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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
夏の大会編2 激闘! 大阪大会決勝戦!
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第45話 勝負の一球

『多田、中村に対して第一球……投げました!』

 バットが空を切り、ミットに凄まじい音を球場に響かせる。

『出ました! 150キロ!』

 歓声が上がる。球場に居る誰もが、この試合最大の見どころなのだと感じていた。

 二死一、二塁。これを逃せば、次はない。流れは完全に大阪桐将へと移る。

 それを多田自身わかっているのか、持てる力の最大限をぶつけてくる。

 二塁ランナーの航大を中村は見る。表情は暗く、額から流れ落ちる大量の汗。顔色は悪く、あと一イニング投げられるかどうか。

 投げてもらわねばこの試合は勝てないのだから、やってもらうしかない。

(早く打ってホームに返してやるからな、と言いたいところだが……)

 バットが重い。中村はその重みの正体は単なるバットの質量ではないことに気付いていた。

 耳に届く応援の声。ベンチと龍山学院側のスタンドから聞こえてくる声。

 みんなの期待を背負ってここに居るということとシニア時代に多田に阻まれた、全国出場に対する悔しさを天秤にかける。

 個人的な感情より皆から託された思いのほうがはるかに重い。

『第二球。これもストライク! またも150キロ! 凄まじい速球です』

 手が出ない。中村はバットを出せない。

(こんなに重いバットは初めてだな)

 視界に息を切らした航大の姿が目に入る。

(なんて顔してやがる……全部背負うなよ。俺にも背負わせろ。この試合の責任を)

 中村は思う。失った一点。あれは航大が図ったものだと思っていない。後付けの結果論だ。何とでも言える。

 変化球を混ぜるとか緩急を使って抑える手立てはあった。自分がそうさせなかったのがまずいけなかった。

 決して航大だけの責任ではない。あの日も。今日この日も。

 一度タイムをかけ、打席を離れる中村。

「これで終わりにしようぜ」

 そう呟いて一度素振りをし、打席に戻る。

 来る球はわかっている。最高の球を投げてくるはずだ。それを打ち砕く。

 重いバットを握りしめ、構える。



(お願い、中村くん。航大をホームに返してあげて……!)

 ラジオを聴きながらスタンドで応援する千夏。彼女は自分の両手をぎゅっと握り、ただ祈る。

『第三球! 投げた!』


 

 快音が響く。

「ショート!!」

 打球は三遊間へ。野手が飛びつくも、すり抜けていく打球。航大はすでにスタートを切っていた。

 深めに守っていた外野陣が捕球した頃には航大は三塁を蹴っていた。

「バックホーム!!」

 堀口が叫ぶ。外野陣は誰もが強肩。航大のような走力が並の選手なら刺せる。堀口はそう踏んでいた。

 矢のような送球がグラウンドを駆ける。捕球体勢に入る堀口。

(……勝つんだ!)

 航大が滑り込むと同時に送球が堀口に届く。

 砂煙が巻き上がる。静まり返った球場。主審の判定を待つ。


「……セーフ!」

「「よっしゃー!」」

 龍山学院ベンチもスタンドの応援席も大盛り上がり。

「よくやった、中村。それに、航大。ナイスラン」

「……ええ」

 航大と、次打者の日下部は握手を交わす。

 航大にとって、昔の敵が味方になっている不思議な光景。 

 すでに満身創痍の航大はよろめきながらも立ち上がり、ベンチへと戻る。


「さて、次は俺の番か……」

 

 堀口は意気消沈していた。

(打たれた。まさか、まぎれもなくあの球は最高の球だった。アレを打つとは……。前評判通りとんでもない打者だった。やはり避けるべきだったかな)

 力なく座り、マスクを被る堀口。状況は二死一、二塁。

 本当なら打たれた多田の方にタイムをかけてでも行くべきなのだろうが、今はそれが出来ない。

 かける言葉が見つからない。情けない三年生だ、と堀口は思う。


 上手くなるためなら何でもした。上手い選手のプレーを真似し、自分のものにしてきた。

 そのオリジナルが今、一度ならず、二度も立ちはだかっている。今度こそ敬遠か……。

 だが、堀口は立ち上がれない。腰が重い。

 力なくミットを構える堀口に剛速球が飛ぶ。

 はっと堀口は我に返り、慌てて捕球する。

「ストライク!」

 多田の目を見る。彼の眼はまだ死んでいなかった。むしろ燃えている。

(まだ、諦めてはいけないです! ここを抑えれば、まだ勝機はある!)

 彼の目がそう伝えている。堀口はふう、と息を吐く。助けられた。まだ高校野球に片足を突っ込んだだけでエースになった後輩に。

(なんだ。まだこんな力が残っているのか)

 打席に居る日下部は少し驚き、集中する。前の打席とはわけが違う。制球された速くない球ではない。リミッターが外れたような弾丸のような剛速球。

 二球目もストレート。わかっているはずなのに日下部は振り遅れる。

「……成長したな、辰也」

 三球目の力強い球にバットは空を切った。


「すいませんでした」

「……何がだ」

「俺が打たれてしまって、勝ち越されて……本当に……」

 堀口は黙っていたが、ベンチに戻ってきた和田が叫ぶ。

「何言ってんだ! お前がここまで踏ん張ったから、龍山学院の強力打線を二点で抑えられたんだよ! もっと胸を張れ!」

 肩を叩き、和田は言った。

「お前まで回してやる。先輩たちに任せとけ」

 

 マウンドに、最終回を託された航大と中村。この試合を引っ張った二人の顔は明るくなかった。

「航大……」

「……何だ。心配なら………無用だぞ……」

 息を切らし、滝のように流れる汗。航大が限界であることを示しているのは明らかであった。

「あとアウト三つ。もう少しだ。力を貸してくれ」

「………言われなくても。任せとけ」

 この試合を任せられる投手が航大しかいないのは心苦しい。

 あの時と同じだ。

 逢坂シニアとの決勝戦。あの日も航大は力尽きる寸前だった。

 

 今度こそ。

 乗り越えるべき壁はもう一つ。



『九回表、大阪桐将の攻撃は八番ーー』

 航大の耳にはウグイス嬢の声が途中までしか聞こえない。きつい日差しと灼熱の球場。意識がぼんやりとしてくる。

 あとアウト三つ。それが本当に遠く感じる。


 力が入らない。全力投球を続けてきたツケが回ったのか、どうやっても体が重い。

 一球もストライクを取ることなく航大は八番、九番を歩かせる。これで無死一、二塁。

「ははっ。野球の神は素直に勝ちを譲らないってことだ」

 ここに来て厄介な打者、和田を迎える。航大の球を見切っている選手の一人。多田の次に厄介な打者だ。

(動け! 動いてくれよ! またあんな思いをするのはもう嫌なんだよ!!)

 ストライクが入らず、スリーボール。

四球目。際どいコースに投げるも見逃される。完全に見切られていた。

「ボール、フォアボール!」

 無死満塁。絶体絶命のピンチだ。

(ちくしょう……)

 ベンチで記録員として制服を着る京子が心配そうに航大を見つめている。

(なんて顔してんだ。もういっそのこと笑えよ……)

「全く……何も考えず全力投球しすぎなんだよ、お前は」

 航大が顔をあげると、そこにはタイムをとったらしい中村が居た。内野陣と伝令に来た主将の東もマウンドにいる。

「俺は嬉しかったぜ」

 急に何を言い出すかと思えば……想定外の言葉。謎の伝令に戸惑う航大に東は言う。

「またお前と野球ができることを。本当はずっと待ってたんだからな」

 中村は言う。

「他の皆……青木や鍵谷、それにベンチにいる今西や東さん。北近畿シニアの面々はこの日をずっと待っていた。あの日果たせなかった夏の全国出場。中学と高校。舞台は違うが、やろうぜ。今度こそ」

 グラブをぽんと叩く中村。

「俺たちを信じろよ。ゴロもライナーもフライも全部俺たちがさばいてやるから、悔いのない球を投げ込んで来い!」

「へっ……じゃ、そのときは頼むわ」

 実のところ他人に頼るのはこれっきりにしたいところだ、と航大は思う。

 自分でやった方がてっとり早いが、今はまともに体が動かない。

 今度は彼らに任せよう。自分が託された分。今度は彼らに託すのだ。


『さあ、無死満塁。絶体絶命のピンチです。龍山学院。全国初出場まであとアウト三つが遠い!』

 千夏はマウンド上の航大に視線を合わせる。彼はあの日と同じように苦しそうな表情だった。

 もう面と向かって彼の顔を見れない。昔の光景が蘇る。

 逃げ場がなかった日。

 自分の力を過信していた日。

 その日の行動が裏目に出た日。

 絶望を味わった日。



 千夏は席を立つ。

「……お姉ちゃん?」

「ちょっとジュース買ってくる」

「え、今大事なとこでしょ?! なんでーー」

「行ってくる!」

 そう言って千夏は自販機のある非常口へと駆けだしていく。そんな姉に何も言えず、呆然となる理々香。

 


「はぁはぁ……」

 無死満塁。まるで当時を思い出す。何一つ通用しなかったシニア最後のマウンド。後悔しかないあのマウンド。

 その光景がフラッシュバックし、千夏は思わず立ち去ってしまった。

 息を整え、自販機にお金を入れてボタンを押す。

「何やってるんだろう。本当はちゃんと結果を見届けなきゃって思っているのに」

 自販機から動けないでいる自分に一人の高校生が声をかけてきた。

「……大丈夫ですか?」

「あ、いえ……あの、その……」

 見たところ外見は背が高く、制服を着ていなければ高校生には見えないほど体格がいい。同い年か、もしくは三年生か。

 制服だけではどこの誰かは判別しにくい。

「……決勝戦。観ないんですか?」

「……え?」

 特に何も言っていないのだが、彼にはお見通しのようだ。そんなにわかりやすい顔だったか? と千夏は眉を寄せる。

「あ、いや。その。球場に一人居るもんだから。中々こんなところでじっとしてる人なんて珍しいですし」

 そう彼は言って言葉を濁す。

「……怖いんです。うちの……義理だけど弟が試合に出ててマウンドで投げてて……」

 しばらく彼は親身になって千夏の話を聞いていた。

 話し終えた後、彼は言った。

「きっと大丈夫ですよ」

「え?」

「彼……。航大くんって言いましたっけ。あなたが思っている以上に強い……と、思います。挫折を乗り越えて何度も立ち上がった。だから、今立たされているピンチも必ず跳ねのける。僕はそう思います」

「そうだと……いいんだけれど」

「なら、一緒に行きましょう。その弟さんの雄姿、ちゃんと見届けましょうよ。彼ならきっと、大丈夫ですよ」

 そう言って彼は千夏の手を取り、球場へと引っ張って行く。

「あ、ちょっと!」

 ただ言われるがまま、彼女は球場へと引っ張られて行った……。



「あ、遅い! 何してたの!」

「う、うん。ちょっとね」

 龍山学院側の応援スタンドに戻ってきた千夏。さきほど話に付き合ってくれた背の高い高校生も一緒だ。

「あの……。龍山学院の生徒さんじゃないですよね? どなたですか?」

 理々香が気になった背の高い高校生。

「あーいや……。その……」

「こ、この人はさっき私の話に付き合ってくれて……」

 その言葉に呆れる理々香。

「もう! 知らない人にまで迷惑かけるなんて。ホントにバカ姉なんだから! どうもすいません、うちの姉が迷惑かけちゃって」

 平謝りする理々香に大丈夫です、と笑顔で対応する背の高い高校生。

「で、試合の方は?」

「あと一人。お義兄ちゃん。なんとか踏ん張ってる。でも……」

 状況は二死満塁。打席に立つのは多田。

「あっ……」

 千夏は忘れていない。忘れるわけがない。

 二年前。悲劇が起きたあの日の場面も最終回の二死満塁。千夏は思い出さずにはいられなかった。

「い、嫌……。また航大が居なくなっちゃう……」

 がたがたと震えている手を男子高校生にそっと握られて我に返る。さっき出会っただけなのに、なぜここまでできるのか。

「大丈夫ですよ。彼は居なくならない。きっと大丈夫」

「そうだよ、お義兄ちゃんならきっと大丈夫……」

 三人は勝負の行方を静かに見守る。

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