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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
出会って、別れて、また会って
30/64

第29話 五人は集う

「なあ、ここがさっぱりわからないんだが」

 最近、学校で隣の席の男子が航大に声をかけてくるようになった。

 彼は鍵谷。陸上部の部員で、先週行われた記録会の短距離走で参考記録ながら日本新記録。とんでもない記録を出したと学校中で話題をさらった化け物である。

 学校なんてそれなりに過ごしていれば案外何とかなるものだ。休み時間、これまで航大の机にやってくる奴などまず居なかった。

 中村は同じクラスだが、違うグループに居る。いわゆる体育系の陽キャ集団といったところか。

 航大自身、口数が少なく、自分からは必要最低限しか話す気がないため中村ほど友人ができたことはない。そもそも航大は友人をつくろうと思っていないわけだが。

「あのさ、これ授業中に先生が丸々解説してたとこじゃねえか。話聞いてたの、お前」

「いやあ、それがなーー」

「俺に聴くより先生に訊け」

 そう言ってあしらう航大だったが、鍵谷は引き下がらない。

 今までこう対応しておけば、航大にとって心地よく静かな休み時間を確保できていた。だが、彼はそうさせてくれない。

「頼む、この通りだ!」

 両手を合わせ、拝むように頼む鍵谷は哀れに見えた。授業を聞いていればこうまで恥をかいてまで頼みごとをする必要もないというのに。

 ため息をついて仕方なくノートを開く。そうすると鍵谷は本当に助かる、と何度も言っていた。

「……お前さ、友達いないの?」

 航大は訊く。隣に居る人間に訊くのは確かに手っ取り早い方法だと思う。だが、友達が居るのなら遠くてもそいつに訊けば話は早いし、言葉を選んだりして変に気をつかう必要もない。

一瞬、どきっとしたのか目を見開いた鍵谷。図星だったようだが、すぐこう返す。

「その質問、そっくりそのまま返すけど?」

 まさかの返答だったが、たぶん鍵谷も友達はいないのだろう。部活の仲間はあくまで仲間、ということか。

 中村はどうなのか。あいつは仲間であり友人……?いや、練習仲間か。航大は頭をひねって考える。

 そうして何も返答しないでいると、鍵谷は言った。

「ぼっち同士、よろしくな! 今日から俺たちは友達だ!」

 なんとも言えないぼっち同士の結束。友人に近いやつならいるぞ、と言いたかったが、悪い気はあまりしなかった。

「……仕方のないやつだ」

 やれやれ、と差し伸べられた手を握る。

 その日から、足だけは超人の鍵谷が航大の友人になった。



 練習を重ねる一軍のメンバー。夏季大会まであと二、三週間となった頃。集合がかかる。

 背番号発表だ。

 まず一番に矢木が呼ばれる。春季杯でなんとか調子を持ち直したことが評価されたのだろう。

 二番に浜本、七番に主将のあずまなどスタメンにいつも陣取る選手が一桁の背番号を受け取る。

 航大も背番号を貰う。21番。エースナンバーは三年に譲る形となったが、先発中継ぎいつでも準備できるようにとのことだった。

 背番号を眺める中村。22番。初めて貰ったそれは今まで見てきたあらゆるものよりいっそう輝いて目に映る。

 青木の背番号は23。彼も一軍に残り、夏季大会のメンバーとして名を連ねる。

「えー24番は来週より一軍昇格予定の選手がつけることになります。よって今名前が呼ばれていない子はすまないけどベンチ外ということになるわ」

 25番については考え中、とした水原監督。一軍でありながらベンチ外となったらしい選手数名は落ち込む。

 幸いベンチ外は三年ではなかった。もし最後の大会に外から応援ということになれば、それは戦力外に近い。

 私からは以上、とした監督は練習後に航大ら一年三人を呼び出す。

「さて、初めて背番号を貰った感想を聞かせてもらえるかしら? 中村くん」

「なんというか、まだ実感がないです」

 中村の手が小刻みに震えている。航大も初めはそんな感じだったと記憶している。

「まあ、俺ら以外に20人居るんだ。夏季大会の出番なんて早々回ってこねぇから気負ってもしょうがねぇだろ」

 青木は中村の背中を叩き、気楽に言った。元から楽観思考な彼だが、実力はある。外野ノックではミスなく強い打球をさばき、打撃でもヒット性の当たりを左へ右へ打ち分けたりしていた。

「で、俺たちを呼び出した理由は何ですか? 感想訊くだけが目的ってわけではないですよね」

 航大はそう言って自分の顎に手をやり、考える素振りを見せる。

「そうね……。あまり長話も良くないから単刀直入に言うわ」

 ふぅ、と息を吐き、水原監督は言った。

 そのあと彼女が言った言葉を多分きっと忘れないだろう。

 人と人はときに意外な形で繋がるということを。

「代走のスペシャリストをスカウトしてほしいの。できれば日本記録並みの、ね」

 

 その場に居る一年三人は監督が一瞬何を言っているのかわからなかった。

「居るわけないでしょ。そんな超人。そもそもそんな奴は走ることに喜びを覚え、陸上の世界にどっぷりと浸かっているはずですよ」

 青木は言う。まあ彼もそこそこ足は速い方だと思うのだが、どうやら監督は青木を代走要員と考えていないらしい。

「うちは次の塁を狙おうにも盗塁の成功率はいいとは言えない。ここぞの場面でかき回す。そんな選手がいたらな、と思うんだけど」

 残念ながらうちにはいない、と監督は言う。そもそも前年までのチームは打撃力を推してそちらの強化ばかりに重点を置いていたらしい。投手力その他が良くない分乱打戦はお家芸となっていた。

「24番。二軍から一年の今西くんが昇格してこの番号をつける。守備と小技のスペシャリストだって聞いてるわ」

 これで一年は四人、一軍に居ることになる。まだまだ未熟な航大達だが、光る何かの可能性を信じて、夏季大会で背番号を託した。

 残る一人が誰であろうと、たとえ一芸だけの選手にも実力があれば背番号をつけさせる。そんな意思を感じた。

「25番は代走のスペシャリスト。誰か心当たりのある人はいないかしら? 別に野球経験者じゃなくてもいいわ。言ってしまえば走るだけだから」

 水原監督の言葉に航大はふと思った。努力を重ねた人間がパっと出の選手にベンチから出される。

 これは果たして本当に良いことなのか? 実力あるものは認められ、そうでなければ弾かれる。

 考えても仕方がなかった。練習をして力をつけるしかない。ただそれだけだ。

 航大は出てきた考えを打ち消すように首を振り、言った。

「一人、心当たりはありますがぶっちゃけ誘う気は……。けど、もしダメならどうするんですか?」

「今回は24人で戦う。私はそう考えているわ」

 人数が十分居るチームに1人欠けるなんて違和感しかない。だが監督は中途半端な選手に代走のスペシャリストは任せたくないというのだ。

「じゃ、頼んだわね。”航大”くん」

 微かな違和感に、航大はまだ気付かない。



 一年生三人が歩いている。夕日が三人の影を濃く映す。

 しばらく歩いていると青木が口を開いた。

「お前、化け物と知り合いだったのか」

 青木は、少なくとも自分より速いやつは出身中学にいないと言った。青木もそれなりに足は速い。奴より速い中学生を探すとなるとかなり絞られてくる。あり得るなら速さの専売特許を持つ陸上部くらいだろう。

「……航大、お前まさか鍵谷をスカウトしようとしてんじゃないだろうな?」

「……」

 航大は何も言わない。

 中村はつい先日、航大と鍵谷が謎の握手を交わす場面を見ていた。

 鍵谷? と疑問符を浮かべる青木に中村は鍵谷について説明をする。短距離走で参考記録ながら中学最強になるだろうと言われる彼が自分のクラスメートであるということを。

「ないない。あり得んだろ」

 中村もだろ? と同意をし、航大に言い聞かせる。

「あのな、航大。あいつは陸上界のホープ。一年ながらエース級の実力なんて言われてる。そんなやつが野球に来るか?」

 確かに考えてみれば、陸上の才能は鍵谷にある。彼にとっての居場所であるかもしれない。そこを邪魔する権利はたとえ友人となった航大にだってない。

「おまけにあいつの両親は有名な陸上の選手だ。ともに五輪を経験しているとか。ありゃ完全に遺伝子……。とにかく両親が反対するだろ」

「誰が誘うと言った? こう言っちゃなんだが、あいつは面倒臭い。うちの義姉と同じ匂いがする」

 航大がためらうのも無理はない。陸上部には航大の義姉、千夏もいる。彼女の考え方を吸収している説もある。いや、あの性格は元々かもしれない。

「まあ、鍵谷もお前の義姉も運動のセンスは凄い。その辺は似てるかもな。結局、誘うのか?」

「機会があれば、な」

 ……それはやらないやつの定型文じゃね?

 だがそういうわけにもいかなかった。



「なあ、航大よ。お前は部活に入ってる?」

 席が隣、友達 (と鍵谷が思っている)、話しかけられる機会が増えた気がする。

「いや、入って無いし入る気もない」

 航大は淡々と答える。まさか陸上部に誘おうとしているのではなかろうか、と頭によぎった。あそこは間違っても駄目だ。千夏がいる。一番居たくない所だ。

「即答だな……休みの日は?」

 休み明けの月曜日。憂鬱で面倒で退屈な授業が終わり、何故か鍵谷から質問攻めに遭う。夏季大会が近いこの頃。このあと航大は中村と練習の約束をしていた。早く会話を切り上げねば。

「野球さ。シニアチームに入ってる。控えだが」

「ほう……。そうか」

 そう言って鍵谷は息を吐く。

 よし。終わりだ。さて、行くとするか。

 そう航大は立ち上がろうとする。

「最近な、陸上がすごくつまらないんだよな。なんというか、負ける気がしないっつーか」

 いや、まだ話しかけてくるのか。しかたなく返す。

「そうかい。ま、そのうち待ってれば凄いやつなんてすぐ現れるだろう」 

 これが才能か。航大は思った。だが鍵谷は自分の現状に納得していないようだ。

「待ってちゃダメな気がする。井の中の蛙。足が速いだけじゃダメなんだ。違う世界には俺よりもっとすごいやつがいる」 

なんだ。わかってるじゃんこいつ。と航大は、思ったが口には出さない。

「航大、単刀直入に言おう。俺に野球を教えてくれ!」

「は?」



「……というわけで、あれが25番候補最有力の鍵谷だ」

 数日後の練習日。鍵谷は北近畿シニアの練習場で走塁練習を行っている。

「本当に連れてきやがった。まじかよ」

 中村は唖然としている。陸上界の期待の星が野球転身。面白いかもしれないが、両親の説得はどうしたのだ。

「うーん。色々とぶつけたらしいけど、足を使った他のスポーツで勝負したいって何度も言ったら渋々承諾してくれたそうだ」

「駆け抜けるな鍵谷! ベース上で止まるかスライディングしろ!」

 二塁を駆け抜けてしまい、しまったという表情で頭をかく。足は確かに速い。二盗三盗はお手の物。だが、野球に必要な技術は見ての通り。

守備に入っている今西も守る範囲は広いがボールをこぼすミスがたまにある。いずれにせよ、二人ともまだまだだ。

 とりあえず、最後のピースは埋まったのである。

 後に北近畿シニアを担う”伝説の五人”はこうして揃った。




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