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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
レギュラーへの道
2/64

第2話 勝負だ!

 京子が救いの手を差し伸べてくれた。昔のように、また笑い合えるように。

 今まで抱えていたもやもやが少し晴れたような気がした。

 

 次の日の昼休み。

「お前が大村 航大か?」

 航大は身長の高い生徒に声をかけられる。どうやら二、三年の先輩のようだ。

 これで何度目だろうか。航大の噂が広まってから、野球部への勧誘がほぼ毎日。面倒極まりない。

 やれやれと思い、話だけは聞いておこうとして航大は尋ねる。

「何か用ですか?」

「俺は二年の日野ひの 映一えいいちだ。お前を野球部に勧誘しに来たんだ」

「先輩には悪いですが、俺は入りませんよ」

 その言葉に目を丸くした映一だが、すぐに返答する。

「ほう。ただの経験者ならここで放っておくが、中学まではすごい選手だったんだろ。その腕を見込んでもう一度言うが、野球部に入らないか?」

 はぁ、とため息をつく。背が高く、スタイルもそこそこいい。おそらくポジションは投手か。航大にとっては元同族、といったところだ。

 日野のお山の大将のような雰囲気が拭えず、裏を返せば大海を知らない蛙だ。聞くだけ時間の無駄だったようだ。

 面倒ごとを払いのけるべく、航大は言った。

「しつこいですね。自分さえよければいいと思っている、あなたがいるチームの一員になるわけがないでしょう」

「何だと! もう一度言ってみろ!」

 日野は大声を張り上げ、航大に対して激しく怒った。

 正直に言ってみただけだが、火をつけてしまったようだ。日野は引き下がるどころか迫ってくる。

「自己中心のあなたがいるチームに入っても、俺には得るものがないっていうことですよ」

「ふざけんじゃねえ!」

 場を収めるどころか、火に油を注いでしまった。こうなってしまってはどうしようもない。

 映一が拳をかざし殴りかかろうとしたその瞬間、


「そこで何をしている!」

「ちっ、邪魔が入ったか。覚えておけよ!」

 そう吐き捨てて、映一は去った。

「大丈夫か、き――」

 言いかけて、その生徒は驚いて航大の顔を見る。

「間違いない。お前、大村だろ! 久しぶりだな」

 その生徒は、かつて北近畿シニアのチームメイトで一年上の先輩、あずま 幹彦みきひこだった。

 二人は屋上に移動する。航大が面と向かって東と会話をするのは、中学以来だ。

「俺たちに挨拶もなくシニアを辞めるなんて。一体何があったんだ」

「色々……。色々とあったんですよ、先輩」

 そう言って目を閉じて黙る航大に、東は言う。

「確かに才能はあったが、残念だな。野球をやる意志はないのか?」

「ええ。もう十分やったんで。東さんは高校でも?」

 航大の質問に、東が堂々と答える。

「もちろん、高校でも野球はやってるぞ。今年は三年がいないから二年の俺が主将をやっているんだが……」

 途中から堂々とした声が力のないものに変わっていく。

「何か、あるんですか?」

「さっき、お前に声をかけてきた奴がいるだろ? そいつが今のうちのエースだ」

 

 日野の話を東から聞く航大。性格は身勝手で自己中心的、短気という最悪なもの。

 投球は好不調が激しく、チームに迷惑をかけまくっている。

 東は、もうじき始まる春季大会は一勝もできそうにないと踏んでおり、このままだと夏の甲子園は夢のまた夢なのだそうな。

 諦めた口調で東は言っていた。そんな問題児がいるチームをまとめているのか。相当苦労しているに違いない。

「だからといってお前の力を貸してくれって訳じゃないんだが……。まあ嬉しかったぜ、何事もなく高校生活を送っているみたいで。お前も頑張れよ」

 そう言って二人は別れた。

 去る東さんを見て心に引っかかる何かを感じながら、航大は無言で見送る。



 昼食を終え、教室に戻る。

「何か、あったの? 誰かと一緒にいたみたいだけど」

 唐突に京子に訊かれる。もしや見ていたのか?

「いや、昔の先輩に会っただけさ。なんでもない」

 航大は笑顔で返す。岬が声をかけてくる。

「不愛想だと思ってたのに、山川さんの前では表情豊かね」

「……別にいいだろ」

「言うの忘れてたけど、学級委員選出があるから私に一票よろしくね」

 本題はそっちか。航大はふう、とため息をついた。



 放課後。航大は京子と一緒に下校する。

「私のおかげなのかなー。航大くんの表情がはっきりしてきたのは」

「馬鹿言え。その気になれば、喜怒哀楽くらいの表現はできる」

 二人は笑いあう。こういう笑いと安らぎのある生活を航大は望んでいた。だが、何かが足りない。

 校舎を出てすぐ、航大は立ち止まる。

「どうしたの?」

 突然立ち止まった航大を見て京子が不思議そうにしているとーー。

「危ない!」


 航大が叫び、すぐさま京子に覆いかぶさるようにして倒れる。直後、速い何かが航大の上を通り抜け、カーンという音を響かせる。

「ちょっ、航大くん! ち、近いよ……」

「す、すまん!」

 状況を把握した航大は大慌てで京子から離れる。

「一体何が……」

「あれがグラウンドの方から飛んできたみたいだ」

 航大が指さした先にあったのはボール。正確に言えば硬式野球のボールだ。もし京子に直撃していたらと思うと、想像するだけで恐ろしい。骨折もあり得た。

「すいません。そちらにボールが飛んできませんでしたか?」

 練習用の野球のユニフォームを着た選手がこちらに向かってきた。グローブをはめている。航大は無言でボールを拾い、左手で握る。そして投げ返した。

「ボールの管理ぐらいしっかりしやがれ。人に当たったらどうするんだ!」

 航大は怒鳴った。その顔を見た野球部員は目を丸くして驚いた。

「お前、航大なのか?」

「は?」

ボールを取りに来た野球部員は、かつて北近畿シニアでバッテリーを組んだ、中村だった。

「お前、なんで俺たちの前から姿を消した! お前と一緒なら全国優勝だって夢じゃなかったのに……」

「……帰ろう、京子」

 航大は京子の手を引っ張り、校門を後にする。

「あ、うん」

「お、おい! 待て!!」

 淡々とした口調に中村は唖然とするしかなかった。


「ねえ、航大くん。あの人は誰なの?」

 京子と航大は家に着き、一服する。京子からどうせ訊かれるだろうと思った質問が飛んだ。

「あいつは中学のチームメイト。お前は何も気にしなくていい。いいな?」

「う、うん……」

「それじゃあ、晩御飯のおかずでも買ってくるわ」

 そう言って航大は自分の家を出る。空は茜色に染まっている。一方、一人残された京子は、独り言を呟く。

「さっきはドキドキしたなあ。あの後、キスでもされてたら――」

 妄想に浸り、顔を赤くする京子であった。


 

「さて、今日の晩飯は何に――」

スーパーの入り口に航大が入ろうとして、

「——航大!」

 航大に気づいた中村が叫ぶ。スーパーには入らず、航大は必死に逃げる。

「ちょ、ちょっと待てって!」

 中村も必死に追いかける。航大よりも数多くの練習を続けてきた中村にとって、航大に追いつくことは容易かった。

「へへっ。捕まえたぞ」

「……要件はなんだ」

「俺と勝負だ、航大。俺がお前からホームランを打ったら野球部に入ってもらう。お前が俺から三振を取ったらもう何も言わない。これでどうだ」

 中村から提案されたバカバカしい勝負に航大は言う。

「何考えてるんだ、お前は。右ではまともに投げられないから勝負にならん」

 航大は言うが、中村は耳を貸さない。

「だったら左で投げればいい。さっきの送球、中々鋭かったしな」

 航大は目を閉じ、やれやれ、とため息をついて目をゆっくりと開く。

「とっとと終わらせて晩飯を買いにいかせてもらう」

 スーパーから遠く離れた場所に、広い公園がある。そこで一打席勝負の幕が開かれた。


 壁を背に、中村がバットを握りしめて構える。

「勝負だ、航大!」

「とっとと終わらせてやる!」

 航大は左腕を振り、精一杯の力で投げる。明らかなボール球だ。

「おいおい、どうした。ボールだぞ」

「う、うるさい! すっぽ抜けただけだ!」

 そう言う航大に、中村がアドバイスをする。

「昔の右投げのフォームを思い出せ! お前ならできる!」

 そうアドバイスする中村だったが、内心航大が投げている球について衝撃を受けていた。

(正直、信じられない。コントロールはともかく左でここまで速い球を投げれるとは……)


 航大は二球目の投球動作に入る。先ほどのめちゃくちゃなフォームとは全く異なり、綺麗なフォームが完成する。

「これで、どうだ!」

 航大はもう一度精一杯の力で二球目を投げる。手元でボールが浮き上がる。

「ぐおっ!」

 勢い余って尻餅をついた中村。かすりもせず、バットは空を切る。

「どうだ、見たか!」

 航大は誇らしげに言う。そんな航大を見て中村はふっ、と笑って言った。

「あと二ストライク残っているぞ、気が早いぜ!」

 航大は三球目を投げる。またしても、手元でボールが浮き上がる。

「くそっ!」

 中村のバットは、ボールにかすりもしなかった。

(ストレートだとわかっててなぜ打てない。けど、次こそは!)

 航大は四球目を投げる。

「これで終わりだ!」

 振りかぶって投げたボールは、先ほどよりもさらに浮き上がった。

(高い。けど、打てる!)

 カーンという金属音。だが打球は全く伸びない。航大は両手を広げる。

「ピッチャーフライってとこだな。お前の勝ちだ」

「三振じゃねえだろ。もう一回だ!」

 ムキになる航大に中村は笑って言う。

「今のお前、昔の頃に戻ってるぞ。野球を純粋に楽しんでいた、あの頃のお前にな」

 航大ははっと何かに気付いた。

「俺はずっと、お前に謝りたかった」

「え?」

「できるならずっと、お前と野球をしていたかった」

 航大が投げ、中村が打つ。シニア時代は二人とも大活躍。ただ、”あの日”の出来事が航大から野球に対する情熱を奪ってしまった。

 予兆はあったのかもしれない。ただ、それに気づくことができなかった。

 中村は拳を握りしめ、後悔を口にした。

「自分にもっと力があれば、もっと支えていれば、こうはならなかった。野球を辞める事なく、ずっと楽しめていたのかもしれない」

「それは違うな。遅かれ早かれ、運命だったんだよ」

 航大は言う。上には上がいるのだと。自分より経験が浅く、才能ある選手に抜かされる恐怖を。ただ、それだけではなかった。


「楽しむ気持ちが欠けていたことに気づけなかった。その隙間に入って来たネガティブな感情に俺は耐えられなくなっていたんだ」


 野球を楽しむこと。勝ち負けよりも精一杯のプレーで、持てる力の全てを使って勝負を楽しむ気持ち。

 その気持ちが知らず知らずのうちに抜け、敗戦のショックやしばらくは投げられないという魔の宣告、家庭環境……。色々な事象が積み重なって起きたことなのだと。


「ま、それで野球を辞めて、あらゆるものから背を向けて済む話じゃなかった。何気ない、何もない日常が続くだけだった」

 そのつまらなさに、さっきの勝負で気づかされてしまったようだ。全てを閉ざしても楽しむ気持ちは返ってこない。

「もう一度、俺と一緒にバッテリーを組んでくれないか? 俺が打って、お前が抑える。シニアでは果たせなかったてっぺん、目指そうぜ。俺たちでさ」 

 中村の提案からは熱意が感じられる。航大の中にあった氷は溶けていく。

「お前はずっと信じていてくれたってのか……? 俺は仲間、なのか?」

「当たり前だ。俺はずっと、待ってたんだぜ。1番の友人である、俺がな!」

 頼もしいことを言う中村だが、訂正しておこう。

「1番ってのは言い過ぎだな。1番は多分あいつだろう」

「なに〜?! 俺よりもお前と親密な奴がいるってのか!」

 冗談を言い合い、かつて最高と言われたバッテリーは笑う。

 握手しようとした瞬間、二人のお腹が鳴った。

「そういや腹減ったな……。あっ、しまった!」

「どうした、航大」

「そういや晩御飯のおかずを買いに行かなきゃならないんだった。今何時だ?」

 気が付けばすでに日は沈み、公園の電灯が光を放っている。航大は時計を見る。

「げっ、もう七時か。早く飯を買わないと、ってスーパーこっからじゃ徒歩で数十分かかるじゃねえか!」

 体力は衰えているが、かなりの距離まで逃げていたのか。航大は感心した。

「いやいや、感心してる場合じゃない。あそこのスーパーの閉店時間はもうすぐだぞ!」

「な、なんだと!」

 時間は迫っていた。流石に晩ご飯が味気ないものになるのは勘弁だ。

 航大と中村は大慌てで公園からスーパーへと向かう。



 怒涛で刺激のある日々はこうして自然に手繰り寄せられた。

 中村と走りながら、航大は自然と笑みを浮かべるのだった。

「仲間は……ここにいたんだな」


 次の日の放課後。野球部のグラウンドに人が集められた。

「では、自己紹介をお願いしようか」

 監督が告げる。

「一年E組、大村 航大。本日から硬式野球部の一員として、精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」

 航大の高校野球物語はここから始まる。


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