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第三話 ロニー・メルヴィル



 ホートライト大陸の西部にピースエイトと呼ばれている地方がある。

 南はヤルス海峡。西はヨルバート海。東はユヴェルス山脈。そして北にはダータリネス森林とフェルムズ草原。

 厳しい環境に置かれたその地方は、遥か昔から争いが絶えなかった。

 ある時は食糧を求めて、またある時は資源を求めて争いが起こった。


 そもそも、この世界において他国を征服すると云うのは決して簡単な事ではない。戦争に勝たなくてはいけないのは当然だが、それだけではその国を滅ぼしたと云えても征服したとは云えない。

 その国を征服したと云えるには、取りも直さずその土地を管理しなくてはいけない。

 そしてその為には、その土地の魔力の流れ、俗に地脈と呼ばれるものを整え治めなくてはならない。極論を言ってしまえば、それこそがその土地を支配している国の存在意義なのだ。

 だが地脈とは、別段国の境界線に縛られている訳ではない。そしてある地点の地脈を整えればそれは他の場所の地脈に影響を与える。それが他の国の土地であり、なおかつその影響がマイナス方向のものであったら、当然問題になり、最悪は戦争へと発展する。


 この世界を生きる人間にとって、地脈は全てなのだ。

 その地脈に応じて魔物が湧き、産物が育ち、鉱物が生まれる。

 濃すぎれば人を狂わせ、強大な魔物を生むが、薄すぎればその実りは少なくなる。そして均せば丁度良くても、濃淡の変動が激しくその流れが澱んでいれば何が起こるかは判らない。数年は殆ど魔物が存在しなくなり、ある日突然手に負えない一体の魔物が生まれてしまう。そんな事態も十分に考えられる。

 それ故に地脈の管理は重大であり、それはその土地の支配者の最大の義務ともなっている。これに比べれば、治安の維持、法の整備、産業の発達などは付帯的なものに過ぎないとすら云える。


 そしてそんな地脈の管理に使われるのが、俗に『神』と呼ばれる存在である。

 神と一言で云っても、その性質も様態も依代も様々だ。はっきりとした意思があるものもいるし、無いものもいる。その形は樹などの場合もあるし、道具、武具、果ては精霊のようなものの場合もある。だがどちらにしろ、このような『神』を介する事で、人間はその土地を効率よく治める事が可能となる。


 戦乱が絶えなかった土地であるピースエイト。

 そんなピースエイトを初めて統一する事に成功した国家オラルド。そしてその国王ランドルフ・メルヴィル。

 彼がピースエイトを統一できたのには、一つ大きな理由がある。


 神器『アッシュ・オブ・レヴィアタン』。


 通常より遥かに簡略化した手続きと手間でその土地の神を支配下に置く事を可能とするアーティファクトであり、同時にオラルドという国家が祀る神そのものでもある。

 その神器が何時からあるのかは判らない。だが積極的にそれを利用したのは、ランドルフが最初だった。それまでもピースエイト地方では決して小国とは云えなかったオラルドが、ある時を期に急激に強硬な拡張路線へ転換。

 硬軟織り交ぜた外交戦略と容赦のない富国強兵政策。それらを以て次々と周辺諸国を取り込み、瞬く間にピースエイトでも有数の大国へと成り上がっていった。

 尤もここまでなら、今までの歴史の中でも前例はあった。だがこのような急速な拡大路線を取る国家は、大抵支配下においた国を治めきれないか、地脈の流れを整える過程で外部との問題を起こし、それが切っ掛けとなって同盟を組まれ潰されるのが常だった。


 その点、オラルドは違った。

 婚姻や通商を利用した外交戦略によって他国の同盟を防ぎ、征服した国の地脈を神器によって治め、行政については必要最低限を除き元々あったものを利用する。対立していた国家の貴族、王族でも降伏すればその命とある程度の地位を保証する。


 そんな硬軟織り交ぜた政策が功を奏したのか、王位を継いで二十年にも満たない期間で、ランドルフはピースエイト地方を統一する事に成功した。

 無論、その内実は現在に至っても問題だらけだ。強引な吸収合併の弊害はあらゆる所に存在し、政府に対し怨嗟の念を持つ者も少なくない。そしてオラルドに対し帰属意識を持たない者はそれ以上に多い。

 口さがない者はオラルドの事をこう評した。――継ぎ接ぎ国家、と。


 尤も、国王であるランドルフもそのような問題については十分に理解していた。

 だが、内部勢力に対する露骨な締め付けは反発を招き、内乱にまで発展しかねない。

 それ故にランドルフは別の方策を採った。

 外征だ。

 オラルドの北にはフェルムズ草原と呼ばれる草原が広がっているが、この草原は騎馬民族などの勢力圏になっており、時折略奪などの為にその兵が南進してきていた。更にこの草原は、事実上唯一の大陸東部へのルートであり、オラルドが大陸東部から何かを輸入したい時には多額の関税を彼ら騎馬民族に渡す必要があった。

 彼らの侵略がピースエイト地方の戦乱の引き金になる事も度々あり、その仲は決して良くなかった。


 ランドルフはこれを利用した。

 比較的反発の少ないフェルムズ草原に対する外征を利用し、国内の中央集権を強化しようとしたのだ。

 今までの枠組みを超えた王家直属の軍の創設。国家総動員体制の確立とその為の権限委譲。主に軍事技術を中心とした研究開発と、その為の人員の強制的な雇用。

 そしてそれらを止揚した、次世代の統一国家オラルドのビジョン。


 だがそうは云っても、それまで散々侵略戦争を行ってきた王がそんな事を宣言しても説得力がない。

 そこで持ち出されたのが、後継者だった。

 表向き次世代の王へ早めに権限を委譲し、自分は隠然たる影響力を保持する。それがランドルフの立てたプランだった。

 その為に様々な布石が打たれた。特に力を入れられたのが、情報操作だ。フェルムズ草原に暮らす騎馬民族、通称『草原の民』の危険性を喧伝し、逆にそれに立ち向かう立場の正当性を強調する。


 そして、その仕上げとなったのが継承の儀だ。王太子に正式に王位を譲るそのイベントにおいて、新たに生まれた王が自らの軍を編制し、外征に打って出る事を宣言する。前もって行われていた根回しと情報操作は完璧だった。王都には民衆や貴顕たちが詰め掛け、一種お祭り騒ぎにまで発展。それは今まで戦乱が絶えなかったピースエイトとしては画期的な事だった。

 歴史に残る、とまで云ってもよい見事な仕掛けであり、祭典だった。

 ――成功していれば。


 継承の儀は失敗した。これ以上なく完璧に。隠しきれないほどに身も蓋もなく。

 そして歴史に残った。当初の意図とは正反対の形で。


 何が起こったのか?

 答えは簡単だ。

 神器が王太子を拒絶した。

 神器『アッシュ・オブ・レヴィアタン』を、王太子は操る事が出来なかった。


 神器の所有者変更はそれほど簡単にはいかない。ものにもよるが大規模な儀式を必要とするものも多い。そしてそれ故に、彼らは衆人環視の場において儀式を行わざるを得ず――結果、衆人環視の場において失敗した。


 これはオラルドという国を次代に引き継げない事を意味している。

 当然の事ながら外征は中止。あらゆる階層の人間に衝撃が走った。

 そんな中、代わりに出てきたのがロンバルト大陸の開拓事業だ。


 そもそも神器の継承に失敗した大きな理由として、アッシュ・オブ・レヴィアタンの性質がある。これは簡単に言ってしまえば他の神を吸収し、自らのものへと造り替えると云うもので、その性質上、吸収の過程において自ら自身の特質も多かれ少なかれ変化する。

 それは新たな領土を得る度に、その領土の元々の管理インタフェースである神がアッシュ・オブ・レヴィアタンに影響力を持つと云う事でもある。


 これは会議か何かを考えれば判りやすい。

 各神性が会議の参加者だとする。会議で決められた事はその参加者は従う義務がある。それ故に絶対多数を握っていた存在は、各神性に何かを強制する事が出来る。だが逆にその優越性が無くなったとき、絶対多数を握っていた存在は影響力を行使される側へと転落する。

 実際は、神器の所有者によってその影響力も変わる為もう少し話は複雑だが、基本的にそういう事だ。


 ならば解決方法は自然と浮かんでくる。

 オラルドを継ぐべき王太子が持つ神器への支配権を強めればよい。そしてその為には、神というものが存在しない土地を王太子自身が支配下に治めるのが最も手っ取り早い。

 だが同時に、それは一つの疑問を関係者一同にもたらした。


 ――王太子でなければいけないのか?


 オラルド国王、ランドルフ・メルヴィルには王太子以外に三人の子供がいる。

 一人目は黒騎士と呼ばれる程の剣の使い手であり、対外戦争などにおいて中心に立って戦い続け、軍部の根強い支持を受ける次男コンランド・メルヴィル。

 二人目は四人の中で唯一の女性であり、その生まれに相応しく可憐な見目姿をしつつも、闇社会と深い関わりを持ち奴隷売買などを行う商会を自らの支配下に置いている少女セレスティア・メルヴィル。

 三人目は四人の中では最年少でありながら魔導に天才的な才覚を示し、魔導院本部が置かれ魔導の都と名高いウェリンソンにおいて既に研究職の地位を与えられている神童トラヴィス・メルヴィル。


 この三人は才覚も素晴らしく、それぞれ強固に支持する勢力も存在していた。結果、その各勢力がそれぞれ自らの支持する者を継承者とするように蠢動を始める。本来なら、オラルド国王ランドルフがその権力を以てそれを押さえ込んだだろう。またそれが判るが故に、どんな勢力もそんな馬鹿な真似はしなかっただろう。だが継承の儀の失敗で大きくその指導力を減じたランドルフに、それを抑止するだけの力はもう残っていなかった。


 結果、後継者選びは白紙に戻る事になる。

 コンランド、セレスティア、トラヴィスの三人にも王位継承の可能性が与えられ、アッシュ・オブ・レヴィアタンの一部使用権も同時に付与された。

 代わりに王太子であったロニー・メルヴィルに関しては、アッシュ・オブ・レヴィアタンの一部使用権は失われなかったものの、王太子の地位は正式に剥奪。只の第一王位継承者となった。


 本来なら、王太子と第一王位継承者はそれほど大きな差はない。だが領主というものがその土地を管理するという絶対的な義務を持つ以上、第一位継承者が後を継げないという事態はそれなりに起こり得る。それ故に、後継者として正式に内定しているという事を内外に示す王太子という地位は重要なのだ。

 それは取りも直さず、その地位を剥奪されたという事の重要性を示すものでもある。


 そういった事を考えれば寧ろ当然だったのかも知れない。それまでロニー・メルヴィルを支持していた地方の有力者たちはあっさりと彼を見限った。それはそうだろう。彼らは元々征服された側の人間だ。統一が不可避であると考えたからこそ、オラルドに擦り寄りその中で立ち位置を確保しようとしたのだ。オラルドが分裂するのならばそれに越した事はない。そう考える者も多かった。


 こうして、ロニー・メルヴィルは己の主要な支持基盤を失う事となった。

 大方の人間は、これで彼が王位を継ぐ事は無くなったと見た。その前提で動いていた。だが彼は、ここで驚異的な粘りを見せる。

 まずロンバルト大陸の開拓によるアッシュ・オブ・レヴィアタンの変性というアイデアを正式に発案。その為の人材も何処からか用意。これによって諸勢力の代理戦争となりかねなかった状況の取り敢えずの沈静化に成功。

 次に自らは直属の精鋭を率い、真っ先に新大陸へ向かう。それまで自らを支持していた貴族などとの関係改善をばっさり切り捨てた、大胆不敵な策だった。


 だが彼の行動によって周りの人間は否応なく悟らされた、いや思い出させられたのだ。

 アッシュ・オブ・レヴィアタンが全てだ、と。

 軍事力。経済力。技術力。どれも大事だ。あるに越した事はない。

 だがオラルドという国が統一国家として命脈を長らえるには、この神器の権能者がどうしても必要なのだ。


 そういう訳で、現在オラルドは分裂の危機と継承者争いの真っ最中でありながら、歴代最大規模の大開拓も進行中である、といった非常に混沌とした状況となっている。



 ***



 奇妙な男だ、とタスクは目の前の男を見ながら思った。

 金色に輝く癖のない長髪。その毛先は几帳面に切り揃えられ、その一部が華美な装飾の施されたマントの後ろへと流されている。美しい蒼色を湛えたその瞳には、傲慢さと卑屈さ、そして酔狂と狡猾さが入り混じった不可思議な混合体が見え隠れしており、興味深げにタスクの事を捉えていた。

 年の頃はまだ若い。少なくとも外見年齢は二十前後だし、実際の年齢も似たようなものだろう。


 ――ロニー・メルヴィル。


 この国の第一王位継承者であり、王太子の地位を剥奪された追儺の徒。そしてツチグモの現在の雇い主でもある。

 彼は特に武勇に優れている訳でもないし、魔導技術が高い訳でもない。継承の儀の失敗までは延々と貴族との交流に時間を費やしていた所為で、その才覚を密かに不安視される事も少なくなかった。


 タスクにしても、深く付き合うようになったのは継承の儀の失敗の後の事だ。

 その時まで、タスクを含め、多くの人間がこのロニー・メルヴィルという人間の本性を判っていなかった。


 策謀を得手にしている。統率に優れている。確かな支持基盤を持っている。

 ロニー・メルヴィルの強さはそんな事ではない。タスクにもそれは判っていた。だが、では一体それはなにか、と問われればタスクにはよく判らない。

 ただ彼は無数の思惑と利害が入り混じる中で生き残り、自らの目的を達する事に長けているのだ。

 それはタスクには出来ない事だ。何よりもそれを為すためのセンスと忍耐力が足りない。


「――成る程な」


 そんなロニーはタスクからの報告を聞くと、ソファーの肘掛けの上に肘をつき頬杖をしながらそんな事を呟いた。その姿は随分と様になっている。

 ……顔が良いって云うのは得だな

 ロニーの対面に座ったタスクはそんな事を思った。


「ま、うちのボスの独断専行と云ってしまえばそうなんですけど、確かに潮時だとは思うんですよ。正直な話、人員を遊ばせた状態で開拓を進める余裕はないでしょう」


 タスクの右隣の席に座ったカルの言葉。ロニーは軽く頷く。


「確かにそれはそうだ。だが、まだこっちから仕掛ける必要は無かった。まあ尤も、タスクの首に縄を付けられると思っていた訳ではないから別に気にはしていないが」

「なんぞそれ? 人を狂犬みたいに。謝罪と撤回を求めるぞ」

「犬レベルだろうが。人類並だと主張するならもっと忍耐を覚える事だな。それが出来ないならお前に許される主張は狂犬か猟犬かを選ぶくらいだ」

「……訓練された犬に忍耐で勝つ自信がない」

「いやそこは頑張りましょうよ」

「何云ってるんだ? あいつらマジぱねぇんだよ?」


 そんな事を話しているとクーンが飲み物を持ってやって来た。慣れた様子で各々の前にカップを置くと、軽く一礼してそのまま立ち去った。彼女もツチグモのメンバーの一人である事は確かだが、このような相談には基本的にノータッチだ。全体の方針を決定する会合に参加するのはリーダーであるタスクと、サブリーダーであり参謀役であるカル。そして少し頻度は下がるが、会合の種類によってはもう一人のサブリーダーであるコーデリア。この辺りが多く、後は必要に応じてメンバーが集められるといった感じになっている。


「犬の忍耐強さがぱねぇのかどうかはひとまず置いておきましょう。今回は今までの襲撃とは異なり大々的にデザインドが使われたそうですが、そこら辺から何か判ることはありませんか?」

「タスクが遭遇したやつか……」


 ロニーはカルの言葉に暫し考え込んだ。


「言うまでもなくこの開拓事業はオラルドの継承権争いが大きく関わっている。そこで仮に私の弟妹たちが今回の襲撃の裏にいるとしようか」

「ええ。妥当な仮定だと思います」


「まず次男であるコンランドは軍との繋がりが強い。そしてデザインドの為の素体である亜人達は軍部が調達しているものも多い。養殖されるものも多いがな。また軍の兵士の試し切りにもかなりの量のデザインドが使われている。つまり用意しようと思えば幾らでも出来るだろうな」

「つまり次男コンランドは容疑者のままと云うことですね」


「私の弟妹の中の紅一点であるセレスティアは肌は白いが、腹の中は真っ黒だ。奴隷売買を中心に、闇社会にどっぷり浸かっている。デザインドは違法に造られているものも多い。当然それを調達する事など幾らでも可能だろうな」

「つまり長女セレスティアは容疑者のままと云うことですね」


「最年少であるトラヴィスは魔導の天才だ。そして魔導院の本部があるウェリンソンの研究者であり、魔導院のバックアップを受けている。この魔導院はデザインドがデザインドであるが所以である、亜人に埋め込む術式を研究している場所でもある。当然それを調達する事など簡単だろうな」

「つまり三男トラヴィスは容疑者のままと云うことですね」


 カルが訳知り顔で頷く。そんなカルに対しタスクが投げやり気味に声を掛けた。


「で、何が判ったんだ?」

「我らがクライアントの弟妹たちが全員揃って碌でもないと云う事が」

「……なに、慣れればきっと味があるさ。大丈夫。きっとあいつらはあいつらで可愛いところもきっとある。ただ私が気付いていないだけなんだ」

「ま、そこら辺の評価はお前の好きにしたらいいけどな……。ちなみにお前がデザインドを用意しようと思ったらどうなるんだ?」

「芸の一つでもすれば弟妹達が憐れに思って恵んでくれるかも知れん」

「駄目じゃないですか」

「ふっ」


 カルの言葉にロニーは何故か自慢げに笑った。


「…………」

「…………」


 何か冴えた反論でも言うのかと思い、タスクとカルの視線がロニーに集中する。


「凄いだろう」

「いや、何がよっ!?」


 タスクが思わず突っ込む。だがロニーは胸を張り、意味不明なドヤ顔を浮かべているだけだ。


「成る程。人間として間違った方向に調教されてしまいましたか……」

「違うな。これこそ王になる者の器量だ。賛美されれば外面は平静を装いつつも、内心満更でもない。すなわち虚栄心が満足されて喜ぶ。貶されればあいつらは劣っているからこそ負け惜しみをほざいているのだとしたり顔。結果、自尊心を満足させて悦ぶ。つまり褒められれば喜び、貶されても悦ぶ。統治者とはかくあるべきだ」

「可哀想に。一周回って変になってしまったんですね」

「そう……私は神託を得たのだ」


 何か得体の知れない迫力を言葉に乗せてロニーが告げる。タスクは少し引いた。


「……お前が言うとどこまでが冗談か判らないからやめて。お願いだから」

「ふふっ」

「いや、そこで勝ち誇った顔をされても微妙に納得いかないんだが……。まあいいや。取り敢えず、お前の歪んだ帝王学は今はどうでもいいんだ。今の俺には少しレベルが高いみたいだしな」

「精進が足りないな。悔しかったら貴様も学べ」

「いや別に悔しくもないが……一応聞いておいてやる。一体何から学べって?」

「全てから、だ。胃痛は友人、不眠は教本、嘲り罵りは子守歌よ」

「よく判らんが、取り敢えずそれ子守歌が悪いんじゃねぇ? 眠れないの」


 そんな益体もない会話をタスクとロニーの二人がしていると、カルがやや大きめな声で口を開いた。


「はいはい。じゃれ合ってないでそろそろ話を進めましょう」


 その言葉と同時にカルの手元が微かに光る。やがてその光が消えた後には、何枚かの紙があった。

 ――マテリアライズ。

 マナの形で保持していた物体を実体化させるスキルだ。逆に物体をマナの形にして保持するスキルはイデアライズと呼ばれる。またこの二つを合わせてポーティングスキルと云ったりする。

 マテリアライズにしろイデアライズにしろ、基本スキルと云われるものでどんなクラスの人間でも使う事が出来る。尤も、どのようなものをどの程度の量スキルの対象と出来るかは千差万別だ。

 このスキルに長けた人間がチームの中でポーターと呼ばれる役割を請け負う事になる。物体をマナ化しておくのには維持魔力と呼ぶべきものが掛かり、大抵の場合ポーターは直接戦闘を苦手にしている。だがポーターがやられてしまえば、ポーターがマナ化しておいた物品はそのまま虚空をさ迷う事になる。技術を持ったチームが調査と作業を行う事で取り戻せるが、当然それは有料だ。更に死んだポーターのレベルによって、取り戻す為の難易度は変化する。

 そういった事もあり、ポーターは只の後衛よりも念入りに護衛されているのが普通だ。


「先程までのお話だと一気に根本を何とかするのは厳しそうです。なので裏にいる連中そのものを狙うのではなく、まずその手足から潰していきましょう」


 カルはそんな言葉と共に取り出した大きな紙を机の上に置く。そして残りの小さめの紙を一枚ずつ全員に配った。


「此方が現在の状況です」


 その言葉と共に紙の上に様々な情報が浮かぶ。机の上に置かれた紙にはこの周辺の地図が、そして各々に手渡された紙にはそれに付随する情報が。

 それは少し不思議な光景だった。紙の上に書かれた書体や見栄えはやや古臭いとも云える歴史を感じさせるものなのに、それらがリアルタイムで変更されていく。

 ペイパーデッキと呼ばれるタイプの魔具だ。

 その品質と性能は様々であり、立体映像を投影できるもの、感触をある程度再現できるもの、音声を発する事が出来るもの、と云った風に、紙の代用と云うよりはもっと汎用的な魔具として広く利用されている。


 ただペイパーデッキはあくまで魔具であり、それらを高度に利用するにはメイジとしてのスキルが必要だ。

 戦闘においては他のクラスに後れを取る事の多いメイジだが、このような魔具の操作や開発などを始めとして社会で必要とされる場面は多岐に渡る。また金と時間さえ掛ければある程度安全に経験を積めるため、中間層以上の人間はメイジを中心とした教育を受けている事も多い。


「まず大前提として我々の開拓拠点である此処ニアフォレスの北には、現状で唯一の本国へのアクセスルートである港、そしてそれを中心とした街フィッツブルーがあります。南部には大陸内部へと続く草原、東西には森林とその奥に山脈がそれぞれ存在します」


 カルが机の上の地図を指差しながら説明する。身を乗り出して直接その指先を近づけている訳ではない。その指先から赤い輝線が発せられ、それが机の上の地図をポイントしている。そんな赤い輝線によってある一定範囲が囲まれると、それはカルが指先を他の場所に移しても消えず、利便のためか自動的にその色を変えた。


「今まで我々は周辺情報の把握と拠点確保に努めてきましたが、もうそろそろ開拓に重点を移してもよいでしょう。ですが今日の襲撃を見れば判りますが、我々を妨害する勢力があります。開拓をどのように進めつつ、それらに対しどう立ち向かうか。それが今我々が直面している問題な訳です」


 タスクは机の上の地図を見詰める。その瞳にはニアフォレスの北が映っていた。


「どうしましたか?」


 それに気付いたカルが水を向ける。


「まあ開拓を本格的に始めるっていう意見には俺も賛成だ。だが実際やろうとしたら他からの妨害をどうにかしなきゃならんだろ? 実際どうするつもりなんだ? 俺たちの村の兵士団の数は約400。何処にも十分な数を提供できるほどの余裕はない筈だ」


 タスクの言葉にロニーも頷く。


「そうだな。その内の100程度は港と其処へ繋がる街道の維持に必要だ。本国との支援物質に何か混入されたり情報を封鎖されたりする事を考えるとここの兵力は削れん」

「って事は残り300か」

「その内の100程度は村の維持に回したいな。そして残りは200だが、外へ行く調査団の数が約50。規定通りなら護衛の数は調査団の4倍以上なので、開拓を本格的にやるなら200はその護衛に使うべきだ」

「それで残りはゼロですか。ぴったりといえばぴったりですが……」


 言葉を濁すようにカル。その言葉をタスクが引き継いだ。


「何かあった時の予備兵力が実質上殆ど居ない訳か。現に今回の襲撃で調査が一時停止し、村の防衛戦力からも兵を融通する事になった。余り良い事じゃないな。陽動なんか掛けられたらあっさり引っ掛かる」


 カルから道すがら話を聞いたところ、今度の襲撃の内実はこうだったらしい。村の東北の地点において兵士300程度が出現。そのため急遽実地中の調査を一時停止。村へと帰還しその護衛の兵力を対応に当たらせた。なおすぐには全ての調査団を帰還させる事が出来なかった為に、解放される兵士も100に満たなかった。結局村に残っていた兵士も加えて150の人員で対応に向かった。

 この部隊は睨み合いだけで終わり結局戦闘にならなかったようだが、その代わり村を散発的に襲ってきた遊撃部隊が存在。村に残留していた50の兵士だけではかなりぎりぎりだったそうだ。


 タスク達が出張ればある程度は何とかなるだろう。だが広い領域で大量の数を相手に不特定多数の人間を守りきる事は出来ない。


「……人手を増やす訳にはいかないんですか?」


 結局の所、それが最善の策に思える。だが実際にそれを出来ていればさっさとやっているだろう。案の定、ロニーの返事は否定だった。


「無理だな。ある程度システムがしっかりしていればスパイなどの不安定要員も許容できるようになるが、現時点ではそんな事は出来ない。そもそもこの大陸へ送り込める人員は本国の管轄で、現在そこに最も大きな影響力を持っているのは父を抜かせばセレスティアだ」

「なら結局今いる人員でどうにかしなくてはいけない訳か……」


 タスクはそんな言葉を呟くと身体をソファの背もたれに預けた。そして先程クーンが淹れてきてくれたハーブティを飲む。ハーブと云うよりは緑茶に近い味わいだ。少し冷めていたが、舌に懐かしい感覚が伝わってくる。この世界の食事事情は決して悪くない。調理技法も素材も、物によっては向こうの世界を上回っているとさえ思える。尤も余りに異次元の味で、カルチャーショックを受けた事も度々あるが。

 そんな事を懐かしく思いながら、タスクはお茶をもう一口、口に含んだ。これはクーンやコーデリアが、タスクが元いた世界の味を再現しようと試行錯誤したオリジナルブレンドだった。


「…………」


 タスクはお茶を味わいながら二人を見遣る。

 結局のところ、結論の方向性は出ている。それは恐らくロニーもカルも判っている筈だ。

 つまりは此方からの攻撃。守勢に回っていては数の不利を覆す事は難しい。ならば此方から攻めて、戦場を設定段階からコントロールすべきだ。

 だがその場合、実際の段取りが非常に難しくなる。

 誰をどの程度叩くか。

 それを決定するのが難しいのだ。出来れば向こうを味方に引き込みたいと考えているから尚更だ。


「さっきはあんな事を言ったが、恐らく妨害の主力になっているのはセレスティアだ」


 暫しの沈黙の後、ロニーがそんな事を口にした。


「へぇ。その心は?」


 タスクが話の先を促す。


「まあ確信がある訳ではないが、最大の理由は消去法だな。コンランドは軍部に強い影響力を持つが、そもそも軍はそこまで融通の利く組織じゃない。今は境界線も騒がしいしな」

「貴方が国を纏めてフェルムズ草原に攻め込むとか云う話から半年も経っていませんしね」

「まあその件に関しては色々と思うところが私にしてもある訳だし、きっと話も長くなるし、出来れば取り敢えずそれは置いておこう。まあ話せと言われれば愛と情念と感動のロニー・オンステージを開幕する事も吝かではないが……」

「いらん。それでもう一人のトラヴィスはどうなんだ?」

「そっちはもっと簡単だ。そもそも魔導院は魔導の研究を行う組織だ。必然的に前衛は必要な分だけしかいない。何かあったからと云って、信用の出来る前衛をそこらから適当に集めてこれる訳もあるまいよ。私たちの場合を考えれば判るだろう。50人の調査隊を外に出すのに200の兵士が要るのだ。そう簡単に用意できる数じゃない」


 それに比べ、とロニーは言葉を続ける。


「セレスティアはマフィアに顔が利く。そしてマフィアっていうのは防衛戦力が充実している都市だけでなく郊外でも活動する。国の目が行き届きにくいからな。必然その類の伝手とフットワークはある筈だ」

「ふむ。それは判りましたが、それが一体どうしたというのです? それだけでは現状を変える手札にはならないように思えますが?」

「お前達も判っているだろうが、このままじゃじり貧だ。折角スタートダッシュかけたのに、こんな遅滞戦術に付き合ってたらそのアドバンテージも無くなってしまう。どっかでこっちから攻める必要がある。だがここで向こうの息の掛かった拠点を殲滅、なんて真似をしでかしたら私とセレスティアの敵対は決定的なものになってしまう」


 そうなれば恐らく負けだろう。

 現在の政治力を比較した場合、セレスティアの方に軍配が上がる。

 敵の拠点を殲滅し、襲撃の証拠を握られればそれで勝負が決まり。証拠を握られなくても、新大陸へ送られる人材などにおいて不利になる可能性は否めない。


「……向こうはこっちがそれを避けたいと思っている事を知っているから、調子に乗って挑発してきている訳か」

「そういう事だ」


 タスクの言葉にロニーが頷く。


「で、結局どうするんです?」

「……今までの調査によると西の方の森林、その浅い部分はそこまで危険じゃない。だが奥の方の山脈側に行くとかなり危ない。そうだったな?」

「ええ」

「なら、私たちの村から北西にある拠点は取り敢えず無視。北東にある村に重点を絞るべきだろう。もしこの村の兵力の南下を許し、私たちの村と東の森の間に拠点でも作られたら事だ」


 タスク達が拠点としているニアフォレス。

 そのほぼ真北には本国へ続く航路を持つ港町フィッツブルーがあり、その周囲は常時王直属の軍隊が駐留している。そしてその東西には、それぞれ開拓村が存在し、此処がタスク達に妨害を仕掛けている拠点だと目されていた。

 タスク達が警戒しているのは、その二つの村がその拠点から南の方へと開拓団を送り込み、タスク達がある程度危険な魔物の排除などを行った地域を横取りするのではないか。そんな懸念があるからだ。


「西側は捨てるのですか?」

「まさか。結局の所、西側は難物だ。その上ここからでもある程度向こうの出方は観測できる。何か状況の変化があれば判る筈だ。もし向こうが本格的に西側の開拓を始めようとしているなら、此方から遅滞戦術を行う」

「まず東側を何とかして状況を落ち着かせようと云う訳ですね」

「ああ」

「……って事は、西側の警戒レベルは今まで通りって事か」


 タスクが暫しの黙考の後、呟く。


「まあそういう事になるな」

「結局の所、それだけじゃあ片手落ちですね。今までと何も変わらない。肝心の東に対する戦略はどうするんです?」


 タスク達の開拓村の東。そこに広がる森林は、生息する魔物の強さや性質、そしてそこから得られる収益予想などを見る限り、かなり優良な土地だ。特に開拓に必要となる手間と危険が他の場所に比べて少ない事が、その場所の大きなプラス材料として挙げられている。

 だが逆に言ってしまうと、他から奪われやすい土地と云う事でもある。

 それ故に、北東の開拓村の人員がある程度の兵力を持って南下してくれば、それに対抗して此方も兵力を出さざるを得ない。

 そういった事柄についての対策はどうなっているのか。

 そんなカルの問いに対し、ロニーの答えは簡潔だった。


「――兵糧攻めだ」



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