彼女の頼み
「先ほどの続きからじゃが」
「先ほどの? ああ、意外性がどうとかいう話か」
「そうじゃ。サジはあの神社以外にも、この町に神社があることは知っておるか?」
「知ってんぜ。なんせ巫女さんが可愛いからな。むしろ――」
こっちの神社の方が知らなかった、と言おうとした口を閉じる。また殴られてはたまったものではない。月草は続ける。
「その神社が『縁結び』も行なっているとは知っておるか?」
「へえ、そういやクラスの女子がよくお守り買いに行くとか聞いたことあるなあ……」
と、とぼけた風に言うが、実際はよく知っている。以前、八原や波照間、意外なところで北出までもが、結構前にカバンに括りつけていたことを思い出す。かなりわざとらしいアピール方法だったが、けっきょくは意中の相手には届いていなかった。
「それでは先ほどの神社も、かつては『縁結び』の神社だったとは知っておったか?」
「ああ、知ってんぜ。……まあ、人づてだけどな」
徐々に俺の中で何かが思い出されようとし始める。だが、あまり思い出したくない記憶だった。
「――それで、それがどうかしたのか?」
完全にそれ思い出そうとする前に、俺は自分から話しかけ、記憶の波を押しとどめる。俺が馬鹿ということを除いても、いまいち話が掴めない。月草は数秒ばかり無言となるも、俺にあることを尋ねた。
「お主、今好きな者はいるか?」
「……ライク的な?」
「ラブ的なじゃ」
わかっていたがやっぱりそうか。――だとするなら、
「……いやあ、どうだろう?」
俺は曖昧に答えた。二次元・三次元(アイドル・歌手・声優)・現実(身の回りの女子)において、可愛いと思える女の子はいっぱいいるが、それがラブ的な意味からくるものかはわからない。だからといって初恋がまだというわけでもないんだがな。
「――まあよい。それではいるとして、お主がその者と恋仲になるために、『神頼み』をする際、月草神社と大きい神社、どちらに頼む?」
なんとなく、いわんとすることがわかってきた。俺は話の流れに則り、「大きい神社」と答えた。
「それはなぜじゃ?」
「そりゃ、有名だから――」
「そこじゃっ!」
「うおぅいっ!」
突然の大声に、俺はテーブルを揺らし、後ろに飛び退いた。あーびっくりしたあ!
「す、すまぬ……!」
「い、いやいいけどよ……TPOはわきまえた方がいいと思うぞ」
「そ、そうじゃの。すまん、慣れておらんで……」
俺は声のボリュームを少し下げて月草に言うと、月草はしおれた感じを見せる。だがすぐに顔つきをキリッとさせて、再度話しだした。
「『有名』だから、とお主は言うたが、もしも二つの神社のそれが逆になるとしたら、お主はそれでも大きい方を使うか?」
「あー、それは……うーん、まあ、ね……」
「はっきりせん奴じゃの、男ならしゃきっとせんか!」
「――わかったよ! 月草神社の方に行く、うん絶対行く!」
半ばやけくそに答えるが、実際は間違ってないとも思う。現に月草は満足気な顔をしている。
「よし、ではそれを逆転させるにはどうすればいい?」
「質問ばっかだな……そりゃあもう、縁結びってんなら、月草神社が比奈多神社に負けないくらいに、『恋の願い』ってのを、叶えりゃいいんじゃねえの?」
「正解! なんだ、意外と頭回るんじゃ……ごほん、お主の言うとおりじゃ」
かなり不自然に咳払いをして誤魔化す月草。待て、なんだ意外にって。
「少し長話になってしまったが、佐治謙也よ。お主に頼みたいことは、まさにそれなんじゃよ」
真剣な瞳で俺を見る月草。心臓バックバクで、余裕が無くなる。だが、俺は応えるように、目を逸らさずに月草の次の言葉を待った。
「我はお主に、『縁結び』を手伝って――」
「やあ謙也」
「――おうぅふ!」
肩にかかる手の圧力と、聞き覚えのある声が俺の名を呼んだことで、俺は体をビクッとさせた。
「ちょっ、そんなに驚かなくたっていいじゃないか」
「――たく……み?」
俺の名を呼んだのは、予想通り巧だった。だが、予想できなかったこともある。
「なんだその服?」
校門前で別れたときには、確実に学ランを着ていたはずの巧は、何故か今はこの店のウェイトレスの制服を着用していた。大きさがちゃんと合っていないのか、妙に窮屈そうに見えた。
「何って、バイトだよ。といっても、代役なんだけどね。あ、いらっしゃいませー」
入り口に向かって、得意の笑顔で接客する巧。そういやそんなこと言っていたようないないような……。
「おや、巧くんじゃないか」
「あれ、木城くん?」
「……巧?」
などと思い出そうとしていると、俺の耳に三人の女子の声が入ってきた。八原、北出、波照間……えー何でこのタイミングでこの三人~?
「あ、三人とも、いらっしゃいませ。珍しいね?」
「たまたま帰りがいっしょになってね。いい時間帯だから、夕食がてらに寄ったというわけさ」
「うん、木城くんはバイト?」
「今日だけだけどね。それじゃ席に案内するよ」
短い談笑を終え、巧は三人を空いた席――俺の座る席の向かいへと案内する。ま、まずい……! こいつらの前で、女の子と二人でいるとこなんて、見られたくなかった。ぜってえ余計なことしか言わねえってわかるんだもん。俺は見られる前に、何とか、上手い言い訳を考えようとした。
「あ、サジくん」
だが、遅かった。いち早く席に来た波照間に、姿を見られた。(名前は覚えてくれていたらしい)
「よ、よおみんな! なんだ、三人揃って女子会でも開くのか?」
「あんたには関係ないでしょ」
いつも通りの軽口を俺が送ると、いつも通りに八原がキツイ言葉を送ってくる。おっけ、このまま俺の向かいに座る奴には気づかないで、座ってくれ……と願ったが、やはり無理だった。北出は俺の席を見ながら、微笑を浮かべた。
「それにしてもキミという男はさみしい人間だな。いや、『勇気ある』と言った方がいいかな」
「……は?」
わけの分からないことを言う北出。――なんだ、この違和感は?
さっきからどうにも俺にばかり注目が集まるような気がする。普通なら、俺の前に座る月草の方が目立つのに。
俺は目の前の月草を見る――ん?
さきほどまで座っていた、月草の姿はそこには無かった――と思ったら、なぜかテーブルの下に隠れるように体を縮こまらせていた。……なにやってんだこいつ?
「ちょっと、北出さん! あまりそういうことを言わないであげてよ、謙也が悲しむからさ」
「木城くんの言うとおりだよ、別にいいじゃん『一人』でファミレスに入っても」
――その一言で、背筋は一瞬にして凍りついた……。
「な、なあみんな……」
恐る恐る、わずかな力を振り絞り、俺は眼前に向かって、人差し指を伸ばす。
「何? 壁に何かあるの?」
「いや由利くん、エア彼女かもしれないよ」
「『いっしょにご飯食べない?』とかならゴメンだから」
三者三様、好き勝手に言ってくれる。だが、その言葉だけで、俺は理解した。テーブルの下にいるといっても、着物の一部がはみ出している状態……ある意味普通にしているより「目立つ」というのに……!
「な、なななな!」
勢い良く立ち上がり、俺は場をわきまえることすら忘れ、前に「いる」未知の存在に向かって叫んだ。
「お前は、何者だ――!」