飲み終えて……
「それでは――佐治謙也! 再び行かせて頂きます!」
そう宣言するとともに、佐治謙也は腰に手を当て、コップに注がれたビールを、一気に飲み始め――
「ぶぼふぅっ!」
――ることはできなかった。謙也は半分も飲まない内に、ビールを吹き出した。
「うわっ! きったねえ!」
「酒弱いくせに無理すんなバカ!」
「飲み過ぎだ!」
「店員さーん! タオル、タオル!」
吹き出されたビールは、座っていた謙也の友達全てに飛散し、大混乱になった。しかし謙也は止まることなく、残ったビールを飲んでいく。
「あ、店員さーん、焼酎ロックで!」
「お前はもう飲むなっ!」
調子に乗って、謙也が追加注文を頼んだところを、友達の一人が羽交い絞めにして押さえ込んだ。
「飲み過ぎだ馬鹿!」
「うっせーまだ飲み足りねえんだよ、こっちはよおーっ!」
そう叫び、謙也は暴れ出そうとする。もう一人では抑えきれないところまできている――そこに、もう一人がやって来て、謙也の動きを完全に抑え込んだ。
「なあ、どうしたんだあいつ……? 無駄にテンション高いけど」
隅に退避していた男子が、もう一人の男子に向かって質問する。
「いやよく知らねえんだけど……なんかさっきトイレに行った時に『どうして黙って行っちまったんだよー!』って言ってたな……」
「あー、そりゃ女だわ。あいつ多分、フラレたんだよ」
「そういやあいつ、昔っからあーいうとこあったよな」
「そうそう! まったく相変わらず馬鹿だよなあ。そういやあん時も――」
二人は謙也をダシに思い出話に浸る。だが、
「ぶっびばっ!」
それを許さんとばかりに、謙也は二人に向かって口にためていた酒を吹きかけた。
「てめえっ!」
「もうゆるさねえ!」
「ははは! おら来い!」
怒り心頭、二人は謙也に向かって飛びかかった。
場はさらに混沌を増した。だが、謙也の顔から笑みが消えることはなかった。
あの手紙を読み終えた後、謙也はしばらく手紙を眺め、そこに立ち止まっていた。そして納得したように首を縦に数回振ると、力なく歩き出し、迷うことなく自分の家に着いた。
そして謙也は風呂にも入らず、元の自分の部屋のベッドに倒れこみ、そのまま眠った。おそらく、寝てスッキリしたかったのだろう。
翌朝、謙也はいつもよりも早く起きて、成人式へと向かう準備を始めた。ここまでは、謙也は「普通」だった。
しかしその後、中学時代の友達数人(全員男子)と共に、飲み屋へとやって来ると、謙也は座敷に座ると同時に、いきなりアルコールの高い酒を続けて三杯ほど頼んだ。
当然、謙也は一時間もしない内にぐでんぐでんになり、友達たちと思い出話に興じることはできなかった。
「ちくしょー離せ! ……あ、つかマジで離して! リバースしそう……!」
いつの間にか、謙也は四人に抑えこまれていた。最初は暴れていた謙也だったが、口元を抑えこみ、だんだんと顔色を悪くした。一瞬にして抑えこんでいた友達は離れた。
「はよ行け!」
「そ、そうさせてもらう……!」
謙也はふらふらとした足取りのままに、言葉通りにトイレへ直行した。
それからしばらくして……謙也が戻ってきた時には、げっそりとなっていた。
「す、すまなかった……」
先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように、謙也は素直にみんなに謝り、ばたんと畳の上に寝転んだ。
もう大丈夫だろう、友達たちはほっとして改めて飲み直した。
「ううっ……気持ちわりい……!」
「――謙也さ、浮かれんのも分かっけど、ほどほどにしとかねえと……その、死ぬぞ?」
友達の一人、内本が謙也の背中をさすりながら忠告する。それはまさに昨日謙也が巧に言ったことと同じようなものだった。
「いーんだよ、どーせ生きててもいいことねーし。……つか、むしろ死にてえ……誰か殺してくれ……!」
仰向けになり、謙也は芋虫のように体をくねらせ身悶えする。内本はただの「酔っぱらいの戯言」だと思い、諦めて飲みに戻った。
「……あー、くそおぅ」
謙也は身悶えるのをやめ、天井を見つめる。酔っぱらいの相手をするのが嫌なのか、誰も謙也に近づこうとしない。一人ぽつんと取り残されたような中、謙也は一言、近くに誰かいるわけでもなく、それでいて誰かに語りかけるかのように、こう呟いた。
「――死のう」
……あっという間に、飲み会は終わった。けっきょく謙也は馬鹿みたいに飲んで、寝ていただけだった。謙也は友達に肩を借りて居酒屋を出た。
「謙也、家まで送ってやろうか?」
内本が心配そうに声をかけてくる。
「あーいいっていいって! こっから家までちけーし、酔い覚ましに歩いて帰るわ!」
「近いってこっからお前んちまでひと駅は――あ、おい!」
内本の言葉を待たず、謙也は夜道を一人歩き出した。内本も慌てて追いかけるが、角を曲がったところで、謙也の姿を見失った。
「好きとか~嫌いとか~!」
人通りの少ない夜道を、謙也は気持よく何かのうたを歌いながらふらふらと歩いて行く。だが、謙也は酔っているのか自分の家とは違う方向へ向かっていた。
「ふふふーん!」
今度はくるくると回りながら前へと進んだと思ったら、いきなり壁際にしゃがみ込み――吐瀉物を撒き散らした。
成人式当日で、懐かしい友達と会ってテンションが高くなった……。そういった要素を差し引いても、今日の佐治謙也は昨日までとは別人のようだった。それはまさに、嫌なことを忘れんがための行動だった――。
「おや~こんなところに階段が! あ、そういや昨日も通ったなこんなとこ! あっはは!」
謙也の目の前には、昨日と同様に月草神社へと続く階段がある。そう、謙也は昨日と同じ場所へとたどり着いていた。だが、今日に関しては本当の「無意識」からだろう。
「よーし、せっかくだし、お兄さん神様に今日のこと呪っちゃおぅ!」
文字で見ないと分からない間違い(わざとだろう)を言って、謙也は手すりを掴みながら、階段を登っていった。
「と~~ちゃくっ!」
ふらつきながらも、謙也は月草神社前へと着いた。昨日は階段近くまでしか来なかった謙也だが、今回はもう少し神社跡へと近づく。あの時に比べ、いっそう古びれており、未だ残っていることが不思議なくらいだ。
「神様ー……あ、細かいのねえや」
賽銭箱(すでにただの木箱)の前で、謙也は財布を取り出し中を確認する。だが中に入っていたのは一万円札一枚と、千円札五枚だけで、小銭は一円もなかった。
「うーん、どうしよっかなあ……」
財布とにらめっこしながら三分程度、謙也は財布をポケットに――
「もってけドロボウ!」
しまうことなく、ひょいっと財布ごと賽銭箱に投げ入れた。
財布はするっと箱の中に落ちていく。それを確認し終えた謙也は、すぐさま手を合わし、ぶつぶつと何かを呟いた。
――馬鹿だ、佐治謙也は本当に馬鹿だ。卒業してからあまり感じなかったが、久しぶりに再認識した。
「……しゃあっ!」
手を離し、謙也は両頬を激しく叩いた。謙也はぐるっと百八十度回転し、階段の方へと体を向け、酔いなど始めからなかったかのように――、一気に走りだした。
「あーいきゃーん――ふらああぁあぃ!」
右足で踏み込み、謙也は地面の消え失せた空間へ飛び出した。
「ーー何やってんのよ馬鹿!」
もう我慢できない――「あたし」はほとんど無意識に、謙也の襟首を掴み、「それ」を阻止した。
「ぐえっ!」
空中で謙也の動きが一瞬止まる。謙也は階段手前に、かろうじて倒れた。
「捕まえた!」
彼は襟元付近に手をやり、がっちりと「あたし」の手をつかんだ。そして、
「久しぶり……いや『初めまして』……かな?」
彼は、「あたし」に、微笑んだ。




