問題になっていない問題
「ちょっとした問題を出すぞ。『毎年全国大会に出ている強豪野球部』と『万年一回戦負けの弱小野球部』があるとする。今年どちらかが全国大会に進むとしたら、どっちが進んだほうが、インパクトが大きい?」
あれから俺は、本殿の短い階段に腰を下ろした。というより、無理やり座らされた。目の前に立つ、着物女によってだ。
「はあ、なんだそりゃ?」
座ると同時に、いきなりわけのわからないことを言う女。てかもう帰りたいんですけど……。
告白じゃないとわかった時点で、俺のテンションはだだ下がり。積んでるギャルゲのメガネっ娘ルートでもクリアして、このもやっとした気を紛らわせたかった。
「いいから答えるのじゃ!」
ビシッと俺を指さし、睨みつける。耳からというより、直接頭に響いてくるような声だった。
ちっくしょ、めんどくせえな。……けどこのままこいつに背中を見せて帰ると、「階段から突き落とされるんじゃね?」と一瞬思ってしまった俺は仕方なく、質問に答えてやることにした。えーと、何だ……この場合は――。
「やっぱ強豪校じゃねえの――ブヒイィ!」
答えると同時に、俺の頬に痛みが伝う。人間がイメージする、豚の鳴き声のような叫びを上げてしまった。
「叩かれた」とわかるまで、少し時間がかかった。え、何これ!? 俺は唖然として、平手を食らわせた女を見た。
「違うでしょ! 弱小校が全国に行った方が、みんな驚くの!」
自分がこの世で一番正しいんだといわんばかりの、ジャイアニズムに満ちた顔だった。いや、お前の主観を押し付けられても、どうしようもねえよ! ――あれ、つーかこいつさっき……。
「――聞いとるのか佐治謙也!」
「聞いてる……つーかふざけんな! だからって叩くことねえだろうがっ!」
「黙れ……小童! 我に反論するなぞ、千年早いわ!」
小童なんて古臭い言葉、まさかリアルにしかも自分に使われる日がくるとは、このときまでは思わなかった。今にも手が出そうな自分を、何とかおさえる俺に、女は続ける。
「つまり、サジ、そういうことじゃよ」
「何がだよ……?」
どうやら女の中で、俺の呼び名は「サジ」に決まったらしい。俺がキョトン顔していると、女は大きくため息をついた。
「まだわからんのか? 我が言いたいことが。こういうことじゃ、『意外性による驚愕』に勝る驚愕は無いのじゃ!」
ふふんと鼻を鳴らして、どや顔で決め台詞(?)を口にする女。色々ツッコミたいが、また叩かれるのはゴメンだ。俺は女の話に同調することにした。
「……あー、それだったらたしかに、弱小校が全国大会に行くほうが、インパクトはあるなー?」
俺から言わせりゃ、別にこんなのどっちでも変わらないとは思うんだがな。と、思うのは俺が野球に興味がない人間だからだろうか?
「で、それがいったい、なんだっていうんだ?」
さっさと本題に入れと、俺は女に促す。
「おお、そうじゃの。……とはいってものー、どう説明したらいいのかのー?」
艶のある長い黒髪を、無造作にポリポリとかく女。しばらくして、女はポンと手を叩いた。
「すいません、夕方から始まるアニメがあるから帰ります」
男子高校生がするにしては、かなり程度の低い言い訳で、俺は立ち上がりこの場を脱しようとした。
「ま、まて……! わ、わかったのじゃ、ならば今から一緒に出かけるぞ!」
慌てふためき、女は俺の手を掴み呼び止めた。
「……ちょっ」
わけもわからぬままに、俺は女に腕を取られ、引っ張られるように神社の階段を下りていく。想像以上にの力強さから、俺は手をほどくことはできなかった。
このときまで、俺はほんのちょっとばかりだが、「モテ期キター!」と、内心では喜んでいた。いわゆる、「巻き込まれ型主人公」的なやつだ。
しかし、「モテない男が女子から声をかけられただけで『あれ、こいつ俺の事好きなんじゃね?』という現象」となることになった。
「主人公」なんて、俺がなれるはずがない。