意外とよく話す
「こんなところで会うなんて、すごい偶然だね」
「ほんとだな……」
どうしてこいつがここに……。あまりにも偶然の再会に、俺の頭は疑問でいっぱいだった。だが北出はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、その場でしゃがみこみ、石段の上に座った。
「立ち話もなんだし、こっちに来なよ」
北出は俺を手招きし、呼び寄せようとする。俺は自然と、それに引き寄せられ期待での右横に腰を下ろした。
北出小夜子とこうして会うのは卒業式の時以来だった。
あの時はたしか、俺は北出に誘われて巧の告白場面を見に行った。
『これで安心したよ』
告白の一部始終を見た後、北出は今まで見せたことのないほど、良い笑顔を浮かべた。北出は最後に俺に握手を求めた。俺もそれに応じ、右手を差し出した。見かけによらず、あったかい手だった。
それが、北出との最後の会話だった……と思う。なぜはっきり思い出せないかは、俺はいきなり消えた月草を探すことで頭がいっぱいだったからだ。月草は、俺が目を離したほんの少しの間に、消え去った。
「佐治くん、コーヒーいるかい?」
ぼーっとあの日のことを思い出していると、北出は持っていた袋の中から、缶コーヒーを一本取り出し、俺に向けてきた。
「いや、いいよ……」
不意を突かれた申し出に、俺は反射的に断った。
「そっか、それじゃ遠慮無く」
北出は缶を手元に引っ込め、フタを開け、ちょびちょびとコーヒーを飲み始めた。
「ところで北出はどうしてここに?」
沈黙を破るように、俺は直球の質問をした。北出は口につけていた缶を離し、遠くを見るように顔を上げる。
「これといった理由はないんだが……まあ、ちょっと感傷的になっていてね」
「感傷的?」
「ほら、明日成人式だろ」
「……あーそういうことね」
北出の言わんとすることが、同じ立場にいるからこそ、なんとなく分かった。だが、そこまで感傷に浸るほどのことだろうか?
「――今日は、どこかで飲んできたのかい?」
北出は急に話題を変えてきた。俺は巧と飲んできたと答えた。
「そうか、巧くんとか……」
言った直後、後悔する。そういやこいつも、巧に惚れていた一人だったよな……。
「あ、いやべつに――」
「『友達』と飲み交わせるというのは、良いことだよね」
キョドる俺だったが、北出はまったく違う意味で辛そうな表情になっていた。
「…………」
しばらく、俺は何も答えられなかった。忘れていたわけじゃないが、北出にとってもあいつはとても大事な存在だった。
「すまないね、湿った感じにさせて。もっと楽しい話をしようか」
暗い気分を払拭しようと、北出は高らかな声を出した。
「そうだな、せっかくだ、話し相手に付き合うぜ」
どうせウチに帰ってもすぐには寝られそうにない。だったら酔いが覚めるまで北出の話に付きあおう。俺が頷くと北出は急にニヤッとした。
「それじゃ思い出話をしようか!」
「おう、なんでも来い!」
「八原さんにはどんな風に告白したんだい!?」
石段からずり落ちそうになった。というか半分ずり落ちた。あまりに予想外の質問だった。
「あれ、まだ引きずっているのかい?」
「ひ、引きずってねえよ!」
恥ずかしさを誤魔化すように、俺は声を張り上げ怒鳴る。くそ、鍵をかけていた記憶が呼び起こされちまったじゃねえか。
八原加々美への、人生初の「愛の告白」を終えた後、俺と八原の関係は……特に変わらなかった。
最初の数日こそぎくしゃくしていたものの、俺の「いつも通り」の態度に、八原も「いつも通り」になった。俺も今の今まで、告白したこと自体忘れていたくらいだ。
「つか、なんでお前がそのこと知ってんだよ?」
あの時あの場にいたのは、俺と八原、巧の三人だ。その噂が広まった感じはなかったし、おそらく三人しか知らないはずのことだ。
「そんなのもちろん、本人に聞いたんだよ」
「――巧か?」
「八原さんにだよ。ちょうどついさっきね」
「は?」
何を言われたのかよく分からなかった。北出はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、説明してくれた。
「私と八原さんは、今同じ大学に通っていて、その縁もあって友達になったんだよ。それでついさっきまで、まさに君たちと同じように、居酒屋で飲んできたんだ。その時に、彼女が酔った勢いに色々と話してくれたんだ。……ああ、ちなみに私はアルコールは飲んでないよ」
「……」
意外すぎる事実に、俺は閉口した。さっきのあの思わせぶりな言い方はなんだったんだ? というか、まさか元恋敵? 同士が友達になるとは……。
「それにしても驚いたよ」
「何がだよ?」
「君がリアルで女の子を好きなったことにだよ」
「そっちっ!? 現実と妄想の区別くらいついてるよ俺だって!」
ひどい言われようだった。いやたしかにね、あの時の俺はそう見られても仕方なかったかもしれないけど……。そういや、最近は全然ギャルゲしてないな……。
「けどさ、彼女感謝もしていたよ。君の告白があったから、彼と本当に向きあえたって」
フォローするように、北出は付け足した。そんなことまで話したのか、あいつ……。
「ちなみにさ、今でも彼女のこと好きなのかい?」
興味津々と、北出は目を輝かせながら訊いてくる。俺はすぐさま首を横に振った。
「べつに……好きじゃねえよ」
そう言い、俺はそっぽ向いた。たしかに、あの時は巧の呪いを解くことに必死で、ほとんどやけくそに八原に告白していた。
だからといって、俺はあの時たしかに八原のことが好きだった。決して嘘だったというわけじゃない。
――でも、告白を終え、まったく引きずっていないところを見ると、俺が八原を好きだという感情は「本当の意味」での好きとは違ったのかもしれない……。
ギャルゲをしている時も、告白した時も、一人暮らしをするようになっても、俺の中にはもやもやした何かが依然として残っていた。
それは一つの始まりであり、一つの終わりでもあった。
「なあ、北出……」
北出に呼びかけ、俺はほとんど無意識に、こう訊いた。
「会ったこともない女の子を好きになるって、おかしいことかな?」




