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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
出会って、別れて、また会って
31/64

第30話 最後だけは

 ベンチ入りする25人のメンバーが決まり、夏季大会まであと一週間を切った。今日は大会前最後の練習日だ。

 今西は守備練習で目を見張るほどの実力を見せた。内外野の間に落ちそうな打球に飛びつく好プレーを何度か見せ、上手くアピールしていた。たとえ背番号が重くてもやることは変わらない。試合に出れば一人の選手であることに変わりはないのだから。

 鍵谷の方はというと、盗塁練習で何度も盗塁を成功させていく。あれから走塁について映像を見たり、上級生の練習を観察したりして自分の頭に叩き込んだらしい。スタートのタイミングや、ケガを防ぐ滑り込みを何度も練習している姿を見て、次第に北近畿シニアの仲間たちは鍵谷を陸上選手から自分たちと同じ野球選手に見方を変えていった。

 守備や打撃は一軍レベルではないが、足だけはチームの誰よりも速い鍵谷。練習を重ねてタイミングを掴めば、二盗三盗を難なく成功させていく。スタートを切り、土を蹴り上げる鍵谷の動きには迷いがない。

 捕手浜本は刺せない。それどころか三盗を許してしまう。

「速い。まさか三盗を止められないとは……。なんて一年なんだ」

 キャッチャーマスクを外し、顔を歪ませる浜本。まだ練習着に袖を通して浅いはずの鍵谷。わずかな期間で盗塁の精度はめきめき上達しているのがわかる。だが、浜本が三盗を刺せないということは今まで一度もなかった。そもそも試合で三盗を仕掛けてくる相手に遭遇したのは一度か二度あるかくらいである。

「次! いくよ!」

 水原監督の声が飛ぶ。浜本は考えていた。

 確かに三盗が成功すれば得点は入りやすくなる。三塁ランナーはヒットが出さえすれば確実にホームを踏めるし、二アウト以外なら犠牲フライからの得点もあり得る。だがそれは上手くいけばの話で、アウトになればすべて台無しだ。三塁にランナーがいる状況と無走者では点が入るか入らないかの違いなど明らかである。これが三盗が滅多に行われない理由。リスクが高すぎるのだ。

 それを迷いなくできる選手は今のチームにいない。たとえ二、三年であっても鍵谷の足に勝る選手はいないからだ。

(守備や打撃が良くなれば将来のレギュラーはそう難しくないだろう)

 浜本は思った。浜本自身、最後の大会となる夏季大会。浜本以外にもこの大会を最後にシニアを去り、次のステージへと進むことになるメンバーが何人かいる。大会が終われば新体制になり、いつかは発展途上の一年生たちがチームを引っ張ることになるだろう。あとのことは気にする必要はない。どのみち引退すること。

 そんなことを思いながら、浜本は他の捕手と交代する。

 次の捕手も鍵谷だけには走られ放題だった。それどころか二塁への送球も安定していない。捕手は新チームでの課題になりそうだ。

「お願いします!」

 中村の声が響く。ランナー二塁。投手役は航大だ。

 航大が左足を動かした瞬間、鍵谷はスタートを切った。

(このチームのレギュラーである俺でも刺せなかったんだ。君にできるのか? 中村)

 中村のミットにボールが収まる。無駄のない動作でボールを瞬時に握り、すぐさま三塁へ投げた。

 放たれた中村の送球。それは三塁ベースフェア側の角目がけて真っすぐ、低く向かっていく。

 三塁手のミットがボールを掴み、そのまま三塁を陥れる鍵谷のスパイクを阻んだ。

「どうだ鍵谷! 今度は二盗も刺してやるからな!」

 チームメイトからは歓声と、どよめきが混じったような声が聞こえる。

(あの送球は野手に向かって投げたわけじゃない。最もアウトにしやすい位置を狙って投げたというのか?!)

 浜本は驚愕したまま立ち尽くす。自分をあっさりと乗り越えていく年下の選手が現れる経験などまずない。

 そもそも中村はかつて三軍の選手だった。短期間でここまで仕上げたのか? まさか。

 練習量は凄いのだ。と、中村について航大が言っていたことを浜本は思い出す。

「あの……どうかしました?」

 中村が浜本に問いかける。どうやら中村の番が終わったらしい。浜本はその間フリーズしてしまっていたようだ。

「い、いや……。凄かったな、さっきの肩」

「いやいや、たまたまうまくいっただけですよ。どんなランナーであってもベースまでの走路を封じてしまえばいいって思えば、あとはトライするだけですから」

 そう言ってその場を立ち去る中村。何やらコーチに呼ばれたらしい。

 たまたまではあるかもしれないが、中村は鍵谷の三盗阻止に成功してしまった。偶然は重なれば必然となる。それは自分のポジションが脅かされつつあるということだ。もし同年代であれば、浜本は彼に追い抜かれていたかもしれない。

 ついこの間まで三軍だった選手に最後の最後で追い抜かれるのか? いや、さすがにそれはない。浜本は首を横に振り、流れ込んでくる負の感情をかき消す。

「最後か……」

 浜本は、中村の背中を見て、言葉少なげに呟いた。

 


 一週間後。三年生最後の大会である夏季大会が始まった。

「さて、初戦。さくっと勝って……なんてことは言えないわ。偵察の情報だとうちと同格以上の相手。間違っても格下などと思わないように」

 対戦相手の京阪深草シニア。監督曰く、そこそこ強いチームだということだが、今日背負うユニフォームが汚れることはないだろう。航大はそう思っていた。

「ついに俺、一軍に来たんだ」

「中村、そういうのは試合に出てからな」

 航大は背中を軽く叩く。背番号21と22はスタメン選手が守備位置についているのをベンチで眺めていた。

 先発は矢木。春季杯で復調し、エースナンバーを死守したが安定感があるとは言い難い。

 捕手の浜本がとれだけ上手くリードできるかでこの試合の勝敗は左右される。と航大は見ていた。

「どうかな、先輩たちの調子は」

「悪くないんじゃない? そんなポロポロ落とすような人は少なくともここには居ないだろ」

「そうだな」

 航大達にできるのは、声を飛ばすことだけだ。



 先攻は京阪深草。矢木は浜本の構えた内角に目がけて真っすぐを投じる。

 右打席に入った先頭打者は迷いなく強振し、強烈な打球が左中間に飛ぶ。

(まずい。長打コースか……。インコースを読まれていたか?)

 浜本は頭をかく。打たれてしまったことは仕方ないが、何か引っ掛かる。

 次打者は小柄な二番。強い打球を飛ばすより、送ってくるはずだ。

 浜本は速い球には対応できないだろうと読んで、また直球を要求。これが軽率だった。

 打者は打球を地面に叩きつけるようにスイング。バットに当たり高くバウンドした球は、三遊間に飛ぶ。

 ショートが捕球するが、送球は間一髪間に合わずセーフ。二塁ランナーも三塁へ進塁する。

(あの二番、俊足か。アウト無しで一、三塁。一点は仕方ない)

 浜本は割り切って、指示を出す。低めで打ち損じを狙うため、矢木に向けてサインを送る。

 うなずいた矢木。三番に甘い球は禁物だ。低めを意識して腕を振りぬく。

 打者はただバットに当てただけ。力のない打球が二塁手の正面に転がる。打つと同時にスタートを切った三塁ランナーがホームを踏み、両チーム通じて初の得点が記録された。ボールは確実に一塁に転送され、アウトカウントが一つ増える。

 北近畿シニアは早くも失点を許す。一死二塁。アウトを一つずつ取って行けば最少失点で抑えられるはずだ。

 浜本はそう考え、腰を落とした。打者優先。それが予想外への対応を遅らせる。

 矢木の左足が動くと同時にスタートを切る二塁ランナー。スタートはほぼ完璧だった。

「走った!」

 ベンチから声が飛ぶ。

「何っ?!」

 三盗。浜本の頭に先週のことが蘇る。足の速い一年生に悠々と三盗を決められ、一年捕手がそれを刺す。いつの間にか下だと思っていた下級生に先を越され、追い抜かれーー。

「舐めるな!」

 浜本は三塁に送球。だが、送球は右に逸れる。外野に送球は逸れさせまいと、三塁手がなんとか捕るが、ベースからだいぶ足が離れ、とてもタッチなんてできない。

 アウトにできなかったという事実が、浜本の思考を埋め尽くす。

(どうした……? 普段の俺ならアウトにできた。できたはずなんだ……)

 動揺が広がる浜本の心はプレーにも表れる。ミットを真ん中に構え、ノーサイン。矢木はその通りに投げ、打球が外野に飛ぶ。捕球と同時にランナーがスタートを切った。


 犠牲フライで二点目を献上した北近畿シニア。あっさりと追加点を許すその様子を見つめる航大と中村。

「いきなり二点か……」

「矢木さんの調子は悪くなさそうだけど、問題はーー」

「やっぱり、気づいてる?」

 浜本の状態が良くない。焦る必要はない。あと一つとれば攻守交代だ。そこで仕切り直せばいい。

 だが、浜本の様子を見る限り、普段の冷静な判断力は影を潜めていた。

「また、真ん中……」

 根拠なく、力なくただミットを構える浜本。

「ええい、この!!」

 マウンド上の矢木は全力で腕を振った。

 打者の近い内角をえぐるボール球。予想外のコースに来た球を浜本は慌てて捕球する。この投球は打者にとっても予想外だったのか、体をのけ反らせ、後退させる。

「しっかりしろや司令塔!」

 矢木の声が響き、浜本は我に返る。

「矢木……」

(自分を見失ってどうする、俺! 矢木も俺もこの大会が最後なんだ。二年からレギュラーとしてやってきて、最後の最後で交代なんてダサすぎる。まだ初回なんだ。ここを抑えればなんとかなる!)

 サインを送る浜本。いつも通りになった、と安堵した矢木は迷いなく腕を振る。

 高めだったが球威のある真っすぐに打者は詰まらされ、内野フライに打ち取り攻守交代。

 後続を切った北近畿シニアだが、いきなり二点ビハインド。

 雰囲気が良くないチームのベンチを盛り上げるべく、東が声を張り上げる。

「二点くらい返してやりましょう! 俺たちだってこの日のために練習してきたんですから!」

「「おおっ!!」」

 さすがは二年ながら主将を任されるだけはある。浜本は自分が主将に選ばれなかったその差はここにある、と感じた。

 自ら場を盛り上げる力。投手への指示も余裕がないときは今日のようにできないことがある。精神的な強さは東の方が上だ。

 新チームで主将に任命されたときは誰しも驚いた。彼が一番一軍では下手であったから。

 だが、彼は努力を惜しまず、誰よりも声を張る。人一倍打って、走る。いつの間にか、チームには欠かせないキーマンになり、レギュラーとして起用される試合は増えていった。

 それらの経験が彼を成長させ、今では誰もが認める主将。それが東だ。

 下がりかけた士気は元に戻る。だが、力が出せているとは言えなかった。



 あと一本が出ない。安打は出るが肝心なところで打線がつながらず、北近畿シニアは苦しい試合を強いられていた。

 チャンスの場面で浜本に打席が回るがーー。

「あー! 併殺!!」

 ベンチからため息と落胆の声が漏れる。まさかの併殺で好機を潰してしまった。

 守備はというと、矢木が粘りの投球で追加点を許さず、踏ん張っていた。

 だが、それも時間の問題だった。矢木の投球、浜本のリード。二巡目から徐々に相手は適応し始める。

 五回。相手打線が繋がり、塁が埋まる。

(もう投げる球がない。真っすぐも変化球も打ち返され、ボール球はあっさり見送られる。どうすれば……)

 外角の真っすぐ。大火傷を避けるため、安全に最少失点で。が、この考えは読まれていた。

 外角の直球をジャストミート。流し方向ながら、外野に強烈な打球が飛ぶ。バットの芯に当たっており、長打コースは必至だ。

 二、三塁のランナーが生還。一塁ランナーも三塁を蹴ってホームに。

 三点がスコアボードに刻まれ、五対ゼロ。シニアの試合は七イニング。あと二イニングで繋がらない打線をどうにかするのは難しく、また投手の立て直しも不可能に近かった。

 水原監督はひとまず投手を交代。矢木はここでお役御免となった。

「お疲れさん……って言っちゃいけないな。こういうのは」

「気を遣うな、浜本。俺の実力不足だ」

 矢木に代わりマウンドに上がったのは吉岡。宮島も投球練習を始める。

 吉岡は制球が定まらず苦しそうだった。まだ二塁にランナーはいる。アウトカウントはない。

 あと二点でコールド負け。その事実が彼の腕を重くしているようだった。

(落ち着け。まずはカウントを整えよう)

 ストライクを取りに行くボールを指示。緩いカーブ。二塁走者は鈍足で走られる心配はなさそうだ。

 が、打者が打ってくるとは思っていなかった。狙いすましたように打者は打球をセンター方向に飛ばす。

「何っ!!」

 打球はセンター手前でワンバウンド。守っていた東が強烈な送球を見せ、ランナーは本塁突入を諦めた。

 水原監督は考える。そして、投球練習に付き合っていた中村に指示を出した。

「交代準備よ、中村くん」

 驚いた中村は投球練習を中断し監督のもとに駆け寄る。

「え? でも浜本さんは……」

 グラウンドを見る中村。顔色の悪い浜本が目に映る。

 水原監督は迷わず言った。

「公式戦の初陣が初戦コールド負け。このままだとそうなるわ。だから流れを変えるのよ」

 相手に浜本のリードは読まれている。どの道もうここを抑えられるというビジョンは、監督には見えていないようだった。

「ボールフォア!」

 再び塁が埋まッタところで監督が前に出る。

「選手交代! 投手、宮島。捕手に中村が入ります」

 


「なんで…なぜですか監督!! 俺はまだーー」

 浜本は納得がいかない。正捕手が交代。

「限界ね。貴方も、吉岡くんも」

「でも……」

(俺はこの試合負ければ、今日が最後かもしれない。せめて最後だけは試合に出ていたかったのに……)

「勝つためよ。交代は成立した。戻りなさい」

 監督はそう言うだけ言って、多くを語らなかった。



「宮島さん、初球投ゴロ、ホームゲッツーでいきます。低めでお願いしますよ」

「おいおい、そんなに上手くいくか?」

「任せてください。何度もシミュレーションはしましたから」

 

 宮島は腕を振り抜く。ストレートと思った球は沈み、当てに来たバットはボールの上を叩く。

「狙い通り!」

 宮島が中村に送球しアウト一つ。一塁送球で二死。ニ塁ランナーが三塁をオーバーランしていたところで転んでいるのを見つける中村。

「サード!!」

 何とか帰塁しようとするランナーより先に、一塁手の送球が収まった三塁手のミットが触れタッチアウト。見事な三重殺、トリプルプレーの完成だ。



 その姿を無表情で見つめる浜本。攻守交代が完了した頃には彼の心はグラウンドにはなかった。






 


 

 

 


 


 

 

 

さらば浜本……。また会う日まで。

……中村だけじゃない。

次回、後に伝説の五人と呼ばれる一年生たちが、チームのピンチに立ち上がる!

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