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第五話 襲撃(上)



 土を均しただけの街道を何台もの馬車が通っていく。

 中心には客車部分を装甲化したものが、そしてその周りを囲むようにして、車輪付きの箱に兵士達を乗せた簡素なものが走っていた。前者は装甲馬車、後者はチャリオットなどと呼ばれている。

 装甲馬車は、その外見通り中にいる人間を守る為のものだ。その内装や広さは様々だが、魔導的な防護が施されているものも多く、おしなべて高価だ。また装甲馬車の中には中の人間を閉じ込めておくような機能があるものも存在し、賞金首や奴隷の搬送などに使われている。

 それに比べ、チャリオットは主に兵士の為に使われる。高級な軍馬は操るのにテイマー技能を必要とし、兵隊が必ずしもそれを持つとは限らない。だが機動力は必要だ。そのような用途のために使われている馬車の一形態で、装甲馬車と同じくかなり色々な種類のものが存在している。


 そんなチャリオットの一台に、ゴドウィン・ダッシュウッドは乗っていた。

 ゴドウィンは一言で云ってしまえばフリーの傭兵だ。集団を作らず個人で仕事を選び、請け負ってきた。体格は傭兵としては平均的。武装についても同様だ。だが長年戦場を渡り歩いてきた経験と確かな技術。そして豊富な知識によって傭兵仲間からも一目置かれていた。


「……あーあ。いい天気だねぇ」


 見晴らしのよい草原に蒼天の空。そんなものを眺めながらゴドウィンは呟く。その姿は警戒中の傭兵とは思えない。只のくたびれた中年男のようにしか見えなかった。

 だがそんな飄々とした態度が周りに一種の余裕を与えている事も確かだ。

 今ゴドウィンが乗っているチャリオットの定員は十人。そのタイプのチャリオットが六台護衛に付いており、その中心には装甲馬車が三台一列に並んでいる。


 立派なものだ。ある種壮観と云っても良い。

 それはゴドウィンも認めるところだった。侮られがちの補給に対してこの厳重な警戒。過剰とすら云えるほどだ。

 だからだろうか、何度かこの任務を行っているが危険が生じた事など一度もない。

 それ故にゴドウィンは思うのだ。――つまらない仕事だ、と。

 そうゴドウィンが感じてしまうのもある意味致し方なかった。

 ゴドウィンの傭兵としての今までの経歴は、少数を率いての非正規戦や潜入任務、そして暗殺に破壊工作。どちらかと云えば後ろ暗い事ばかりをやって来た。

 それらを成し遂げ生き残ってきたという自負もあるし、実際それだけの実力はあった。

 だがオラルドがピースエイトを統一し、そういったブラックオプに類する仕事は減ってきていた。特に明確な後ろ盾のないゴドウィンのような人間にとっては尚更だ。

 だからこそこんな仕事を引き受けた訳だが、決してそれだけがこの仕事を引き受けた理由ではなかった。


 ――面白いものに出会えるかも知れませんよ。


 脳裏に鈴の鳴るような、清麗な声が思い起こされる。

 セレスティア・メルヴィル。

 ゴドウィンのような立場の人間にとっては雲上人といってもよい。そして今回の仕事はその彼女からの依頼だった。


 ――面白いもの……ね。


 胸中でセレスティアの言葉を転がす。

 そんな時だった。

 馬車の動きが突然止まった。


「……おっ?」


 視線を御者へとやれば困惑の表情を浮かべている。ゴドウィンの中で警戒のランクが一段階上がる。馬がテイマーである御者の制御を突然離れる理由はそれほど無い。一つは明らかな脅威を感じ取ったか。それとも――。


「おいっ!? 何があったっ!?」

「判らんっ……馬が突然言うことを聞かなくなった!」


 突如として護衛のために乗っていた兵士たちが騒がしくなる。状況は混沌としているといってよい。その中でゴドウィンを含む少数の人間が冷静に辺りを警戒していた。

 ゴドウィンは警戒しながらも、突如動かなくなった馬へと注意を向ける。怯えているという感じではなかった。ならば可能性はほぼ一つに絞られる。他者からの介入。それも恐らく御者よりも上位のテイマーの介入だ。


「ちっ!」


 ――厄介な事になってきやがった。


 ゴドウィンは舌打ちしながら内心で歯噛みする。だが同時に口元が微かに歪むのが判った。胃がよじれるかと思うほどの緊張感。久し振りのこの感覚は、ゴドウィンにとってどんな麻薬よりも甘美だった。


 ――何処だ。何処から来る?


 感知野を周囲に広げ、ゴドウィンは奇襲を警戒する。いざとなれば周りの人間を盾にする事も考慮に入れる。まずは自分が生き残る事が最優先。フリーの傭兵同士の関係などそんなものだ。助ける時は助けるが、見捨てる時は見捨てる。この判断を間違う奴は、この商売長生きできない。

 そんなドライな人間関係を、ゴドウィンはそれなりに気に入っていた。


「……どう思う?」


 隣のガンナーらしき男が声を掛けてきた。その視線は辺りを油断無く見回している。だが逆に言ってしまえば、敵の姿をはっきりとまだ確認できていないと云う事でもある。


「判らんよ。そっちこそどうなんだい? 敵の発見はガンナーのお家芸だろう?」

「さあな。少なくとも多数で襲撃を仕掛けてくるといった感じではないな。それなら足を止めた瞬間に襲いかかってくる筈だ」

「それなら狙撃もそうだろうが。それとも……何かを待っている?」


 足を止めた後の常套手段としては遠距離からの狙撃。もしくは急襲だ。

 そのどちらも迅速であるに越した事はない。機動力を復活させられたら状況が変わってしまうからだ。

 その常識をよく知っているが故に――。


「――なっ!?」


 それを見たゴドウィンの口から驚愕の声が漏れた。

 その視界には近くの森からやって来た男が悠然と進路を塞ぐ様が映っていた。





「……ふむ」


 タスクは目の前の集団を一つ見回し頷いた。

 護衛の数は大体50名程度。この規模の補給にかける数としては随分と多い。

 だがまあ、そんな事は関係ない。奪うだけだ。

 馬の足は <<マインドグラスプ>> で強制的に止めた。少なくとも機動力はほぼ完全に殺した事になる。このような状態で、非戦闘員であるポーターなどを連れて逃げられると思うような傭兵はいないだろうし、そもそもタスク一人相手に戦闘行為もせずに逃げ出すなどといった事は出来ないだろう。

 護衛の男達の一部。接近戦を得意とする人間が馬車から飛び降り、タスクを囲むようにして近づいてきた。遠距離攻撃が出来るような人間達は各々ポジションを取り、タスクに狙いを定めている。


「てめぇ、なにもんだ?」


 最初に声を掛けてきたのは肥満体の男だった。手には戦斧を持っており、その腕は小さな子の胴体レベルに太い。首筋にも贅肉が多く見られるような体躯だが、自らの身体を持て余しているような様子は一切無い。単純明快な力押しを得意とするタイプだろう。タスクとは余り相性がよくない。

 だがその武装はチェインメイルを胴体に、その他の部分は革装備を中心とした簡素なものだ。ただ頭部にだけ金属製の兜を付けている。

 クラスは恐らく一撃の攻撃力に重きを置くベルセルク。防御重視のアーマーガードよりは幾分はマシだ。

 そこまでの計算を一瞬で済ませると、タスクはすたすたと男の武器の間合いにまで入って告げた。


「強盗だ。命が惜しければ身包みを置いていって貰おうか」


 タスクより高さ的には拳一つ分程度、横には大分広い男の顔が一瞬で憤怒で染まる。だがタスクは表情一つ動かさなかった。寧ろ何だか得意げだ。


「どうした? 無力で日陰者の補給部隊が野蛮で怖い強盗の襲撃を受けたんだ。泣き叫んで逃げ惑ってもいいんだぞ?」


 言葉は返ってこなかった。


「しぃっ!」


 代わりに返ってきたのは戦斧の一撃だ。タスクの頭へ叩き付けるような打ち下ろし。風を切る重低音の音が響く。タスクはそれを一歩身体を動かす事であっさりと避ける。そしてそのまま一歩踏み込む。たったそれだけで距離を失い戦斧は役に立たなくなる。

 だがタスクの旋棍は違う。回転させる事で距離を稼げる旋棍は密着状態でもその効用を大きく減じる事はない。タスクは常套手段として顎を狙った一撃を男へと叩き込む。


「っ!」


 男は苦痛の呻き声を上げる。だが、倒れない。

 そしてそれが男の苦しみを深める事になった。

 鼻骨。鎖骨。肋骨。腕骨。足骨。

 刺突や回転を活かした薙ぎの連撃によって、それらの骨がほんの瞬く間に叩き折られた。殆ど一つに聞こえる鈍い打撲音。男はあっさりと崩れ落ち、余りの苦痛にのたうち回り悲鳴を上げる。それは周囲の人間が止める暇もない早業だった。


「――は?」


 男達が惚けた声を上げる。

 男達も兵士として訓練は受けていた。魔獣の襲来や多人数の不意打ち。そして遠方からの狙撃。そういった事態に対しては心構えは出来ていた。だが単独で、しかもどこか余裕を感じさせる相手への対処などはそれまでの経験則からは導き出せなかった。呆然とタスクを見詰める男達。


「お前らっ! なにぼさっとしてやがるっ! さっさと取り囲め!」


 だがそこで声が響く。

 怒声に近いその声はよく通り、男達の態勢を立て直すのに大きな効力を発揮した。タスクの瞳が愉快そうな色を湛えてその男を捉える。男達が態勢を整え、武器を突き付けつつタスクを包囲し――。


「なっ!?」


 次の瞬間、その包囲は崩されていた。

 相手の槍へ横に叩き付けるような旋棍の一撃。相手の持ち手がほんの僅か緩む。その刹那、攻撃の反動を利用した一撃を今度は下から上へと叩き込む。それだけであっさりと槍は中空へと弾き飛ばされていた。

 虚を突かれ、武装を無くした兵士に壁としての機能など無い。懐に入り込み、喉元へ突きの一撃。倒れる男へは目もくれず、包囲をそのまま真っ直ぐに抜けていく。

 後は予定調和だ。

 包囲とは得てして包囲している対象に対しては強いが、別方向からの攻撃に対しては圧倒的に弱い。一度懐に入り込まれた時点で結果は見えたようなものだ。男達は次々と旋棍による攻撃を受けて沈んでいく。


「……ちっ」


 それを苛立たしげに眺める視線があった。

 ゴドウィン・ダッシュウッドのものだった。その苛立ちは相手に対するものが半分、不甲斐ない味方に対するものが半分といったところか。

 ゴドウィンは、そんな苛立ちを感じつつもタスクの戦闘方法を慎重に観察する。

 その結果判るのは、タスクが本職の戦士ではないと云う事だ。力量自体は大したものだ。旋棍という扱いの難しい武器を手足のごとく扱い、後の先、先の先を取り一対多数の状況にも動じていない。だがその後の先、先の先での攻撃はあくまで敵の攻撃を潰すだけ。相手の殺傷を目的としたものではない。自らの生存を最優先させた戦い方だ。

 それは本職の戦士では有り得ない。本職の戦士は例外なく隙を見逃さずに勝負を決しようとする。そしてその為に必殺ともいえる一撃を常に打てるようにしているものだ。

 相手の隙を作ってもそこで勝負を決めず自らの生存を優先する。それは戦士の戦い方ではない。寧ろメイジなどの戦闘教義になるだろう。そしてそれは、最初の不意打ちでテイマーの管理下にあった複数の馬を強制的に行動不能にさせた事からも窺える。

 詰まるところ、相手は得手を封じてゴドウィン達50人と対峙している訳だ。


「……舐めやがって」


 ゴドウィンの口元に凶暴な笑みを浮かぶ。

 だが同時に厄介だという事も判っていた。特に馬の機動力が潰されているのが痛い。これが復活してくれれば護衛対象を逃がす事が出来る。そしてそれを向こうが追い掛けてくるのなら隙も出来るだろう。だが今はそれが出来ない。仮に徒歩で逃げようとしても、戦士としての訓練も受けていないポーターなどはあっさりと捕まってしまう。


「馬は無理か?」

「駄目だ。まるで手応えがない」


 そう答える御者の顔を見て、ゴドウィンは馬を使った逃亡という手を完全に諦める。ならば残る手は一つだ。


「おい……俺が奴の動きを止める。その隙にでかいのぶちかませ」


 隣のガンナーとベルセルクへ囁くように小さな声で告げる。

 このままではじり貧だ。此方の数が少なくなりすぎない内に仕掛ける必要がある。


「……出来るのか?」

「阿呆。出来なきゃ終わりだ。それとも一人相手に護衛対象を放って逃げるか? この仕事の元締めがあの【ダチュラ】だっていう事わかって言ってんだろうな?」


 ――【ダチュラ】。

 セレスティア・メルヴィルの二つ名だ。

 可憐で美しいが、幻覚作用のある毒を持つ花から取ったらしい。そんな風な事をゴドウィンは聞いたことがあった。尤も、その名の由来になった花をゴドウィンは知らなかったし、興味もなかった。だがセレスティア・メルヴィルという人間についてはよく知っている。つまらない理由での契約破棄など絶対に認めはしない。


「だが応援を呼ぶことくらいは……」

「走ってか? それをあいつが許してくれるか判らないし、そもそもこっからどんだけ掛かると思ってやがる。こいつが一人襲ってきたら毎回大部隊を集合させるのか? そんなこと実質無理だし、無理してやればあいつの思う壺だろうよ」


 そう告げるとゴドウィンは軽く肩を竦めた。そして告げる。


「――腹くくれ。やるしかねぇんだよ」


 実際応援を呼ぶ事はそこまで悪い手とは思えなかった。

 だがゴドウィンたちは所詮烏合の衆だ。部隊を分けるというのは慎重に成らざるを得なかった。無論責任者はいる。この補給部隊の総責任者もその護衛の現場責任者も存在する。だがルーチンワークならば兎も角、このような状態になった時どこまで指揮が出来るかは未知数だった。

 ゴドウィンにしたところで、所詮は雇われの身だ。自らの命をその指揮に預ける気には到底なれない。それは他の雇われの人間も同様なのだろう。今も指揮官の男が大声で指示を飛ばしているが、反応は鈍い。数の多さを活かしきれていない。寧ろそれが此方の動きを縛ってしまっている形だ。


「はっ」


 笑みにも似た呼気を一つ。ゴドウィンはチャリオットから飛び降りた。そこにベルセルクの男をはじめ、重量級の武器を持った人間が後に続き、小走りで戦闘地点への駆けていく。


「……で、どうする?」


 ゴドウィンの隣を走っていたベルセルクの男が声を潜めて尋ねる。ゴドウィンはちらりと視線をそちらへ向けた。知らない顔ではなかった。何度か戦場で見た事がある。武器は重量級の剣。それを狂化と魔石でブーストする典型的なベルセルクだ。


「言っただろ? 俺が奴の動きを止める。そこにお前らがぶちかませ」

「だがあれを見ろ。味方が邪魔でまともに近づけないぜ」


 そう述べる男の視線の先には確かに男の言葉通りの光景があった。手首の骨を折られるなどして戦闘力を失ったが、意識はまだ残っており倒れてもいない。そんな人間が障害物として林立している。


「なに、邪魔なら無視すりゃいいんだよ」


 だがゴドウィンはそんな男の懸念を笑い飛ばした。

 そして懐から拳大の球形の物体を取り出すと気軽な様子でそれを前方へと放り投げる。

 それは俗にフラッシュバンとも言われている非致死性兵器だ。閃光や音などを辺りにまき散らし、相手を行動不能にさせる。尤もこの程度で止められるほど目の前の男は甘く無い。そんな事はゴドウィンも十二分に判っていた。


「おいっ!?」


 隣から味方を巻き込んだゴドウィンに対して詰問の声が響く。だがゴドウィンは頓着せず、魔具による結界を作動させる。遮光と防音を重視した黒く半透明な膜のような結界がゴドウィン達を覆う。そしてそれが張られた数瞬後、凄まじい音と閃光が辺りに撒き散らされた。

 前もって魔具による結界を張っていたゴドウィン達と装甲に囲まれたポーターなどは無事だが、戦っていた男達は目を押さえ悶えている。少なくとも暫くの間は戦えないだろう。

 だがそれをゴドウィンは全く気にしなかった。いま大事なのはあの男だ。まともに喰らったとは思えない。しかし――。


「ちっ」


 気が付けば男――タスクは距離を離し、丁度最初に立ち塞がった位置まで下がっていた。

 その姿は最初通りだ。特に苦しんでいる様子はない。特に結界を張った様子も無いのに、あの範囲攻撃を無傷で切り抜けている。その理由は結界内でずっと目をこらし観察していたゴドウィンには明らかだった。


「…… <<シャドウダイブ>> か」


 ファイター系列のクラスであるローグ。

 そのローグの上位職であるナイトウォーカー。

 シャドウダイブはそんなナイトウォーカーのスキルであり、その名の通り影などに潜り込む事が出来るようになる。ある意味ナイトウォーカーの代名詞ともいえるスキルだ。

 尤も、その具体的な部分は個々のナイトウォーカーでかなり異なるらしいとはゴドウィンも聞いた事があった。

 そもそもクラスもスキルも明確な定義がある訳ではない。特にナイトウォーカーやローグといった系列は戦士系としてはかなり機密を重んじる。その所為で個人差が激しい。具体的にどのような事が出来るのかは、ゴドウィンも一度見ただけでは推定しかできなかった。

 だが兎も角、距離は取れた。――仕切り直しだ。


「てめぇら邪魔だ、どけ」


 ゴドウィンは細身の曲刀を腰から引き抜く。それは一見余り実用的には見えない。傭兵などより、まるで貴族が持つような一振りだった。片手専用で刃も細い。下手な受け方をすればあっさり折れてしまいそうだ。柄頭には細工が施され、一部に宝石が埋め込まれており、また刃には微細な文様が刻まれている。傭兵のように武器を乱暴に扱わざるを得ない人種が持つものとは思えない。

 だが逆にその事がゴドウィンの事を知らぬ傭兵達にも一種圧力となったらしい。味方からの攻撃を受けて殺気立っていた男達にざわりと動揺の空気が広がる。


「てめぇゴドウィン……なにしやがる」

「うるせえ黙れ。殺すぞ」


 一部には反発を露わにした者もいたが、それもゴドウィンの態度に気圧されたように黙り込む。


「…………」


 そんなゴドウィンを、タスクは平坦な眼差しで見詰める。


「おう。随分と舐めた真似してくれるな。……ロニー殿下の手の者かい?」


 その言葉にタスクは微かに笑みを浮かべた。

 ステレオタイプの台詞が面白かったのだ。タスクは勝手にゴドウィンに対して親近感を抱く。だからだろう、返すタスクの言葉も妙に外連味のあるものになっていた。


「何言ってるんだ? 俺は私欲に塗れた十把一絡げな強盗だよ。殿下なんて雲上人なんて知らんよ」

「へぇ……まあいいさ。そこら辺は全部終わった後にゆっくり聞くとするわ」


 その言葉と同時にゴドウィンは駆け出す。

 そもそもタスクとの距離は十メートル程度。それほど離れていない。みるみる距離を詰め、武器の間合いへとタスクを捉える。


 ――ここからだ。


 旋棍の間合いは決して長くない。ゴドウィンの片手剣よりも拳三つ分は短いだろう。その間合いの差がゴドウィンにとっては決定的に重要になる。攻撃自体の疾さは向こうの方が上。攻撃の多様性でも向こうの方が上。ならば相手を近づけず、敵の自由な動きを阻害する。


「はっ!」


 鋭い呼気と共に放たれた横薙ぎの一撃。だが手応えは無い。タスクは上半身を反らす事であっさりと躱した。だがその程度は予想の内だ。返す一撃で足首への一撃。それを躱すためにタスクが足を上げ、一歩下がる。その隙をついてゴドウィンは間合いを詰め、躱しにくい胴へと向かって突きを放つ。だがこれも横に仰け反るようにして躱された。不安定な態勢だ。ゴドウィンは追撃を放とうと剣を構え――動きを止めた。

 タスクの旋棍が次の攻撃へのカウンターに狙いを定めているのに気付いたからだった。下手に攻めていればそこで終わっていたかも知れない。気付けたのは幸運だった。戦っている姿をあらかじめ見ていなければ気づけなかった。


 ……何者だ?


 ゴドウィンは胸中で誰何する。曲がりなりにも一流といえるゴドウィン相手にやり合える近接戦闘力。


 ……だがやはり、こいつは本職の戦士じゃない。


 守備に重点を置きすぎている。同じ技量の戦士が対峙した場合、まず間違いなく攻めた方が有利だ。その例外と云えば全身を重武装で身を固めたアーマーガードなどの専門職くらいだ。間違っても旋棍などと云う武器でパリィングを駆使して戦うナイトウォーカー等は、その範疇に存在しない。そんなものは、それだけでは戦闘教義として成立していないのだ。ならばやはり――。


「……舐めやがって」


 先程呟いた言葉がもう一度自然と口から漏れ出た。タスクとの距離はそれほど離れていない。その言葉はタスクの耳にも届いただろう。だがタスクは何の反応も見せない。それがいっそう癪に障って、自然と言葉の続きが零れ出た。


「いいのかい? 何時までも切り札温存しといて。出し惜しみして殺されちゃ笑えないぜ」


 ゴドウィンは剣を突き付けるような態勢でタスクを警戒し続けている。ほんの一歩踏み込めばその喉元に切っ先が届く距離だ。なのにタスクの態度は平静そのものだった。そして返ってくる言葉もまた――。


「だって切り札をきる必要なんてないだろう?」


 その言葉にゴドウィンだけでなく周りの人間も殺気立つ。だがゴドウィンは感情を一瞬で制御すると、空いている左手で周りを抑える。

 そして強いて明るい大声で言葉を返した。


「そりゃそうだ! 俺たち弱いもんなぁ! ははっ、ははははははっ!」


 呵々大笑。

 ゴドウィンの口元は愉快そうに笑っている。だが目が笑っていなかった。その双眸は鋭くタスクを見据え、隠しきれない殺気に染まっている。そしてその右手に持った剣もまたゴドウィンの内心を示すように、微動だにしていなかった。

 一通り笑い終わると、ゴドウィンの表情からあらゆる感情の色が消える。全てを削ぎ落としたような無表情。そしてその表情のまま、告げる。


「――死ねや。若造」


 シンプルな宣告。返すタスクの言葉もまた短かった。


「殺ってみろよ。ロートル」



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