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道化上等!  作者: 本間 甲介
第四章
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お見舞い

「それじゃあたしはもう行くけど……兄貴、ゲームとかしないで、ちゃんと寝ときなよ」


「ああ、わかっている。……ありがとう」


 ベッドで寝ながら、俺は部屋を出ていく妹へ見送りの言葉をかける。そして部屋には、俺一人になった。


 頭が痛い、体が重い……。そんな苦しみの感覚の中、俺は今日、目が覚めた。とても起き上がり、学校へ行けそうになく、俺は今日、学校を休むことにした。カレンダーを見る。木曜日だ。


 メールで妹にこのことを伝えると、妹はかなり面倒くさそうにしながらも、学校へ電話をしてくれて、ペットボトルに入ったお茶を置いてってくれた。なんだかんだで、我が妹は優しい。


「お主……いったい何をやっとるんじゃ……」


 まどろみの中へと落ちていく中、俺の心そのものに入ってくるような声が、響いてきた。


「……んだよ、久しぶりだな――」


 目を開いた先には、月草がいた。月草はベッドで寝る俺の真上に浮きながら、俺に訝しげな視線を向けてきた。


「お主、寝とる場合じゃないじゃろ、もう学校は始まっとるんじゃぞ」


「仕方ねえ……だろ……。風邪なんだから」


 頭がぼーっとする。もしかしたら今ここいる月草も幻なのかもしれない……と思ってたら、それは違うとすぐにわかった。


「……ふむ」


 額に、手のひらの感覚が伝ってくる――月草の右手だった。


「感覚なんて……あんのかよ?」


 少なくとも、俺は手のひらを置かれた感覚があるだけで、前に手を握られた時と同じで、体温なんて感じなかった。


「あほう、感覚なぞなくとも、お主の表情を見ればわかるわい。手を置いたのは、なんとなくじゃ」


「そうですかい……」


 少し気分が楽になってきた。俺は月草から手をどかし、上半身をゆっくりと起こした。


「馬鹿は風邪を引かぬとは思うていたが……」


 俺と同じことを思う月草。怒る気は起きず、俺は愛想笑いを浮かべながら、ベッドの脇に置かれたお茶を、コップに注いでいく。


「なぜ風邪なんて引いたんじゃ?」


「……窓開けっぱなしで寝たからじゃねえの?」


 お茶を飲みながら俺は他人事のように答えた。


「それは無かろうに。まだ五月じゃぞ?」


 即座に月草はツッコんだ。うん、自分でもそれはないと思っていた。


「じゃああれだ、知恵熱だ」


「お主が勉強なぞするとは思えないんじゃが……」


 地味にひどいこと言ってくれる。いやたしかに昨日は別に勉強したってわけじゃないんだが……。


「別に大したものじゃないから心配しなくていいぞ」


 体温計が行方不明で何度かわからないが、死ぬほど辛いというわけでもない。……そもそも本当に、風邪なんだろうか。


「大丈夫じゃ、心配なぞしておらん」


「……デスヨネー」


 さすがにツッコミを入れる気にもなれず、俺は笑って受け流す。その時だった、月草は急に顔色と声色を、変化させた。


「それでサジよ、どうなんじゃ?」


「やっぱその話題か……」


「当たり前じゃ。それ以外にここに来る理由なぞないわ」


「おいおい、そこは『あなたに会いたいから……』って、頬を染めながら……嘘です、すんません調子に乗りすぎました」


 平手が飛んできそうだったので、俺は即座に謝った。


「ふざけとる場合ではないぞ。我にはもう……そんな時間はない」


 月草の表情には焦りが見えた。時間が無いって……どういうことだ?


「――わかったよ。えっとだな……」


 とても聞きだせるような雰囲気ではなく、俺はさっさと経過を報告して、月草を安心させようとした。


「…………」


 言葉を発そうとした時だった。俺の胸の鼓動は、なぜか異常に昂った。


「どうしたのじゃ?」


 言おうとする度に、胸が痛くなる……わからない、本当に何なんだこれは……。


「おい、サジ!」


「わかったわかった! えっとだな……多分、今日でお前の望みは叶うよ――」


 急かされて言ってみたが、やはりすっきりしなかった。


「ほ、本当か……?」


 俺の言葉に、信じられないといったように、目を大きく見開いた。俺は大きくうなずいた。


「詳しく説明するのは面倒だからしないが……今日ある女子が、巧に告白することになっている。多分、放課後になってからだな」


 面倒と言ったが、実際は違う理由が働いていた。本当に……なんなんだ、この感情……?


「お主、やるではないか!」


 一転して月草は賞賛の声を上げる。


「いや、けっきょく俺は何もできてねえよ……そもそも、俺なんてもともと必要なかったんだよ」


 波照間の時とは違い、俺はたしかにあいつを「そそのかす」ようなことは言った。だがあいつはかなり前から「覚悟」を決めていたと思う。俺が何も言わなくても、最終的にあいつは巧へと告白していただろう。


「いや、お主はもっと誇っても良いぞ! ……じゃが、本当なんじゃろうな?」


「ああ、地震が起きたとか宇宙人にさらわれたみたいなことが無い限り、ほぼ百パーな」


 一度決めたら迷わずそれに向かって突き進むような性格だ。それが告白であろうとだ。


「良かったな、これで神社が復興できるぞ」


「――あ、ああ。そう……じゃな」


 なぜか元気の無い声になる月草。もっと喜んでもいいと思うんだが……。


「けどホントにこれでいいのか? そりゃその告白する女子は巧とも仲はいいけどよ、絶対ってわけじゃないんだぜ?」


 いよいよ間近に迫ってきたこともあり、俺はもう一度これでいいのかと、確認として月草に問う。


「――ろわれている、今のあいつなら大丈夫」


 とても小さな声で、月草は答えた。その顔は覚悟を決めたようにも見えた。


「まあ明日あたりにでも、神社へ行くよ。結果教えてやるからよ」


 さすがに告白現場を覗きこむわけにもいかないので、俺は結果については明日教えてやろうと、月草へ約束を取り計らう。


「………」


「……ん、どうした?」


 さっきからどうにも元気がない。もしかして俺の風邪が伝染ったんだろうか?


「ひやっ!」 


「――熱は……ってわかんねえか」


 試しに俺は、さっきやられたみたいに手のひらを月草の額に当てた。だがやっぱりわかんなかった。


「な、なにすんのよっ!」


 慌てて俺から離れる月草。警戒したような目つきを向けてくる。


「いや熱あるのかなって……」


「引くわけないでしょ! あたしはもう――」


 そこまで言って、月草はみるみる顔を青ざめさせていった。


「ご、ごほん……! とにかく、それを聞けばもう安心じゃ。これで我が神社も安泰じゃ!」


「お、おう……!」


 わざとらしく大きく咳払いをし、月草は取り繕うかのように、大きな声を出した。うーん、ツッコむべきだろうか? でもなあ……。


「それでは我はこれで失礼するのじゃ」


「おう、楽しみにしとけよ。あ、今後についてはどうする?」


 最後まで手伝ってやると言ったこともあり、俺はこのまま終わるつもりはなかった。……というか、手伝いたかった。


「いや次は――う、うむ。わかったのじゃ! 我が胸を触った分は、まだいっぱい働いてもらうぞ!」


「それはもう言わないでっ!」


 せっかく純粋な気持ちから手伝おうと言ったのに、台無しだった。いやほんとにね! おっぱい触ったからって罪悪感はもう無いのよ、マジマジ!


「冗談じゃ……その謙也よ……」


 月草は俺の前にやって来て、じいっと顔を見つめてきた。俺は、金縛りにあったかのように、動けなくなった。


「ど、どひぃた?」


 改めて見ると、やっぱりこいつは……可愛い。こいつが人間なら今頃かなり人気者だっただろう。というか惚れていたかもしれない。


「……いや、なんでもない。ありがとう、謙也」


 最後に初めて、俺の名前を口にした。そして月草は俺から離れる。


「……んっ」


 視界が一瞬にして暗闇に包まれた。だが、包まれたのも一瞬、俺はすぐさま目を開いた。


 月草は俺の前から姿を消した。



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