6話
「初めまして、ワタシは不知火。ハルトとメグリの友人です。よろしく」
そう言って千雪に手を差し出した不知火。
「は、はい。よろしくお願いします、不知火さん。千雪です」
角が余程気になるのか、不知火の額にチラチラと視線を向ける千雪。
「不知火は、〈鬼〉なんだ」
千雪の視線の意味に気付き、ハルトは笑いながら教える。
「……〈鬼〉?前にメグリさんと話していた、友好的な変異種……でしたっけ?」
「正解!千雪は賢いな」
心底驚いたようにハルトは千雪の頭をクシャリと掻き回す。
「ハルトと違ってでしょうか?」
その様子を、近くでないと判らないような微笑みを浮かべる不知火。
「ちょっ、不知火まで俺をバカみたいな扱いするなよ!?」
「今更でしょう?それに、そうワタシにゴネテも事実は変わらないでしょう?」
ハルトと不知火の気心知れた会話を、キョトンとした表情で眺める千雪。
「やっぱり、不知火は毒舌だよな……」
明後日の方向に視線を向けながら、ハルトはタバコをくわえる。
「毒舌ではありませんよ。はい」
声に笑いを滲ませ、タバコに火を着ける不知火。
「そう言えば、この後は屋敷に戻るんでしょうか?」
美味そうに煙を吸うハルトに不知火が確認するように聞く。
「そのつもりだが……どうした?」
予想外の質問に驚きを隠しきれないハルト。
「少し、メグリに話しておきたいことがありまして……」
「ああ、そういうことなら一緒に乗っていくか?」
気軽に提案するハルト。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます」
「よし、じゃあ不知火は千雪の隣な。千雪も不知火に色々聴きたいことがあるんじゃないか?」
そう言ってジープを停めている場所に歩き出すハルト。
「まぁ、確かに聴きたいことはありますけど……」
「なら、ワタシはハルトの若い頃の失敗等を千雪に話せばいいんですね」
「ちょ、ちょっと待て!何を話す気だ!?」
「さあ、早く屋敷に行きましょう、千雪、ハルト」
柔らかい微笑みを浮かべて、千雪の手を引く不知火。
「は、はい!」
その微笑みにみとれていた千雪は不知火に引きずられていく。
「さっさとメグリちゃんに報告しなくちゃいけないからな……」
その二人の様子に苦笑し、ボヤきながらハンドルを握るハルト。
「二人とも、忘れ物はないな?」
「ええ」
「はい」
ハルトは二人に確認して車を出す。
「そう言えば不知火さん。ハルトさんの失敗って?」
「ええ……何から話しましょうか」
「待て!抵抗できない状況で暴露するか!?」「そうだ、ハルトがメグリに間違って撃たれた話なんてどうでしょう?」
「それ聞きたいです!」
「それはトラウマだ!てか、メグリちゃんの失敗談だろ!?」
そうして、三人を乗せたジープは屋敷へ向かう。
「お帰りなさい。あら?不知火じゃない。いらっしゃい」
三人を笑顔で迎えるメグリ。
「こんばんは、メグリ」
「ただいま、メグリさん」
「メグリちゃんただいま~」
「何で不知火と一緒なの?里に行ったわけじゃないんでしょ?」
不思議そうにメグリは尋ねる。
「そうだ、それを報告しなくちゃいけないな。今日の依頼ってC+2体だったよな?」
「ええ。ちゃんと伝えたでしょ?……もしかして」
メグリがなにかに気付いたかのように眼を見開く。
「ああ、そうなんだ……」
深刻な表情で頷くハルト。
「向こうに着くまでで依頼内容を忘れちゃったの!?」
「違う!何でそうなるんだよ!?」
全力のツッコミを入れるハルト。
「じゃあ、何よ?まさか高レートが乱入でもしてきた?」
笑いながらあり得ないと思うことを言うメグリ。
その言葉に神妙な顔で頷くメグリ以外の3人。
「そのまさかだ、メグリちゃん。おそらく、レートB++とAの間ぐらい。被害は千雪が吹っ飛ばされただけで済んだけどな」
安心させるように笑うハルト。
「吹っ飛ばされた!?千雪くん!脱ぎなさい!」
「待て!落ち着け!何でそうなる!?」
「アンタの応急処置なんて信頼できるわけないでしょ!?」
「ちょ、応急処置をしたのは俺じゃない!不知火だ!」
「ああ、不知火がしたのね……なら安心ね」
「それで落ち着かれるのも……腑に落ちないんだが……」
二人の慌ただしいやり取りに何が何だか分からなくなって軽いパニックになっている千雪。
その様子とは対称的に、不知火は落ち着いた表情で眺めている。
「ハルト、メグリ……いつもながら、仲がいいですね」
どうやらいつものことらしい。
「違うわよ!ハルトの不器用さは不知火も知ってるでしょ?」
「ちょ、メグリちゃんだって刀の扱い以外はお世辞にも丁寧とは言えないだろ」
二人して言い返す。
「フフ……そういうことにしましょうか。それよりも、反省会しないんですか?」
「あ、そうだな。すっかり忘れてた……」
頭の中からその事実が抜けていたらしいハルトが呟く。
「そうですよ。それに、不知火さんが話したいことがあるって……」
やっとのことでパニックから立ち直った千雪も口を挟む。
「そうなの?不知火」
「ええ、でもまずは反省会からしましょう。まだ時間には余裕があることですし」
「そう……なら、ハルト、千雪くんの戦いっぷりはどうだった?」
素早い切り替えでハルトに話をふるメグリ。
「ああ、C+には余裕って感じだったな……相手の方が怯えてたように俺には見えたし……」
すんなりと答えるハルト。もともと、戦闘らしい戦闘を見ていないのだからこれほどしか答えれなくても仕方ないだろう。もっとも、終始能力を利用して相手を完封していた様子を見ても、同じようにしか言えなかっただろうが。
「なるほどね、じゃあ乱入してきたってやつは?」
「んー……端から見てた感じだと、火力不足って感じかな……気付かれずに近付けてたし、そのあとに攻撃を弾かれた感じかな」
「ええ、近付いてしまえばメグリに刀の扱いを習えばどうかなった程度の硬度でしたしね」
ナイフを弾かれた時を思い出して、ショボンとする千雪。
「あと、能力を破られた時の対応だろうな」
落ち込む千雪の頭を掻き回しつつハルトは笑う。
「うーん……刀の扱いね……よし、このあと、不知火と手合わせしてちょうだい。不知火、お願いしてもいい?」
「ええ。千雪のためになるんでしょう?出来る限りの手伝いをしましょう」
トントン拍子で話が進んでいき、これでいいのだろうかと思案顔をするハルト。
「えーっと……不知火さんとの手合わせって能力は……?」
おずおずと千雪は尋ねる。
「ああ、不知火は能力無しで千雪くんは能力使っていいわよ。それでいいわよね、不知火?」
「ええ。何本勝負にしましょうか……」
「じゃあ、三本?」
「千雪と不知火との力量差的にその辺が妥当だろ。じゃあ、道場に行こうぜ」
そう言うと、ハルトはスタスタと歩いていく。
「さあ、私達も行きましょう」
ハルトの後を追って三人も歩き出した。
「不知火は能力の使用無し、千雪は能力の使用有りで大丈夫だな?」
「ええ」
「はい」
「よし、始め!」
ハルトの合図で千雪は能力を解放する。
「一気にいきます!」
千雪が一歩、踏み出した途端その姿が揺らぐ。
千雪の方に真っ直ぐ突っ込んでいた不知火は目標を見失うが、慌てることもなく脚を止め、眼を閉じる。
「フゥ……」
大きく息を吐き出し、木刀を中段に構える。
「眼を閉じた……?」
不知火の行動に戸惑う千雪。
「でも、関係ない!」
ダンッ。
床を踏み抜く勢いで加速する。
上段に構えた木刀を不知火の頭に降り下ろす。
その刹那、千雪と不知火の眼が合う。
「偶然だっ」
動揺を振り切るように千雪は力を込めて降り下ろす。
「なるほど、そうなってるんですね」
木刀同士のぶつかる鈍い音が響く。
「っ!?」
不知火の眼は、間違いなく千雪を捉えている。
「何で!?」
能力で聞こえていないことを頭ではわかっているのに叫んでしまう千雪。無茶苦茶に木刀を振り回し、不知火に切りかかる。
その全てを片手に持った木刀で弾き、受け流す。
決定的な攻撃をくわえることが出来ない千雪は、大きく距離をとる。
「近くから、出来るだけ早く振り抜けば……」
近付いてしまえば勝てると信じ千雪は一気に距離を詰め、再度上段に構えた木刀を振り下ろす。
「シッ」
木刀が不知火に当たる寸前、不知火の身体が沈む。
「勿体無いですよ、千雪」
耳許で不知火の声を聞いた時には千雪は倒れていた。
「え!?」
「惜しかったな、千雪。不知火はどうやって千雪の動きがわかったんだ?」
と言いながら茫然自失としている千雪を助け起こすハルト。
「あと2本勝負するんでしょう?種明かしはそのあとにしましょう。千雪も自分で考えてみた方がいいでしょう」
不知火が微笑みながら言う。
「よし、次!」
深呼吸をして千雪は叫んだ。
「勝てない……」
肩で息をしながら千雪はボヤく。
「お疲れ様、千雪。最後の一本はよかったですよ?」
笑いながらフォローする不知火。
「うーん……でも、何で不知火さんはボクの動きがわかったの?」
「考えてみました?」
「うん、一応。動作の音とか……ボクの能力が効かなかったとか……」
そこに口を挟むハルト。
「でも千雪、音も能力で誤魔化せるんだろ?」
「うん、その筈なんだけど……不知火さん、教えてください」
ハルトに指摘されて、訳がわからなくなる千雪。
「音という発想は惜しいですね」
生徒に諭すように不知火は笑う。
「動作の振動とかじゃない?不知火」
その言葉を聞いてメグリは予想する。
「正解です、メグリ。流石ですね」
「へ?振動?んなもんわかるのか?」
「……一歩踏み出したときですか?」
ハルトはわからなかったようだが、千雪には思い当たる節があったようで眼を見開く。
「ええ。千雪が姿をくらまして音を無くしたのに、床から伝わる振動は変化がありませんでしたから、もしかして、感覚的にしか作用しないのかと思ったので……どうやら、アタリのようですね」
少し自慢気に頬を緩める不知火。
「だから途中でダミーの音を仕掛けても騙されなかったのか……」
得心したように手を叩く千雪。
「ダミーなんて出来るのか……スゴいな」
驚くハルトに、
「ホントに……能力の底を把握して使い方さえ完璧にすればA++も〈喪失者〉も一人で倒せるかもしれません……千雪の成長が楽しみになりますねメグリ、ハルト」
不知火の言葉にメグリは微笑みながら、ハルトは嬉しそうに笑いながら頷く。
「それじゃあ、明日から千雪はメグリちゃんと稽古だな」
「そうね。不知火は今日どうする?泊まっていく?」
「ええ。明日の稽古、ワタシにもつけてくださいメグリ」
「え?メグリさんの方が強いんですか!?」
「ええ、能力を使わなくては勝てる気がしません」
千雪の疑問に肯定の意を示す不知火。
「この中ではメグリちゃんは一番強い。もちろん、能力は無しでな」
「実戦ではあなた達の方が強いじゃない」
「ボクからは遠すぎて判らないよ」
呆然と呟く千雪。
「フフ……千雪も、そのポテンシャルはあるんですよ?」
「へ?」
「そうね。その歳でC+に完封でしょう?」「ああ、不知火のいった通りだ。明日から、頑張ればすぐに強くなる」
三人の言葉に千雪は頷く。
「うん、頑張るよ」
「さて、今日は疲れたな……」
「里に連絡しなくていいの?不知火」
「ええ、そうね。"熾雀"」
その呟きで不知火の掌から炎で出来た雀が現れる。
「よろしくね」
不知火の言葉に、チッチッと鳴いて応じ、夜空に飛び立つ。
千雪、不知火、ハルト、メグリの四人は遠く、遠くの闇に雀が溶けるまで見送った。