お見舞い
「それじゃあたしはもう行くけど……兄貴、ゲームとかしないで、ちゃんと寝ときなよ」
「ああ、わかっている。……ありがとう」
ベッドで寝ながら、俺は部屋を出ていく妹へ見送りの言葉をかける。そして部屋には、俺一人になった。
頭が痛い、体が重い……。そんな苦しみの感覚の中、俺は今日、目が覚めた。とても起き上がり、学校へ行けそうになく、俺は今日、学校を休むことにした。カレンダーを見る。木曜日だ。
メールで妹にこのことを伝えると、妹はかなり面倒くさそうにしながらも、学校へ電話をしてくれて、ペットボトルに入ったお茶を置いてってくれた。なんだかんだで、我が妹は優しい。
「お主……いったい何をやっとるんじゃ……」
まどろみの中へと落ちていく中、俺の心そのものに入ってくるような声が、響いてきた。
「……んだよ、久しぶりだな――」
目を開いた先には、月草がいた。月草はベッドで寝る俺の真上に浮きながら、俺に訝しげな視線を向けてきた。
「お主、寝とる場合じゃないじゃろ、もう学校は始まっとるんじゃぞ」
「仕方ねえ……だろ……。風邪なんだから」
頭がぼーっとする。もしかしたら今ここいる月草も幻なのかもしれない……と思ってたら、それは違うとすぐにわかった。
「……ふむ」
額に、手のひらの感覚が伝ってくる――月草の右手だった。
「感覚なんて……あんのかよ?」
少なくとも、俺は手のひらを置かれた感覚があるだけで、前に手を握られた時と同じで、体温なんて感じなかった。
「あほう、感覚なぞなくとも、お主の表情を見ればわかるわい。手を置いたのは、なんとなくじゃ」
「そうですかい……」
少し気分が楽になってきた。俺は月草から手をどかし、上半身をゆっくりと起こした。
「馬鹿は風邪を引かぬとは思うていたが……」
俺と同じことを思う月草。怒る気は起きず、俺は愛想笑いを浮かべながら、ベッドの脇に置かれたお茶を、コップに注いでいく。
「なぜ風邪なんて引いたんじゃ?」
「……窓開けっぱなしで寝たからじゃねえの?」
お茶を飲みながら俺は他人事のように答えた。
「それは無かろうに。まだ五月じゃぞ?」
即座に月草はツッコんだ。うん、自分でもそれはないと思っていた。
「じゃああれだ、知恵熱だ」
「お主が勉強なぞするとは思えないんじゃが……」
地味にひどいこと言ってくれる。いやたしかに昨日は別に勉強したってわけじゃないんだが……。
「別に大したものじゃないから心配しなくていいぞ」
体温計が行方不明で何度かわからないが、死ぬほど辛いというわけでもない。……そもそも本当に、風邪なんだろうか。
「大丈夫じゃ、心配なぞしておらん」
「……デスヨネー」
さすがにツッコミを入れる気にもなれず、俺は笑って受け流す。その時だった、月草は急に顔色と声色を、変化させた。
「それでサジよ、どうなんじゃ?」
「やっぱその話題か……」
「当たり前じゃ。それ以外にここに来る理由なぞないわ」
「おいおい、そこは『あなたに会いたいから……』って、頬を染めながら……嘘です、すんません調子に乗りすぎました」
平手が飛んできそうだったので、俺は即座に謝った。
「ふざけとる場合ではないぞ。我にはもう……そんな時間はない」
月草の表情には焦りが見えた。時間が無いって……どういうことだ?
「――わかったよ。えっとだな……」
とても聞きだせるような雰囲気ではなく、俺はさっさと経過を報告して、月草を安心させようとした。
「…………」
言葉を発そうとした時だった。俺の胸の鼓動は、なぜか異常に昂った。
「どうしたのじゃ?」
言おうとする度に、胸が痛くなる……わからない、本当に何なんだこれは……。
「おい、サジ!」
「わかったわかった! えっとだな……多分、今日でお前の望みは叶うよ――」
急かされて言ってみたが、やはりすっきりしなかった。
「ほ、本当か……?」
俺の言葉に、信じられないといったように、目を大きく見開いた。俺は大きくうなずいた。
「詳しく説明するのは面倒だからしないが……今日ある女子が、巧に告白することになっている。多分、放課後になってからだな」
面倒と言ったが、実際は違う理由が働いていた。本当に……なんなんだ、この感情……?
「お主、やるではないか!」
一転して月草は賞賛の声を上げる。
「いや、けっきょく俺は何もできてねえよ……そもそも、俺なんてもともと必要なかったんだよ」
波照間の時とは違い、俺はたしかにあいつを「そそのかす」ようなことは言った。だがあいつはかなり前から「覚悟」を決めていたと思う。俺が何も言わなくても、最終的にあいつは巧へと告白していただろう。
「いや、お主はもっと誇っても良いぞ! ……じゃが、本当なんじゃろうな?」
「ああ、地震が起きたとか宇宙人にさらわれたみたいなことが無い限り、ほぼ百パーな」
一度決めたら迷わずそれに向かって突き進むような性格だ。それが告白であろうとだ。
「良かったな、これで神社が復興できるぞ」
「――あ、ああ。そう……じゃな」
なぜか元気の無い声になる月草。もっと喜んでもいいと思うんだが……。
「けどホントにこれでいいのか? そりゃその告白する女子は巧とも仲はいいけどよ、絶対ってわけじゃないんだぜ?」
いよいよ間近に迫ってきたこともあり、俺はもう一度これでいいのかと、確認として月草に問う。
「――ろわれている、今のあいつなら大丈夫」
とても小さな声で、月草は答えた。その顔は覚悟を決めたようにも見えた。
「まあ明日あたりにでも、神社へ行くよ。結果教えてやるからよ」
さすがに告白現場を覗きこむわけにもいかないので、俺は結果については明日教えてやろうと、月草へ約束を取り計らう。
「………」
「……ん、どうした?」
さっきからどうにも元気がない。もしかして俺の風邪が伝染ったんだろうか?
「ひやっ!」
「――熱は……ってわかんねえか」
試しに俺は、さっきやられたみたいに手のひらを月草の額に当てた。だがやっぱりわかんなかった。
「な、なにすんのよっ!」
慌てて俺から離れる月草。警戒したような目つきを向けてくる。
「いや熱あるのかなって……」
「引くわけないでしょ! あたしはもう――」
そこまで言って、月草はみるみる顔を青ざめさせていった。
「ご、ごほん……! とにかく、それを聞けばもう安心じゃ。これで我が神社も安泰じゃ!」
「お、おう……!」
わざとらしく大きく咳払いをし、月草は取り繕うかのように、大きな声を出した。うーん、ツッコむべきだろうか? でもなあ……。
「それでは我はこれで失礼するのじゃ」
「おう、楽しみにしとけよ。あ、今後についてはどうする?」
最後まで手伝ってやると言ったこともあり、俺はこのまま終わるつもりはなかった。……というか、手伝いたかった。
「いや次は――う、うむ。わかったのじゃ! 我が胸を触った分は、まだいっぱい働いてもらうぞ!」
「それはもう言わないでっ!」
せっかく純粋な気持ちから手伝おうと言ったのに、台無しだった。いやほんとにね! おっぱい触ったからって罪悪感はもう無いのよ、マジマジ!
「冗談じゃ……その謙也よ……」
月草は俺の前にやって来て、じいっと顔を見つめてきた。俺は、金縛りにあったかのように、動けなくなった。
「ど、どひぃた?」
改めて見ると、やっぱりこいつは……可愛い。こいつが人間なら今頃かなり人気者だっただろう。というか惚れていたかもしれない。
「……いや、なんでもない。ありがとう、謙也」
最後に初めて、俺の名前を口にした。そして月草は俺から離れる。
「……んっ」
視界が一瞬にして暗闇に包まれた。だが、包まれたのも一瞬、俺はすぐさま目を開いた。
月草は俺の前から姿を消した。




