第27話 待っている
航大の初マウンド。その様子を見つめる二年生と思わしきベンチメンバーは悔しそうに唇を噛んでいる。
なんであいつが。そう思うかもしれない。だが、これが順当な流れであることを理解せざる負えない。
先週の試合まで打ち込まれていたのは三年だけではない。二年生投手たちはすでに信頼を失っており、登板の機会をほぼ失っていた。
試合に一年を出すのはある意味賭けだ。たかが二年の違いなのだが、成長真っ盛りである中学生の時期にははっきりと表れている。
航大はマウンドで二、三球浜本と投球練習を行い感触を確かめる。
練習通り。何も問題はない。リードを信じて投げるだけだ。
投球練習を終え、航大は浜本とサインの確認をする。
「さて、球種は真っすぐとチェンジアップか。とりあえずはなんとかなるだろう。お前のコントロールがあれば大丈夫だ」
「……塁は全部埋まってるわけですか」
塁上には相手選手がいるのだが、目は次の塁を見据えている。大会も近いことからレギュラーの座を渡さまいと敵も必死なのだということがうかがえる。
「だからお前が呼ばれたんだろう。おそらくコントロールに限っては三年を押しのけて、チーム一と言ってもいいんじゃないか」
少し昨日投げただけで浜本にここまで評価してもらえるのはありがたいことだ。今ここに居るのは航大にとって奇跡のようなものだ。見てくれている人はいる、ということなのだろうか。
それから航大は浜本に、打たれたらしょうがない。四死球で失点するよりかは全然いい、とも言われた。
四死球はそもそも打者と勝負できていない、と浜本は考えている。どんな優れた打者であっても凡退はする。勝負とは時の運もあるのだからまず勝負してその結果から考えればいいのだ、と。
浜本は言い終えてから肩を軽く叩くと、ポジション位置に戻った。試合再開だ。
(空が綺麗だ。俺はまた戻ってきたんだ、ここに)
新宿リトルを卒団して、それなりの時間が経った。久々にマウンドの土を踏みしめ感傷に浸る。
(こんなにも早くチャンスが巡ってくるなんて思ってなかった。でも必要とされてるなら精一杯やってやる。ここを俺の居場所にしてやるんだ)
四死球は不味い状況。航大は第一球を投じた。
「さて、試合の振り返りといきましょうか」
試合後。水原監督がコーチ陣を集め、話し合いをしていた。
「……残念でしたね」
「何が、でしょうか? 私には十分な収穫だったと思いますが」
コーチの一人が零した一言に即座に反応する水原監督。
「大村くんは十分な働きをしてくれました。1年生とは到底思えないほどの、ね。1週間後の地域独自大会である春季杯、その後に控える夏季大会で起用もいいでしょう」
航大の結果は二回を投げ三振四つを奪う快投。航大の制球力と浜本のリードが相手の安打を許さなかった。後続の二年生投手が打たれてしまい、勝ちは逃げてしまったが。
「確かに大村には驚きましたよ。大村のコントロールは抜群。あれが一年とは……。当初はじっくり育てて、と思っていましたがチームの事情から即戦力に見方を変えても良いかもしれませんね」
当然ながら、今日の試合での在籍するほかの投手への評価は低かった。それもそのはず、航大以外の投手には失点がついており、四死球による自滅から失点するという最悪のパターンが何度もあった。
「今日打たれた二年生投手は二軍降格。三年生についても春季杯の調子があまりにも悪ければ降格検討ね」
血も涙もない実力主義の実行。水原監督は本気で全国に行けるチームを目指している。
三年生は最後の大会ということもあり、温情だ。調子が上がってくれることを信じて待ちたいが、全国を目指すとなるとそうも言っていられない。
「打者の方では青木もいい振りをしてましたね、守備も難なくこなせていた」
代打出場でいきなり長打を放つなど、一軍をいきなり勝ち取った実力をしっかりと見せつけ、コーチ陣にアピールしていた。航大と同じくベンチメンバー入り以上は確実だろう。
「東くんを中軸に据えた上位打線もなかなかの得点力。課題はそうね……。しいて言うなら下位打線かしら。特に浜本くんあたりで併殺や凡退で打線にブレーキがかかることが多いような気がするかな」
あまり考えなかった下位打線。確かに上位と下位の差は開いている。かといって捕手としてのチームへの貢献からすると浜本を外しずらい。三年というのも引っ掛かってくる。とはいえ、浜本を凌駕する選手は北近畿シニアには居ないのが現状。まだ先の話だが、新チームは苦労しそうだ。
「さて、明日は二軍三軍の紅白戦でしたね。大会直前にもう一回ありますが、動きのいい選手は一軍に上げることも考えるということで」
試合後、グラウンド外から帰り支度をするユニフォーム姿の選手たち。汚れた様子はなく、試合に出場していない選手のようだ。
「あーあ、一軍負けかよ。情けねえ」
「何言っても無駄だぜ。俺たちはどうせ雑用係で終わる身だ。帰ってゲームやろうぜ」
賛成、という声が複数人聞こえる。そんな中たった一人、グラウンドを見つめる選手。
「中村はどうする?」
「俺は少し自主練するわ。先帰っていいよ」
「そっか、じゃお先にー」
ベンチ外メンバーはほぼ全員帰ったようだ。中村は水原監督を見つけ、声を掛ける。
「あの、監督。自主練したいのですが」
「おお、君は確か大村くんに無理やり引っ張られ練習見学に来ていた……な、なか……中野?」
「中村です」
入りたての三軍選手を把握できていないのも無理はない。全国を目指す監督というのはそこまで大変なのだろう。と思っていたのだが……。
「すまない。一応全選手のデータは頭に入れて置いたのだが、一部抜け落ちていたようだ」
ふう、と一息つき水原監督は中村に言った。
「で、自主練だったな。今ちょうど一軍が自主練してるから混ぜてもらうといい。レベルの高い連中から学ぶこともときには必要だろう」
「いいんですか? 俺はその、下手でーー」
その言葉を聞いてふっ、と笑みを見せる監督。
「君はまだ一年だ。最初から上手いやつなんていない。今キャプテンやってる二年の東は一年前はトンネルや後逸は当たり前のザル守備だったらしいから」
あの東さんが? と中村は驚く。
「下手だからこそ練習する。何度も何度も。そうやって自分なりにコツを掴むのさ。誰よりも人一倍練習する姿を見ているから、皆彼についてきている」
努力は報われるとはいえない。だが過程を間違えず、質を高めながら量をこなす。上手く行けば結果はいつの間にか勝手についてくる。
「東、彼にバッティング教えてやってくれ」
「え、あ、あの……そのーー」
「ほら、行きなさい」
背中を押され、主将である東のもとに行く中村。一軍の頂点に立つ人から教わるのは恐縮だと思っただろうが、学ぶことは多いはずだ。
その流れを眺める航大。彼もまた自主練をするために残っていた。
「面白い選手、ですよね?」
航大は監督に駆け寄って同意を求めるようなことを小声で言った。右腕にアイシングし、肩を休ませている。
「まあ、可能性は感じるかな。東くんもそうだったみたいだし」
「東さんが?」
「ええ。過去の話は伝聞だけだからあまり詳しくはないけれど、最初は三軍からだったらしいわ。地道に努力を重ね、一年の秋季大会あたりで一軍でレギュラーを掴んだ。その努力量は一軍に匹敵するようなものだったみたい」
東が元三軍選手だったのは驚きだ。前例があるのであれば希望はある。夏の大会に中村がベンチ入りすることも確率は低いがゼロではない。
航大は、二軍以下の連中の動向に注目し中村が一軍に上がれる方法を模索した。
そして、見つけた。二軍、三軍が集う紅白戦だ。二回ある紅白戦のうち、望みがあるのは二回目すなわち春季杯の後に行われるときだ。
東に色々と教わっている中村を見て、航大は聞こえない声で呟く。
「早く一軍に上がって来い。待ってるぞ」




