第四話 襲撃前
評価してくれた方、お気に入り登録してくれた方、本当に有り難うございました。
何の反応もないとかなり心が折れるので、出来ればそこら辺の事は今後ともよろしくお願いしたいなぁなどと思っております。
冷涼な夜の空気が肌に心地よい。
何と無しに空を見上げれば、そこにはもう見慣れたものになった夜空が映っている。吸い込まれそうな程に見事な天蓋だ。もう朧になってしまった向こうの世界の記憶。そこにある夜空とは随分と違う。
とは言っても、タスクに星空の細かい違いが判る訳ではない。夜空をよく見るようになったのは此方に来てからだ。だから星の配置がどう違うのか、そんな細かい事についてはよく判らなかった。だが星の煌めきがまるで違うのはタスクの乏しい知識でも理解できた。
そんな夜空を眺めながら、タスクは毎晩のようにこの空を一人で見続けた時期の事を思い出す。
この世界に流されてきた当初は、信用できる仲間も見付けられず結局一人で旅をしていた。当時の自分では騙されれば抵抗のしようがないと云う理性的な判断もあった。だがそれ以上に――怖かったのだろう。自らの無知と無力を見知らぬ相手にさらけ出す事が。
普通に考えれば判ることだ。他人を当てにせず、未知のこの世界で帰還の方法を探し出せる訳もない。だがタスクは他人を頼るよりも、まず自分の力を高める事を選択した。
相手が例え裏切っても何とかなる技量。そして目的のものを単独でも手に入れられるだけの力。
タスクはそれを追い求め、結果、幸か不幸かそれに近いものを手に入れた。
多分才能があったのだろう。それだけでなく幸運もあった筈だ。だがそれ以上に自らの命を平然とベットする、その異形ともいえる精神性。それがタスクの力量を押し上げた。
そしてその過程で、タスクはある思想を自然と身に付ける事となった。
――暴力への信仰。
それはタスクがこの世界へやって来て得たものだ。
あらゆる場面で暴力というのはオールマイティーに力を発揮する。交渉で揉めても、国に追われる事になっても、暴力において優っていれば何とかなる。
実際それは一面では真実だった。タスクが元居た世界と比べると、個人の力が圧倒的に強いこの世界では特にそうだ。
だがそれだけでは十分ではない。それはタスクにも判っていた。
その事に気付いたのは多分仲間ができ、それなりの間一緒にやってきた経験を積んだからなのだろう。
タスクの脳裏に幾つかの顔が浮かぶ。同時に、耳に陽気な騒ぎ声が届いた。どこか遠くに聞こえるそれを辿って視線を巡らせれば、楽しそうに騒いでいる一団が見える。
襲撃を無事撃退できた事を祝っての打ち上げをやっているらしい。
広場には火が焚かれ、夜の闇を茜色に染めている。その所為で彼らの様子を見るのにそれほど苦労は無かった。見覚えのある顔も随分と混じっているようだ。彼らは明るい表情を浮かべ、料理と酒、そして会話と余興を楽しんでいる。
タスクとて今回の襲撃についてはその撃退に動いた。それを考えれば打ち上げに参加してもよいのだろうが、どうもその気になれなかった。時間を無駄にしているような些細な後ろめたさと、彼らとの間に感じる遠慮にも似た隔意。
そんなものを抱えて、タスクは夜に一人で屋敷の屋根の上にあがり、こうやって腰を下ろし星空を眺めていたのだ。それが何となく情けない行為に思えて、タスクはわざわざ隠蔽まで施していた。
「……こんな所でなにやってるの?」
だがそれもツチグモの唯一のガンナーの目を誤魔化す事は出来なかったらしい。声の方へ視線を移せば、いつものようにロングスカートに長袖、そして白の手袋といった装いのコーデリアが呆れ顔で此方を見ていた。
取り敢えず適当な言葉を投げかける。
「俺は馬鹿だから高いところが好きなんだよ」
「……えーと」
「困った顔するな。傷つくぞ」
だがコーデリアは困った顔を崩す事はしなかった。何かきゃんきゃん吼える子犬を見るような眼差しのまま、タスクの隣に歩み寄り腰を下ろす。体育座りで膝を抱えるような体勢だ。距離は近い。肩が触れ合いそうな距離だ。だからだろう、夜の冷たい空気の中、微かに彼女のつけている香水の匂いが香った。
そんなコーデリアの視線はタスクの方でなく、遠くで騒いでいる一団の方を向いていた。静かな眼差しだ。コーデリアはその眼差しのまま、ゆっくりと口を開いた。
「……なんだか不思議な感じね。あれから随分と経つのにどうも実感が湧かない時があるの。まだあの迷宮を彷徨っているような」
ぽつりと呟く彼女の言葉は、タスクにも共感できるものだった。
――【鏡花の巣穴】。
そんな名前の迷宮を、タスク達は長い間彷徨っていた時があった。別に望んで彷徨っていた訳ではない。単に出られなくなってしまっただけだった。だが、時間の感覚がわからなくなる程に長い時間、タスク達はその迷宮を彷徨い歩いたのだ。
特にそれまで冒険者として練達とはいえなかったコーデリアとしてみれば、その印象と衝撃は非常に強かっただろう。
……俺はどうだろうか?
タスクはそんな言葉を自分自身に問い掛ける。
この世界に来た当初、一人で彷徨った記憶。【鏡花の巣穴】を三人で、もしくは独りで彷徨った記憶。そしてツチグモの仲間たちと歩んできた記憶。
そんなものが多層的に重なって、前の世界の記憶はもう霞んでしまっている。
「なに辛気くさい顔してるのかなー」
そんな事を考えていたタスクの耳に聞き慣れた声が届く。そして後頭部に柔らかい感触と微かな重み。
見なくても誰なのかすぐに判った。
――フィリス・ソーネシリア。
ダークエルフの戦闘者であり、タスクと共に【鏡花の巣穴】を彷徨った三人の内の一人だ。普段は姿を隠し、コーデリアの護衛を任されている。
「折角の打ち上げなのに一人でこんなとこいるなんて冷たいなー。せめて普段は真面目にお仕事してるフィリスさんをいたわるべきだよ」
そんな事を微かに熱の籠もった声で宣うと、フィリスはタスクの頭に一層強く体重を掛けた。丁度後ろからタスクの後頭部に胸を押し付け、のし掛かるような体勢だ。豊かな双丘がその形を歪め、タスクにその感触を伝えてきた。
「なにやってんのよ、あんたは……」
「べーだー。羨ましいだろぉ。コーデリアにはこんな風に押し付けるようなものないもんねー」
「…………」
コーデリアのこめかみがぴくりと震える。だがフィリスはそれを見ても巫山戯た態度を崩す事はなかった。そのままずるずるとタスクの背中に沿って滑り落ち、タスクの肩の上に顎を乗せる。そして後ろからタスクを抱きしめるような形で、自身はタスクの隣に座っているコーデリアと至近距離で見合っている。
タスクは居心地悪いものを感じつつも背中に押し付けられる感触が嫌ではなく、困ったような顔をして視線をフィリスの方へと向けた。
「ん?」
それに気付いたフィリスがタスクの方へと振り向いた。
驚くほど近くにあったフィリスの顔。その眼差しとタスクの視線が絡み合う。言動そのものは稚気があり軽い印象を与える事の多いフィリスだが、その瞳はそれとは対照的にどこか神秘的な金色を湛えている。
そんなフィリスは困惑した様子のタスクの方を見て、にやにやとご満悦の様子だ。
驚くほど整った目鼻立ち。肌理の細かい肌。そして腰まで伸びる銀髪に女性らしい曲線を描く肢体。その耳は尖っており、肌は婀娜な褐色に彩られている。
それらが相まってフィリスは、どこか退廃的で、だが甘く艶やかな婉美さを漂わせていた。それは彼女の軽薄な言動に埋もれ薄れる事はあるが、決して消える事はない。ふとしたところから顔を出す、匂いのようなものだった。
だがそんな女性としての魅力とは裏腹に、彼女はツチグモでもトップクラスの戦闘者だった。特に潜入などの隠密技術においては他に並ぶものが無い。
そんな彼女の頬は今は微かに紅潮している。そしてその熱っぽい吐息と、僅かな酒気。
「……はぁ」
タスクは呆れたように溜め息を吐いた。
フィリスは普段から軽薄なポーズを取る事が多いが、それにしてもこれは少し行き過ぎだ。今回の襲撃時にしても、今までにしても姿を隠し、コーデリアの護衛に徹させていたのが思ったよりも不満だったのかも知れない。
そんな事を考えつつ、タスクは背中に当たる柔らかい感触と甘い匂いから意識を逸らそうと努める。今のフィリスは酒の所為か普段にも増して艶めかしい。
正直ポーズでもつけなければやっていられなかった。
「むぅっ」
だがフィリスはそうは取らなかったようだ。
――よかろう。その挑戦受け取った。
そんな事を思ったのか、何か妙な挑戦心を刺激されたらしいフィリスは次の行動へ動き出す。
「よーし、セクハラしちゃうぞぉ」
そんな言葉と共にフィリスはタスクの首筋へとその舌を這わせた。
「っ!?」
ぞわぞわとする生温かく湿った感触が首筋から伝わってくる。そこまでするとは思っていなかったタスクは完全に不意を突かれた形で硬直した。
だがフィリスはそこで止まらなかった。
タスクの脇の下から伸ばした手を、服の下へと滑らしてくる。腹部にひんやりと冷たい感触。タスクは思わず声を上げた。
「……ちょっ、まっ」
「にゅふ」
だがそれもフィリスを愉しませただけのようだった。玩具を見付けた猫の顔のような奇態な表情を浮かべ、フィリスは手を動かす。タスクもその段になってようやくフィリスを振り払う為に抵抗するが、そもそもフィリスはツチグモでもトップクラスの戦闘員だ。
「ぐへへっ……」
それ故に、わざとらしげな下品な笑みを秀麗な顔に浮かべるフィリスを、タスクといえどもそう簡単に振り払う事は出来ない。
「んぐぅっ!」
だから、それを止めたのは間近で見ていたコーデリアだった。
振り払うなどというまどろっこしい事はしない。単純明快にフィリスの顔を鷲掴みにした。
「おおぅっ……アイアンクロー」
束縛から解放されたタスクが暢気に感嘆の声を漏らす。だがフィリスはそれどころでは無さそうだった。
「ちょ、いたっ! ……コレマジでいた、いっ……!」
「私も余りうるさい事は言いたくないけど、時と場合は考えるべきだと思うの」
頑是無い子供に言い聞かせるような声音。表情も普段通り穏やかなものを保っている。だがフィリスの顔と手は痛みの所為かぷるぷると震えている。
「いやっ! でもこういう他人の目があって夜空の下っていうシチュエーションだからこそ、滾るものがあるというかっ……」
「…………」
「えーと、ほらっ! なんだったらコーデリアも混ざって良いから……んごっ!」
「なにか言った?」
花が咲くような満面の笑顔だった。だがその瞳が笑っていなかった。
その声は平静だった。だが何か底冷えするような迫力を孕んでいた。
フィリスからはコーデリアの表情は見えなかった筈だ。だがその声と雰囲気から何と無しに察したらしい。
「……何も言っておりませんし、反省しております」
抵抗を諦め、為すがままに力を抜いた。
「……ったく」
そんなフィリスを見てコーデリアも力を抜いた。溜め息一つ吐き、その手を離す。
「ぐへぇー」
フィリスはそんな呻き声とも溜め息ともとれぬ声を発すると、そのままタスクの肩に顎を乗せた。最初の時と似たような体勢だがその雰囲気は大分違った。しなだれかかる傾城というよりは、甘えてくる猫科の大型獣。そんなものをタスクは連想する。
「……ちょっとしたスキンシップなのにー」
「貴女のスキンシップは度を超していますっ」
二人はそんなタスクに関わらず、下らない事を言い合っていた。それを見てタスクは何故か無性におかしくなった。
「ははっ」
タスクは力の抜けた笑みを浮かべる。
だが不快ではない。なぜか気分が切り替わったような感じだった。
フィリスはタスクのそんな笑顔を見て単純に嬉しそうな表情を浮かべ、コーデリアは少し不思議そうに目をぱちくりとさせた。
***
ロニー・メルヴィルの立てた作戦は、少数精鋭による補給線への攻撃というものだった。
ある意味、常識的なものと言えるだろう。
だが問題はそれを実行するメンバーだった。多ければ拠点の防衛の手が足りなくなり、またいざという時の手数が足りなくなる。だが少なければ、もしくはその質が十分でなければ相手の補給線を絶ち干上がらせる事は出来ない。
そういった事を考え合わせればメンバー選択の自由度はそれほど無かった。そもそもツチグモはこのような多方面の作戦について十分な戦力を融通できるようなチームではないのだ。
主力の戦闘班と拠点防衛の為の戦力。そして交渉や情報収集などのある程度自由が利く人材。
ツチグモの容量はその程度しかない。
そんな中、タスクは実働班として自らが単独で動く事を決意した。そして情報収集をこなす役としてフィリスとコーデリアを使い、更にタスクへの伝達などを行う補助としてギデオンを置く。
――ギデオン・アッシュベリー。
一言で云ってしまえば練達の元傭兵だ。ローグとしての訓練も受けているため、偵察行為などもこなす事ができ、ピースエイト地方出身のため人脈と裏事情にも明るい。フィリスと戦えば十割フィリスが勝つだろうが、こなせる仕事の幅はギデオンの方が広い。そんな使い勝手の良い便利な戦闘員がツチグモにおいてのギデオンの役どころだ。
ツチグモと云うチームは、嵌れば強い。嵌らなくても個々人の力量が高いおかげで、他の一流どころと同程度には優秀といってよい。
だがそのメンバーが個人の集団ではなくチームとして動くにはそれなりの条件が必要だ。
そしてタスクの場合、その条件はかなり強い。それは戦闘者としてソロでも何とかなる融通性とレベルの高さと表裏一体だ。恐らく直接戦闘においてタスクの能力をフルに活かすのならば、【鏡花の巣穴】を共に彷徨ったフィリスとコーデリアと組むしかないだろう。いや、それでも厳しいかも知れない。
だが今回の任務において二人を出すのは過剰だし、何より彼女らは手加減が利きにくい。やり過ぎを避けたい今回の任務においてそれは致命的だ。
それ故にタスクは襲撃自体を一人で行う事にした。
タスクの基本武器である旋棍は、殺傷力という点では剣などに比べ劣るがその分手加減はしやすい。エレメンタラー系統の洗脳や幻術などの絡め手も使える。
このような任務にはある意味うってつけだった。
結局の所、当面の敵は二つある。
タスク達の開拓村の北東と北西にある他の開拓拠点だ。
そしてそのうち西側の方は種々雑多な人材が出入りしている事が確認されている。また実際に開拓を軌道に乗せるまでには今暫くの時間が必要だという点もほぼ間違いない。それ故に警戒を解く事は出来ないが、今積極的に攻める必要はないと云うのがロニーの判断だ。
だが東側の拠点は違う。フェジンと名付けられた其処は、開拓拠点としてはとても良い立地とは言えない。そしてそこに集まる者もとても開拓団とは思えない人間達だった。
要するに傭兵団だ。
開拓のためのノウハウなど持っていない、戦うだけが能の集団。そしてそれが集まるその拠点はまるで砦のようだったと報告が上がっている。
彼らの目的は簡単だ。タスク達の開拓団がある程度開拓を終えた土地を奪い取る。そんな事は断固として認める事は出来ない。そんな風にロニーは考えたのだろう。
逆に彼らを排除してしまえば、ゆっくりと実際の開拓作業に入れる。出来れば人手として吸収できればなお良しだ。
「ま、それは望みすぎか」
タスクは独りごちながら歩を進める。
周りは木々に覆われ、道らしきものは無い。葉に覆われた天蓋。その隙間から微かに日が差している。そのような場所柄のせいだろう、まだ昼頃だというのに辺りはそれほど明るくはなかった。
場所はタスク達が拠点を構えている開拓村ニアフォレス、その東の森だ。つまりはこれから開拓をしようとしている場所なので、まあ道などが見当たらないのは仕方ないのかも知れない。
そんな事を考えながら歩いていると、タスクは感知野に見知った気配を捉えた。
視線をそちらへ向ければ、観念したように予想通りの姿が虚空から現れた。
「……どうもッス」
ギデオン・アッシュベリーだ。
外見年齢はタスクよりも少し上、二十代後半程度だろう。体付きは鍛えられてはいるもののごく普通の中肉中背。野性味のある顔つきをしているが、今では隠れて近づいて見つかった事に対しばつが悪いのか、少し苦笑いにも似たものを浮かべている。
ギデオンの服装は所々プレートで補強したチェインメイル。腰には片手剣とメイス。そして身体の幾つかの場所にナイフを複数本所持している。
「それで何か判ったか?」
ギデオンにはフィリス達と共に、補給線とフェジンにいる兵力に関する調査などを頼んでいた。あの襲撃から三日程度しか経っていないが、ある程度は前もって調べてあった情報がある筈だし、移動時間短縮の為カルとも組ませた。それなりの結果は出ている筈だ。
「ええ。まずあの東の開拓村を根城に動いているのは主にバズート傭兵団っていう、まあ戦争屋ですね。傭兵って云っても内実は色々ありますが、それほど複雑な事をしない根っからの武闘派です」
「知り合い?」
「まあ、俺も傭兵だった期間は長いですから……顔を見た事はあるって程度ですがね。平均の強さは中の上から上の下。うちの開拓村にいる連中よりやや下って程度。ただ団長のバズートはかなりの腕前です。ある種のカリスマもあるし、豪放ですが馬鹿じゃありません」
「……まともにぶつかったら結構厳しいな」
タスク達の開拓団にいる兵士たちは使い潰しが出来るような兵力ではないのだ。それに反し、雇われの傭兵などまた新たなのを送り込んでくればそれで済む。
「それだけじゃなく、何人か特殊技能を持った冒険者も入り込んでるみたいで……その名前についてはまだハッキリとは判っていません」
「ふむ。……少し話は変わるが西の村の方はどうなんだ? 何か変わりは?」
「特に無いですね。相変わらず雑多な人間が出入りしているようですよ」
「……雑多ねぇ。東の方ほどとはいかなくても少しは統一された行動を取ってもよさそうなもんだが」
「そこら辺は少し判りませんね。ただ誰もリスクを取りたがらなくてグダグダになってるっていうのが実際の所じゃないッスか?」
「ま、そうかもな」
特に説得力のある反論も思いつかずタスクはギデオンの言葉を肯定する。
「それで肝心の補給に関しては、主に食糧と砦の補強材、そして戦闘の為の消耗品って感じですかね。後はそいつらを目当てにした商人達が色々売りつけようとしているみたいで、酒やら女やら新商品やら、結構景気が良いみたいですよ」
「まあクライアントからたんまり金は貰っているみたいだからな。戦時景気ってやつなのかね」
タスクは今新しく得た情報を頭の中で整理する。そしてその結果は程なく出た。自分の行動を大きく変更する必要は無いだろう。
やる事は単純。
砦の人間の消耗を激しくし、補給を少なくする。
それには物理的か心理的を問わず圧力を掛けていく必要がある。
「で、まずは最初の一歩目ってか」
「ええ。後暫くしたら、此処から北にいったところの街道を補給の馬車が通る筈です」
ギデオンの言葉にタスクは頷く。
馬車といっても幻獣、魔獣と呼ばれる類の馬だ。ものによっては空中すら駆けてみせる。当然操るにはそれ相応の技能がいるが、その運搬力は決して馬鹿には出来ない。ポーターなどの能力を組み合わせれば尚更だ。
「さて、んじゃあ取り敢えず強盗働きといきますか」
「じゃあ俺は取り敢えず此処で待機しておきます」
「ああ」
当初の予定通りのギデオンの言葉に頷くと、タスクは気楽な様子で駆けだした。
ギデオンはみるみる小さくなるタスクの背中を複雑な気持ちで見送った。ギデオン自身、決して弱いつもりはない。寧ろ強い方だろう。だが、今ギデオンの目の前で駆けていった男の隣に立てるとは口が裂けても言えない。精々がこのような雑用に近い仕事を請け負う程度しか出来ない。
腐るつもりはない。だがどうしても、ツチグモの一員としてこれでいいのか、そんな風にやるせない気持ちになる事があるのだ。
「はぁ」
――考えても仕方ない。
ギデオンは胸にわだかまった憂鬱を重い溜め息で押し流すと、懐から煙草を取り出し火を付けた。もう慣れた軽い酩酊感を味わいながら、ギデオンは紫煙をくゆらせる。脳裏にはもう見えない、だが先程まで見えていたタスクの背中があった。
「……ふー」
ギデオンはどこか物憂げな表情のまま煙草を吹かす。
煙草自体は嫌いではないが、ツチグモのメンバーの前では殆ど吸わない。例外と云えば、何だかんだと組む事の多いカルの前くらいのものだ。それはギデオンなりの礼儀であり、願掛けでもあった。いつか対等になれたら、もっと正確に言ってしまえば対等になれたとギデオンが思えたら。
今のままでは、それは実現も怪しい遠い未来の事のように思えた。
「……強くなりてぇなぁ」
自らのふかした紫煙を眺めながら、ギデオンは小さくそんな言葉を呟いた。