本当の気持ち
「ちょっと待ちなさいよ! あんた、何するつもりなのよ!」
勢い良く公園を出て、数十メートル歩いた時だった。俺の言葉に固まっていた月草は我に返って俺に追ってきた。
「世間一般でいう、『空気の読めない行い』ってやつだよ……ってか邪魔だ」
俺の前に回り込み、月草は進路を妨げようとした。
「何言って……あ、こら……!」
月草はそう叫び、俺の肩に手を伸ばそうとする。それを俺は、パンッと振り払い、俺は月草の前に出る。ここから目的の場所まで一キロ程度はあるだろう、俺は一度大きく屈伸し――走りだした。
「ちょっ……待ちなさいっ!」
だが、月草はその特性を生かしてすぐさま俺の前に回り込んだ。
「絶対に行かせないわよ……!」
両手を目一杯に広げ、行く手を阻む月草。くそ……! 仮にまた振り切ってもすぐに回られる……。俺はいったん動きを止めた。
「どうして今になって告白を邪魔するなんて言うのよ! せっかくここまで順調に進めてきたのに……」
月草は悲痛な声を上げ、なんとか俺を説得しようと試みる。だが俺は首を横に振る。
「……確かにさ、北出やお前から話を聞くまでは、俺だってこんな気は起きなかったさ。あいつが誰と付き合ってもいいって本気で思ってた」
「じゃあどうしてよ? 別にあいつが誰と恋人になろうと、あんたには関係ないじゃない!」
「大ありなんだよ、悪いけどな」
「……あんた、もしかしてあたしに気を遣っているの? だったら――」
「そうじゃねえ……いや、それもあるけど、俺が動くのは、個人的なーーー感情だよ!」
「なっ――!」
一瞬の隙を突き、俺は右側の家と家の壁の隙間へ入り込んだ。
「……せめえな……!」
ちょうど俺一人が通れるだろう、右に左へと入り組んだ狭い道を俺は体を横にしながら進んで行く。
「待ちなさい!」
だがそのおかげか、月草は俺の姿を見失ったようだ。上空から月草の叫びが響いてくる。だが、俺の姿は見えていないはずだ。俺はわざと足音を大きく出し、広々となった道路へ月草の意識を集める。
「絶対に逃さないわよ!」
正面の方から月草の声がする。俺は今度は足音を出さないようにして、振り返り、元来た道へと戻る。
いくらあいつが浮遊できといっても、瞬間移動ができるわけではないので、視認されなければ問題ない。月草の視界から逃れた俺は、別の場所から路地を出て、一気に駆け出した。
携帯を取り出し時間を確認する。とっくに授業は終わっている時間帯だった。
「ちっ……」
すぐに携帯を閉じ、俺は速度を上げるために両手を太ももを大きく上げる。
首にかけているモノが、左右に激しく振られる。だがその振り幅はどんどん弱まって行く。
「はあっ……はあっ……!」
ジャージを着てきたので、動きやすいが、やはりいきなり走るものじゃない。百メートルくらい走って、俺の体力は尽き始めてきた。
「間に合う……か……!」
止まらず、早足で歩きながらとにかく進む。頭の中はいろんなものでグチャグチャだった。
「らしく、ねえよな……!」
ふざけたような態度を取っていれば、楽だと思っていた。だけど、それは違った。
『恋する気持ちに理由なんてねえっ!』
タイトルは忘れたが、やったギャルゲーの中のキャラがそんなことを言っていたのを思い出す。そのキャラは、主人公の親友だっと思う。
その時は青くさく、こっ恥ずかしい言葉に馬鹿にした態度を取ったが、謝らなければならない。
今の俺がまさにそうだった。
「……あーちくしょっ!」
このもやもやした気持がなんであるか、俺はやっと気づくことができた。
月草に気取られないように遠回りをして、やっとのことで俺は目的地である、神社へたどり着いた。
八原から聞いたわけではない、でも何となくあいつはここで巧に「告白」をすると思っていた。
「……っ!」
そしてその予想はピタリと当たった。神社境内の前には、すでに二人の男女がいた。
「遅かったか……!?」
俺は身を縮こまらせ、茂みに隠れて二人――巧と八原に対し聞き耳を立てる。巧の声が聞こえてきた。
「それにしてもこんな神社があるなんて知らなかったよ。加々美、よく知ってたね」
「……う、うん。その教えてもらってたから……」
体をもじもじとさせる八原。良かった、告白はまだみたいだ……!
「それで巧……」
「うん、わかっているよ。誕生日、おめでとう!」
「え?」
八原の言葉を遮るようにして、巧はカバンの中から何かを取り出した。手のひらサイズの、包み紙だった。
「色々考えて決めたんだけど……気に入ってくれるかな?」
巧はそっと優しく、八原の手を取り、「プレゼント」を渡す。ここからでは何かは分からないが、八原の顔を見る限りは、かなり好感度の高いプレゼントのようだ。
相も変わらぬ巧のイケメンっぷりがひしひしと伝わってくるが、今の俺にとっては、非常にまずい流れだった。
「…………」
飛び出せ飛び出せ飛び出せ……。何度も頭の中でそう思うが、それに反して俺の足は、踏み出せずにいた。
「ありがと……!」
大切そうに巧からのプレゼントを抱え込む八原。今まで見たどんな表情よりも、幸せそうだった。
……本当に、阻止するべきなんだろうか。八原の表情を見ていく内に、俺の意志は弱まってきた。
このままいけば、八原はすぐに告白し、そしてそれを巧は受け入れる……。明確なビジョンが、俺の脳裏を流れる。
「……どうする、どうする……どうする……?」
俺が悩んでいる間にも、時間は刻一刻と流れていく。つか、よく考えると俺は「邪魔する」という曖昧な気持ちしか持ち合わせておらず、はっきりとした方法なんてまったく頭に無かった。
「巧……その、訊いてほしいことが……あるんだ!」
ついに八原が、準備に入った。
頭に血が上る、心臓の鼓動がいっそう早くなる……。
「なに、加々美?」
「えっと、実はさ……」
「八原!」
頭の中が真っ白の状態から、俺は思い切り叫んだ。俺は立ち上がり、茂みから飛び出た。
「さ、佐治……!?」
「謙也、いったいどうしたの!?」
何の脈絡もなく出てきた俺に、二人はあっけにとられた顔になった。
俺は髪についた枝切れを払うこと無く、ゆっくりと二人に近づく。
その距離わずか五メートル、一歩一歩、力強く進みながら、俺は言うべき言葉を考える。……だが、巧の呪いを解くような言葉は、まだ出て来なかった。……いや正確にはある。だがそれを言う勇気が出てこなかった。
「………」
八原の視線が、驚きから徐々に怒りへと変わるのがひしひしと伝わってくる。よっぽど、告白を阻止されたことが気に入らなかったのだろう。
――といっても、これは単なる一時しのぎだ。このままでは遅かれ早かれ「エンディング」は変わりそうにない。
「何しに来たのよ、早く帰ってよ……!」
八原がキッと睨みつけたままに、俺に辛辣な言葉を浴びせてくる。ズキッと胸が痛む。確かに、ここは俺がでしゃばるような場面ではない。道化は道化らしく、画面上からフェードアウトするべきだ。
「八原――」
でも、だからこそ俺は、
「な、なによ……」
今この瞬間だけは、
「訊いてほしいことがある」
道化を、やめることにした。
「好きだ、付き合ってくれ」




