第47話 全国デビュー
決勝戦の後から全国大会の抽選会まで、時間はかからなかった。
主将の東がくじを引くのだが、ここで彼はとんでもない運を発揮する。
「……大阪代表、龍山学院。一日目の第一試合」
ああ、と頭を抑える部員たち。
「……なぜ頭を抱える?」
「お前、開幕試合を引いてどうする?! 入場行進して、すぐ試合して負けたら……」
日野は東に必死に説明する。それに対し、なーんだとでも言うような表情で誇る東。
「負けねえよ。俺たちはあの全国出場間違いなしと言われた大阪桐将を倒してここに居るんだ。それに今まで負けた選手たちの思いまで背負っているんだ。そう簡単に敗退したら申し訳が立たないだろう?」
「簡単に言うのな。実際に試合に出るのはお前よりレギュラーの一年衆だということを忘れてるだろ。俺たちはあくまでサブだ」
そんな話の言い合いをしている中、司会から次の高校が引いたくじの結果が発表される。
「埼玉代表、春風工業。一日目の第一試合」
龍山学院の初戦の相手は埼玉の春風工業高校。二〇年前の出場以来の全国大会ということで、経験としてはあまりない。いきなり全国屈指の強豪に当たらなくてよかったとホッとする反面、航大は気になっていた。
(春風工業。決勝まで失点ゼロ。得点力は低そうだが、守備はかなりいい。守り勝つタイプのチームか)
守り勝つ野球。簡単に言うがとても難しい。
相手の攻撃をかわし続け、一瞬の隙をついて得点を奪い、最後まで失点を許さず守り切る。
これが一般的な守り勝つ野球といわれるが、相当な守備力、投手力があってこそ成立する。
(見たところ、投手はそんなに大した事なさそうに見えるんだけどな)
「高知代表、明王第一高校。三日目の第四試合」
主将らしき人物が自席へと戻っていく。航大がそちらに視線を移すと、代々木の姿もあった。小学校当時、背は確かに高かったが今は見違えるほど成長している。
(多田も代々木も何食ったらそんなにでかくなるんだか……。)
彼らと比べて背が高くない航大は少し息を吐く。
結局のところ、代々木とのケリはおろか、そもそも面と向かって勝負したことがないまま彼はチームを離れた。
そんな彼と当たるとすれば、順当に勝ち上がっても準々決勝以降だ。
今は勝ち上がるしかない。目の前の勝負に集中するべきだ。と、航大は決意を新たに前に進む。
龍山学院の初戦の相手が決まった。時間は限られている。
試合は一週間後。それは長いようで短い。気がつけば、すぐ土日が来てしまう。
夏休みの期間中だから練習時間もそれなりに長くなる。だが、あっという間だ。
あっという間なのだ。
「さて、明日のオーダーを発表するわ」
水原監督によって読み上げられる明日の先発。
オーダーは予選決勝とほとんど変更はない。故障で出場回避していた今西がスタメンに復帰したくらい。
「明日は我慢比べになるかもしれない。相手の春風工業は守備がいいからね」
でも、と監督は続ける。
「でも、これまでやってきたことを信じれば、必ずいい結果は出る。まずは初戦。しっかり取りに行くよ!」
「「おおっ!!」」
「お母さん、珍しいね。野球観に行きたいって」
「……航大の今の姿。ちゃんとこの目に焼き付けないと。予選の時は仕事で観に行けなかったから」
千夏と一緒に居るのは航大の母、洋子。二人は龍山学院側の応援席に座っていた。
理々香は高校の夏期講習とは名ばかりの授業があるらしく、この場に来ることができなかった。進学校なので仕方ないのだが。
「航大とは中学以来、会ってないんだっけ?」
洋子はうなずく。
「テレビで活躍は観てたわ。でも、今は試合に集中してほしいし……」
「そっか。まあ、そのうち空いた時間ができるよ。あっ、そろそろ試合が始まるみたい!」
両チームが整列し、礼をする。
『お待たせいたしました。第一試合。龍山学院高校対春風工業高校の試合。まもなく開始でございます』
コウシエンに夏がやって来た。
「……いよいよね」
「うん」
サイレンが鳴り響く。航大は足を踏み出し、第一球を投じた。
「声、かけなくて正解だったかもね……」
試合終了後。洋子は千夏に言った。
「かもね。今日の結果は……」
場合によっては最後の試合になるかも、と洋子は心配していた。
そのモヤモヤを吹き飛ばすどころか、おそらく今日のスポーツ特集で話題に上がること間違いなしのレベルだった。
なぜなら、航大はまたもデビュー戦でやってしまったのだ。ノーヒットノーランを。
『試合終了!! ノーヒットノーラン達成!! なんと史上初! 開幕試合でノーヒットノーランです!!』
実況は興奮してその様子を伝えている。
「凄い試合だったな」
中村は航大と泊まっているホテルに戻り今日の試合の録画を観ていた。
部屋は二人で一部屋。
「まあ語る必要はないだろ」
そう言って航大は早くも映像を飛ばそうとする。
「ちょっと待った。ほらここ。俺が映ってる」
そう言って中村が指差したのは、航大が投球している映像だ。
「俺は後ろ向き。だが、マスク越しとはいえ、すぐ顔が映ってるもんな。嫌でも映るわ」
気がつけば一番誰が試合中継中に映っていたかを数え始めていた二人。本来やるべきことは違うのだが。
「俺たち、何するんだったっけ」
「今日の投球の振り返り」
航大が冷静に返す。それに対し中村は、そうだったな、と本来の目的を思い出す。
「今日の投球。振り返るところなんかあるか?」
「ニ回、最終回の四球かな」
この試合に守備側でケチをつけることなどほぼない。それくらい航大は完璧だった。四球の場面は二回とも相手に粘られた。球数を使って抑えるより四球という選択も致し方ない場面であった。
「俺はそうは思わなかったが……」
「あれで少し球場の雰囲気がおかしくなっていた。全国に限らず、流れというものはふとしたことで変わる。その微妙な変化を逃さないことだ」
点差もそれほどなく、連打を浴びれば……という展開になりかねなかった。と航大は言う。
「……気にし過ぎなんじゃね?」
「大量点差ならともかく、今日のような試合は一点が遠くなりがちだ。そこでビシッと三人で抑えて流れを切る。それがエースの仕事さ」
エースとしての自覚。一番の重み。どのチームもそれを感じていることだろう。そのエース同士のぶつかり合いも観ている側からすると心踊る展開なのだろうが。
「じゃ、次は攻撃の場面な」
この試合、観るべき所はまだある。攻撃面では課題が残った。
「相手の守備は本当に堅かったよな」
堅守の春工と呼ばれたその腕は確かだった。
ゴロは抜かせない。フライやライナーはがっちりキャッチ。ヒットが出ても連打は出にくかった。
「もうホームラン頼みだったよな、打線は」
「でも青木、中村は完全に警戒されてまともに勝負してくれなかったよな」
大きかったのは倉田の一発。投手もまさかという顔をしていた。彼なりに努力を重ねていたのは知っている。本来なら五番で使ってもいいくらい打撃は苦手がない。
だが、監督は予選と同じくあえて倉田を八番で起用し続ける。監督いわく下位だから、と相手を油断させる効果と打線を繋ぐ効果があるとのこと。その作戦が効いた形となった。
「にしても倉田のやつ、あれだけ苦労した先制点をあっさり取るとは何者だよ」
「曲者、だな」
そう言う航大に上手いこと言うなあ、と感心している中村。
場面が切り替わり、振り返りも終盤。スコアは一対ゼロのまま、代打がコールされる。
「そして、ポイントはここ。代打のキャプテン!」
背番号一七。地方大会と背番号は変わらずの主将、東。
「初球の真っ直ぐを待ってましたとばかりに振り抜いてスタンドイン。いやーお見事」
中村が味方の映像を観て称賛を送る。
「あの人。直球には異常なほど強いよな」
「その代わり、変化球は弱いけどね。その辺は中学時代と相変わらずって感じ」
中村はそう言って苦笑いする。
「ま、追加点が入って何より。二点あれば今日の試合は十分だと思っていたからな」
ただ、この試合の反省点を述べるとするならば。航大は考える。
「全体的に打てなさすぎ。全国レベルの守備に屈した形だもんな……」
どう打線を繋いでいくか。それが次戦以降の鍵になりそうだ。
「おっ、次の試合の映像もあるのか」
「まあ、一応全試合録画してあるからな」
『千里学園、一七対六で大勝!! 二回戦進出です!』
あまりに快音が聞こえる試合だった。奈良代表の千里学園は全国大会の常連校で強打が持ち味。
「スタメン全員安打ってまじかよ……。これを抑えるのはきつそうだ」
「だな。同感だ」
二人はひと通り映像を見終わり、テレビを消した。
「次の試合まで一週間程度だっけ。あっという間だな」
「ああ。キャプテンがくじを引いてから今日の試合を迎えたのもすぐだったしな……。かといって付け焼き刃で太刀打ちできるような相手じゃない。自分とお前を信じて投げるだけだ」
航大の言葉にそうだな、と返す中村。
「あ、もうこんな時間。寝よう」
「そうだな。体は休めるときに休めとかないと」
部屋の電気を消し、布団に入る二人。
全国大会の初戦を終えた龍山学院。次に待つは強豪、千里学園。
まさか、その試合がこんな事態になろうとは。当日になるまで、誰も予想ができなかった。
勝負事にはトラブルがつきものだなんて………。




