表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の道化と  作者: 澑〈りゅう〉
1章
8/12

7話

朝。

「千雪くん、ハルトと不知火を起こしてきてくれない?」

メグリの声が静かな道場に響く。

「あ、はい。不知火さんはボクの部屋の隣でしたよね?」

「そうよ。ああ……最初にハルトを起こした方がいいかもね」

「まずはハルトさんですね。わかりました」

「こないだみたいに抱き付かれるかもしれないから、これで起こしなさい」

そう言うと、一本の木刀を差し出す。

「えーっと……この木刀って危なくないですか?」

戸惑いながら千雪は言う。

「大丈夫よ、ハルトは丈夫だから。チョットくらい先を削って尖らせた木刀なんて」

千雪の心配をよそにメグリは笑う。

千雪に渡された木刀は、素振り用の重い木刀の先を削って尖らせた物で、本気で突けば人に刺さるほどキレイに研ぎ澄まされた代物だ。少なくとも、なかなか起きない寝坊助を起こすために支給されるようなものではなく、凶器といってもあながち間違いではない。

「うーん……普通の木刀にします」

「そう?残念ね……折角削ったのに……」

残念そうに木刀を弄ぶメグリ。

「じ、じゃ、起こしてきます」

「気を付けてねぇ」



ハルトの部屋。



「ハルトさん、起きてください」

ツンツン。

木刀でつつく千雪。

「ほら、早く起きて!」

「うーん……あと五分」

お約束のように五分の延長を言い出すハルト。

「とりあえず、布団剥ぐか……」

木刀を手放し、布団を力一杯剥ぐ。

「んー……」

布団を取り戻そうと、枕を抱いていない方の左手を千雪の方に伸ばす。

「おっと……この動きは癖なんですね……」

前回、抱き付かれた経験から警戒していた千雪はその魔手から逃れ、悩む。

「これからどうしよう……」

木刀でつつきながらボヤく。

布団が取り戻せないことを悟ると、枕を抱いて夢の国に再び旅立つハルト。

「メグリさんからあの木刀借りてこなくちゃいけないなか……」

その一言に反応したのか、

「あの木刀……」

夢の国に移住しそうな勢いだったハルトはガタガタと震え出す。

「あれ?ハルトさん、起きました?」

「あの木刀……」

「起きなかったら、使おうと思ってるんですけど……」

ハルトの反応に、ピンッときた千雪の顔には、あまり人にはお見せできない種類の、一部の特殊な性癖を持っている(ヘンタイ)なら琴線が刺激されるであろう類いの笑みが浮かんでいる。

「どうします?ハルトさん。今起きたら使わなくて済むんですけど……あの鋭い木刀……」

「起きます起きます起きます!」

その言葉に飛び起きるハルト。

「おはようございます、ハルトさん。」

爽やかに笑う千雪の顔には、先程の邪悪な微笑みの欠片も見当たらなかった。

「じゃあ、ボクは不知火さんを起こしに行きますね。あ、メグリさんは、道場にいますよ」

そう言って笑顔のまま部屋を出ていく千雪。

「何だったんだ……アレは……」

一瞬感じた悪寒に身を震わせながらハルトは呟くが、誰も答えをくれなかった。



不知火の部屋。



「不知火さん。入りますよ」

「……んー……」

千雪の言葉に反応したのか、ゴソゴソと動く音が障子越しに聞こえてくる。

「不知火さん?」

ガラガラッ。

障子を開けて部屋に入る千雪。

「んー……もうちょっと……」

「何だか……イメージと違う……」

枕を抱くハルトとは違って、不知火は布団を抱いている。

「……目のやりどころに困るよ……」

頬を赤く染めて照れる千雪。

千雪の言葉通り、不知火の着ている紺色の着物は乱れ、白くきめ細かい肌が覗いている。

「んー……ムニャムニャ」

いい夢を見ているのか、なかなか見せない緩んだ顔を見せる。

「うー……」

その表情に、見とれてしまう千雪。

「起きて下さい、不知火さん!」

決心をしてその無防備な身体を揺さぶる千雪。

「おーきーてっ!」

「んー……まだ……」

なかなか起きない不知火。

布団を引き抜こうと引っ張り出す千雪。

「んっ」

しばらくの引っ張りあいに勝利してもう一度肩を揺らそうと近付く。

「待って……」

腕を伸ばし、千雪に抱きつく。

「っ!?」

ハルトには警戒していたが、不知火には全く警戒していなかったため、反応できない。

「顔……ちかっ……」

不知火の整った顔が目の前に、吐息が聞こえる距離まで迫る。

千雪の頭を自身の胸に抱き、大きく息を吸い込み、

「うーん……」

満足げに声を漏らす。

抱き付かれた千雪は不知火に包まれ、緊張に意識が飛びそうになる。

不意に千雪を抱く腕に力がこもる。

「ひ……さめ……」

「へ?」

不知火が悲痛そうな呟きを漏らす。

「……行かないで……ひさめ……」

「……不知火さん?」

泣きそうな声

不知火は千雪を抱きながら、誰かを呼ぶ。行かないで……と。

その目尻から涙が溢れだし、零れる。

「不知火さん……泣かないで……」

千雪は、安心させるように不知火を力強く抱き締める。

不知火と抱き合いながら、千雪は心が落ち着いていくのを感じていた。



道場。



「おはよ、メグリちゃん」

「おはよう、ハルトってアンタその格好だらしないわね」

「寝起きだし仕方ないだろう」

アクビをしながら答えるハルトとは対称的に、メグリはすでに素振りをしている。

「千雪くんに起こしてもらったんでしょ?だらしないわね」

「そうだ!その事で話があるんだよ!」

「何よ?」

「千雪に、あの木刀……渡したのか?」

「こないだ削った木刀?渡そうとしたけど、断られたわよ」

「……マジか」

「どうしたの?まだ眼が醒めてないから刺して欲しいって?」

「違う!何か、起こされるときに脅された気がして……」

「千雪くんが脅す?そんなことあるわけないじゃない」

メグリは笑う。

「うーん……確かに悪寒がしたんだがな……」

釈然としない表情で唸るハルト。

「千雪くんといえば、もう不知火を起こしてくれたかしら……」

「……不知火ってなかなか起きないよな?」「アンタほどじゃないでしょ?」

「いやいやいやいや、俺の方が寝起きいいだろ!?」

「……そうね。そういうことにしときましょう」

「何でメグリちゃんは信じてくれないんだろうか……」

「ほら、ボヤいてないで確認にいくわよ」

「ん?確認ってなんの?」

「不知火が起きてるかどうかよ」

「ああ、そういう確認か。まだ寝てると思うけどな」

そう言って二人は道場を出た。



……しばらくして、不知火の部屋。



「これは……どういう状況なんだ?俺には理解できないんだが……」

「……私にだってわからないわよ。どっちかに要らない入れ知恵してないわよね?」

「そんなこと俺が思い付くわけないだろ?」

「……そうね。じゃあ、これはどういうことよ!?」

そう叫ぶメグリの目の前には、お互い抱き合ったまま安らかな寝顔を晒し、着物の乱れている千雪と不知火の姿があった。

「んっ……不知火さん……」

千雪が不知火の胸に顔を押し付け、不知火を呼ぶ。

「……何かあったようにしか見えないのは……俺の眼が悪いんだろうか?」

「……大丈夫よ……どうやら、私にも同じ様にしか見えないわ……」

「こんなに幸せそうな二人を起こしていいんだろうか?どう思う?メグリちゃん」

「起こした方がいいんでしょうけど……どっちから起こす?」

「……俺が決めるわけか?」

「ええ、どうやら私には荷が重いみたい」

「俺の手に負えるようなことでもないからな!?」

「じゃあ、どうするのよ!?」

「んー……」

「「っ!?」」

二人の問答がうるさかったのか、不知火が動き出す。

「ひゃっ!?え?千雪!?」

起きた瞬間、自分の腕の中の千雪に驚く不知火。

「不知火は状況を理解してないっと……千雪を起こして、聞くしかないみたいだな」

「千雪くん、起きて!」

千雪の肩を揺らすメグリ。

不知火はなにか引っ掛かることがあるのか、眉間を押さえる不知火。

「千雪くん!」

「んっ……あ、へ?もしかして……寝てました……ね」

メグリの声で起きた千雪は回りを見渡して、気まずそうに笑った。

「ちょっと聞きたいんだけど……いい?千雪くん」

「へ?あ、はい」

「今の状況を説明してくれる?」

「今の状況……?」

「俺を起こしたあとに、どうして千雪が不知火と一緒に寝てたことだな」

いまいちわかっていない千雪に説明するハルト。

「あ、それは……」

思い出したかのように頬を赤く染める千雪。

「「それは?」」

メグリとハルトの声が被る。

「不知火さんを起こすために布団を取ったのはいいんですけど……この間のハルトさんのときみたいに、抱き付かれちゃって……何でか不知火さんが悲しそうでそれを安心させようと抱き締めて……なんでかボクが安心してそのまま寝ちゃったんだと思います……」

照れる千雪。

「あー……」

思い当たる節があったようで、苦笑いする不知火。

「心当たりがあるの?不知火?」

「ええ……千雪、その時に、ワタシ、誰かの名前を呼ばなかった……?」

「えっと、はい……確か"ひさめ"って……」

その一言で、ある程度の事情を察した三人。

「なるほどな……それなら仕方無いかな」

「そうね……そういうことなら」

「ごめんなさい、千雪。心配かけたでしょう」

 「い、いえ、ボクこそごめんなさい……」

二人はお互いに謝る。

「さて、みんな起きたことだし、稽古しないか?」

笑いながらハルトが言う。

「昨日の反省をいかさなきゃいけないだろ?さ、行こうぜ」

「そうね、千雪くんがこれから使う刀も選ばなくちゃいけないし」

二人はそう言って歩き出す。

「ボク達も行きましょうか、不知火さん」

二人に付いていこうと歩き出した千雪を後ろから抱き付く不知火。

「千雪……アナタからワタシ達、鬼と似た雰囲気を感じる……それと、よくない思惑の香りも……気を付けて」

力強く抱き締めたあと、不知火は歩き出す。

「さぁ、行きましょうか、千雪。強くなるために」

そう言って微笑む。

「あ、はい」

その微笑みに見とれる千雪。

不知火の言葉に含まれた、怯えに似た何かに気付くことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ