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道化上等!  作者: 本間 甲介
第五章
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過去から「未来」へ……

 清々しい朝だった。朝日が体に染みこむ、昨日の体の不調は嘘のように消え去っていた。こんなに気持ちいいのは、何年ぶりだろう。

 

「おはよう紗音! いい天気だな!」


 服を着替え、顔を洗ってリビングに飛び込み、俺はいつも以上に爽やかに挨拶した。


「お、おはよ……!」


 紗音は飲んでいたコーヒーから口を離し、きょとんとした。俺はそれを気にせず、朝食の食パンを食べる。


「いやあ、うめー!」


 トーストで焦げ目のついた食パンに、ナイフでジャムをふんだんに塗りたくり、一気に口に含み、牛乳で流しこむ。昨日の晩はなんだかんだで全然食べずに寝たこともあり、食パン一枚でもかなりの美味を感じた。


「ふんふんー!」


「兄貴……今日も休んだほうがいいよ」


 紗音はいつもとは違う、本心から俺に心配の声をかけた。たしかに、自分でも今のテンションはおかしいと思う。


「大丈夫だ、心配すんな! 俺はもう大丈夫だ」


 紗音の頭に手を置き、俺は元気よく言った。むしろ、今日からは今までの「馬鹿キャラ」から「爽やかキャラ」に転じていこうと決めた上での振る舞いだ。


「……」


 紗音は無言で俺の手を頭からどかし、立ち上がった。そして何を思ったのかリビングを出た。


「ん、どうした?」


「髪、洗おう」


「ひどくないっ!?」


 一瞬にして、俺はいつものキャラに戻った。 



「よお、おはようさん!」


 紗音よりも先に家を出て、いつも通りの通学路を歩く中、俺は見覚えのある人物を発見した。一度大きく深呼吸し、目を閉じて、俺はいつも通り、そいつにあいさつをした。


「あ、お、おはよ、佐治……!」


 おっかなびっくり、そいつ――八原はビクッとしながらもあいさつを返した。八原は俺から若干距離を取りながら、早足で歩き出す。俺も負けじとついていく。


「なんだ、元気ねえな?」


 逆に俺は何ら思っていないといった風に八原に話しかける。


「そんなこと……ないけど……」


「ま、仕方ねえか。フラれたもんなお前――ぶっ!?」


「うっさい、死ねっ!」


 あっけらかんと俺がそう言うと、俺のみぞおちに、激しい痛みが襲った。


「……ぐっ………!」


 一瞬息ができなくなる、朝食が形を変えて地面に落ちるほどだった。その隙をついて、八原は逃げるように走り、あっという間に、八原は俺の前から姿を消した。


「……死にたくなってきた――!」


 さっきはまだ大丈夫だったが、八原のああいった態度を見ると、俺はやってしまった感が非常に強まってきた。


「失恋、か……」


 痛みから回復し、俺はおもむろに空を見上げ、呟く。よく考えると、自分から告白してフラれるのは、これが初めてだった。……未遂はあったけど。


 いや悲観するな! 元々自分の気持ちにケジメをつけるために取った行動だ。あそこでいかなきゃ、俺は一生後悔していたかもしれないんだし。

 

 とにかく、俺の中にあった「モヤ」は綺麗サッパリと吹き飛んでいた。しばらくはいつも通りってわけにはいかないかもしれないけど、あの時みたいな『後悔』は俺にはなかった。


 で、だ。結局のところ、巧は昨日の八原の告白を受け入れることはしなかった。……多分、あいつもあいつなりの「答え」にケリをつけようとしているんだと思う。


「うおっす!」


 始業ギリギリに教室に入り込む。クラスメイトのほとんどは席に座っていた。八原は俺が入ってくると同時に、わざとらしく机にふさぎこんだ。


「……や、おはよう」


 席に向かう途中、本を読んでいた北出に声をかけられた。立ち止まり俺が振り返るも、北出はそれ以上何も言わずに、再び読書を再開した。


 だが、その口元が若干笑みを見せていた。どういう経緯か分からないが、おそらく北出は昨日の出来事を知ったのだろう。俺もニコッと返して席に着いた。


 そしてまた、いつも通りの日々が始まる……はずだった。


「欠席は木城……っと」


 巧は、学校に来なかった。


 

 昼休みになった。俺は学食で買ったパンと牛乳を机に置き、黙々と一人で昼食を食べていく。今まで巧と食べることが普通だったこともあり気付かなかったが、どうやら俺には「昼食を一緒に食べる友達」は巧しかいなかった。


「……巧くんが休みなんて珍しいね」


 クラスメイトの誰かがそう言ったのが聞こえた。巧から連絡が来ていないだろうかと、俺はこれで十回目になるメール確認をした。だがやはりメールも電話もない。


「ったく、仕方ねえな……」


 半分は俺のせいでもある。俺は放課後、菓子でも持って見舞い? に行くことに決めた。

 

 ポンッ。

 

 ――いきなり肩を誰かに叩かれた。


「ん?」


 振り返り、その人物を見ようとする。――絶句した。


「お前……!」


 あまりに突然過ぎて机から落ちそうになった。それを、そいつは俺の手を取り元に戻す。


「……」


 そしてそいつは俺の手を掴んだままに、立ち上がらせた。そして俺はそいつに引っ張られるように、教室を出た。


「おい、どこ連れて行くんだよ!」


「……」


 俺の問いにそいつは何も答えず、ただただ俺を引っ張り前へと進む。俺は引っ張る手をなんとか引き離そうとするも、まったく離れなかった。

 

 玄関口をあっさりと通り過ぎ、裏門へ周り学校を出た。多分、行き交う人々は引っ張られる俺のことを面白おかしく見ていることだろう。


 ――もうダメだな。この時点で俺は午後からの授業を受けることを諦めた。


「見せたいものが……ある」

 

 やっと、そいつ――月草はそう一言口にした。


 そして二十分後、俺たちは死者の魂が眠る場所――早い話が墓石の集う霊園へと到着した。

 


 平日ということもあり、霊園は静まり返っていた。俺は月草のあとをついていくように、霊園の中央付近へと向かう。墓石の前に、俺と同じ制服を着た男がいた。そいつはある墓石の前にしゃがみこみ、両手を合わせていた。


「なあ、あれって……」


「しっ」


 俺が語りかけようとするも、月草は俺の口をふさぐ。俺はそれに従い、黙ってその男――巧のことを影から隠れるようにして見ることにした。


「昨日さ、告白されたんだ……」


 巧は合わせていた両手を解き、墓石に向かってゆっくりと語っていった。


「昨日はその女の子の誕生日でもあったんだ。だから僕はそのことで呼び出されたかと思って、プレゼントを渡したんだ。……その後、その女の子は――僕の一番の親友に告白されたんだ。びっくりしたよ……同時に、チクっと心が痛んだんだ……。

 こう言っちゃなんだけど、僕はいつもの冗談だと思っていたんだ。彼は時々、『仮面』を被っているようなところがあったから」


 ……「仮面」という言葉に、俺は心臓を鷲掴みにされた気分になった。自分でも気づかないくらい、自然と巧の「親友」をやれていたと思っていたが、どうやらそれは大きな勘違いだった。


「だけど……彼は本気だった。あんな本気の告白はこの先一生見ないと言っていいほどにね。……でも、その女の子はそれを断って……彼に後押しされるようにして、僕に……告白したんだ」


 巧はそこで一度言葉を切って、空を見上げ、すうっと息を吸い込んだ。伝染するように、俺も息を大きく吸い込み、吐いた。


「露里、君の言ったとおり、僕は女の子を大事にしてきたよ。でも……なんでだろう、それは今思えば傲慢な行為だったのかもしれない。


 僕の思っていた『大事にする』っていう行為は、うわべだけの『優しさ』すぎなかった……。そんな単純なことに、僕はやっと昨日の出来事で気がついいたんだ。『Like』じゃだめだって。

 ――あのさ、今さらこんなことを言うのは遅いかもしれないけど、僕は多分……いや絶対に君のことが好きだったんだ。好きだから、君との約束を守ろうと思った。でも、それは今日で終わらせようと思う、ごめん」


 巧は墓石の前で立ち上がり、一方後ろに下がり、深く頭を下げた。


「月草……」


 俺はおそるおそる、月草の方を見た。ところが、月草はショックを受けたどころか、むしろ晴れ晴れとした顔をしていた。


「君のことを忘れるつもりはないけど……僕は……君の約束を破ることにするよ。本当にごめん、でも、そのかわり僕は……『女の子を大事に』にじゃなくて、『一番大事にしたい女の子』を見つけていこうと思うよ。昨日の告白に、すぐに返事はできていないけど、めいっぱい考えて、ちゃんとした返事を出すよ。本当に、ありがとう――」


 その言葉とともに、巧のかかっていた「呪い」完全に解かれ、長い長い「共通ルート」は終わりを告げた。そう、俺は確信した。



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