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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
出会って、別れて、また会って
22/64

第22話 扉は開かれた

 京子と航大。二人が歩む道は初めて交わった。皮肉にも敵味方、ライバルとして。

 この試合、優勢なのは京子が属する秋葉東。負傷交代ではあったが、エースが崩れて控えが出てくる展開。

 エースより上手い控えなどいるはずがない。と、少なくともこの場を共有している者たちは思っていた。

 先入観とは怖いものである。例外というものがあるのだから。

 誰も見えていない。この先の展開も、結末も。

 まだ誰も気付いてはいなかった。ただの控えだった少年が、怪物に化けるということを。



 京子と対峙する航大。状況次第ではヒットでも相手に追加点を与えてしまう。そうなればこの試合は間違いなく終わりだ。回が終わったら帰り支度をした方がいいと思えるほどである。それほど今日の京子からは得点が望めない。

 だが、曲がりなりにもエースは航大にマウンドを託してくれたわけだ。航大もその思いに答えるべく、投球動作に入る。

 小学生の航大に投げられるのはストレートとただ曲がるだけでキレのないお粗末な変化球。

 たが、航大はただ一つだけ信じられるものがあった。

 抜群のコントロール。練習を重ね、最近はほぼ狙い通りに投げられるようになったことが航大が今考えられる唯一の勝算である。

 その根拠は確かなもので、精度はかなり良いと見ていい、と航大は思った。コントロールの良い投手はストライクゾーンを九分割し、それぞれのコースに対して投げられるのだが、航大はそこからさらに九分割。

 常人離れした、針に糸を通すようなコントロールであることは言うまでもない。が、球数を重ねればどうなるかが問題である。

 現状、球速は代々木に遠く及ばないのだから……。



 初球、外角低めに狙いを定め、航大は腕を振り抜く。左腕から放たれた球は真っ直ぐミットを目指す。

(外角低め……。ストライク、いやボールかも……)

 京子はバットを振らずに見送る。ボールはホームベース上ギリギリを通過。主審のストライクコールが響く。

(ギリギリじゃん……。たまたま、だよね……?)

 二球目。航大の狙いは初球と同じ。ここで見せるしかない。

(同じ球……! でも振ってはダメ。これはボール。これはーー)

「ストライク!」

 主審はストライクの判定。先程と寸分違わぬコースにボールが来たことに驚く京子。言葉が出ない。

 三球目。外角を二球続けた航大。配球を考える青沼は、内角を要求する。だが、航大は首を縦には振らなかった。

(まあ……そうか。ここが勝負どころってわけか。いいぜ)

 京子は迷った。外角か内角か……。三球連続同じ配球というのは相手に読まれやすいため、避けることが多い。だが、相手が全く対応できていないときは同じ球を何度も続けることがある。

 バットを握りしめ、京子は構える。航大がサインを拒否したことが気になる。

 そんな京子の迷いをよそに、航大は投じる。

(外角……!)

 中途半端なスイングは力なき打球を生み、内野手のグラブに収まる。

 京子を打ち取り、盛り上がる新宿ベンチ。

「まさか、三球連続、同じコース。それも制球の狂いなく投げられるなんて……。大村くん、か。すごいね……」

 落ち込むというよりは、何か納得したような表情でベンチに戻る京子。

 一方の航大。そんな様子の彼女には目もくれない。本人に相手を気にする余裕はない。まだピンチは続いている。ヒットを打たれれば終わる、という状況は変わらない。

 だが、航大も一歩も引くつもりはない。やることは変わらないのだから。

 次の打者に対しても、航大は外角に投げ続ける。外角ギリギリを突く投球でストライクカウントを増やしていく。

 外角ギリギリを攻め続ける投球に球場内の観客から歓声が沸く。それほど観に来ている人がいるわけではないのだが、航大が少し注目されつつあることを本人は感じ取っている。

 この打者も内野フライに打ち取り、航大はこの場を切り抜けた。



「まさか、あんな投手が向こうにいたなんて」

 相手のベンチからそんな声が漏れ出る。

「しょうがないですよ。あれだけコントロールがいいと、初球から追いこれているように感じてしまいますから」

 航大の制球の良さは秋葉東にとって予想外だった。無論だが、公式戦初登板となる選手のデータなどあるはずもなく、秋葉東が追加点は愚か、出塁すら危うい。追加点を得るのは非常に難しくなった。

 そこで、秋葉東は追加点よりも相手を抑え切って勝つ、という守りの姿勢に入った。点を与えなければこのまま勝てるのだと。

 


 秋葉東の守りはより強固になっている気がする。回が進むごとに京子に疲れが見え始めていたが、それを感づかせまいと秋葉東の守備陣が助ける。チームとして機能している秋葉東を見て、その強さを航大は改めて実感した。

 点の変動がなく、航大と京子の投げ合いは続いていた。

 ただ、流れは徐々に新宿に傾いてきていた。京子が投じるボールが見える、当たる。疲れもあるだろうが、ここまで好投を続けている航大を助けたいチームメイトの思いなのだろうか。

 次の一点を獲りにいく姿勢無くして勝利なし。

 かつて航大が父に言われた言葉である。どんなチャンスも逃さずものになれば、堅く、どんなにびくともしない扉も開けられるのだと教えられた。

 スコアボードにゼロが並び、いよいよ最終回。航大は最後まで投げ切り、味方の援護を待つ。だが点差は四点。今までゼロに抑えられていた相手から3人アウトになるまで五点を入れなければ負ける。

 普通に考えれば無理な話だった。だが、青沼は言う。

「こいつが、初めてマウンドに立った航大が、ここまで好投してくれたんだ。最後まで諦めんな! 勝つぞ!」

 諦めかけていた彼だが、代々木の意地、航大の好投に心を動かされていた。

「「おおっ!!!」」

 誰も諦めてはいなかった。奇跡を起こす条件はここに揃った。



 最終回のマウンドも京子が立つ。だが、疲労は目に見えていた。

 ストライクが入らない。塁が次第に埋まっていく。

 そして、ついに満塁。だが、京子は粘った。

 二連続で三振を奪い、2アウト。あと一人。

「なんとか繋げば次打者は航大。バッチィングはあまり得意ではないとか言ってたが、期待できるのはお前だ。だからなんとしても回す!」

 打席に青沼が入る。

「私は……負けない!」

 京子は直球で青沼と勝負。前に打球が飛ばないながらも、かろうじて当て、ファールで粘る。

「しつこい……。でも、これで終わり!!」

 青沼が十球粘って、投じた京子の球はストライクゾーンからわずかに逸れる。

「あぁ……」

 京子は審判のボールの判定を聞いて落胆した。押し出しで新宿は1点を返す。

「あとは頼んだぜ、航大」



 航大が打席に立つ。打撃練習などろくにしていない航大には不安しかなかった。素振りくらいの練習であの球が打てるとは到底思えない。

(ここまで何打席か立ったが、本当に打てる気がしない。どうする……)

 京子を見る航大。京子を抑えることはできても、彼女の球を打つのは厳しい。だがーー

「勝負だよ」

 京子の目は伝えていた。初対決のときと同じ目だ。

 肩で息をし始めた京子。だが、目は真っ直ぐ航大を見ていた。

(やってやる……!)

 ……そう意気込んではみたものの、青沼同様に打球が飛ばない。だが辛うじて食らいつき、粘る。

 そこでたった一つ。ありえないが、この試合に勝つ方法があることに航大は気づく。

 満塁本塁打。打てば逆転サヨナラとなり、新宿は勝つ。

 だがそんなロマンが起こり得る可能性は限りなく低い。

「これで、最後!!」

 彼女の想いが詰まった球は勝ちたいという意志さえ感じられる。恐ろしく、重そうな真っ直ぐだが、航大に迷いはない。

 無我夢中でバットを振り抜く。


 そのとき、航大は微かに聞いた。堅く閉ざされた重い扉が開く音を。


 快音が響く。

「あ、当たった……!」

 打球の行方を走りながら追う航大。京子もその行方を目で追いかける。

「ライト!!」

 京子は叫ぶ。

 だが、叫ばれた当の本人は、フェンスを越える打球を見送った。

「嘘……」

 京子は崩れ落ちた。

 歓声と拍手が沸き起こる。

 今までに経験したことのない気持ち。感情を爆発させる航大。

 ゆっくりとダイアモンドを1周し、チームメイトに迎え入れられる。

「全く……なんてやつだ。一ミリ、見直したぜ。褒めてやるよ」

「なんだそりゃ。絶対褒めてないだろ、代々木」

 ようやく始まった野球人生の一ページ。航大は歩き出した。



 歓喜の輪とは対照的に、京子は無言のままうなだれていた。

「山川……。整列だ。行こうぜ」

 チームメイトに声をかけられ、立ち上がる。

「今年は…これでもう終わりなんですね。すいません」

「何言ってんだ、来年頑張れ! まだお前には次があるじゃないか」

 京子の目から涙が溢れた。目からこぼれ落ちる涙を袖で拭き、京子もまた歩き出す。



「五対四で新宿リトルの勝ち。礼!」

「「ありがとうございました!」」

 健闘した両チームを称える拍手が響く。

 挨拶を終え、両チームがベンチに戻っていく。航大は京子の元に駆け寄った。

「な、何……?」

 京子の目は赤くなっていた。

「またやろう、必ず。俺さ、もっと強くなって、エースになってみせる。そのとき、また勝負な!」

「……うん」

 航大と京子は握手を交わす。彼女の手は暖かく、震えていた。

 京子はまだ、敗戦のショックを引きずっているようだった。

 勝者が敗者にかける言葉など、ないのかもしれない。

 それでも、航大はただ放っておくわけにはいかなかった。

 約束を交わした二人は、握った手を離し、それぞれのベンチへと向かった。

「……ありがと。航大くん」

 京子は独り言のように呟く。

 


 また会うのは次の大会か……と航大は思った。思っていたのだ、が。


「航大くん、おはよ〜!」

「え……ええっ?!」

 次の日の学校にて。京子は航大と同じ小学校の児童だったことを航大は知る。

 その日から、京子は航大にとって最初の異性の友人となった。

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