神の真実
「それじゃそろそろ私は行くよ」
長い、長い話しのすべてが終わった。北出は軽やかに立ち上がった。
「……お前は……止めないのか?」
これから……あとおよせ一時間で「起こるであろう」ことを知っているはずの北出に、俺は顔を俯かせたまま訊いた。
「うーん、なんとかしたいけど、こればかりはどうしようもないよ。彼自身が気づくことなんだから」
空を見上げ、諦めとはまた違う……達観した声で北出は答えた。
「……そっか」
「それに、彼女ならば『付き合って』から本当に恋が芽生えることがあるかもしれないしね。わずかな希望だが、私はそれに賭けてみるよ。じゃあね、また明日から互いに『いつも通り』に頑張ろうよ」
北出は笑顔で俺に手を振って、公園を出て行った。その足取りは、妙に重々しく感じられた。一人になった。
「ふう……」
ベンチに深々と座り直し、俺は精神統一するように、額に両手を当て、眼を閉じる。
「……芽生えるか――」
「嘘から始まる恋もある」とか、昔のドラマで聞いたことがあったな……。
「……ま、いいんじゃね?」
仮に呪いから始まろうが、恋は恋だ。そう俺は自分に言い聞かせ納得しようとする。
「成功間違いなしだな」
達成感に嬉しくなった。
「ってか、巧も八原好きなんじゃねえのかなあ。結構気が合うみたいだし」
呪いなんて嘘だと信じようとした。
「そうだよ……そうだよな……」
うんうんと何度も何度も頷いた。
――顔を、上げた。
俺は自分の意志とは関係なく、心の奥底にあった感情を口にし始めていた。
「辛くなりたくないからって、言ったじゃねえか……」
辛さを忘れるために、馬鹿になろうと思った。
「もう恋はしたくないって、言ったじゃねえか」
恋をしないために、俺はギャルゲーをしまくった。
「……『親友キャラ』みたいに、なりたいって言ってたじゃねえか」
「親友キャラ」になるために、自分なりに努力してきた。そして、今の俺がある。
そう、そのはずだ。なのに……なのに、
「なんで……こんなに、苦しいんだよっ!」
ズキズキと胸が痛む。その痛みを吐き出すように、俺はありったけの声で、叫んだ。
「――おいサジ、どうしたんじゃ!」
抑えていた心臓が飛び出すかと思った。脳に直接響いてくるような不思議な声。俺はバッと振り返った。
「……月……草…?」
そこには、月草がいた。月草は驚いたような呆れたような複雑な顔で俺を見つめてきた。
「人がおらんからいいようなものを、こんなところで騒ぐものではないぞ」
「……なんでお前がここにいるんだ……?」
いつの間にか胸の痛みは消えていた。俺はなんとかいつも通りの表情を作る。だが、月草には引きつった顔に見えただろう。
「――神社に戻る途中じゃよ。それよりお主、もう風邪はいいのか?」
「ああ、もう治った……。なあ、月草、お前いつからいた?」
もしも先ほどの話が聞かれていれば、またややこしいことになりそうだ。そう心配になり、俺は確認のために尋ねた。
「ついさっきじゃが?」
月草は首をかしげ、不思議そうにしながら答えた。
「いやだから、俺がその……北出と話している内容……聞いたのか?」
「小夜子との? いや聞いとらんが、それがどうかしたのか?」
「いや聞いていないんならいいんだけど」
とぼけている風には見えない。どうやら月草は北出が立ち去った後に、公園に訪れたようだ。…………ん?
「それよりサジ、今日の告白はどこで行われるんじゃ?」
「ん……いや知らねえけど」
「なぬっ!? お主、どうしてそれをちゃんと聞いとかん!」
想像以上に、怒られた。
「んなもん、あいつが俺に教えてくれるわけねえだろ!」
俺も負けじと言い返す。けど、思い当たる場所はある。というよりも……。
「なあ、月草」
「何じゃ?」
本当にちょっとした疑問を、俺は月草に質問した。
「いやそのさ、お前……なんで北出の下の名前知ってんの?」
「………………」
深い意味はない、何気無い問い。…なのに、月草の表情は凍りついた。
「な……そ、そんなの……べ、べつに……」
激しい動揺を見せ、月草はその場をぐるぐると回り出す。
「お、お主が前に教えてくれたじゃないか! 北出小夜子というおなごが巧のことを好きだと」
「いや、絶対にそんなことは言っていない。仮に言ったとしても、俺は『北出』としか言わない」
それは俺だけじゃなく、あいつは普段から周りから下の名前で呼ばれることはない。俺も今言われて「ああ、たしか下の名前、そうだったな」と思ったくらいだ。
なのに、月草は北出のことを「あの髪の長いおなご」「変わった感じのおなご」「本ばかり読んでいるおなご」という「ぱっと見」でわかるような言い方で表現せず、ごく自然に「小夜子」と呼んだ。
もちろん、俺の知らない間に、一人宙をさまよっているときに、どこかで名前を知ったのかもしれない。だが月草の血の気の引いたような顔を見ると、それは違うとはっきりと断言できる。
「……そ、それじゃあ……えっと……」
しどろもどろになりながら、なんとか上手い答えを出そうとする月草。だが、そんな風に考えること自体、おかしい。
すぐに答えることができない……それはつまり、言ってしまうと何か「ボロ」が出るということだ。
「……う、そ、そんなことより……!」
月草は依然として動揺する。わざとらしく話題を変えようとまでしてきた。
適当に受け流せばいい。いつもの俺ならそうしただろう。だけど、今はとても大切なことのような気がした。
……一つの「可能性」が、脳裏をよぎる。……最低なやり方だと思いながらも、俺ははっきりさせるためにも、言ってみることにした。
「いやあ、にしても巧に告白するのが八原で良かったぜ! 候補としてはさっきの北出もいたんだけどさ、あいつ変な本ばーっか読んでて、すっげー変わってるんだよ! だから仮に告白が成功しても、絶対うまくいかなかっただろうなあ。やっぱ、巧にはああいう普通の女の子が一番だ!」
「小夜子を悪く言うなっ!」
バチッ! 電撃が走ったかのような、激しい痛みが左頬を襲った。月草の、平手だった。
「…………」
怒ることを予想していなかったわけじゃない。だけど叩かれるとは思っていなかった。叩かれた左頬を抑え、俺は呆然と月草を見る。月草は目に涙を浮かべ、怒りの形相を俺に向けてきた。
「何も知らないくせに……偉そうに……」
口調が変わった……いや「戻った」ことにも気づかず、月草は悔しさを滲ませるような声で俺に言う。どうやら予想が当たったようだ。
「今のは嘘だ、すまん、悪かった。」
むしろ、あいつは「良い奴」だ。さっきの会話だけでもそれがわかる。俺は心の底から謝った。
「はあ……はあ……!」
深々と俺が頭を下げたことに、月草は落ち着き出したのか呼吸を整えだした。そして、月草は口調をそのままに、
「いつから……気付いていたの?」
感情を押し殺すような声が脳内に響いてくる。
「ついさっきだよ。こればっかは『勘』かな。……お前は、神様じゃなかったんだな」
「………」
「お前……幽霊だろ?」
以前同じようなことを言ったときには、思い切り叩かれた。だが、今はその言葉を聞いても、何もしてこない。
決定的だ――。月草は……いや、「親友」は、すべてを諦めたかのように大きくため息を吐いて、こう言った。
「……はあ、とうとうバレたかあ」
声色が変わり、歳相応の普通の「女の子」のような喋り方だった。
愛想笑いすら浮かんでこなかった。




