8話 僕が女の子になったわけ
『足痛い…』
ちょっと外出てくるって言って飛び出してから約一時間。結構遠くまで来てしまった。しかもバスの定期外の地域なのでバス来ない。
『姉ちゃんか母さんを呼んで迎えを……』
携帯がない……。もう、ないないないない何してんの僕は!!
とうとう普段行くわけもないような大橋まで来てしまった。星が綺麗に見える。
『何してんだろ、ホント…』
テンションが上がった?確かに高校入学前はテンション上がるだろう。まさかこんな形で入学するとは思ってなかったけど。
さて、ふらふらと歩いて来たものはいいが、大橋の近くには特になにもない。強いていうなら古びた神社があるだろうか?あまり行ったことはないのだが、かなり歴史のある神社と聞く。
『あぁそうじゃ、確かに長いのう』
え!?いま、声が、
『カラカラッ、くくく、かかか、』
神社の方から?行ってみるか?
チリン、チリン
風鈴の音。やはり誰か神社にいる。僕を…呼んでる?
『ま、待って!!』
暗い神社の階段を登り、途中何度もつまづきそうになりながら、上まで辿り着く。さらに星は輝き、満月が顔を出す。いい夜空だ。
『カラカラッ!風流なものよの』
っ!!!誰だ!?
『久しぶりじゃの。まぁ記憶がないから初めましてでもいいか。消しといてなんじゃが、思い出せそうかの?』
風が吹いたかと思うと、大きな社の賽銭箱の前に、突然人影が現れる。白髪で赤眼の可愛らしい少女。丸まったしめ縄を持ち、月光に照らされて怪しげに微笑んでいる。
思い……出した。僕はこの人と会っている。名前は……
『ククリ……じゃ。苦しみの繰りかえしと書いて苦繰じゃ。のぅ、青海川の末裔』
『あ、あ、ああ、ククリさん……かみ、サマ?』
『あぁ、記憶の混乱を抑えるために一時的に記憶消去を行なったが、思い出せたようでワシ安心♬』
『って、お前にはまず話が!!!なんなのさ!この姿は!!』
『焦るでない青海川の末裔。これは必要なことなのじゃよ。それに、女子の身体も悪くなかろうよ?ほれ、どうじゃ?』
『え!?』
突然、目の前からククリの姿が消える。そして、身体の中に何か入ってくる感覚。
『ほれ、胸も揉み放題じゃぞ?ほれほれ、』
『いやっ!ちょ、やめっ!!きゃぅ!!』
体が、思うように動かないっ!
『なんじゃこの露出の高い布切れは。こんなの要らん』
(ちょっ!なに脱ぎ始めてんですか!!)
『ふー、この下着もほぼ着てないようなものじゃな〜現代の服というのはよくわからん』
(ちょーっ!!神社で下着姿とかただの露出狂じゃん!!)
てか声が出ない………完全に身体の主導権を握られたようだ。
『ふー、やっぱり素肌に夜風が気持ちいいの』
(うわぁ!!!!とうとう全裸にぃぃ!!)
なんて焦りながらも確実に1つ気づいたことがある。
(月が…………赤い……?)
僕の目に映る月は……とても煌々と紅く光っていた。
『ああ、お主の目が赤いだけじゃ。ついでに言えば髪の毛の色も白くなっておるじゃろう?やはりお主は神憑りの才能があるらしい』
(か、神憑りて………乗っ取られてるってこと!?)
ていうか、丸裸で神社にいるの人に見られたら人生終わる!!!服っ!服ぅぅぅう!!
『ふぅ、久々に現世のものに触れたわぃ。ワシ満足じゃ。青海川の末裔よ、お主は最高じゃ』
(僕は今最低の気分だ…………)
『衣服がどうした。それほど重要なものではあるまいて。ほれ、ほれっ』
と言ってククリは僕の身体でセクスィーなポーズをとり始める。やめてくらさい本当に!
『まぁ良かろう。さて本題に入るとするか』
(この手のテーマのカミサマ最強すぎ…)
〜少女着替え中〜
『元々、死にかけておったお主にワシの魂の一部を付け足したことがことの始まりじゃ』
『………』
『ワシの魂は一部だけでも絶大な力をもつ。今回それは回復力に使われたようじゃの。あのままではお主は死んでいたからの』
『そこは感謝してますって…でも、なんでこーなったんですか?』
『青海川家……についてはまた今度話すとするか。まぁ青海川家にはその手の血が混ざっておるのじゃよ……神憑りの可能な血筋じゃ』
『一か八かじゃったの。お主の魂にワシの魂をくっつけることに成功した。周りの記憶の改竄はその際のワシの能力じゃな。それでもこの街にしか作用しないのじゃけど…』
『全然話がみえないんだけど…』
『要はワシは神憑りのできる青海川の人間の身体が必要、お主は生き返るためにワシの魂が必要。利害が一致したからこそこうなったのじゃ。まぁ性転換はその時の副作用じゃな』
『なんでそーなる……』
『青海川家もだいぶ血が薄れておってお主の母も姉も妹も神憑りが出来なんだ。絶望したさね。ワシにはやることがあるのに、それが成せぬとは……とな』
『やる、こと?』
『じゃから、それをお主に手伝ってもらうのじゃ。そのためにお主を生かした。その可愛らしい姿はおまけじゃ。喜んでいいぞ?』
『殴っていいすか?』
『怒る理由がわからんな。お主はもともと女子みたいな顔立ちじゃったのに…』
……まぁ確かによく女と間違えられてはいたが………ん?ちょっと待てよ…なんか嫌な予感がする
『ククリ、お前もしかして僕のこと最初女だと思ってた?』
『……………………………………』
『まぁ、そういう時もある……』
『へぼ神……』
『ああん??誰がへぼ神じゃ!ぱっと見どっちかわからず、時間もないから見た目で決めたのじゃ!悪いか!それに、女子の姿の方が神憑りするときに何かと便利なのじゃぁ!!』
『なに逆ギレしてんのさ!!巫山戯んな嘘だろ!?そんな理由で僕女の子にさせられたの!?』
『いいじゃろ別にっ!こんな絶世の美少女にしてやったのじゃ!人生勝ち組じゃぞ!?』
『も、戻せ!、元に戻せ!!』
『いやじゃ。大体戻したら死ぬのじゃぞお主』
『はい?』
『だから、ワシの魂があるからお主は生を繋ぎ止めたのじゃ。それに代わるものがないならばお主はそのまま死ぬことになるぞ?』
え、え?ええ?!そん、な
『……………………もうやだ』
『…諦めい。元々一度無くなった命じゃ。今生きているだけでも有難いと思うが良い。世の中には、生きたくても生きられない者がごまんとおるのじゃからな…』
正論だ。確かにここで死んでしまうのは良いことではない。だが、悔しさは残る…
だが、それでもククリは話を続ける
『それで、お主には……手伝ってもらうことがある』
『…………なんなんですか?その、手伝って欲しいことって』
『腕輪……』
『腕輪?』
妙に暗い顔をするものだ。さきほどの暴君ぶりとは違い、迷子にでもなったかのように表情が曇っている。
『盗まれたのじゃ、この神社から……何者かにな。それを、探して欲しい』
『………誰が持って行ったとかは?』
『わからぬ。じゃが、手掛かりならある。お主も関係ある話じゃ』
『僕に?』
『お主が刺された時、その時微かに腕輪の気配がしたのじゃ…ワシは自分のものは『気』でなんとなくわかる。なにが言いたいか分かるかの?』
僕が刺された時、微かに腕輪の気配がした?僕は腕輪を持っていないから……つまり
『………もしかして、通り魔と盗人が同一人物って言いたいの?』
『そうじゃ、つまりお主には…
通り魔を見つけ出して欲しい』
………………それ、は…
『怖いのは分かる。どうやらその通り魔とやらは捕まっていないらしいからの。でも、だからこそ、お主、通り魔が憎くはないのか?』
憎い……かと言われるとどうだろうか?それよりも正直恐怖の方が勝るかもしれない。一度刺された相手だ、もう正直会いたくないし関わりたくない。けれど…
『ククリ、その腕輪……大切なのか?』
『………大切な、大切なワシの腕輪じゃよ…』
腕輪の話をした時のククリの顔は切なそうだった。こんな姿だけど、僕を生き返らせてくれたのはククリだ。命の恩人、いや恩神。借りは返さなくてはならない。それに、
『やっぱり捕まってないってのは悔しい…かな。僕にあんな痛い思いをさせた奴には、それ相応の罰があって欲しい……とも思う』
『そうか、ならば契約成立じゃ。じゃがまぁそこまで焦らなくても良い。お主は普通の生活を送れば良いのじゃ。検非違使とやらも頑張っておるらしいしの』
『警察な。なんで1000年前にさかのぼってんのさ』
ふふふふ、カラカラカラカラ
と2人の笑い声が薄暗い神社に響く。月はますます輝きを増していた
…………
………………
……………………………
『で、なんでついてくるの?』
『当然じゃろう?ワシとお主はパートナーなのじゃから。ほれ、身体貸してくれ』
『え、嫌だ……』
『ええぃ面倒じゃ!それっ』
『うぅわ辞めっ!んんあぁ!!』
また乗っ取られて………ってあれ?
『無理にのっとりはせん。ただ体をうまく同調させるために外見の変化は致し方ないがの』
神社の近くの池まで来て、その水面に映る姿を見る。
ひまりヶ丘の女子制服の少女。しかし、その髪は絹のように真っ白で、眼は赤く輝いていた。白髪赤眼の美少女。アニメや漫画でしか見たことないその神々しい存在を、僕は水面越しに見ていた。
『これ、僕……なの?』
『ああ、そうじゃ。どうじゃ?ワシの神々しさとお主の美しさを掛け合わせ、さらにこの世のものとは思えない芸術が完成したのぅ』
雪女………不覚にも自分のことをそう認識してしまった。あまりに綺麗で、あまりに美しくて、可愛らしいその少女が自分であるということにも未だに実感が湧かない。
そんな時……
『………綺麗』
突然後ろから声がして、
『え!?うわ、あ、きゃぁっ!』
華麗な池ぽちゃをかましたのだった。
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冷たい……どんどん沈んでいく。奈落の底まで落ちるような感覚。誰もいない、なにも聞こえない。
水草が絡まる。水の奥底から何かが僕を引きづりこもうとする。恐怖でなのか、はたまた単純に息が持たなくなったのか、吐き出される空気の量が少なくなっていく…
死にたく……ない
……
…………
月明かりが見える。星々が輝いている。奈落の底まで誰かの声が聞こえる。
光る何かが僕を照らす
そう、誰かが僕を掴んでくれた。
『お兄!!まだ息あるよ!!』
『分かったからはやく救急車呼べよアホ…』
声が聞こえる。
あれ?生き…てる?あ、星が見える
『取り敢えずゆっくり呼吸して。大丈夫か?』
『あ、が、ゲホッゲホ!!うぇ、ええ あ、ありがと……』
『すぐ救急車来るから安心しろ。自分が誰だか分かるか??』
『お、青海川 来夢……、生き、てる……』
『ああ、生きてる…まさか落っこちるとは思わなかったけどな』
目を開ける。そこには僕を抱きかかえる男の姿。濡れた黒髪の下から覗く顔がすごく綺麗な少年。一瞬女の子かと思ってしまうほどの美少年。でも身体がしっかりしていて、手が大きくてやっぱり男の子だと思えるような不思議な人だった。
『はぁ、はぁ、あの、貴方は…?』
『…俺、は…』
『あ……ひまりヶ丘の制服…』
その時、サイレンの音が響いた。救急車が来たようだ。
その音に安心したのか僕はそれ以降意識を失った。
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『お姉ちゃん!!心配したんだから!!』
『来夢!良かったわ無事で!!!』
『お父さんすぐに駆けつけて来たんだぞ??あんまり心配させるな!!』
『あんたいきなり変なこと言って飛び出してさ……心配したんだからさ…』
目覚めたらまた家族が全員集合していた。はは、また病院スタートか…
『来夢!!!』
芳樹が慌てた様子で駆け寄ってくる。そして…
ガバッ
と僕を抱き寄せる
『う、うわぁぁぁぁ!おまっ!何してん!?』
『無事で……よかった』
『………あ…』
『ごめん、、助けてやれなくて…ごめん』
『……………大丈夫…別に、男だし。自分の身は自分で守れるよ……』
『今は………ちげぇだろ…』
『………そだね…』
芳樹なりに心配してくれたらしい。同じく駆けつけた絵梨はそんな僕らを複雑そうに見つめていた。
絵梨は、いってしまえばメインヒロインだ。彼女はギャルゲーならば正規ルート、芳樹と結ばれる運命にある。無論僕はそれを邪魔する気は毛頭ない。だから、この状況は……望ましくなかった。
けれどもこれは純粋に僕を心配してくれたのことだ。これくらいは……大丈夫だろ…
……
…………
………………
一息ついてからふと思い出す
『あれ??』
そういえばさっきの少年がいない……、それに姿が元に戻っている。
『お母さん……あの男の子は?』
『ん?誰のことかしら?ああ、救急車呼んでくれた子達ならすぐ帰っちゃったらしいわ。お礼がしたかったのだけれど……』
『…………そっか』
さっきの少年の名前、聞きそびれちゃったな。
でもひまりヶ丘の制服を着ていたから……いつか会えるよね…
心配する家族をよそに僕は窓の外を見て鮮明に記憶に残っている少年の顔をなんども頭の中に描いていた。
そして、それに懸念を示す芳樹の姿も…全く気づかないでいた