チャンス到来
「ねえ佐治、ちょっと聞いてもいい?」
「昨日やったギャルゲのストーリーをか? それはだな……」
「違うし興味無いし気持ち悪いし気色悪い」
「最後二つはいらなくね!?」
ばっさりと、八原は俺のジョークを切り捨てた。ちっ、せっかく熱弁ふるって語ろうと思ったのに……。
夕日が差し込め、普段とは別世界を見せるかのような放課後の教室に、俺と八原は二人きりでいた。
一昔前の漫画やアニメなら、ここで告白……とかなんだろうが、俺たちが手に持っているホウキとちりとりを見れば、誰だってそれは違うというだろう。
わが校では日直になった者が、放課後教室の掃除をすることになっている。そして今日俺が日直の日でもあった。
では八原もそうか? 五十音順で日直が進むのを見れば、それは違うとすぐにわかるだろう。早い話、八原は今日日直だった奴と交代したのだ。
「友達は今日何の用事だったんだ?」
「バイトよ。シフトが急に早まったんだって」
「ふうん、俺はてっきり面倒くさいからだと思ったよ」
「そんな娘じゃないわよ。あんただって知ってんでしょ」
「冗談だ、そんなに怒るな……にしても、良かったな」
ホウキを掃く手をいったん止めて、俺は八原を見てそう言った。
「……何がよ?」
「いやこういう風に、……なんていうか、気軽に頼みあえる友達ができてよ」
「――大きなお世話よ!」
ぷいっと顔を逸らし、八原は無造作にホウキを掃いていく。照れているとすぐにわかった。
俺がこんなことを言うは、去年のことを思い出してのことだった。
一年の頃、俺と巧は八原と同じクラスだった。当時の八原はかなり攻撃的な性格をしており、誰に対しても冷たい反応を取っていた。当時の俺は勝手に「ダーク八原」と呼んでいた。
そのせいで誰とも馴染めず、友達と呼べる存在は一人としていなかった。つまりボッチだ。
八原の今以上に俺に対しての冷たい態度を思い出し、心が傷んでくるのであまり深く考えることはしないが、その暗黒面から救い出したのが、巧であった。
「あのさ佐治……」
などと回想に浸っていた俺に、八原が声をかけてきた。
「えっと、一応……あんたにも……その……感謝してるから」
フッとすれば吹き飛ぶような小さな声、ほんとうについでのような感謝の言葉。だが、すごく嬉しかった。
「――なーに柄にもねえこと言ってんだ。あれか、女の子の日か?」
「ぶっ殺すわよ……! ほら、さっさと手を動かしなさいよ!」
ふざけたような俺の態度と言い方に、八原はいつも俺に見せる表情へと戻る。そうそう、そういうしおらしい態度は巧のために取っとけ。俺は笑みを浮かべ、心のなかで八原にそう言った。
「よし、こんなものでいいだろ」
その後も適当な会話を繰り広げ、二十分ほどかけて掃除を終えた。最後にちりとりでゴミを集め、ゴミ箱へと捨てた。
「あんたって意外と几帳面よね」
「意外には余計だが……まあな」
綺麗好きというわけじゃないが、俺はどうにも散らかっているのは落ち着かない性分だった。ゆえに俺はやると決めたら面倒とわかっても、掃除は細かいところまでやると決めていた。
「そういえばあんたって、性格に似合わず字も綺麗よね」
「だから一言余計だっての! ……まあいいやそれじゃあな、また明日――」
「あ、ちょっと待って」
別れの言葉を告げ、先に教室を出た俺を、八原は呼び止めた。同時に、俺は自分の目的を思い出した。あっぶねえ!
「お、おう! な、なんだ?」
せっかく二人きりになったのに、俺はまるで八原を巧に告白させるうそそのかすことを忘れていた。俺は慌てて立ち止まった。
「今週の木曜日ってさ、あんた……用事ある?」
声はいつもどおりだが、なぜか俺は背筋がゾクッとした。
「いや……別にねえけど……?」
心臓の鼓動が早くなったと感じる。俺は動揺しながらも何とか反応する。
「……巧と遊ぶとかも?」
「――あ、ああねえよ。多分、帰ってギャルゲするんじゃねえかな!」
笑いながらふざけたような言い方をするも、「巧」という単語を聞くと同時に、俺の心は冷静になっていた。
俺は今、何を思ったんだ……?
「……そっか」
「なんだよ、俺をどっかに誘うつもりなのか?」
沈黙に耐え切れず、俺は軽い気持ちで、八原にとっては重要なことを聞いていた。
「あんたじゃないけど……まあ、ね……」
八原の表情を見て、俺はそれが誰であるかすぐにわかった。
「――へえ、巧をか?」
「なっ……! べ、別にあんたが考えているようなことじゃなくて……!」
「否定すんなって、別に茶化したりしねえからよ」
千載一遇のチャンスだった。俺はもう一言、気の利いた言葉を八原に送ってやろうと笑みを浮かべた。
「――じゃあなっ!」
だが俺は、何も言うことはできなかった。俺は逃げるように八原の前から立ち去った。
「…………っ!」
モヤがいっそう、深まっていった。




