第15話 オモテとウラ
二回戦を突破した龍山学院。三回戦、四回戦と順調に勝ち上がっていく。
そんな中、その人は現れた。
「泊めて」
玄関前に大量の荷物を抱えた千夏が現れた。
「嫌です」
このやり取りが一時間。季節は夏。さすがにこたえたのか、航大が折れた。
「ああ、もうしょうがない。入れよ」
「何もタダで泊まるとは言ってないわ。人が一人増えて大変になるでしょうし」
「金ならなんとかなってるさ。ここの大家さん、昔お世話になった監督の知り合いだし」
とはいえいつまでも厄介になるのは申し訳ない。広々と使っていた部屋が狭くなることに少しがっかりした航大だが、安心した気持ちもあった。
「航大くん~」
聞き覚えのある声。間違えるはずがない。航大の隣に住む彼女だ。
「あら、京子ちゃん。いらっしゃい」
「うげっ」
京子の心の声が漏れる。が、千夏は意に介さず我が物顔で居座る。
にっこりとほほ笑むが心は笑ってないように見え、不気味さを増している。
「……次で準決勝なんだって? すごいじゃない!」
「俺だけじゃない。みんなが頑張っているおかげさ」
確かにその通りなのだが、すべての原動力となっているのは航大の投球。彼がいなければ龍山学院がここまでかちあがれていたかどうか……。
「で、次の相手。確かに無名だけどね。あり得ない人が監督をやってたのよ」
「ああ。近畿工業大付属だっけ? 監督が病気で入院することになったとか」
「日野先生っていたでしょ? あの人が代理で監督をやっているのよ」
「うまくいきましたね。しかし、よろしかったのですか?」
「仕方のないこと。少々強引ではあったが、我々の世界を守るためには手段を選んではならない。我々の時間が限られていることを忘れるな」
スーツを着た二人の男が、話をしている。一人は背が高く、もう一人は小太り。
会議室のようだが、昼間というのに薄暗い。黒いカーテンが日光を遮り、奇妙なな空間を作り出している。
「我々の世界は今、危機に陥っている。今彼を止めなければ、きっと良くないことが起きる」
「私はそうは思えませんがね……。むしろ逆であると思いますが」
「根拠は?」
「今の彼が、あんなことをする人だとは思えない。ただの野球好きな少年ですよ」
小太りの男性の発言に対し背の高い男が言った。
「君は彼の本当の力をわかってはいないようだ。その片鱗を見せる前に倒すしかない」
大きく息を吸い、小太りの男性に言った。
「電話をよこせ」
小太りの男性は携帯を差し出す。手に取った長身の男性はとある番号に電話し、一言。
「これよりプランAを実行する。……大村航大を潰せ」
確かに違和感はあった。近畿工業大付属。晩年初戦敗退の弱小チームだった。だが今年は順当に勝ち上がりベスト4。
「まさかあの人が監督になっていたとは。でも野球連盟から処分を受けていたはず」
紅白戦の後、野球部の指導に関して暴力、暴言など日野元監督の様々な問題が明るみとなり、学校からは懲戒免職、野球連盟からは無期限指導停止が言い渡されていた。
近畿工業大付属高校。荒れているというイメージはなく、普通の学校。そんな学校が問題のある教師を難なく迎え入れるとは考えられない。
「それが……。なかったことになってるのよ。書いてあったはずのその日の記事も記載が見当たらない」
自分は夢を見ているのか、と航大は思った。確かに見当たらない。新聞も週刊誌も確かに書いてあった部分の記載が他の記事にすり替わっている。
もっとおかしいのは、この現象を明確に感知したのは航大と千夏だけだということ。京子はそんなことがあったような、なかったような、と答えがはっきりせず、それ以外の皆も曖昧な回答をする。
この問題に関心を持っている者が周囲は少なく、記事がすり替わっていても気がつかない。証拠を出そうにも元の記事そのものがすべてすり替わっている以上、どうすることもできない。
「信じられん。こんなことは初めてだ」
「とにかく明日の試合、気をつけた方がいいわ。日野先生はきっと航大や野球部のみんなを恨んでいるだろうから」
「ああ、わかってる。気をつけるさ」
悪魔がグラウンドに戻ってくる。それを陰で操るとんでもない存在をまだ航大達は知る由もなかった。
「状況はどうだ」
「ええ。順調です。強化プログラムは正常通りに作動しています」
「そうか。ならばよい」
一人の生徒と先生のようだ。
「大村航大め。貴様さえいなければ……」
怨念に満ちたその声は先生らしき人物から発せられていた。
「問題ありません。日野監督の指示は完璧です。このプログラムは私たちを高みに導いてくれる素晴らしいもの。それは試合で必ず証明してみせます」
「よかろう。ならばその力、見物させてもらうとしよう。明日の試合が楽しみだ」
「この世界はまだ救いようがある。ここで彼を消すことができれば……の話だが、まあやつのことだ。そう簡単にはいくまい」
長身の男が会議室を立ち去る。部屋には一枚の名刺が残されていた。
血が付き、泥で汚れている古い名刺にはこう書かれていた。
『大村 雄一』




