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道化上等!  作者: 本間 甲介
第六章
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道化の終わり

「ったくお前も人がわりいぜ。なんでそんなことするかなあ?」


 少しして俺たちは、昨日北出と話していた時のように、階段に腰を下し、取り留めもないことを話しあうことになった。といっても、俺の場合は不満ばかりだ。


「ここ二年近く、俺がどんだけお前のことを夢に見たか……」


 わざとらしく泣き真似をしながら、俺はちらちらっと彼女を見る。


「そ、それはいつまでもあんたの側にいたら悪いかなーと思って……」


「いやそれにしてもさ、何か一言くれるとかあんじゃん」


「それは――」


「というかさ、すっげえ今更だけど、お前って視えなくなってからもずっと、俺の側にいたの……?」


 さっきの件でほとんど分かっているようなものだが、俺は確認のために訊いてみた。


「そ、そんなわけないじゃない……!」


 わざとらしく顔をそらし、体を小刻みに震わせる。どうやら図星のようだ。


「……まあお前なら、別にずっといてもいいけどさ」


 俺自身が鈍いのか、それとも彼女のステルス機能? がすごいのか、視えなくなってからも「そういった」感覚が訪れることはなかったので不思議と恥ずかしさとか気味悪さはまったく覚えなかった。といっても――。


「だからずっとじゃないって! トイレやその……の時にはちょっと離れていたし」


「ストップ! それ以上言うな!」


 ぼかした言い方だが、すぐに理解できた。気まずくなってきた俺は、全力で彼女の言葉を阻止した。慌てふためく様子を見る限りは本当だろうが、それでもかなり恥ずかしい。


「こっちだって言いたいことは山ほどあるのよ! なによギャルゲーって!」


 恥ずかしさを払拭しようと、彼女は反撃を開始した。


「あたしの手紙を深読みして、勝手にフラれたと思い込んで、二次元に逃げこむなんて、どういう神経してんのよ」


「てめっ、あんな手紙出されたら誰だって勘違いするわ!」 


 むしろ、勘違いしない奴がいるとは思えない。あれに関しては絶対に俺は悪くない(ギャルゲーにハマるかどうかはさておき)。


「つか、何度も言うけど俺は別に二次元好きってわけじゃなくて、あくまで親友キャラが好きなの!」


「うっさいホモ!」


「ひでえっ!」


 ひっさしぶりにそんな扱いされた。好きと言っても憧れだとなんど言えば……!


「そもそも根本的に違っているのよ! 本当に好きじゃなかったら、そもそもあんなに長い間文通なんてしないわよ! 好きだからに決まっているじゃ――」


 そこで、彼女は顔を赤くしてうつむいた。どうやら知らぬ内に「好き」を連呼していたのを恥ずかしく思い始めたんだろう。……うん、俺も恥ずい。 



「わ、話題を変えよう! えっと……あ! 俺、お前のこと何て呼べばいい?」


 照れ隠しに、訊いてみたことだったが、意外とけっこう重要なことだった。「月草」、「露理」、「五月七日」……どれも彼女には違いないが、それゆえに迷う……。


「……」


 彼女も大切なことだと判断したのか、考えこむ。


「――あ、やっぱり露理って呼んだ方がいいか?」


 普通に考えて、ほか二つは偽名に近い。慣れないが、露理と呼ぶのがベストだろう。と、思っていたら、


「露理は苗字。フルネームは……『露理 ノア』……」


「符ぇ!?」


 またもや衝撃的な事実だった。どんだけ隠し事してんのこいつ!?


「……リアリー?」


「なんで嘘付く必要があるのよ。」


「だっておまっ、北出も巧も普通に『露理』って呼んでたから名前だと思うじゃねえか! それをいきなりノアって……」


「下の名前はあんまり好きじゃないから、自己紹介する時は、苗字だけ言ってたらそうなったの! ああもう、だから言いたくなかったのに――!」


 彼女――ノアは後悔したように大きくため息をつく。ノア……たしかに変わった名前だ。だが、


「いいじゃん、似合ってると思うぞ」


 本心から、俺はそう言った。ノアは俺の方を向き驚いた顔になる。……少しして、


「ありがと……」


 恥ずかしそうに小さな声でそう言った。同時に、急に周囲の空気が変わった。


「……あ」


 空気が変わるとともに、ノアは何かに気付いた。


「………………立って」 


 長い沈黙の後、ノアは俺の手を引っ張り、立ち上がらせる。俺を数段下ろし、ちょうど目線が俺と合うようにする。


「ど、どうした?」


 このシチュは「アレ」しかない。俺はぎゅっと目をつぶり、不自然に思われない程度に、唇を尖らせる。


 ところが、いつまで経っても「アレ」が来る気配はなかった。俺はそおっと目を開けた。


「……黙って消えて、ごめん。あと、『憑き纏う』ようなことして、ごめん」


 そこには、ノアがペコリと頭を下げる光景があった。突然……そしてこうやって面として言われたのは、もしかしたら初めてかもしれない。


「――ホント、あたしって馬鹿よね。最初からこうしておけば、あたしもあんたも苦しまずに済んだのに……」


「悪気でやったんじゃねえんだ。気にすんな」


 ノアはノアなりに、俺のことを考えてそういった行動を取ってくれた。それを誰が恨むことができるだろう。


「多分、そうしなかったのは、『分かっていた』からだと思う……」


「ん? 何が…………………あれ?」


 目を疑った。俺は目をこすりもう一度見る。


 さっきまで鮮明に……それこそ普通の人間と同じように視えていた彼女の姿は、なぜかぼやけて視えた。俺は握っていた手に目を向ける。……彼女の手は、すり抜けていた。


「ちょっ! どういうことだよ!」


 あまりに意表を突いた出来事に、俺はパニック状態に陥った。もう一度掴もうと俺は手を伸ばす。だが、いくらやってもノアに触れることすらできなくなった。



「幽霊がこの世に留まり続けるのは、どうしてか分かる?」



 ぶんぶんと触ろうとする俺に、ノアは問いを投げかける。


「それはね、『未練がある』からっていう、簡単な答えからよ」


「うる……せえ! しゃべんな!」


 ノアの問いかけを、俺は必死に止めようとする。「そんなこと」は、俺が「彼女の手を掴んだ時」から、とっくのとうに分かっていた。だが、ノアの口からそれを聞けば、もう後戻りはできない。彼女は俺を忠告を無視し、続ける。


「じゃあ幽霊が『消える』時はどういう時か? これまた簡単、『満足した』から――」


「――満足すんなっ!」


 馬鹿みたいに、怒鳴った。ぼろぼろと洪水のごとく、目から涙がこぼれ落ちていた。


「俺はお前を成仏させるために、お前にまた会おうって思ったんじゃねえよ! 俺はまた、前みたいにお前と――」


「いっしょにいたいって? ……ふふ、ははは! ばっかじゃない! そんなことあたしが望んでいると思っていたの!?」


 馬鹿にしたような言い方で、彼女は俺に高笑いを上げた。


「残念でしたー! あたしはもうあんたに正体がバレた時点で、『あーもうどうでもいいや』って思ったの。つまり、これ以上あんたの側にいたくないってことなのよ!」


「なっ……!」


「あーすっきりした! やっと天国に行ける! どんなところかなあ!」


「……」


「あんたもさ、いい加減、こんな実体の無い存在なんて相手せずに、ちゃんと現実の女の子と向き合いなさいよ。手始めに模合って娘と……」



「じゃあ、なんでお前は泣いてんだよ」



 もう輪郭がぼやっと視える程度にしか、彼女を捉えることができない。それでも俺は、彼女が泣いていることは分かった。


「泣くくらいなら、消えなくて……いいじゃねえか」


「うるさい!」


 さっきまでとは一風かわり、彼女はまた強い感情を言葉にして出した。


「――あたしだって消えたくないわよ! できたらあんたの側にずっといたいわよ! でも、もう遅いのよ……」


「遅くない! ほら、なにか未練があるだろ!?」


 必死に俺は彼女の存在を保たそうとする。だがそれとは裏腹に、彼女はどんどん、どんどん、どんどん……視えなくなる。


「そんなもの、もう無いわよ」


「嘘付け!」



「だって……あたし、好きな人に出会えたもん――」



 その一言が、決め手だった。俺はもう何も言うことができなかった。


「こんな姿になってでも、好きな人に出会えて……色々話して、色んな場所へ言って……本当の気持ちを伝えることができることそのものが、奇跡のようなものだもん。これ以上望むのは、贅沢よ……」


「…………っ」 


「だから、今度こそ本当にお別れよ。謙也、今まで本当にありがとう。これからは、道化なんて言わずに自分のために生きていって」


「……っ!」


 ツーっと鼻が痛くなる。体が外気によるものからではなく、心の底から冷たくなる。


 口にするな、認めるな、行かせるな。俺の脳がそう命令する。


「……こっちこそ、本当にありがとな」


 けれども、口から出てきたのは真逆の言葉だった。俺はもう本能の赴くままにただ感情そのものをぶつけた。



「めんどくさい奴だと思った、巧が好きかもって思った時は悔しかった、幸せだった、充実していた、ちゃんとデートしたかった、手紙が楽しみで仕方なかった、最後の手紙が来た時は本当にショックだった、黙って消えた時はやっぱりムカついた、そばで俺を見守ってくれていて嬉しかった…………好きでいてくれて、ありがとう」



 最後の方は鼻声で自分でもよく聞き取れないほど、支離滅裂なものだった。


「露理ノア……さん」


 俺はもう一度、彼女に向かって、あの時送れなかった言葉……今思うとかなりぶっ飛んだ、「愛の告白」を放った。



「大好きです、俺と結婚して下さい」



















だが、その返事を聞くことは決してなかった。                           



 無音……だった。すでに俺の前には彼女の気配はなかった。「視えなくなった」とかでは、絶対になかった。


「そっか……」


 すっかり酔いは覚めていた。俺はすうっと周囲の空気を吸い込み、体に溜まっていたもやもやを全て吐き出した。


「――行くか」


 俺は後ろを向き、階段を下っていく。……振り返ることはしなかった。


「……さて」


 階段を下ったところで、俺は携帯を取り出し、ある者に電話をかけた。


『あ、もしもし? どうしたの?』


「ああ、実はちょっとさ、御堂に聞きたいことがあるんだが……」


 彼女との約束を守るため、俺は「俺を好きになってくれた女の子」に、ちゃんとした答えを出すことにした。


「模合さんの携帯番号、教えてくれないか?」


 これからどうなるかは分からない。ただ、これだけは言える。


道化は今日で、卒業だ。


 やっとなんとか書き終わることができました。


 最初の構想時とはかなり違うようになりましたが、自分の書きたかったことは書けたと思います。


 それでもまだまだ文章、構成など、荒い部分がたくさんあり、百パーセントの意味で伝えられなかった部分もありました。


 今後書く際、今作以上に面白いものにしたいと思います。


 読んでくださった方、本当にありがとうございました。

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