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雪の道化と  作者: 澑〈りゅう〉
1章
6/12

5話

「……は?」

苦戦しているだろうと、千雪のもとに急いだハルトは眼を疑い、口から音が漏れた。

無数の銃創と切り傷で、ボロボロの姿になった犬もどきと、少し乱れた息を整える無傷な千雪の姿……そんな、あまりに予想外な光景。

「ふぅ……」

大きく息を吐き出し、冷静に状況を確認している千雪……それとは対照的に、犬もどきは怯えきっている。

「おいおい……変異種が能力で変身してない人に怯えるなんて……聴いたことないぞ……」

知らず知らずのうちに呟くハルト。意図せず口から溢れ出す、そんな表現がぴったり当てはまるような、全く意識せずに、

「いったい……何があったんだよ……」

呟き、呆然とするハルト。


…………数分前。


「いくぞ……ぅらあぁ!!」

ハルトが、ガレキごと犬もどきを斬ったとき、千雪は少し離れた場所でその様子を見ていた。だから、一匹の犬もどきがハルトに飛び掛かろうと、身を縮めたのに気付いた。

「ハルトさん!」

とっさに千雪はハルトの名前を叫ぶ。

 ハルトがその声に反応したのを確認し、千雪は引き金を絞った。

「当たれっ……」

 そう念じながら放った銃弾は、犬もどきの体に命中する。だが、嫌がるようなそぶりを見せるだけで、致命傷となるほどダメージは与えきれていない。

「グルルルル……」

 唸り声をあげる2匹の犬もどき。千雪の銃弾が命中した、ハルトの放った刃をよけた犬もどきは、ハルトを一切見ずに千雪のいる方向へ首を向けた。

「傷を負ってる方、頼みます!」

 千雪はそう叫び、自らを探す犬もどきに続けて銃弾を放ちながらハルトから離れる。

「わかった!」

 ハルトが、そう叫ぶのを聞き届けると千雪は自分の能力をフルに活用するために考える。

「ボクの能力は、自分の居場所、姿と相手に誤認させる能力……武器は銃と、ナイフが一本……ボクができること……」

 そう、呟き、凄まじい速度で思考をしながらも千雪は足を止めない。引き金を引き絞り続ける。それが最善の手であることに疑いを抱いていないように。

犬もどきは、どこにいるかもわからない敵が銃弾を絶えず放ってくるのが煩わしいかのような挙動をとる。

「まずは……」

ジリジリと距離を詰める千雪。

距離が縮まる程、銃弾の威力が上がるのか、次第に銃弾に意識を向ける犬もどき。銃弾が飛んでくる方向に前肢を振るう。

刹那、犬もどきの掌に走る一本の紅い筋。

「これじゃ……まだ足りない……」

振り切ったナイフを一瞥して、千雪は呟く。

「やっぱり、銃よりナイフの方が使いやすいかも……いや、両方使おう。ハルトさんが来る前にもう少し弱らせないと」

そう言いながら、千雪は銃を構えながら走る。銃口は犬もどきを狙って離さない。

「グルルル……」

絶え間なく身体を銃弾の雨に曝され、怯えの混じった唸り声をあげる。

逃げ道を探そうと、後退りをし始める。

千雪はその隙を逃さずに、その鼻面にナイフを突き立てる。そのまま、刃を走らせる。

犬もどきは前肢を振るう。

チッと千雪の服に爪が掠り、破ける。

「危なかった……やっぱり頭は難しいか……」

余程痛かったのか、犬もどきはメチャクチャに爪を振るいながら千雪を探す。

「アレじゃあ近付けないな……」

そう呟くと、ナイフを仕舞い銃を腰だめに構える。

「近付かなきゃダメージは無さそうだしな……」

走り出す。

鼻面はダメージが通りやすいと判断した千雪は、なるべく顔に向けて発砲する。

しかし、怯えながらも必死になっている犬もどきは発砲音を聞き取り、千雪に向かって突進する。

「やっぱり、音で場所わかるよね」

ニヤリと口角を持ち上げ、ナイフを逆手に握る。

犬もどきから、千雪の姿は見えない。しかし、銃声でそこにいるのはわかっている。いや、そう千雪に騙されている。

「ボクの能力は幻聴を聞かせることもできるんだよ」

そう呟き突進してきた犬もどきの脇腹付近にナイフを突き入れ、勢いを利用して切る。

「このまま気を削ごう」

呟いて、ジワジワと銃弾で身を穿ち、ナイフで肉を削る。

犬もどきはボロボロになり、怯え身を縮める。

「ふぅ……」

大きく息を吐き出し、冷静に状況を確認する千雪。

「千雪!」

声を張り上げるハルト。

「あ、ハルトさん!」

「ばっ、目をそらすな!」

声を掛けてきたハルトに反応して、千雪はハルトの方に顔を向けて手を振る。

ハルトの方を向いた千雪に、犬もどきが襲い掛かる。

「大丈夫です」

爪で引き裂かれるハズだった千雪の姿がパッと掻き消える。

「ね?大丈夫でしょ?」

「は?」

喉笛を掻き切って返り血すら浴びずにハルトの元に駆け寄る千雪。

「は?え?何があった!?」

突然のことに理解が追い付かないハルト。

「実は、ハルトが声を掛けてくる前に気付いて、能力を使って虚像を見せてたんです」

イタズラを種明かしをする子供のように笑う。

「だからって、俺まで騙さなくても……」

「敵を騙すにはまず味方からって言うじゃないですか?」

「まぁ、確かに言うけど……って、誰に教えてもらったんだ、そんなこと!?」

驚いた声を出して、問い詰めるハルト。

「えーっと……」

そう口を開きかけたとき、地面が揺れた。

「なんだ!?」

揺れに耐えながらハルトが叫ぶ。

「任務は達成したんですよね!?」

ハルトにしがみつきながら、千雪も叫ぶ。

「そのハズだ!」

ハルトが力強く叫ぶ。

しかし、その言葉を裏切るように、

「ガァァアアアっ」

大気を揺るがす咆哮が響き渡る。

ハルトが倒した犬もどきの真下の地面が割れる。

「バリッバリッバリッバリッ」

地中に引き込まれた死骸が、砕かれ、貪られる音が響く。

「あのサイズを喰ってやがんのか……」

唸る。

犬もどきを喰らった何かが地面を崩しながら、姿を露にする。

「亀?」

その姿に戸惑いの声をあげる千雪。

「亀だな……」

その姿は、どこからどう見ても巨大な亀である。ただ二つの頭があり、鋭い歯が並ぶ。「ハルトさん、ボクが隙を作ります」

そう言って、千雪は走り出す。そして、その姿が掻き消える。

千雪はいつの間にか抜いたナイフを構え双頭の亀に近付く。

「やるしかねぇか……」

いつでも抜刀できるように柄を握り、能力を解放するハルト。

ハルトが刀を構え、精神統一をしているとき、

「まずは眼っ!」

千雪は四つの眼のうち、一つを潰そうとナイフを振るう。

その刃が、眼を潰す。そのハズだった。何かが刃を弾く。

刹那、双頭の亀は頭を振るう。

「カハッ」

急のことに回避も受け身も間に合わず、吹き飛ばされる千雪。

「千雪!」

柄から手を離し、吹き飛ばされた千雪を落下する前に受け止めるハルト。

「あー……クソッ……案外楽じゃないぞ、コイツは」

千雪を安全地帯に連れていこうとする。

そこに、双頭の亀は突進してくる。

「ヤベッ」

咄嗟に横に避けようとするハルト。

キーンッ



「手伝いましょう、ハルト」



唐突に、少女の声が響く。

「は?何で不知火がここに!?」

「んー……あの亀、一族が討ち漏らしたヤツなので追ってきたんです」

不知火と呼ばれた着物少女は表情を変えず、申し訳なさそうな声を出す。

双頭の亀は不知火を憎らしそうに睨み付け、咆哮する。

「ああ、そう言えばこの辺は……」

「ええ、ワタシ達の集落から近いです」

そう言った不知火は刀を抜く。

「ハルトはその子を見ていてください」

「わかった。あとは任せる」

ハルトが言い終わる前に、不知火はその身に炎を纏わせ走り出す。

「ハルトの連れを傷付けたのは、許せませんね……」

不知火の言葉に呼応するように、纏う炎が勢いを増す。表情の代わりに感情を表したかのような荒々しい炎だ。

哭く双頭の亀に向かって、不知火は刀を振るう。千雪のナイフが弾かれてしまった何かが刀を阻む。

「咲き誇れ"華焔"」

しかし、不知火が呟くと纏っていた炎が刃を阻んでいた何かを燃やし尽くす。

噛み砕こうと二つの顎が不知火に迫る。

「"緋扇"」

突如顕れた緋色の扇を不知火は軽く振るう。

それだけの動作で、炎が亀を包む。

「罰はこれまででしょう」

そう言って、不知火は刀を上段に構える。

「葉桜流"奏裂"」

呟いて、刀を降り下ろす。

包んでいた炎が、裂けた。

亀は、ゆっくりと断面をずらす。

「相変わらず、豪快だな。不知火」

苦笑いをするハルト。

「え?何が起こって……へ?」

意識を取り戻し、状況の変化に戸惑う千雪。

「よかった。無事のようですね……」

戸惑う千雪を見て安心する不知火。

「初めまして、ワタシは不知火。ハルトとメグリの友人です。よろしく」

そう言って千雪に手を差し出す不知火。

彼女の額には煌々と輝く、緋色の一角が生えていた。

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