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道化上等!  作者: 本間 甲介
第三章
22/47

失敗であり成功

「遅かったね謙也、もう波照間さんの競技、終わっちゃったよ」


「わりいわりい。久しぶりだったからな。大量大量!」


 観客席へ戻ると同時に、俺は下ネタな言葉を巧に投げかける。……すぐさま、後悔した。


 巧だけだと思いそう言ってみたが、実際は違った。俺が巧の左隣とするなら、巧の右隣の空いた席へ、いつの間に来たのか、波照間がちょこんと弁当箱を膝に置き、座っていた。


「よ、よお波照間!」


 誤魔化すように俺は大きな声で波照間へあいさつする。だが波照間、ひざ上に置いた弁当箱に視線を落としたままで、無言だった。


 男同士ならまだこの程度の会話、笑い話で済むだろうと思い、油断した。まさかもう来ていたとは……。俺は引きつった笑みを浮かべながら立ち尽くす。


「すごかったんだよ波照間さん。百メートル走でぶっちぎりで一位だったんだよ」


 気まずい空気を読んだか、巧は俺が見なかった競技についてを、熱弁振って語っていく。そういや俺、競技自体、全然見てないな。


「午後からは決勝だね! 応援しているから頑張ってね!」


「――うん! ありがとう!」


 波照間は顔を上げ、必要以上の笑みを見せ、力強く巧に応えた。波照間は巧とともに、弁当を食べあっていく。やっぱり、食事は消化によさそうなものばかりだった。


「……巧、ジュース買ってくるけど何がいい?」


 絶好のチャンス……! 俺は気を利かせ、二人きりの状態をつくろうと躍起になる。


「あ、お茶なら波照間さんのがあるけど……」


「――じゃあコーンポタージュ買ってくる!」


「もう五月だよ!?」


 余計なことを言うんじゃない。俺は慌てるように観覧席を出ようとした。――その時、俺は波照間の膝あたりに、自分の足を軽く当ててしまった。



「あ、わりい――」


「………痛っ!」


 軽く当たっただけだから軽く謝り、そのまま自販機へ向かおうとした俺だったが、波照間の、呻くような声に、急停止した。


「……波照間さん、どうしたの!?」


 波照間の苦悶に満ちた表情をいち早く察したのは巧であった。巧は心配そうに、波照間の顔を見る。波照間は目をぎゅっとつぶり、両手で俺のぶつかった部位あたりを、おさえこんでいた。


 ……ちょっと待て? これってまさか……俺のせいか? 言い訳ってわけじゃないけど、本当に「ちょん」って感じでぶつかっただけだぞ?


「…………っ」


 波照間は声にならないほど、歯を食いしばり、依然として両手で右膝部分を抑えこむ。


「だ、大丈……夫だか……ら! 心配……しないでね?」


 とても大丈夫そうには見えなかった。俺は立ったまま、あたふたしだした。


「そんな顔して何を言っているんだ! 急いで医務室へ行こう!」


 巧の顔も緊迫状態にあった。巧は興奮状態で波照間を抱き上げる。必然的にお姫様抱っこのような形になった。


「ダメ……決勝に出られなく……」



「そんな場合じゃないだろっ!」


 ――巧の怒鳴り声が、周囲一帯に響き渡った。観客席のみならず、競技場の選手たちも、視線を送ってきていた。――こんな巧を見るのは、初めてだった。


「……こんなところで、終わってほしくないんだ……!」


 叫んで少し冷静さを取り戻したのか、巧は今度は優しい言葉を投げかけた。波照間は抵抗を諦めたのか、もう何も言わなかった。巧はそのまま、波照間を抱っこして歩き始めた。


「すいません! ちょっと前を通ります!」


 我に返った俺は、巧の前を歩き、観客たちに謝りながら道を開く。俺たちは観客席を出て、医務室へと向かう。


 その間俺たちは全員無言。だが、波照間の悔しそうな今にも泣き出しそうな顔を見れば、言葉はいらなかった。 



「じゃあ巧、俺は先に帰るよ」


「うん。僕はもう少ししてから帰るよ。波照間さん、いいかな?」


「う、うん……! あの……佐治くんも、ありがとう……!」


「――おう! 早く治せよ」


 初めて波照間は俺の名前を呼んでくれた。俺は照れくささを隠すように、ぶっきらぼうに言って、病室を出た。俺はそのまま階段を下りて、病院を出た。


 けっきょくまともに応援することのできなかった、陸上競技大会から一日経った。時刻は午後一時を回ったところ。一時間ほど前、俺は巧といっしょに、町唯一の総合病院へとやって来ていた。理由はただ一つ、波照間のお見舞いにだ。


 昨日、波照間の容態が急変し、医務室へと運んだ後、配属されていた女医に波照間の足を見てもらうと、女医は病院に電話をして、救急車を呼んだ。女医はその後、神薙高校陸上部、女顧問を呼び、何かを話し込んだ。


 その後救急車がやってきて、中から出てきた担架に波照間を寝かせ、そのまま救急車に乗り込んだ。


「僕も一緒に行きます、お願いします!」


 巧は必死に頭を下げて、同乗することを頼んだ。その熱意にほだされたのか、救急隊員は同乗を許可した。


 救急車が発車し、あとは俺一人が取り残された。波照間は棄権という形になったのだろう。競技自体はこのまま続いていくのだろうが、流石にこの状態で見る気も起きず、俺は女医さんに頭を下げて競技場をあとにした。


 けっきょく、俺はいったい何をしに来たのだろう……。俺は鬱屈とした気持ちを抱えたまま家に帰った。


 家に帰り、俺はシャワーを浴びて自室へと入った。月草が現れるものかと思ったが、あいつは姿を見せることなく、気の抜けた俺は、そのままベッドに倒れこんだ。そして、目が覚めた時、携帯に巧からの不在着信があった。慌てて俺は電話をかけ直すと、巧は波照間のことについては心配はいらないと伝えてきた。ほっとしながらも、俺は詳しく話を聞いてみた。


 感情が高ぶっていたのか、巧の話は少し分かりづらいところがあったが、大体の事情は察することができた。


 早い話が、「波照間の足の古傷」が、再発したとのことだった。つまり、波照間の足は、厳密にはまだ完全に治っていなかったということだ。


 といっても、波照間の怪我が再発したのはこの大会においてであり、それまでは本当に普通だった。だが、後に顧問に聞いたところ、波照間は大会が近づくにつれて、通常よりハードな練習メニューを組んだらしい。顧問も、波照間の平気そうな顔だったので、前日までは止めなかったらしい。多分、徐々に疲労がたまっていったのだろう。もしかしたら本人も気づいていなかったのかもしれない。


 幸い、事故に遭った時のような症状までにはならず、靭帯断裂とかまではいかなかった。だが、しばらくはギブス付きの入院生活になるとのことだった。


 クラスも違えば、友達というわけでもない。だが、やはり心配だった。そういうわけで俺は、日曜、巧とともにお見舞いに来たというわけだった。


「……結果的には良かったかもな」


 競技こそ最後までやり切ることはできなかったが、もしもあの時、俺がぶつかっていなかったら、波照間の陸上人生は終わっていたかもしれない。


「まあ……手段こそ違えど、これで二人の仲もきっと縮まるだろう」


 不謹慎だがギャルゲでいうなら完全に個別ルートに入ったようなイベントだ。もう俺にすることはないだろう。 


「あいつもこれで満足するだろうな――」


「それはない」


「おうふっ! び、ビックリしたあ……!」


 眼前に突如として月草が上からシュッと現われた。意表を突かれたこともあり、俺はバランスを崩し、倒れそうになった。月草はなぜかシュンとした顔をしていた。


「……えっと、お前ってどこまで知ってんの?」


 現状把握のために、まずはそう聞いてみた。


「お主よりはわかっとる。はあ……」


 なぜか大きくため息をつく月草。おいおい、本当にわかってんのかこいつは?


「何をそんなに落ち込む必要があるんだ? 理由はどうあて、二人は急接近したじゃねえか」


「違う意味でな」


 珍妙なことを述べる月草。俺は?マークを頭に浮かべる。


「……あやつらが恋仲になるのは、あのままではかなり時間がかかるということじゃ」


「……すんません、ますます意味がわからないんすけど……?」


 時間がかかる? いやいや、あれはかなりいい雰囲気だったぞ。


「……お主、木城巧の振る舞いが何かおかしいと思わなんだか?」


「振る舞い? ……まあ、たしかにちょっと変だとは思ったけど」


 心配になるのは当たり前なんだが、巧のそれは少し過剰なところがあるように感じられた。……なんていうか、必要以上に「最悪」な結果を想定しているようだった。


「あやつがあのおなごに見せとる感情は……いや、なんでもない。とにかくサジよ、あのおなごが木城巧へ告白しても、あまり良い結果にはならん。じゃから、べつのおなごに告白させるように頼んだぞ」


「はあ?」


 何そのむちゃぶり、いいじゃんもう。


「いいか、そうでなければ我は――」 


「おいちょっと待てよ!」


 呼び止めようとしたが、月草は上昇し、姿が見えなくなった。


「……なんだってんだよ」


 わけがわからなかった。月草は何を言いたかったんだ? 流石に今回ばかりは、月草の言葉をそのまま従うことはできそうになかった。


 だけど「運命」は、俺の意志など知ったことかといわんばかりに、「最悪なハッピーエンド」へ向かって、進み始めていた。


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