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第七話 マスターオーダー



 血の気が引いた。

 歪んだ全能感に酔った頭が一瞬で平静に戻される。

 そして戻された直後に困惑する。


 ――何が起きたっ!?


 <<ナイトフォール>>というスキルは異常ともいえる強化を自らに施すスキルだ。当然そのリスクは大きい。暴走の危険に理性の減少。決して軽いものではない。だがこれには利点もある。多少の負傷は気にせずに動けるようになるし、一度効果を発揮してしまえば他からの精神干渉は受けにくくなる。

 それ故に自分の身に何が起こったのか、ゴドウィンは理解する事が出来なかった。


 こちらの策が完全に嵌った形だった筈だ。

 完璧なタイミング。偶然にも助けられた。当初考えていたより数段上の連携だった。

 それを考えれば、自分が受けた負傷も十二分に割に合う。安い代償だった。

 だからこそ判らない。本当なら転げ回りたくなるほどの激痛を伝えてきている右肘も今は後回しだ。簡易的な痛み止めの為のスキルを使い誤魔化す。


「……っ」


 痛みは和らいだ。だが悪寒は続いている。手足の感覚が薄い。現実味が感じられない。困惑で脳裏が埋め尽くされる。こんな事ではいけないと必死に頭を働かせるが、まるで上手くいかない。

 普段頼りにしている思考は何の役にも立たなかった。自負していた経験は完全な未知を告げていた。なのに何故か本能はけたたましく警鐘を鳴らしていた。

 そんな支離滅裂ともいえる心理状態のゴドウィンが取った行動は、策を練る余裕も無かったからか、至極常識的なものだった。

 事態の確認の為に視線を辺りに巡らしたのだ。

 タスクに振り回された所為で、体勢は悪い。現在はどこを掴まれている訳でもない為、タスクの場所を把握できてはいない。それ故にゴドウィンは接触していた仲間に体重を寄りかからせるようにして、ぐるりと反転し後方へと視線を向ける。

 目標はすぐに見つかった。

 旋棍などと云う珍しい武器を使う男。

 外見年齢は二十程度。やや色素の抜けた黒色の髪と瞳。他に目立った武装はしていない。精々腰の後ろにナイフを差している程度だ。プレートメイルどころかチェインメイルの類も身に付けていない。

 だからだろうか、ゴドウィンは今までタスクから目立った脅威を感じていなかった。

 自分よりも格上の戦闘者だと云う事は判る。それは今までの対峙で十分に痛感していた。

 だが手ぬるい。端的に言えば、怖くない。

 薄気味悪さこそ感じていたものの、それだけだった。薄氷一枚隔てた先に何か得体の知れないものが存在するような、そんな薄気味悪さ。だがそれすらも今感じているものに比べれば些末に過ぎる。


 ……怖い、のか?


 胸中で半信半疑の独白を呟く。

 だが状況は、そんな疑問と煩悶にけりをつける余裕をゴドウィンに与えはしなかった。

 スローモーションになる視界。そこにはタスクの姿が映っている。特に変わったところは無い。その筈だ。

 なのに何故か、今のゴドウィンにはその姿が酷く不吉に映る。


 ―― <<エイミングショット>>。


 その時だった。

 策の最後の仕上げ、ガンナーの狙い澄ました一撃が放たれた。

 最初にゴドウィンと同じグループだった男だ。弾丸は対大型魔獣用炸裂徹甲弾。セレスティア・メルヴィルから支給されたかなりのランクの一品だ。只の人間相手に使うにはオーバーキルに過ぎる。ましてやこのような混戦で使うには、その効果範囲は広すぎる。近くにいる味方も只では済まないだろう。

 だが撃った。

 それだけのリスクを勘案してもやるべきだとゴドウィンは判断し、ガンナーの男も同意した。そしてそれは正しかった筈だ。ゴドウィン達のある意味捨て身と言ってもよい攻撃を受け、ほぼ無傷で切り抜けた手練を考えればそれは明らかだ。だが――。


「――っ!?」


 相手は軽々とその上をいった。

 空気が弾けるような発射音とほぼ同時、旋棍の男の足下から黒いナニカが凄まじい勢いで溢れ出た。それは黒一色に染め上げられた粘性を帯びた液体のようではあったが、同時に何か意思を感じさせる動きをしていた。

 だがどちらにしろ、巨大だ。

 その大きさは優に十人近い人間を飲み込んで余りあるように見える。

 それらが蠢き、波打ち、のたうち回るようにしてある一定した形を象っていく。

 犬だ。

 まるで狼のように鋭い爪牙を持った巨大な犬。

 最初は液体のようなもので形作られていた躰も、既にかなり明確な輪郭を備えている。深みを帯びた黒曜石のような黒一色。巨大なその身体は酷くしなやかに動き、普通なら避ける事が出来ないであろう微かな物音さえ聞こえない。しかしそれが纏う雰囲気は圧倒的だった。竜種のような威厳はない。時折強大な魔物が見せる荘厳さなども感じられない。その代わり漂わせているのは、只々単純で低俗、されど懸絶した暴威の気配。

 それが旋棍の男の前に立ち塞がるようにして現出し――破壊された。


「……は?」


 予想外の事態に思わず声が漏れる。

 頭の片隅では、特に不思議な事は無い筈だと訴える自分がいる。対大型魔獣用炸裂徹甲弾がその用途通り、大型の魔獣に等しいものを破壊した。そこには何の不思議もない。

 命中した刹那に響き渡った炸裂音。そして黒一色の巨大な犬の頭部が石榴のように弾けた瞬間。

 それをゴドウィンは明瞭に知覚していた。

 切り札が一枚防がれた。だが向こうの切り札も一枚潰した。そんな状況だ。

 ならば次の手を考えるべきだ。他のグループのガンナー達も使って押し切るのか、それとも近接戦闘による持久戦か。

 だが指示を出すべきゴドウィンの口は動かなかった。視界にはタスクの姿が映っている。その様子に変化はない。何も感じていないように見える。此方の切り札を潰した事に対する安堵も、自らの切り札を潰された事に対する驚愕も。

 だからだろうか、辺りに立ち籠めた雰囲気はそのままだ。全員が固唾を呑んで見守っている。実際に行動を起こそうとする者は皆無だ。ゴドウィン自身、背筋が粟立つような悪寒をどうしても拭い去る事が出来ないでいる。


「……おい」


 そんな中、タスクの声が響く。それはどこか溜め息混じりの声だった。僅かな緊迫感の欠片もそこには含まれていないように思える。そんな声音のまま、タスクは言葉を続けた。


「余り遊ぶな。――クロイヌ」


 その言葉に特別な何かがあるようには感じられなかった。だがそれによって引き起こされた事象は明白だ。

 ばらばらに散開した肉片が一つずつ集結して元の姿を形作っていく。異様な光景だが、ゴドウィンは殆ど気にならなかった。頭のどこかで、あれだけで事態が打開できない事を確信していたからかも知れない。


「ぎゃは、ぎゃははははっ!」


 さほど時間を掛ける事無く、完璧に元の姿を取り戻した巨大な黒い犬。その口から不気味な哄笑が響く。耳障りな嗄れ声だ。知性を感じさせるのに、どこか人の神経を逆撫でするような――。


「さて……」


 だがタスクはそんな耳障りな笑い声を気にも止めず、辺りを一瞥した。

 そして告げる。


「取り敢えず、適当に散らすか」


 それが合図になった。

 爆ぜたかのように、黒い獣が駆け出す。

 ――疾い。

 巨大な躰だ。当然重さも、それに準ずる筈だ。それなのにその挙止からは何の物音も響かない。さざめき一つ立てずに動くその巨躯は、どこか現実味を欠いていた。だがそれの持つ暴威は紛れなくも本物だ。

 当たるに任せるようにして重武装の傭兵達が弾き飛ばされる。後衛の仲間たちが半ば恐慌状態になり攻撃を放つが、痛痒すら与えられていないように見える。

 獣の攻撃方法は単純だ。サイズこそ大きいものの殆ど普通の獣と大差ない。だがそのレベルが違いすぎた。

 此方の攻撃を気にもとめない防御力。軽く躰をぶつけるだけで重武装の人間が吹き飛ぶ破壊力。そして何より圧倒的な機動力。

 これが本気とは思えない。軽く遊んでいるだけ、じゃれているだけのようにも見える。なのに太刀打ちの仕様がない。

 特にその変幻自在な挙動は厄介だ。

 自らの躰を自由に変形させ、本来有り得ない状態と状況から、攻撃を仕掛け、躱す。単純だが、単純な故にそれは恐ろしく効果的だった。


 このような事を可能とする獣について、ゴドウィンは存知していなかった。だが同時に心当たりが無い訳ではなかった。

 ――異界の魔物。

 多種多様な存在が入り混じる魔境。人類がまだそのとば口にすら立っていないフロンティア。入り込む事は難事であり、生還する事は至難。そして其処で成功するのは不可能事。そんな噂がされる危険地域だ。

 だがそこで得られるものは、此方の常識を覆すものも多い。それ故にその力を利用しようとは様々な人間が試みていた。

 そんな存在の中でも、異界の魔物を自らの手足として動かす事の出来る人種はただ一つ。


「……マスターオーダー」


 ゴドウィンの口から自然と掠れ声がこぼれ落ちた。

 それはエレメンタラー系の最上位職の一つだ。

 異界の力を利用する事を可能とするゲートキーパー。

 そして魔獣などに対する制約と意思疎通を可能とするテイマー。

 共にエレメンタラーの上位職の一つだ。そしてそれら二つを極めた先にあるエレメンタラー系の最上位職――マスターオーダー。

 最上位職の中でも、殆ど見る事のない希少なクラスだ。

 戦場を長いこと渡り歩いているゴドウィンも直接見るのは初めてだった。


「……っ! ――術者を狙えっ!」


 だから、その指示が正しいのかゴドウィンには判らなかった。だがファイター系以外の系統は接近戦で仕留めると云うのが常道だ。幸いにも黒い獣は後衛の方へ移動している。距離は大体五十メートル。厄介な後衛を先に片付けておこうとしたのかも知れないが、ゴドウィン側にしてみれば今が好機なのも確かだった。

 視線をちらりと後衛へ向ける。同じグループだったガンナーの男と目が合った。事態を動かした銃弾を撃ったのもこの男だ。


「…………」

「…………」


 男とゴドウィンの視線が絡み合う。

 それ程の時間ではないだろう。恐らくはほんの二、三秒。だがゴドウィンには随分と長く感じられた。

 そんな暫時の交錯の後、ガンナーの男はこくりと頷いた。

 ゴドウィンは、男の名前もまともに知らない。何度か仕事で顔を合わせた事のある程度だ。だがその事に対し、ふと小さな後悔のようなものを覚えている自分に気が付いた。

 だがそんな瑣末な感傷を押し殺すと、ゴドウィンは仲間が手渡してくれた自らの剣を受け取る。右腕は使えない。だが戦場暮らしも長いのだ。利き腕が使えなくなった事くらい何度もある。


「犬っころの足を止めるぞっ! 出し惜しみはするなっ!」


 ガンナーの男の声が遠くから響いている。

 それに入り混じって、銃声と怒号がゴドウィンの耳に届く。


 ――これで少しは時間が稼げる。捨て駒に近い役割を引き受けてくれた後衛に感謝だ。


 そんな事を思いながら、ゴドウィンは錠剤を一つ口に含んだ。精神干渉に対する抵抗。痛み止め。高揚剤。能力向上。そんな様々な役割を持った即効性の薬剤だ。

 奥歯で噛み潰して飲み込んだ瞬間、心身が変調するのが分かる。


「ひゃはっ」


 思わず声が漏れる。

 調子は絶好調だ。右腕の痛みもまるで気にならない。寧ろ丁度良いスパイスのように感じられる。

 ゴドウィンは左手に愛用の片手剣を握り、力を込めた。視線を一瞬だけ横に向ければ、遠くに黒い獣の姿が見える。後衛は上手くやっているようだ。遠くにあってもなお目立つ黒い獣の巨躯が舞い踊っている。

 猶予の時間は無い。ゴドウィンはタスクの方へ真っ直ぐと向き直った。


「……へぇ」


 タスクは獣を現出させた位置から殆ど動いていなかった。その立ち位置のままゴドウィンの方を見詰め、その唇を歪めた。

 笑み、とも呼べる表情だ。だがその瞳は笑っていなかった。射抜くようにゴドウィンの全身を見据えている。

 周りには男達が何人か倒れている。先程までの数瞬に、タスクの旋棍によって仕留められた者たちだ。獣に行き掛けの駄賃とばかりに仕留められた者も居るため、タスクの周りに残っている人間は殆ど居ない。

 ゴドウィンと同じグループだったベルセルクの男。それを抜かせば四人程度だ。その四人にしたところでタスク相手に攻めあぐねている。どこまで信用できるかは未知数だ。

 ならば自分が決めるしかない。

 だが、駆け引きをしている時間は無い。一撃だ。相打ちでも構わない。捨て身で致命の一撃を繰り出すのだ。

 幸いにしてゴドウィンのメインクラスはブラッドカバー。ベルセルクの上位職だ。その種の手札は揃っている。


 ―― <<クリムゾンロウ>>。


 一撃の威力を限界まで高めるブラッドカバーのスキルであり、その後の事を考えればそう簡単に切る事の出来ない鬼札だった。

 だが今のような状況にはお誂え向きだ。ゴドウィンは力を込め続ける。武器を握った左腕の筋肉が不気味に脈動する。だがそれを見てもタスクは動こうとはしなかった。

 薬剤の所為だろうか、そんなタスクに対しての苛つきも今は感じない。ただ純粋な殺意でゴドウィンの頭は塗り潰されていた。

 腰を落とし、ゴドウィンは身体を右に捻る。そして剣を持った左腕を隠すように身体の後ろで構える。それはまるで居合いの構えのようにも見えた。

 やがて準備が整う。とはいっても、それほど時間が掛かった訳ではない。力を込め始めてから五秒にも満たない時間だ。仲間がいる事を前提とすればそこまで長い準備時間ではない。だが――。


「しぃ……っ…………ぁ?」


 踏み出そうとした意気と足が、直前の刹那になって止まる。

 気が付けば、黒い獣が驚くほど近くにいた。

 音はしなかった。気配もなかった。空気の流れも、魔力の発動も察知できなかった。

 だが黒い獣は確かに居た。

 場所はゴドウィンの左前方。その鼻先が微かにゴドウィンの頬に触れそうな至近距離。

 存在を認識したからか、それとも気のせいか。今までまるで気が付かなかった生温かい吐息と、その臭いが感じられるような気がする。

 ベルセルクの男が叫声を上げ一撃を叩き込もうとするのが、どこか色彩を失った視界に映る。援護すべきだったかも知れない。だが練達の傭兵であるが故に悟ってしまった。――詰みだ。

 その直感を裏付けるように事態は進む。

 黒い獣が自らの身体を変化させ、ベルセルクの男の正面にその牙を向けた。そして放たれた一撃を待ち受けるように喰らい付く。歯で斬撃を食い止めるなど、本来余程の実力差が無ければ有り得ない。それは獣型の魔獣とて同じ事だ。だが目の前の黒い獣はベルセルクの渾身の斬撃を容易く食い止め、あまつさえ、その大剣をまるで砂糖菓子のように噛み砕いた。大剣を咀嚼し、飲み込む音が辺りに響く。


 ――相変わらずの悪食だな。もう少し節操ってものを持った方がいいんじゃないか?

 ――はっ。旨いか不味いかは喰ってみなくちゃ分からないんだぜ。

 ――いや、明らかに食い物じゃないものを喰うのはどうよっていう話なんだが……。

 ――良いことを教えてやる。不味いものでもそれはそれで味があるんだよ。

 ――上手い事いったつもりかよ。

 ――俺は好き嫌いのない良い子ちゃんなんだよ。飼い主として誇らしいだろ?


 緊張の欠片も無い会話が何処か遠くに聞こえる。そんな中、ゴドウィンの身体は殆ど自動的に動いた。自棄になったのか、薬の力に押されたのか、それとも一矢報いたくなったのか。それはゴドウィン自身にも分からなかった。

 だがその一撃は何の遅滞もなく放たれ――。


「せぃ――……っ!?」


 何の成果も上げる事無く防がれた。

 特に何かをされた訳ではない。無防備に見えた腹部への渾身の一撃。そこから返ってきたのは肉を斬り裂いた感触ではなく、柔らかだが強靱なものを叩いたような鈍く重い手応え。

 そして次の瞬間、ゴドウィンは中空へと弾き飛ばされていた。



 ***



「――戻れ」


 敵を粗方片付けたので、タスクは取り敢えずクロイヌを還す。黒一色に染め上げられた巨躯が、まるでタスクの影に吸い込まれるようにして掻き消えた。クロイヌはタスクが契約している存在の中では使いやすい部類にはいるが、それでもその消耗は低くない。それ以上にこの程度の相手ならば兎も角、ある一定以上の相手になると手加減が利きにくいと云う欠点もある。出来ればもう少し手札を増やしたいのが本音だった。


「ま、高望みなのかね」


 そんな言葉をタスクは独りごちた。

 辺りには倒れ伏した傭兵達が散乱している。時折呻き声が聞こえているので、まだ意識がある者もそれなりにいるだろう。意識を失っている人間も致命傷になっている人間はそれ程いない筈だ。

 人間相手の場合、魔物と違って殺せばよいと云うものでもない。寧ろ無駄に殺せば問題になる事も多い。それは今回の場合も同じ事だ。名目上は強盗という事で補給路を狙っている訳だが、表だって戦争状態でも無いのにその人員を皆殺しなどにしたら、問題が大きくなりすぎる。例え建前上に過ぎなくても、ごく普通の強盗であると言えなくもない実態が必要なのだ。

 まあそうは云っても小競り合いは実際にもう起きている訳で、決定的な亀裂が入る可能性は当然ある。だが何処で何処まで積み木を崩すかと云うのはタスクより上の人間が判断する事だ。具体的にはタスクが所属している開拓団の最高責任者であるロニー・メルヴィルの所轄になる。

 タスクは命令に従いつつ、次の行動への布石を進めるだけだ。


「……ん?」


 そんな事を考えていると、軽い馬蹄の音と柔らかな気配に気が付いた。チャリオットを率いていた馬だ。全てが終わったのを見計らったのか、それとも退屈になったのか、テイムしたタスクにその存在を主張するように鼻を押し付けてきた。


「おお? よしよし」


 取り敢えず持っていた野菜などをマテリアライズして手渡すと、馬は勢いよくそれを食べ始めた。その様子には目立った異常は見当たらない。抑えている為こちらに近寄っては来ないが、こちらを興味津々で窺っている他の馬たちも同様だ。クロイヌは敵対する者に対しては呪いにも似た影響を与える。戦闘に関係ない連中はある程度タスクが守っていたが、それでも影響が出る可能性も零では無かった。それを考えれば幸いだった。護衛の人間は事故で殺してしまっても気にならないが、出来れば動物は必要もないのに殺したくはなかった。

 馬が餌を食べ終わり、更なる餌をおねだりする。それを適当にあしらっていると、横から声がした。


「……終わりましたか?」


 待機していたギデオンのものだ。タスクは馬をその場で大人しく待っているように伝えると、ギデオンの方へと向き直った。なおテイマーであるタスクには馬たちからの不満と素朴な失望も伝わってきた。どうも罪悪感にも似た感情が頭を掠めるが、仕方ない。


「ああ。思ったよりも随分と念入りな警備だったから手こずった」

「そうッスね。見てましたが、俺じゃ多分適当に逃げられたか、それともこっちが逃げる羽目になったか。どっちにしろ手に余る警備でした」

「うちの人間でも適当に手加減しつつ逃がさずにって条件を考えると、殆ど居ないんじゃないかね。出来る奴」


 問答無用で皆殺しにするのなら何人か思い浮かぶが、そうでないなら難しい。そもそもツチグモは魔物相手の戦闘を最も得意としているクランだ。このような対人相手の手札はそれに比べれば少なかった。


「まあクーンなら一人でも何とかなったかも知れないが、それも結果論だしな。それにあいつが本気の装備を持ち出して只の山賊っていうのも色々と厳しいだろ」


 タスクの言葉にギデオンも頷く。


「そりゃそうですけど……タスクさんの切り札も見せた訳ですよね。それも普通の山賊とはとても言えない気が……」


 マスターオーダーというのは最上位職の中でもレアな部類に入る。間違っても只の山賊に居ていい人材ではない。ましてやロニーがそれを雇い入れている事がばれたら、色々と面倒な事になりそうだ。

 だがタスクはそんなギデオンの言葉を杞憂だと笑い飛ばした。


「なに、強弁すれば結構色々な事が何とかなるもんだ」

「…………」

「それに今回の事に関しては一応セイフティーは掛けておくさ」

「ならいいッスけど」


 タスクの能力を知っているギデオンはそれで取り敢えず納得した。


「だけど此奴らが運んでいたポーターやら物資はどうするんですか? 村に持って帰ったら、いよいよ俺たちとの繋がりを暴露するようなもんッスよね?」

「盗品を売ったって感じで押せない事もない気がするが……」

「いや、そりゃ……ちょっと無理がある気が」

「まあ、細かい事は積み荷を確認してからにするか。隠蔽工作も済ませておかないといけないしな」


 タスクはそう告げると、装甲馬車の方へと向かい――ある程度まで行ったところで立ち止まった。


「そういや、その前にやる事があったな」


 その言葉にギデオンが怪訝そうな表情を浮かべる。だがタスクは気にせずに方向を転換して歩を進めた。ギデオンも取り敢えずその後に続く。

 タスクが足を止めたのは、先程まで戦っていた男――ゴドウィン・ダッシュウッドの前だった。

 倒れ伏しているゴドウィンへ向かってタスクは声を掛ける。


「よう。起きてるんだろ? ――ちょっとお話し合いしようぜ」



そろそろ見直す時間がなくなってきてる。

ので、誤字脱字があるかも。

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