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道化上等!  作者: 本間 甲介
第一章
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教室、カバンの中に……

「北出さん、今日は遅刻しなかったんだね」


 痛みから回復し、急いで巧たちを追いかけ、いっしょに教室に入ると、この時間にいることが珍しい人物がいた。北出小夜子は読んでいた文庫本をパタッと閉じてから顔を上げ、入ってきた俺たちの方を向いた。


「第一声がそれかい、巧くん。……といっても、君がそう思うのも無理ないか。自分でいうのもなんだが、私は朝は弱いからね」


「そんなに俺に早く会いたかったのか、それならそうと言ってくれれば良かったんだぜ、北出」


 ぐっと親指をたて、ニコッとスマイル。若干期待を抱いたジョークを俺は北出に送る。


「はは! 佐治くん、相変わらず君は面白いね。だけど悪いね、それは絶対にありえないし、私が早く来たのは巧くんに早く会うためだよ」


「…………うう、北出! ありがとう! 無視せずしかもちゃんと名前を呼んでくれて!」


「あんた、それでいいの……?」


 八原が哀れみの目でツッコミを入れるが、俺には届かない。来る道中、さんざんスルーされてきたこともあり、北出の反応は極上のものだった。やだ、惚れちゃいそう!


「巧くん、以前頼まれた小説だけど、これでよかったかな?」


 先ほど読んでいた文庫本を、巧に手渡す。


「なにそれラノベ?」


「推理小説だよ、けっこう有名なね」


「可愛い女の子の挿絵ある?」


「佐治、あんたさっきからうるさい」


 八原に叱られた。ちぇっ、いいさいいさ。俺は拗ねたような態度を取り、自分の席へと座った。巧と北出は会話を続ける。


「それにしても君もマニアックだよね、その小説を知っているなんて」


「あ、友達に勧められてさ……」


 巧の表情に一瞬曇りが表れる。俺の脳内に、「確定」に近い一つの推測が浮かび上がる。


「……ほう、それは男友達かい? それとも女の子かい?」


 それを察したのは俺だけではなかった。北出は尋問するかのごとく巧に問う。


「えっと……あの、北出さん顔が怖いんだけど……?」


「それで巧、誰に勧められたの?」


 そこに八原が強制介入。八原は無表情のままにさらに追い打ちをかける。


「いや、あの……」


 二人の女子に「良い意味」で迫られる巧。いつものことなので、俺以外の他のクラスメイト(主に男子)はあえてスルー。


 ったく、羨ましい奴だぜ。俺はそう心の中でつぶやく。しかもこれはまだ「氷山の一角」。巧のフラグ作成っぷりは、そのへんのギャルゲに負けないくらいだ。


「はあ、彼女欲しいなあ……」


 巧の現状への羨みから、思わずそう呟いた。すると隣の席の女子に聞こえたのか、女子はビクッと体を震わせて、もともと離れていた俺の席からさらに席を離した。……うわー、傷つくわー。


 ――と思うもすぐに回復。へ、俺の鋼のごときメンタル舐めんなよ、慣れっこだよ。俺は巧たちのいる席から首を戻し、カバンから教科書などを取り出していく。


「……ん?」


 その時、見知らぬものが俺の目に入ってきた。茶色い封筒だった。あれ、なにこれ? 俺は恐る恐る、それに手を伸ばす。


「………っ!」


 封筒の表部分に書かれたものを見て、俺は絶句した。ま、なさかこれは……!


 心臓が高鳴る、息が上手くできない……。俺は目を閉じ何度か深呼吸して、もう一度そこに書かれたものを見た。


 ……え、まじでこれ俺に!? 巧じゃなくて、俺に!? にわかにすぐには信じられなかった。


 ほんっとうに、たまにだが、俺の下駄箱、もしくは机などに、手紙が入っていることがある。だが、それはだいたいが間違いか、もしくは巧への取次の計らいの手紙であった。だが、その手紙の宛名は、巧ではなく、ちゃんと俺の名前になっていた。


 断っておくが、俺はこういうイタズラを受けるようなタイプではない。というか今のこの時代に、わざわざ手書きでイタズラするって奴はいない……はず!


 つまり、考えられるのはただ一つ! これはいわゆる「ラブ・レタァ」!


 ――いよっしゃああぁっ! 俺は机の上に立ち上がり、今にも小躍りしたい気分になった。しかし、我慢だ我慢……! 俺は感情の昂ぶりを、おさえこみ、手紙の内容をもう一度、確認した。ふんふん、なになに……。


「あれ、どうしたの謙也?」


 だがそれは、巧によって阻まれた。俺は慌てて手紙を机の中にしまった。


「よ、よお巧! 遅かったな」


 何事もなかったかのように、俺は巧に手を上げる。


「うん、もう先生も来るから解放してくれたよ。ははは」


 巧は笑いながら俺の後ろの席に座る。教室で、窓際、一番後ろという、うらやましいポジションだった。


「おらー席つけー」


 チャイムが鳴り、気だるそうな顔をしながら、担任の女教師が入ってきた。いつものように、ジャージ着用で色気もへったくれもない。素材はいいのに出来上がった料理は激マズ的なアレだ。クラスのみんなは、席に着き、静かになった。俺は担任の目を盗むように、今度こそはと、手紙の中身を確認する。そこには一行、こう書かれてあった。


「佐治うるさい、黙れ」


「なんもしゃべってないっすよね俺!?」


「いやなんとなく」


 担任の理不尽な叱り声と俺のツッコミに、クラス内は笑いに包まれる。俺は慌てて封筒をカバンにしまう。普段ならまだしも、ラブレターをもらった俺にとって、こんなの些細なものだった。


『放課後、月草神社で待ってます』


 何があろうと、そこに行く――! 俺はそう決心した。


 

 ……だから俺は、「いったいどのタイミングでカバンにラブレターを入れる機会があったんだろう?」という、ごく単純な疑問については、このときはまったく考えることはしなかった。

 

 

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