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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
レギュラーへの道
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第5話 視察

「二か月後の紅白戦。そのときに先発のマウンドにいるのは、猿渡。お前だ」


「え、それってどういう……」


「あんなことを言われちゃ、頑張らないわけにはいかないでしょ」


 そうつぶやく一人の高校球児。練習着を着ている彼の名は猿渡 隆平りゅうへい

 彼はある人を待っていた。


「よう、早いな」


 航大の登場だ。


「僕はまだまだ下手くそですから。もっと練習して力をつけないと」


「そうか。一軍の選手より意欲があるのはいいことだ」


 あれから一ヶ月が経ち、それぞれが練習を続けていた。


「そろそろ中村とバッテリーを組んで練習してみよう」


「そうですね。試合が近いですからね」


 二人がそう話していると、


「おーい」

 二人が振り返ると、声の主は体操着に身を包んだ京子だ。背が高くてスタイルがよく、まるでモデルのようだ。その姿を見た猿渡は固まっている。


「あなたが猿渡くんね。マネージャーの山川 京子です」


「いつからマネージャーになったんだよ」


 航大は露骨に嫌そうな顔をする。めったにお目にかかれない美人を相手に平然とする航大に、猿渡は唖然としている。


「先週からよ。練習に来てないからわからないのよ。そろそろ来たら?」


 航大は少し考え、口を開いた。


「そうだな。明日から猿渡と一緒に練習に参加させてもらう。ところで一軍の動きはどうだ?」


「それがね……」



 月曜日の放課後。航大と京子は一軍のグラウンドを遠くから観察していた。


 しているようでしていない、最悪の練習だった。


 監督がいないことをいいことにベンチで寝る者や、菓子を食う者。練習中でその光景はありえないものだった。


 逆にノック練習をする者たちの姿。だが彼らも真剣にやっているかと言えばそうではない。少し頑張れば捕れるボールも取るふりを見せてスルー。


「何メモってんだ」


「紅白戦のときに役に立つかもしれないでしょ。見た感じ要注意なのは二人ね」


 ノックを打つこのチームの主将、東 幹彦みきひこ。ストレートに強く、長打を多く放つ安打製造機。中学時代は有名校のスカウトと何度か話をしたことがあるそうだ。

 一人は彼として、もう一人は誰なのだろうか。


「一人は東さんだとして、もう一人はエースの日野さんか?」


「そんなわけないでしょ。あれを見てよ」


 京子が指さした先にはマウンド。投球練習をしているのは日野だった。

 コントロールが悪く、捕手が構えたところをはるか上にボールがそれている。なんとか捕手が取っているが、まともなコースにボールが来る気配がない。


「確かに日野さんは球にスピードがなくもない。それよりもあのひどいコントロール。あれと監督の采配が合わさって最悪の結果を見事に醸し出しているっていうのを複数の人から聞いたわ」


 一呼吸置いて京子は続ける。


「それよりもあの捕手の人を見て。でたらめなコースにばかりボールが来るのに嫌な顔一つせず捕っている。あの人は確か……」


 日下部。確かそうだった。あの人とは中学時代に対戦している。


「なるほど。あの人は要注意だな」

「何かわかったの?」

「なんとなく。さあ、練習に戻るぞ」


 そう言って航大と京子は二軍のグラウンドへと行く。

(何も言うまい。まさかシニア日本一を経験した司令塔がうちにいるなんてこと。言えるわけない。でも、なんであんな人がうちにいるんだ?)


「結構メモ書いてたよな。さすがは元野球選手」


「それ、止めてよ。私の野球はシニアで終わったんだから。それよりも私、中村くんから聞いてびっくりしたよ。シニアでは右投げだったって。やっぱりあの怪我が……?」


「そうだな。影響は予想してたよりも良くなかった」


 そう航大が言うと京子は悲しい顔をして言った。


「やっぱり私のせいだよね。あの時私がもっと気を付けていれば」

「何度も言うけどお前が気にすることはない。庇わずに引っ張っていたら俺もどんくさい怪我なんかしてなかった。それに、すべて過ぎたことだ」


 航大はそう言って涙を浮かべる京子の頭をなでる。京子はコクリと小さくうなずくのだった。



 二軍の練習グラウンドにて。航大は一軍の状況をチームメイトに話した。

 それがまた彼らの闘争心に火をつけた。より一層、真剣さが増しているようにも見える。

 練習再開後、中村が近寄りこう言った。


「なあ航大。お前が見つけてきた二番手だが……。あれは何だ? 変化球カーブしか投げられないのかよ。まあコントロールに問題はないけどよ……」


 はぁ、とため息をついたのは航大のほうだ。


「何だ、そんなことか。確かにやつの変化球はカーブだけ。だが、三種類あることは知らなかっただろ」

「な、何だと?!」



「こ、これは驚いた」


 改めて猿渡と投球練習する中村。三種類のカーブ。どれも制球力は完璧だ。


「これを一ヶ月で仕上げたのか。まるで大村に匹敵するセンスだな」

「これで十分だ。あとはスタミナだ」


 中村は気になることがあった。


「まさかお前、紅白戦はこいつ一人に任せるとか、言うんじゃないだろうな?」

「バカ言え。野球経験ほぼゼロの素人だった奴が短期間で二年生相手に完封はおろか完投なんてできやしねえよ。俺だって出るさ」


 二人が話している間に京子が割って入る。


「楽しみだね、紅白戦」

「ああ。とりあえず二番手投手は確保だな」


 夕暮れが三人の長い影を黒く照らす。



堀口ほりぐちさん、何です?」

「よう、辰也たつや。日下部から連絡が来てよ。一か月後紅白戦やるんだってさ」


 時間は同じくして、とある野球部の部室。


「そうなんですか。先輩の雄姿、観に行きたいですねえ」

「にしても日下部の奴、なんで推薦のあったうちを蹴って龍山学院なんか。桐将に来なかったことを後悔させてやろうと思ってたのに、去年の夏はあと少しで負けやがって」


 辰也と呼ばれた部員が堀口をなだめて言う。


「まあいいじゃないですか。それに悪いですけど今先輩が来てもポジション奪えないですしね」

「全くだ。あの孤独な司令塔なんかにうちの居場所なんてあるものか。大阪では最強とうたわれた大阪桐将を蹴ったバカの実力をじっくりと見物してやる」


 夕暮れに吹く新たな風。それはそよ風か、嵐のような突風か。

 運命の紅白戦まで、あと一ヶ月。


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