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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
出会って、別れて、また会って
34/64

第33話 私のエース

 航大の生活環境は少し変わった。

 平日は通常通り授業を受ける。家に帰ったら自主練。

 トレーニングの量を増やしてみた。基礎体力を重点的に鍛えるため、日課のランニングの距離を長くした。増やせばいいというものではないが、このままではほかの選手に後れを取る。地道なトレーニングを積むしか今できることはないのかもしれない。

 スキマ時間にはプロ野球の映像を見て投球術の勉強。相手打者の構えや表情から相手の狙いを予想する。これについては全然わからない。一般的な打者のミートポイントが分かれば手っ取り早いのかもしれないが、簡単な話ではない。

「たいぶきついな……」

 最初は慣れないものだと久々に思う。航大は野球を始めたばかりの頃を思い出していた。体中の筋肉が悲鳴を上げ、翌日には全身筋肉痛になっていたあの頃を。

 当時は練習についていくのがやっとだった。だからこそ、三振を奪った時や打者を打ち取ったときはとても嬉しかった。

……今はどうだろうか?



「調子はどうだ?」

 学校の屋上で一休みする航大に中村が声をかけてくる。

 ずっと練習では投球練習をしない状態が続いていた航大。よく投球練習に付き合ってもらっていた中村が気にならないはずもない。

「心配無用だ」

 あくまで体は健康である。問題があるとするならば、実力か。

「とはいってもな……。監督の指示か?」

「まあな。合宿も俺は体力強化メインだとよ」

 事実、スタミナは怪しい。七イニングを最初から最後まで全力投球してもつかと言われると、それは無理だ。

「そうか……とりあえず怪我じゃないってことはわかった。それだけでまずは安心だな」

 雲が覆う空を見上げる。東から西に雲が流れ、隙間から青い空が見え隠れする。

 明日から夏休み。夏の合宿も控えている北近畿シニア。全国の強豪との練習試合も予定されているらしく、楽しみにしている者やなんとしてもレギュラー入りを目指す者、それぞれが準備を始めている。

 エースナンバーを手にするのは俺だ。

 航大は拳を握りしめた。





 日差しが強い。夏休みが始まっても休みという感覚がない。朝から晩まで練習だ。

 鍵谷が走塁練習。今西は守備とバント練習。青木はフリー打撃と外野ノック。それぞれが長所をもっと磨くべく、汗を流す。

 これまで投球練習がほぼ皆無だった航大はこの日から捕手を座らせ数十球、ミット目がけて投げ込んだ。

 捕手役を務めた中村は思う。

(監督の話だと地道なトレーニングを積んだと聞いているが……以前とあまり変わりないな)

 中村は航大の球を受けてみて打てないとは思わなくなっていた。以前ならとても敵わないというイメージが強く、彼と航大の間に高い壁があるように感じたが、今はそれがない。

(確かに調子が悪いわけじゃない。でも、このままだとレギュラーを先輩たちに獲られるぞ?)

 ……だが、当の本人はあまり気にしていない。

(7割程度の力でこんなもんか。まあ、いい感じだ)

「調子はどうかしら?」

 水原監督が航大に声をかける。

「まあまあってとこです」

「そう。力を抜いて今の投球ができてるなら、先発完投もいけそうね!」

(力を抜いて……だと? 全然そう見えなかった……)

 中村はがく然とする。成長を普段どおりの投球で隠していただけで、地道なトレーニングの成果が出ているということか。

「まあ、最初は不安でしたけどね、このやり方」

「体力強化はいつか必ずやらないといけないもの。力をつけることだけじゃなく、それを持続させることも大事なのよ」

 監督の言葉になるほど、と納得の中村。

 これから一年も試合に出る機会が増える。特に投手は先発完投、頭から最後まで投げ抜く力が必須だ。

「それにこれにはもう一つ意味があるのよ」

「意味……ですか。それは一体?」

 中村に訊かれた水原監督は人差し指を自分の顎にそっと当て、少し考える。

「……まあ、そのうちわかるわ」




 時は過ぎ、合宿当日。翌日には練習試合が組まれている。航大たちはそれに向けての調整を進める。

 日が傾き、練習も終わりに近づいてきた頃に青木が口を開いた。

「なあ、俺さ。最近の練習を見て航大に負ける気しないわ」

「何?」

「そろそろ決めないとなぁ、誰が一番上なのか」

 青木が急にそんなことを言い始めたもんだから、慌てて東が仲裁に入る。

「おいおい、上とか下とか関係ないだろ? 俺たちは同じ目標に向かって進む仲間、それでいーー」

 大丈夫です、と航大は東を制止する。

「なら勝負してみるか? うだうだ言われるよりかは実力を見せた方が早そうだ」


 航大は青木を含めた一軍の一年全員を集める。

 鍵谷、今西、青木の三人が順に打席に入り、航大を迎え撃つことになった。

 捕手役として中村がマスクを被る。


「か、監督……。いいんですか?」

東は少し焦った様子で水原監督に尋ねる。

「少し早いかもしれないけど、まあいいでしょう。特にあのあおきくん、力を示さないと納得しないみたいだし。東君も一応守備着いといて」

 ……不要かもしれないが。



「じゃ、宜しく。……まあ打てないけど」

 一人目の鍵谷は諦めのような言葉を口にし、打席に立つ。

 だが、その目は真剣だった。さすがに他の一年が見ている場で恥を欠くのは嫌だろう。まだ代走、一芸のできるレギュラー未当確の選手という位置づけ。ここで不甲斐ない姿を晒すことは、最悪二軍への降格を意味する。

 初球の真っ直ぐを見送る鍵谷。

(普通の直球だ。夏の大会よりも若干球速が落ちている気はする。打てなくても当てることはできるかもしれない)

 二球目。同じコースに同じ直球。鍵谷はタイミングを合わせ、バットを振り抜いた。

 だが快音は聞こえない。バットにかすりもしなかった。

(さっきと同じ球のはず。タイミングが悪かったか……?)

 鍵谷は首をひねり、再びバットを構える。追い込まれた鍵谷。きわどいコースなら当てるしかない。

(外角低め。でも、さっきよりキレがない。打てる……!)

 バットを出す。当たる……はずだった。

 ボールはミットに吸い込まれ、バットが空を切る。結果は三振だった。

「打てると思ったのに……」

 鍵谷が三振に打ち取られ、力なくバッターボックスを抜ける。


 次に打席に入った今西もあっけなく三振。航大にとってここまでは想定内である。

「俺はあいつらのようにはいかないぜ」

 青木が左打席に入る。

 航大は表情変えることなく、一球目を投じた。

「こんな遅いボールで……。舐めるな!」

 だが、青木は完璧に捉えることができず、三塁側ファールゾーンにボールが転がる。

「……そうか。変化球だな、これは」

「わかったのか? たった一球で」

 マスクを被っている中村は青木の目の良さに驚く。捕っている中村は勿論気付いてはいたが、打席に入っただけではどう見ても真っすぐにしか見えない。

「手元で曲がったのがわかった。俺のミートポイントは捕手寄りなんでね」

 航大の投球術。それは相手のだいたいのミートポイントを予測し、相手がボールに当てる直前に変化させ空振りを奪うというものだった。並大抵の打者は直球が実は変化球であることに気付かず三振の山を築く。

 この技は水原監督が軟式をやっていた頃に身に着けた投球術でもある。いわば直伝の技。捕手とのリード次第でどんな打者であっても打ち取れる。

 だが、青木は違う。相手がどんなコースに投げても打ち返す。実戦練習でも内野の間を抜けるヒットや外野手の頭を越す長打など状況に応じたバッティングを簡単にこなしている。二年生を押しのけてレギュラー当確というのもうなずける。

 それを実現しているのが、捕手寄りのミートポイント。たとえ変化しているのがベース付近であっても対応できるように

 航大も苦労するな、と中村は思っていた。だが、航大には焦りの顔が見えない。まるで青木に自分のボールを当てられることも想定内であるかのように。

 二球目はインコース低めギリギリ。コースをついた投球だが、青木に苦手はない。ストライクゾーンであれば関係ないのだから。

「もらった!」

 力が入ったのか、フルスイングした打球は強引に引っ張った形になり、一塁側のファールゾーンの外野フェンス近くまで飛んでいく。

「これで二ストライクだ」

「次は打つ!」

 青木は集中する。先程の球もわずかに変化していた。だが、ミートポイントを捕手寄りに近づければ、あとは体全体の力で打球を前に飛ばせばいい。それだけだ。バットを握る両手に力を込める。

 航大が三球目を投じる。

 それはこれまでの球とはまるで違う、別の投手と対戦しているような感覚。

 明らかに今までより速い速球が中村のミットを鳴らす。

「三振、だ」

 そう言って航大はマウンド上で初めて笑みを見せた。全力をぶつけたからなのだろうか。

(なんだこれは……。バットが間に合わなかった)

 青木は呆然とする。自分のスイングスピードでは間に合わない速球。体感としては140キロ台。バッティングセンターで一番難しいコースより速く感じた。

 捕った中村自身も驚きである。こんなにも速くなっているなんて。これほどの球が常時投げられるのであれば、全国も夢じゃない。

「……負けた。一応認めておくよ、あいつの実力。今は上とか下じゃなく、仲間として」

 そう言ってバッターボックスを抜ける青木。

「素直じゃないなぁ。ま、あいつのことを認めてくれるんならそれでいい」

「……お前はどうなんだ? 中村。お前だけ、勝負せず仲間と呼べるのか?」

 疑問を投げかける青木。中村は迷いなくこう言った。

「言うまでもなく仲間さ。そもそも、とっくの昔に認めてるよ。いつか絶対、凄い投手になるって信じてるくらいにな」

 中村は今日の航大の投球で確信を得た。

「航大は、北近畿シニアを全国に導く、俺たちのエースさ!!」



「130キロって所かしら。調整は上々。秋の大会では大暴れしそう、と」

 航大の成長を間近で見た水原監督はポケットから取り出した小型のメモ帳にそう記入する。

 メモには先ほどの対戦の様子が書かれていた。一年は個性があり、実力を見せる者はいるが、粗削りな部分や欠点がある。

「秋までにどこまで力をつけられるか。もしくは二年が奪い返すか……。いや、それはないか」

 チーム状況を見るに、一年に簡単にポジションを明け渡した二年。主将の東以外は、一年のような個性があったり目を見張るような実力が感じられない。

 鍵谷で出塁、今西で送り、青木と中村、東で得点。以降に航大が入ってもそのあとが続かない。上位と下位の打線の差は明らかだ。

 歴代のデータを見る限り、凄い選手は一人か二人はいたが、あとは有象無象の選手たちというパターン。他の選手たちの力の底上げは課題だった。前任者でも成しえなかったことが一年生監督にできるのか、答えはノーだ。

「よくもまあ、穴だらけのチームで毎年のように全国狙うとか言ってるのね、何も知らない連中は。前任者も目がないわ」

 ため息をつく水原監督。たまたま現れた一年生たち「イレギュラー」の存在なくして全国の扉は開かない。それは監督自身が一番よくわかっている。

 今年は一番ツキがある。足の速い鍵谷、守備とバントの達人になりつつある今西、オールマイティな青木に覚醒した中村。そして……。

 夏に撮った集合写真を手に取る。額縁のガラスの上から、航大が映る部分にそっと手を触れ優しく撫でる。

「航大くん。なんてワクワクさせる子なのかしら。今後が楽しみね、私のエースくん」

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