第16話 与えられたチカラ
日差しが照りつける昼過ぎの球場。30度を超える暑さである。
雲ひとつない青空。日差しが眩しい。
試合開始数分前、試合会場の入口前で航大はとある人物に呼び止められた。
「やあ、大村くん。元気そうで何よりだ」
体格も外見も目を見張るような相手ではなかった。が、顔には見覚えがあった。近畿工業大学付属高校の長原だ。数日前にあったミーティング中のビデオで観た中にいた人だ。
「……何か用ですか?」
「3年越し、といったところか。この日をずっと待っていた」
ふと航大は考える。過去に彼と戦ったことがある。……微かな記憶ではあるが。
「俺と戦いたいというのはわかりましたが、野球は一人でやるものではありません」
「そのたった一人にやられたんだがな」
航大は落ち着いた口調で相手に伝えたつもりだが、逆効果だった。
長原は拳を握りしめる。航大は自分が何をしたのか、いまいち思い出せない。
「俺はお前にコテンパンにやられた。あの日の屈辱は忘れん。たかが1年に——」
先ほどまで苛立ちを露わにしていた長原は、突然表情を変えた。
「まあいい、俺は力を得たんだ。それをお前に思い知らせてやる」
長原は航大に向かって指を指す。余裕の表情とただならぬ自信。一体どこから来るのだろうか。
「おい、何してるんだ大村」
日野だった。辺りを見回せば、航大以外の選手はみな球場入りを済ませているようだった。
「君にも話があるんだよ、日野。わが監督に見限られた無能な息子さんだっけな」
「なんだと!」
長原の発言が癪に障ったのか、日野は怒りを露わにする。
近畿工業大付属の裏に日野元監督がいるのは本当のようだ。
「昨年の龍山学院は単なるテストに過ぎない。最高のプログラムを完成するための実験台だ」
「実験台……?」
何も知らない、というような顔をする二人に対してやれやれ、という顔をする長原。
「完成された日野監督の野球、すぐにわかるさ」
航大と日野は球場入りし、準備を始める。
長原の言葉が気がかりだった日野は航大に言った。
「相手は何をしてくるかわからねぇ。気をつけろ」
「ええ。わかってます」
先攻は龍山学院。
1番の鍵谷が打席に立つ。長原はセットポジションから第1球を投じた。
捕手はミットを真ん中に構えていた。だが、ボールが収まることはなかった。
投球は左打席に立っていた鍵谷の右肩を直撃。
高校野球に使われている硬球は当たった場所によっては骨折も有り得る。
鍵谷は冷却スプレーを肩にかける。
「わりーわりー」
長原の態度を見る限り謝る気はなさそうだ。ベンチからその様子を見ていた日野は苛立ちを隠せない。
不穏な空気が流れるまま、2番の今西を迎える。
長原はセットポジションの状態から今西に対して第一球を投じる。
嫌な予感がした。
「ぐわっ」
またもデッドボール。左手をおさえ、痛みのあまりうずくまる今西。起き上がれそうにない。
「高木くん。代走の準備を」
水原監督が指示を出す。代走高木がコールされ、ヘルメットを被った高木は一塁へと向かう。
「てめぇ! わざとぶつけやがったな!」
日野がマウンド上の長原に詰め寄る。それを見た龍山学院の選手たちがベンチを飛び出す。止めに行く者、苛立ちを抑えられない者……。
「おいおい、言いがかりはよしてもらおうか。こっちだってこの投げ方に慣れてないんだよな〜」
「だったら帽子ぐらい脱いだらどうなんだ!」
乱闘騒ぎに近い光景。まさか高校野球で起こるとは。見に来ている観客も息を呑んだ。
今にも殴りかかろうとする日野を止めたのは、航大だった。
「もう、いいでしょう。ベンチに戻りましょう」
長原はただ航大を見て不気味な笑みを浮かべる。
3番青木に打順が回る。無死一二塁でチャンスの場面。
得点圏。ここからの打順で点が入らないのはほぼあり得ない。
「俺だってイラついてるんだ。とっととそのマウンドから引きずり下ろしてやる」
長原は青木に対して1球目を投じる。真ん中の真っ直ぐ、絶好球だ。
「甘い!」
だが、スイングした際に青木はハッとした。
「カットボール……?」
少しの動揺が中途半端なスイングを生み、打球はセカンド正面のゴロ。待ってましたと言わんばかりに二塁、一塁に転送されダブルプレー成立だ。
「ぐっ……」
青木がまさかの凡退。無死一、二塁が二死三塁になってしまった。
だが、こちらには頼れる4番打者の中村がいる。
打席に立つと同時に捕手が立ち上がる。
「あっ……」
思わず声が漏れる。中村は敬遠で歩かせるようだ。
5番の高井川との勝負を選んだようだ。長打力はあるが、打撃そのものは荒い。戦略としては妥当な判断であろう。
「なめやがって…」
高井川は呟く。この時点で冷静さは失われていた。
中村が敬遠で一塁に歩かされ、高井川が打席に入る。
頭に血がのぼっている彼に何を言っても無駄である。
案の定、初球のボール球に手を出してしまい、ボテボテの内野ゴロ。
ベンチから漏れるため息。
「まさか……あの投げ方は……」
航大は何かに気づいたらしく、目を見開いた。
「どうした?」
中村が声をかける。
「間違いない。昨年の最多勝を獲ったプロ野球選手、木目田祐樹の投球フォームだ!」




