1話 お約束とかそういうのいいから
TSもの
一概にそう括るのはどこか間違っていると思う。例えばらん○とか、はたまた君の○はとかだって、広く括ってしまえばその部類に属してしまう。全く別のベクトルでも同類にカテゴライズされてしまうこの理不尽さ。そうTSとは理不尽なのだ。特にこの手のこの世界のテンプレートはお決まりがある。ふむ、神は僕を見放したのだろうか?こんなことなら毎日神社にお参りに行っておけばよかったな、と若干後悔。
『ほら、お姉ちゃん!このスカート絶対似合うって!ほら試しに履いてみよ?ね?』
『ほら来夢!貴方下着はこの可愛いのにしなさい!てか買うからね!私には来夢をちゃんと女の子にする義務がありますから!』
『ははは、何か買って欲しいものはないか?プニキュアとかかな?それは子供のか!ははは!!』
『アンタ絶対化粧したほうがいいって、今度したげるからこれ買いな!』
『まあ、なんだ、その、可愛いぞ』
そう例えば買い物とか……ね……
引きつった僕の笑顔からはこの場の人間皆殺しにするくらいのオーラが出ていると思う。出てる……よね、、うん、出てないね。
『次どこ行きたい?もっと色んなの買ってあげるわよ?』
『家』
『『『だーーーーめ!!』』』
ダッシュ2秒前の出来事であった。
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僕の名前は『青海川 来夢』。つい先日まで普通の男子中学生であったが、現在高校入学前の少女である。こうなったのにも前代未聞級の訳がある。TSがジャンルとして様々展開を見せている中では君たちは最早驚きもしなかろうが、普通人間目覚めたら少女の姿だったなんて事態が起これば驚愕と戦慄、そしてこれからのことへの不安でいっぱいの筈である。その辺でよく見るTSものの主人公たちの精神強スギィィ!なんて思えた15の春。
まぁこの辺にも様々な神秘的事情があるのだが、現在逃走中のため割愛させていただこう。重要なのは色々あって茶髪美少女になっちゃった☆てへぺろっ!ってことくらいである。
とにかく隠れられる場所がないか辺りを見渡す。基本ショッピングモールというのは隠れる場所は多いが、下手にコソコソしていると通報されかねない。故に、木の葉を隠すなら森の中である。
そう、food court!
見たまえ、まるで人がゴミのようだ。色んな人がわちゃわちゃ動き回っててもう見ているだけで気持ち悪い。うわ、誰だよポテト落としたやつ
まぁいい。さっさと座ればこちらの物だ。今のところ全敗しているが今度ばかりは両親 (主に母)敗れたり…
はい☆席がない!!
穴だらけだな僕の考えは!空いてる訳ないだろう日曜の昼間に!
『みぃつけた☆』
来夢は目の前が真っ暗になった。
……
…………
…………………
気付いた時には僕は試着室の中でデニムのフレアスカートと可愛らしいヒラヒラとよくわからないロゴの入ったトップスを着用した、とてもキュートな女の子として鏡に写っていた。ちょっと可愛いかな?なんて思ってしまう自分が呪めしい。下に穿かされている可愛い色の下着も相まって今や恥ずかしさで並以上の胸がいっぱいである。いや、可愛いのは好きだし悪いとは言わないけど……こう、なんだろ…違和感?
『うぅ、普通に恥ずかしい…』
『大丈夫よ、可愛いわ!』
『なんかすーすーする…下が心もとないというか…その、んんん!!うまく言い表せない!』
うちの家族は取り敢えずコーディネートに満足し、女の子が生活上困らないものを買い揃えて『あとは若い2人に任せて〜』なんて言って帰ってしまった。うーん、このお節介さん♡
もう1人というのは僕の親友的な存在の『相川 芳樹』である。まぁイケメンだ。ムカつきはしないけどイケメンでモテる。それでいていい奴だから非の打ち所がないし、中学ではハーレムを形成していたから高校でも形成するのだろう。
現にこの前も『俺、高校入学したらハーレム作るんだ』なんて気の狂ったことを仰っておられた。なんていうかうまく言い表せないけど、この死亡フラグに免じてそのまま死なないかな……
『なぁ、このあとどうする?』
芳樹の声。かっこよすぎる。目指せ声優、勝ったなガハハ
『再びちゃんとした普段着を買う。あんなものただの布切れだ…』
『ええーあれ着ろよ!折角可愛いんだからさ』
こういうことさらりというから世の女の子たちはたちまち落ちていく。生物兵器とでも呼んだ方がいいなこいつは
『ラノベ主人公乙』
『なんだよそりゃ…』
『なんでも。それより僕やっぱお腹空いたかな……』
『ならまず飯食おうぜ!フードコート近いし』
『……りょ』
このスキルの高さは見習うべきものがあるかも知れない………
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2人向かい合って食べるラーメン。かたや金髪のイケメン 見た目も性格もギャルゲの主人公。
かたや茶髪美少女、後ろで縛ったポニーテールの愛らしさと気怠げな表情が実にマッチしている。
『やっぱり来夢って可愛いよな……』
不意に芳樹が呟く。今だけは難聴系主人公でいたい…ナニイッテルンダコイツ
『流石食べる姿も様になっているイケメン様は歯の浮いた言葉がお上手で』
『本音だよ』
なんて爽やかな笑顔で言うもんだから思わず吹き出してしまいそうになった。イケメンは何言っても絵になるなぁ。
『だってまさかあんなことがあって、それで来夢が女の子になっちゃってるんだから、びっくりしたぜ』
『高校入学前にこれは痛すぎるよね…生活一変てか人生一変……引きこもっても誰も文句言わない気がする』
そう、あんなことだ。僕がこんな姿になってしまったわけ。それは結構重い話なのでここでは割愛。
『高校、同じクラスだといいなぁ』
『まぁ芳樹が居てくれたら助かるね。しかしおそらく友達になるであろうクラスの女子が芳樹ハーレムに属すかと思うとなんか凄く嫌だな』
『なんだ?嫉妬か?』
『そんなわけあるか…』
『嫉妬なら嬉しかったのにな…』
『何どしたの今日。そうとう気持ち悪いこと言ってる自覚ある??』
会話中にラーメンの啜る音が飛び交う。フードコートの喧騒の中でも聞こえるのだから、ラーメンってどこの誰にでも響くものだなぁって尊敬してしまう(嘘)
『いや、ほら、来夢が女の子になっちゃってからバタバタしててあまり受け止めてこなかったけど、来夢ってその辺の女子より圧倒的に可愛いし、体型もスラっとしてモデルみたいだなぁって思って』
よくそんな言葉がホイホイと……なによ芳樹ってゴキブリなの?火星帰りなの??
『その調子ならクラスの女子の大半の目を向けられそうだな。ハーレムスキルが健在で何より。ごちそーさま』
無表情で立ち上がる。一瞬芳樹の少し悲しそうな顔が眼に映る。何を思ったのか気になるくらい憂いを帯びた表情にわずかばかりの興味を惹かれるも、喉の乾きがそれにまさってしまう。
『何処行くの?』
『水……芳樹もいる?』
『ああ、よろしく』
喧騒がノイズとなって耳元に残る。何かを思い出させそうで思い出せなくて………
『記憶……取り戻さなきゃ……』
ボソッと呟いた言葉は人々の笑い声にかき消されていった
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夕焼けが綺麗だ。昔の人ならこれを見て歌の一つでも詠むのだろうが、生憎そのような才能も語彙力もない。バス停までの道のりも人通りが多く、芳樹に時々ぶつかりながらなんとかベンチに腰掛ける。ふぅと一つため息。
『大丈夫か?』
『ノープロブレム、人混みに酔っただけ』
『家まで送るよ』
『ありがとう、芳樹は優しいな…』
何気無く呟いた一言、その一言に芳樹がどれだけ心揺れたかも知らずに少女はまた空を仰ぎ見る。
『入学式は俺と来夢と絵梨と3人で登校しような』
『まだ先だし、せっかち』
『あはは、そうだな。じゃあまた春休み中に遊ぼう、たくさん…』
『?ああ、そうだね。買い物はしないけど』
間も無くしてバスが来て適度な席に座る。僕は窓際芳樹は通路側で隣の席だ。頬杖をついて窓の外を見る。夕日が反射して顔を照らす。頬杖をつきながら憂いの表情で外を見る少女の姿は少年にはどう映ったのだろうか?
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『どうだった!?一線を超えちゃった!?』
『誰が越えるか…』
適当に妹をあしらいつつ部屋に戻る。恐怖の大魔王マイマザーによって模様替えされた可愛らしい部屋。前より整理され、カーテンやらカーペットやらベッドやらがオシャレになってしまった。あといい匂いがする(not ファブリーズ)。
あの後普通に地味な下着やパーカーとショートパンツといった、比較的ボーイッシュな私服を購入した。母には見つからないようにしよう。
『疲れたな……』
ベッドに寝転がって天井を見上げる。何かが思い出せそうな気がするけれどやっぱり何も思い出せない。
そう、青海川 来夢には事件直前の記憶がない。事件というのは路傍で僕が腹から血を流して倒れて居た件である。最近頻発している通り魔事件。それから病院で目覚めた時にはもう僕の身体は女の子になってしまっていた。
『何か、何かを思い出さないと……』
そうでないと一生このままである気がする。タチの悪いことに戸籍まで変えられてしまっているのだからなおさらそうである。
コンコンと部屋をノックする音。ガチャっという音がしてドアが開く。そこにはフリッフリのロリータ服を持った姉…『青海川 伊奈』がいた。
あ、この展開読めたわ……
『あの、姉さ』
『お姉ちゃん!!』
『あ、はい、お姉ちゃん…あの、それは?』
『来夢が、これから着る服だよ』
悲鳴まで1秒前、こんな毎日が入学式まで、いや下手したらあと3年は続くかと思うと…
『ギャァァァァァぁぁぁぁア!!』
甘ったるいロリータ服は可愛いけど、苦い思い出となった。将来の一人暮らしコースへの願望は強まるばかりだった