学院、ついに逆転!』

 実況も興奮を抑えられない。球場に歓声が沸く。

 打った中村はチームメイトに手荒く迎えられる。これが予選からずっと四番に座り続けていた男の力である。

「見事だ、さすがはうちの四番だな」

「あとは頼むぜ、エース」


 後続を抑え、まだだ、と気を引き締める千里学園。だが、その意志を削ぐようなアナウンスが場内に響く。

『龍山学院、選手の交代をお知らせします。投手、猿渡くんに代わりまして大村くん』

 気持ちを奮い立たせていた相手ベンチは静まり返った。

(なんとわかりやすい反応。完全に意気消沈してやがる)

「アウト残り九つ。でも心配はいらないな」

「ああ」


 航大は相手打線を完璧に抑えていく。

 取り付く島もないとはこのこと。龍山学院が流れを渡さぬまま、最終回。二死ランナー無し。

「まだ千里学園の夏は、こんなところで終わらない!」

 打者はここまで一人で投げてきた千里学園のエース。試合を終盤でひっくり返され、責任を最も感じているのは投手だろう。

 航大は臆することなく、かといって舐めるわけでもなく相手打者に立ち向かう。

(三球で仕留める。それだけだ)

 航大にとっては点差が二点もあれば十分だった。

 初球は真っ直ぐで空振りを奪う。

(球速は一三〇キロ。なのになぜ当たらない……!)

(表情からわかる。この打者も並の部類か)

 航大の速球のからくりに気づけない限り、打球を前に飛ばすことはおろか、バットに当てることも難しい。

 表情を隠さないという甘さ。もうすでに航大は勝ち筋を見つけた。

(直球に手が出ないから変化球狙いだろ。顔でバレバレだ)

 二球目も同じ球。一球目と変わらず打者は空振りする。

(くっ……。次こそは……)

 タイミングが全く合っていない。苦しい表情を浮かべる打者に航大はとどめを刺すべく、腕を振る。

(あなたの最後の夏はこの一球で終わる。さらば、関西の強豪校)

 ラストボール。航大はギアを上げた。打者は大きく振り遅れて尻餅をつき、三振に倒れた。

「ストライク、バッターアウト!」



「ナイスゲーム! 皆よく頑張ってくれた!」

 試合後、ホテルに戻っての夕食。監督が一言述べ、今日の勝利を讃える。

「高野先生だけれど、今日をもって部長を解任となったわ。今日のことについては後日、聞き取り調査が行われる予定よ」

 突然の発表に動揺する選手たち。だが、主力組はなぜこうなったかを理解していた。高野先生が理由はどうあれチームを裏切ったからだ。偶然を装い、チームを危険に晒す人間をチームに置いておくわけにはいかない。大会途中でという実に異例なことだが、妥当な判断だと航大は思った。

「こんなことが二度と起きないように私を含め、各自気を引き締めていきましょう。私からは以上!」

 身内にも潜んでいた見えない敵。チームは警戒をより一層強めるのだった。

 だが、この大会に潜む本当の闇の正体には気づけなかった。



「……そうか。私は負けたのか」

 今日の日程を終え、閑散とするコウシエン。その外で一人の男性が煙草を咥えている。

 男は白い息を吐き出し、空を見上げる。

「実に残念だ。ちょっとやそっとでは運命を変えることはできなかったか」

「そういうことです、高野先生。あなたの運もここまでだ」

 一人の男のつぶやきに反応したのは、球場から出てきた男。航大の父と呼ばれていた男だ。

「君の息子の道を邪魔した罰かい?」

 高野先生は嘲笑う。それに対し、航大の父は表情を変えずに言った。

「それも一理。ですが、それ以前にあなたには後がなかったはず。次失敗すれば消されることくらい想像できた」

「確かにな。だがこの世界はいずれ滅びる運命。それを変えられるなら、と懸けてみただけだ。失敗してしまったがな」

 二人は球場を眺める。年季が入り、赤レンガを覆うツタが球場の歴史を物語る。

「いい眺めだ。野球に興味はないが、この球場は私たちが生まれる前から様々な物語を紡いできた。それもじきに終わるというのなら、悲しいな」

 一〇〇年の歴史を持つ高校野球。ひとつひとつの熱戦がドラマとなり、観ている者に野球の奥深さと面白さを提供している。

「……もう時間のようだ」

 デジタル表示の腕時計が赤く点滅する。表示はちょうどゼロとなり、今日は昨日となった。

「ええ」

 最後に一つだけ、と高野先生は航大の父に問う。

「君は息子を討てるのかね、野球で」

「……もちろん。そのための帝城高校ですから」

 そう返し、航大の父は去っていく。彼の姿が闇に消えるまで、高野先生は見送った。

 再び一人となって、また空を見上げた。

 綺麗な星空が目に映る。

「君と君の息子。茨の道に幸あれ」


 最期を悟った高野先生の身体は崩れ、闇に溶けていく。

 消されなかった煙草が地面に落ちた。 

 そこから煙が絶え間なく上がり、夜がふけるまで闇と混ざり合っていくのだった。

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