解呪?
一昔前の少女漫画の愛の告白の後、辺り一帯は一気に静かになった。
「……」
「………」
「……………」
二人は何も言おうとせず、押し黙っている。かくいう俺も立ち去るつもりが、金縛りにあったかのごとく動けなかった。
「加々美……」
夕日の光が体を包む、鳥の鳴き声が聞こえる。しばらくして、巧が口を開いた。巧はいつもとは微妙に違う、それでいて優しげな視線を八原に向ける。
「加々美が僕のことをそういう風に思っていてくれて、正直すごい嬉しいよ。だから、ありがとう」
「………うん」
八原が涙目になったのを、俺は見逃さなかった。巧はちらっと俺の方に顔を向ける。
「僕も、加々美のことは好きだよ。――だけど、ごめん。よくわからないんだ、自分の気持ちが……」
左手で顔を覆いながら、巧は悲痛に満ちた声を出した。
「加々美のことが『好き』だっていう気持ちは本当だよ。……けど、さっきの謙也の告白を聞いて、わからなくなったんだ……。僕の『好き』って気持ちが、加々美と同じ『好き』なのかなってさ……」
北出の話は嘘じゃなかった。こいつは……本気でわからずに『付きあおう』としていた。俺は改めて、二重の意味でこのタイミングで八原自分の気持ちを伝えられて良かったと思った。
「だからその……今すぐには答えは――」
「――巧っ!」
叫ばずにはいられなかった。俺は巧に向かって駆け出した。
「いい加減、自分の気持ちに素直になれよ!」
巧の胸ぐらを掴み、俺は巧の目線を自分と同じくらいに引き下げ、俺は巧に叫んだ。突然のことに、巧は目を大きく見開き、抵抗しようともしなかった。
「自分の……気持ち?」
「ああ、はっきり言ってやんぜ巧、お前は良い奴だ。だけど、大馬鹿野郎だよ! 北出から聞いたよ、お前が『彼女』に言われた言葉についてをよっ!」
本当は本人にも聞いた……と言ってやりたかったが、それを言っても信じてもらえるとは思えないので、俺はそのことについては黙っておくことにした。
「聞いたって……それ、『露里』のこと……?」
あいつの本名が、ここでやっとわかった。俺はうなずいて言葉を続ける。
「その女の子がお前に言った言葉は、たしかに本心だよ。それは『神』に誓ってもいい……。けど、お前はそれを履き違えているんだよ! 巧、お前はなんで彼女の言葉を受け入れたんだ?」
「それは、彼女が僕に遺した言葉だから……」
「本当に、それだけか? じゃあよ、もしも今も彼女が『生きていたら』、お前は誰かに告白されて、『付きあおう』だなんて思ったか?」
「それは……」
「いいか巧、ギャルゲの主人公の如く鈍いお前に教えといてやる」
俺は巧の胸ぐらを放し、数歩距離を空け、力強く指さした。ここにきて俺はやっと、木城巧にかかっている『呪い』がわかった。
「巧、お前はまだ……彼女のことが好きなんだよ」
それはとても、単純かつ簡単なことだった。
「好き……?」
俺の言葉を聞いた巧は、驚いたような恐がったような、恥ずかしいような、複雑な表情を浮かべた。
「好き……好き……好き……」
巧は壊れたオルゴールのように、何度もその言葉を繰り返す。俺はいったん、巧から距離を取った。
八原は何がなんだか分からず呆然と巧を見ていた。
「……巧、どういうこと?」
だがしばらくして八原はいつもの表情に戻り、刺すような視線とともに疑心に満ちた声で訊いた。
「……」
だが巧は何も言わず、顔を俯かせる。俺はいたたまれない気持ちになり、代わりに言ってやろうかとも思った。
「……初めて会ったのは、母さんの見舞いに行った時なんだ」
だがそれは、巧の声によって阻まれた。巧はいつもでは考えられないくらいの小さく元気の無い声で、独り言のように語り出した。
「その時の僕は、はっきりいって最低な人間だったんだ……。母さんのこと、学校のこと、進路のこと、友達のこと……。そんな色んなことが重なっていく内に、僕は自分の周りのすべてが羨ましくて、憎らしかった。だから、自覚のない内に周りにひどい態度を取っていたと思う……」
北出から巧の中学時代については少しばかり聞いていたが、ここまで自分を卑下するほどだとは思わなかった。
「だから、僕はそのまま世界を恨んだままにすごい嫌な人間になっていたと思う。でも、そうはならなかった。彼女、露里のおかげで……」
露里……その名前を聞く度に、俺はあいつとの間に距離を感じる。「神」を偽るを抜きにしても、なんであいつは、俺に本名を教えてくれなかったんだろう……。
そして巧は、俺も知っている通りの露里――月草の話だった。屋上で月草を助け、月草と友だちになり、色んなことを話していき、巧は明るさを取り戻した。そして……二人は恋をした。
「いつものように彼女と面会ギリギリまで話している時だったんだ。途中……いや『最後』に彼女は僕にこう言ったんだ」
「『女の子は何があっても、絶対に大切にしなさい』ってやつだな……」
巧の代わりに俺が言ってやった。巧はうんと頷いた。
「その時は僕もそこまで気にしてなかったんだ。でも、今思うとそれが彼女が僕へ向けた『最後の願い』だと――」
「だからそれは違う――」
「――思っていたんだけど、どうにも違ったみたい……だね」
再び反論しかけた俺だが、巧の口から出た言葉は意外なものだった。巧は何かを決意したかのように、顔を上げる。
「――謙也、ありがとう」
そしていきなり、巧は俺に頭を下げた。
「謙也の言葉のおかげで、僕はやっと気づくことができたよ。……僕は、大きな勘違いをしていた。加々美、謙也」
巧の声に、どんどん意志の強さを感じる。巧は頭を上げ、迷いを一切捨てたかのような声で、俺と八原にこう言った。
「僕も僕なりのケジメってやつを、付けたいと思う」




