解呪の決意
「けっこう上手くいっていたと思ったんだけどなあ」
月草もとい、彼女は口調だけではなく、声色も変えた。年頃の、普通の女の子の声だった。
彼女の残念がる様子に追い打ちをかけるように、俺は手首を横にひらひらと振る。
「いやそれはねーよ。……つかさ、こうバレた今だからこそ言わせてもらうけど……ぶっちゃけた話、お前今までけっこう素が出てたぞ」
「う、嘘……!?」
彼女は信じられないといった顔になる。まさかこうまで自覚がないとは……。
「悪いけど途中から全然神様っぽくないって感じてたよ。……って、もうそんなことはどうでもいいよ」
そう、幽霊だろうが神だろうが、この際どうでもいい。俺はただ目の前にいる者がしようとした「真意」を知りたかった。
「……うん、そうね。話さないと、いけないわね……」
彼女はぼそっと呟き、俺と目線が合う位置までゆっくりと下降した。
「あんたはもう気付いているみたいだけど、あたしが木城巧に『呪い』をかけたの」
「……そうか」
さっきの反応を見た瞬間、それに関しては確証があったので、別段驚きはしなかった。俺の反応が薄いのが気に入らなかったのか、彼女はムッとなる。
「何か文句あるの?」
「いやない……です」
今までのこともあり、自然に敬語になってしまう。
「ほら、黙ってないでなんとか言いなさいよ」
しばし何を言おうか迷っている俺に、彼女は急かす。
「あ、ああ。それじゃ……えっと……スリーサイズは?」
「上から8――って何言わすのよ!」
焦ったせいで、変なことを尋ねてしまった。危うく答えそうになる寸前に、彼女は俺の頭を思い切り叩いた。
「わ、わりぃ! つい……」
「ついってあんたいつも女の子にそんなこと聞いてんの!?」
「……ふっ、可愛いと思った女の子にはいつも聞いてんぜ!」
どういうわけか、俺の中にあった妙に重苦しい気持ちは一時的に消え去った。俺は「いつも通り」の態度で、彼女に答える。
「なっ!? ……さいってえね。はあ、どうしてこんなやつが…………だったのかしら……」
一瞬顔を赤らめたかと思うと、彼女大きなため息を地面に向かって吐いた。どうにも小声の部分がありはっきりと聞き取れない。
「……お前は何で俺を選んだ? 俺が巧の親友だからか?」
いつも通りの口調を維持しつつも、俺は本題へと切り込む。やはり、これが一番気になっていたことだ。
「……それもあるけど、一番の理由はあんたしかいなかったからよ」
「俺しか?」
「そう、佐治謙也しかいなかった。あたし自身も、詳しくは説明できないんでけど……『あたし』という存在がこの世から消え去って……死んでから、あたしの……魂っていうのかしら? は、風船みたいにふわふわと空を浮かんでいたの。死んでいるのにこういう言い方はあれだけど、意識は曖昧としてたわ。今思うと、浮遊霊ってやつなのかしらね。
……それで、半年くらい前に私は自我に目覚めたわ。あたしは自分が死んだということ、自分が今成仏できないでいること、死んでから半年近く経ったということが分かったの。
病院に戻ると、あたしの病室は空っぽになっていたわ。家にも行ったの、学校にも行ったの。
だけど……誰もあたしのことを気づいてくれなかった……」
最後のほうはほとんど自分に言い聞かせるような言い方で、それでいて寂しげな声だった。
「そりゃあ……きつかっただろうな……」
なんともつまらないごくごくありきたりな返事をしてしまった。これではいけないと、俺は続けざまに尋ねる。
「ってことは、北出にも巧も……だよな……」
「ええ、まあ仕方ないといえば、仕方ないんだけどね……。それから一年ほど、あたしは一人で過ごしたわ。主に巧や小夜子の近くをさまよいながら……ね」
そこで俺は、変な違和感を覚えた。
「ん? けどそれなら、当時の俺もお前の姿は見えてなかったはずだぞ」
彼女の言っていることが本当なら、俺は「巧や北出の周りをうろついていたはず」の彼女のことが見えていたはずだ。だが、そんな体験は一度としてなかった。
「……それは、多分あたしの方があんたを認識していなかったからだと思う。『波長が合う』とでも言うのかしら。 とにかく当時のあたしはあんたのこと、眼中に無かったし」
「いや気づくだろ!」
どんだけ俺はアウトオブ眼中だったんだよ。まさか幽霊にまでこんな扱いを受けるとは思わなかった。にしても、波長か。
「……それでいつお前は気づいたんだ? 俺には『視える』って」
「本当にごく最近よ。あんたが……とにかく、あたしは『波長の合う』あんたを利用させてもらうことにしたわ」
「おい、大事なとこ省くなよ!」
「かといって、あたしの言葉をあんたが素直に受け取るとは思えない。だからあたしは考えを巡らせて――」
無視せず勝手に進めていく。仕方なく、俺は黙って聞き続けることにする。
「神様だと偽ったってわけか……。たしかに、ちょっと騙されたよ。で、お前は俺を使ってどうしたかったんだ?」
「決まってるでしょ、巧みにかかった『呪い』を解こうとしたのよ。まったく……まさかあいつが、あたしのあの言葉を、そこまで過剰に捉えているとは思わなかったわ」
頭を掻き、後悔の声を上げる。
「あの言葉っていうと……『女の子を大事にしなさい』ってやつか?」
「ええ、けど本当にそんなつもりで言ったわけじゃないのよ? ほとんど冗談みたいなものだったんだけど……ただ、そのあとすぐにあたしは死んじゃったから……」
「必要以上に深く捉えたってわけか」
北出の言っていたこととほとんど同じだった。……あれ?
「……ん? けど待てよ? お前のいう方法だと、その『呪い』は解けないんじゃないのか?」
そうだ、彼女が俺にやらそうとしたこと――「巧を誰かと付き合わせる」は、巧みにかかった「呪い」を解くというよりも、むしろその「呪い」をさらに強固なものにするようなものだ。「呪い」を解くつもりだったなら、ゆっくりでもいいから、あいつがこの少女の「死」を乗り越えるしかない。
そう俺が言ってみると、彼女はブンブンと首を横に振った。
「いいのよ、誰かが告白すれば、あいつは誰でも付き合う。そう、それが例え『嘘』から始まる恋でも、付き合うことであいつはその娘をきっと大事にする。そうすればきっと、あいつは徐々にあたしの『呪い』のことなんて忘れて、きっと本当の『恋』をする。だから――」
「――ふざけんな」
無意識に、俺はそう言って、彼女を思い切り睨みつけていた。突然の俺の言葉と鋭い視線に、彼女は明らかな動揺を見せた。
「は、はあ? 何よあんた? ……あ、もしかして、あたしが神様じゃないから怒ったってわけ? ま、まあたしかにその点について騙したのは悪かったけどそういう設定とかにしないと、絶対に協力してもらえないと思ったからで――」
「そうじゃ、ねえよ……!」
苛立ちがさらにつのる。俺はすうっと息を吸い込み、全身から叫んだ。
「お前はそれでいいのかって言ってんだよっ! 好きなんだろ、巧のことがっ!」
「ちょ、ちょっとあんたなにを言って……」
「だから――自分の気持に嘘つくんじゃねえって言ってんだよ!」
自分の言葉に、俺自身がドキッとなった。
この言葉は、彼女に対して向けられた言葉ではなかった。
「あ、あたしは本当に……!」
「あーもうじれってえ! つか、やっとわかった!」
「だから何がよ!」
一つの決意が俺の中に浮かび上がる。俺は勢いよく立ち上がり、彼女に向かって深々と頭を下げた。
「月草……じゃなかった……ああもう月草でいいや! 月草、まずは謝る! わりい! お前の約束、『別の意味』で守れそうにねえ!」
「……は?」
月草はきょとんとする。俺はそれに構わず続けて言った。
「だが、これだけは宣言する。月草、俺は今から……『俺』として、あいつにかかった呪いを、解いてやる――!」
その言葉に、月草は眉一つ動かさず、固まった。




