放課後、月草神社
月草神社は、俺の住む町にある、小さな山の上にある神社――であった。
なぜ過去形かというと、実は月草神社は四年前の山火事に巻き込まれるかたちで、全焼したからだ。神主もその火事に巻き込まれ、死んでしまったらしく、その後建てなおされることもなく、そのまま神社としての機能を失ってしまった。
とはいっても、町には別に、月草神社よりも歴史が長く、由緒正しい神社、比奈多神社があり、月草神社が全焼する前から、町のみんなは、初詣とかはたいていそっちに行っていた。かく言う俺もその一人。だって巫女さん、可愛いんだもん。
そんな月草神社に、今訪れるような人間は、よほどの物好きか廃墟好きの変わった奴だけだ。そんな場所を告白の場に選ぶとは、相手はよほど人目に触れられたくない、恥ずかしがりやな性格なのだろう。……うん、そうだと信じよう。
放課後、俺はホームルームが終わると同時にすぐさま教室を出た。自分でもかなり興奮しているとわかるほど、ルンルン気分であったにも関わらず、誰もそんな俺に声をかけるようなことはしなかった。……まあ、どう振舞おうと結果は変わらないんだろうが。
全力疾走、歩く。全力疾走、歩く……徐々に走る距離が短くなり、最終的にはほどんと歩きになってしまった。直情的に行動するもんじゃないね。
「はあ……はあ……!」
そんなこんなもありながら、俺は長い石段を息を切らしてのぼりきり、やっとの思いで月草神社の敷地に足を踏み入れた。息を整えぬ間もなく、俺はバッと顔を上げ、前を見た。
「……うわーお」
眼前に広がる景色を目の当たりにし、思わず感嘆の声をあげた。
草がぼうぼうと生え、手入れされていないでこぼこした地面。本殿に続く石段も、ガタガタに崩れている。
「神社っつーか、死ん社だなこれは」
その本殿とされる建物も、火事の後、崩れることなく、骨組みだけとなって、かろうじて建っている。(というより今のシャレ上手くね?)
しかし、それは俺が思っているような神社特有の大きさはないと、骨組みのかたちからわかる。かなり、小さかったのだ。
「こりゃあ、元々人気もなかったのも、うなずけるな」
とりあえず、俺は本殿跡へと足を向ける。階段が上がった場所からの距離は二十メートルほど。その間には手を清めるための水組み場っぽいのがあった。一応、神社らしさは保っていた。
「そういや……」
ふと、俺はあることを思いだす。そういやここのことを教えてくれたのは……。
「待っておったぞ」
どこからともなく、声がした。俺は立ち止まり、あたりを見回す。人の気配は、どこにもない。
「ど、どちらさまでしょーか?」
俺は恐る恐る、周囲に語りかけてみた。しかし、返事はしばらくなく、鳥の鳴き声や風になびく木々のこすれる音だけが耳に入ってくる。
「こっちじゃ、こっち」
声に、いや「何か」得体のしれない力に引っ張られるように、俺は本殿に足を運ばせる。
本殿跡の真ん前まで、たどり着き、自然と俺の足も止まった。俺の前には、賽銭箱が置かれている。
「あのー! 姿、見せてくれませんかー」
声のした方向から察するに、おそらく声の主は、本殿跡の中にいる。全焼したとはいっても、人が隠れられそうな場所は、あるように思えた。
「……急かすでない、ただいま姿を見せる」
年寄り臭い言い方だが、若い女の声だった。妙な演出だな、俺はこれが本当に告白前の女子のやり方だろうかと、今さらながら、疑問に思い始めた。
本殿の中から、ミシリと音がした気がした。俺はゴクリと唾を飲み込み、どんな人物が出てこようと、覚悟を決め込んだ。さあ、恋! ……じゃなかった来い!
「こっちじゃ」
「ひゃわいっ!」
心臓が飛び上がるかと思った――。「意表を突かれた」という言葉が、これほどまでに当てはまる状態も、珍しい。
「う、うおおぉお!」
本殿から出てくると、前ばかりに集中していた俺であったが、どういうわけか、後ろから肩をポンと叩かれたのだ。全身の毛が逆立つかのごとく、俺は思い切り後ずさりながら、背後を振り返った。
「……おい、驚きすぎじゃろうて」
先ほどからの、声の主だろう人物は、俺の驚きぶりに、若干引いたような声を出した。
「だ、誰だってビビるわ! もっと普通に現れろぃ!」
「うるさい奴じゃのう。このチキンめが」
「誰がビビリだ! ……ってか、アンタが俺を呼んだのか?」
叫び声を上げまくって、冷静さを取り戻してきた俺は、改めてその女を観察した。
身長は百五十ほどだろうか、淡い紺色の着物を身にまとうその姿は、昔ながらの和服美人を思わせる。髪の毛もそれに見合ったさらっさらの長い黒髪だ。まるで日本人形だ。
「それでじゃな、佐治謙也。今日お主をここに呼んだのは……」
「えっと……その前に確認しときたいんだけど、あなたは、今から俺に大切なことを言う。これで合ってる?」
いきなり本題に突入させようとする女の子に、俺は念のため確認しておく。
「そうじゃ、我は今から、主に大切なことを話すぞ」
ごほんと一度咳払い。……おいおい、ちょっと変なところがあるけど、こんなカワイ子ちゃん(死語かな?)が、俺に告白ってマジかよ? きたぜ、少し遅目の俺の春!
浮かれた気分から飛び上がりそうになる。俺は身構え、女の子からの(愛の)告白を待つ。
「実は……の」
一瞬、女の子の目が真剣なものへと変わる。俺は次のセリフを、今か今かと待ち続ける。だが、聞いていく内に俺は絶句せざるを得なくなった。
「これから我のやることを……お主に手伝ってほしいのじゃ」