ファミレス「ジャイグル」へ
「いらっしゃいませえ、何名様でしょうか?」
「あ、二名で」
「……かしこまりましたあ。それではご案内しますねぇ」
と、間延びした声を出す女ウエイトレス(巨乳)に案内され、俺は窓際の二人用席に、腰を下ろした。
「……ほお、ここがふぁみれすというところか。中々に洒落ておるのお」
俺の前で、イスに座り、キョロキョロと店内を見回す着物女。東京に修学旅行に来た中学生かよと、俺は心のなかでツッコミを入れる。
『できるだけ人が多いところを案内せよ』
神社の階段を下りきったところで、着物女は俺の手を離し、そう言った。人の多いところ? 学校に行きたいってことか? ……んなわけねえか。
言葉の意味を、自分なりに汲み取り、俺は神社を下りて、十分ほど歩いた場所にある、商店街内にあるファミレスに行こうと考えついた。あそこならこの時間帯からは、仕事帰りや学校帰りで、「人が多い」。
予想通り、店内には客はたくさんいた。やっぱ俺と同じ学校の奴が多く、数人でワイワイジュース飲みながら騒いでいるのがよく見えた。
やっべ、知り合いいたらどうしよう? 俺は向かいに座る着物美少女との関係について、どう答えるか考える。うーん、やっぱ一番は……。
「ご注文の方はいかがしましょうかぁ?」
「やっぱ『俺の彼女』かなあ…………あっ」
頭の中で考えていたことが、「語りかけられる」という行為によって、外へ出てしまった。――や、やっべえぇ!
「あのぉ、お客さまぁ?」
「あ、いや違うんスよ! 今のは注文ではなくて前に座る彼女に向かって言ったことで……!」
しどろもどろとなりながらも、俺は必死に弁明しようとする。注文を取りに来たのは、幸か不幸か先ほどの巨乳の姉ちゃんだった。巨乳ウェイトレスは、訝しげな視線を俺に送ってくる。
「……アイスクリームでも頼んだら……どうじゃ?」
「そ、そう! このバニラアイス一丁頼んます!」
着物女に促されるまま、俺はメニュー表に見えたアイスをそのまま頼んだ。
「……かしこまりましたぁ。それでは少々お待ちくださあい」
なんとかそこまで怪しまれず、俺は注文を頼むことに成功した。ウェイトレスはそのまま振り返り、別のテーブルの方へと向かっていった。うーん、後ろ姿もエロいな、良い尻を――。
「スケベな視線を送っているんじゃない」
「――お、送ってねえよ!」
着物女がジーっと汚物を見るような視線を俺に送ってくる。他の女子(特に八原)から毎日のように送られて、けっこう慣れている視線だが、やはり地味にキツイぜ……。
「お前は頼まなくていいのか?」
ここで逆上するのは格好悪いし分が悪い。俺は優しく女に尋ねる。
「…………」
「おい、聞いてんのか?」
女は無言のまま、髪をくるくる巻いて目をそらす。そんな言いづらいことか?
「お待たせしましたぁ」
「早っ!」
ものの五分も経たない内に、俺のテーブルには注文メニューが置かれていた。
「アルバイトの子が頑張ってくれたんですよお。それでは、失礼しまぁす」
頭を下げて立ち去るウェイトレス。不思議な感じはするが、可愛らしい人だ。俺は脳内フォルダに彼女の姿を焼き付ける。――いやいや待て待て!
「それ……で、俺への話ってのはいったい何なんだ?」
本来の目的を忘れ、悪い癖に走りかけた俺は、強引に軌道修正、改めて女に尋ねる。その声にはドキドキしたものはなく、ごく自然とした話し方だったのは、おそらく気づいていたからだろう。こいつが用事があるのは、俺の「親友」だということに。
「まあ、そう急かすでない。少しはこういう雰囲気を味あわせてくれんか? なんせ我にとっては……」
「い・い・か・ら、さっさと要件を言え」
「……むう、わかったのじゃ。それでは、先程の話の続きになるのじゃが……」
「あ、すまん。その前にアイス食っていいか?」
食べながら訊くのは流石に行儀が悪い。かといって話がどれくらいで終わるのかもわからないゆえ、俺は女にそう提案する。
「――っ! ……好きにしろ」
あからさまに女は嫌な顔をする。慣れているので俺はそれを華麗に受け流し、アイスを食べ始めた。
「おう、サンキュ……えっと……そういやあんた、名前はなんて言うんだ?」
ほんっとうに今さらだが、俺はまだ、この女の名前を知らなかった。俺はアイスを食べながら、尋ねてみることにした。
「……それは、の……」
なぜか答えるのをためらう女の子。少しして、女は閃いた的な顔になった。
「我のことは『月草』と呼ぶんじゃ」
「つき……ぐさ?」
「そうじゃ、『月』に『草』で『月草』」
「ふうん……カッコイイな」
そうは言った俺だが、絶対偽名だろと思った。神社の名前と同じだし、そんな名前をつける親がいるとは思えない。(いたらマジでごめんなさい)
まあいい。これで俺も「女」という言葉でこいつを表さなくなってよくなった。
「ごっそさん。よし月草さん、話してくれ」
アイスを食べ終わり、手を合わせ再び俺は月草の顔を見……ようとして、微妙に視線を下にずらした。び、びっくりしたあ!
「……どうしたのじゃ?」
「な、なんでもねえ! あ、そんなまじまじ見ないで恥ずいから!」
乙女のごとく俺は両手で顔を隠す。あっぶね、思わず見惚れてしまった。改めて見なおしてみて、やっぱりこの女の子は可愛い。いや可愛いだけなら巧のそばで見慣れているんだが、この女にはそれとは微妙に違うような気がした。
俺自体に用事があるわけじゃないとわかっていても、こんなに女の子と接触すんの、久しぶりすぎて上手い表情がつくれない。俺はいつもの表情に戻そうと、顔をほぐす。
スーハースーハー……オーケー、落ち着け俺。
「わりいわりい! んじゃ今度こそ始めてくれ」
何度か深呼吸をし、冷静さを取り戻した俺は、今度こそ月草さんの話を聞こうと身構える。気持ちを切り替えたので、よっぽどのことではもう動揺するつもりはない。
「……おかしな奴じゃの。まあよいわ、それでは話すぞ」
月草はゆっくりとした口調で、わかりやすいようなわかりにくいような微妙な喩え話を持ちだして、俺への「頼み」とやらを語り出した。