呪いの正体
ギャルゲでいうならヒロインたちとの出会い描かれたプロローグが終わったくらいのところ。北出は疲れたのか、ふうとため息をついた。普段あまり喋らない分、いっきに吐き出したって感じだな。
「……ふうん、あの巧が中二病ね。とてもじゃねえが信じられねえな」
沈黙に耐えかね、俺は頭に思い浮かんだことを口に出していた。
「ハハ、それは仕方ないよ、今の彼があるのは、彼女のおかげだといってもいいくらい、彼女が巧くんに与えた影響は大きかったからね」
嬉しさ半分、寂しさ半分といった微妙な表情を北出は浮かべた。
「へえ、ってことはその女の子が、今の巧――女たらしにさせた原因ってわけか」
「その言い方にはかなり私怨があると思うけど、まあ結果的にはそうなるかな。そしてそれが、彼女の残してしまった『呪い』でもあったんだ……」
ここに来てやっと重要ワードが登場した。
「いやそもそもさ、その『呪い』ってのは何なんだ? ガチなあれなのか?」
まずはっきりとさせたいのはそこだ。といっても今の俺は月草という「普通じゃない」存在との出会いもあり、俺は「そういうこと」があってもべつに不思議はないと思っている。
「いや、そういったオカルト的なものじゃないよ。あくまで私が言っているだけだの例えみたいなもので、『彼を縛り付けている』といった意味なんだ」
「縛り付けている……? 呪縛ってことか?」
「ああ。でも先に言っておくけれど、彼女にそんなつもりは、まったく無かったんだ。……佐治くん、この一年近くの巧くんを見て、君は彼の女の子への態度をどう思ってきた?」
「はあ? いやどうって……誰にでも優しく接してるだろ」
そう、あいつの自己犠牲にも似た優しさは俺だけじゃなくて、巧を知る者ならば誰もが思うところだ。
「男子にもかい?」
「そりゃあそう…………あれ?」
と、俺は首を大きく捻る。あれ、そういえば……あれ?
「気づいたようだね。たしかに彼は男子にも優しく接している。けど、女の子と同じかと言われると、そうでもない」
たしかに、巧は男子か女子、どちらを優先するかと言われれば、たしかに女子だ。それは一番近くであいつを見てきた俺にはよくわかる。だが……
「そんなん、異性に関して優しくすんのは当然だろ。俺だってそうだし」
ここで認めてしまうと、何かが壊れてしまうような気がした。俺は無駄と分かりながらも、反論した。
「うん、そうかもしれない。ただ彼の場合は絶対に違うと断言できるんだ。彼が女の子に優しい理由、それこそが彼女が彼に残した『呪い』なんだよ」
「そいつは、何て言ったんだよ」
力なく、俺は尋ねた。
「『女の子は何があっても、絶対に大切にしなさい』――たった一言、そんなささいな言葉だよ」
どこかで聞いたような、本当に普通の言葉だった。
「――以上が、私の知る限りの彼の秘密のようなものだよ。満足してくれたかな?」
時間としては二十分程度の話だった。だが俺にとっては何倍にも感じた。呪いの言葉の後の、北出の話はまったく耳に入ってこなかった。だが充分だった。
「……ああ、ありがとう。……でも、どうして急に教えてくれる気になったんだ?」
風邪がぶり返してきたのか、どうにも気分が悪くなった。しかし俺はそれを顔に出さないようにして努めて冷静に尋ねた。
「もしかしたら、君なら呪いを解いてくれるかもと思ってね」
何を考えているかわからない笑み。ゆえにどこまで本気はわからない。
「無茶言うなっての。たしかにあいつとはダチだけどよ、こればっかりは『呪い』をかけたそいつが『べつにそういう意味じゃないよ』って言えばいいだけだろ」
「それができたら、そもそも『呪い』なんて生まれなかったんだけどね」
「どういうことだ?」
「話の流れ的に、気づいていたと思ったんだが……。佐治くん、彼女はもう、この世にいないんだ」
「………」
さすがに何も言えなかった。この世にいない……つまりそれは……。
「詳しくは話せないけど……彼女が亡くなる前に放った『言葉』だったからこそ、その言葉は『呪い』へと変わったんだ」
「……つまり、あいつはそれを『遺言』だと思ってんのか?」
さっきの話とつながり、俺の頭の中ですべてが繋がり出す。
「そういう風にも、取れるのかもしれないね……」
徐々に北出の声が小さくなっていくことに、やっと気付いた。北出は顔を空に向けたり地面に向けたりして、落ち着きを失くす。
「お前から言ってやらないのかよ?」
「試そうとしたさ。だけど、本人ではない私が言ったところで、彼は絶対に信じてくれないさ」
自嘲するかのように、北出は答えた。
「……じゃあさ、もう別にいいんじゃねえの? たしかにちょっと行き過ぎているところもあるけどよ、別に『害』があるわけじゃないんだし」
しばらくの沈黙の後、俺がたどり着いた結論は、「仕方ない、あきらめよう」といったものだった。
といっても、このまま八方美人すぎて、修羅場ルートに突入するみたいなことがあったら、その時はちゃんとフォローするつもりだ。……まあ、そんなことはあいつに限ってないと思うが。
……そうだよ、べつに女の子を大事にすることはまったく悪いことじゃない。優しくされることはあっても、決して誰も傷つきはしないんだ。俺は催眠術の如く何度も自分に言い聞かせ、「呪い」は良いものであると、納得させようとした。
だが北出はそんな俺の幻想を打ち砕かんばかりに、首を大きく横に振った。
「そういうわけにも、いかないんだよ……。『呪い』が解かれない限り、彼は自分の気持ちと関係なく、女の子と付き合うことになるだろうからね」
「は? 待て、そりゃどういうことだ!?」
意外な言葉に、思わず俺は北出に顔をぐいっと近づけた。北出はさして気にもしていない風にしながら、言った。
「言葉通りの意味だよ。さっきも言っただろ。彼は、彼女の言葉を過剰に受け取めている。つまり、『女の子を悲しませないために、女の子と付き合う』ということもする」
「んなアホな……」
否定しようとした俺だったが、これまでの巧の行動を見ていると、「そうかもしれない」という感情が胸によぎった。
「現に私は、一度彼に告白したことがあるんだ。ちょうど、今年の春先にね。すると彼はまったく躊躇せずに、私の告白を受け入れたんだ」
「ホントかよ!?」
そんな話、あいつの口からまったく聞くことはなかったし、素振りすら見えなかった。
「あまりにあっさりした対応に、その時は『冗談』と言って事無きを得たけどね。……だけど、彼はそれを聞いた後でも、まったく落胆する様子はなかった。――つまり、彼は本気で私のことが好きだから、告白を受け入れたわけじゃないんだ……」
……俺の中の木城巧のイメージが、一気に瓦解し始めた。
「だからこそ、私は彼の呪いが解けるまでは、他の女の子に告白させないように、木城くんに接して周囲を牽制してきた。しかし最近になって、それをまったく気にせず巧くんに接触する者も出始めた。特に、八原加々美くん。彼女は――」
「あああぁっ!」
ぐちゃぐちゃでひっちゃかめっちゃかになった俺の頭は、北出が発したその名前によって、我を戻した。
突然の叫び声に、北出はびくっと体を震わせた。俺は心臓が飛び出さんばかりの勢いで、八原に確認した。
「え、えっと……さ、八原。その……じゃ、じゃあよ。今……例えば今日とかに、お前みたいに……その、他の女子が巧に告ったとしたら……」
上ずった声になる、鼻水がたらっと垂れた。しかし八原はすぐさま俺の言わんとすることを悟ったらしく、一瞬目を大きく見開いたかと思うと、すぐに冷静にこう言った。
「それは、『嘘』になるだろうね」
その言葉を聞いて、俺もすべてを悟った。




