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道化上等!  作者: 本間 甲介
第三章
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競技場にて

「初めて入ったけど、意外と大きいところなんだね」


 九時少し過ぎ、俺たちは競技場前に到着した。観覧席へと上がり、競技場を見下ろした巧の第一声がそれだった。


「子供みたいにはしゃぐなって。ほら、早く座ろうぜ」


 適当に、二つ空いた席へ俺たちは腰を下ろした。朝っぱらということもあり、そこまで人はいなかったが、選手たちの熱気なるものを感じられた。


「もう選手たちは準備を始めているみたいだね」


 巧の言うとおり、競技場ではすでに多くの選手たちが、学校別になり集まって、準備体操や監督からの話に耳を傾けていた。


「あ、見て! 波照間さんだよ」


 巧の指差す方向に目を向ける。するとそこにはたしかに波照間の顔があった。波照間は青いジャージを着たままに、入念に柔軟運動をしていた。


 その時、俺の頭に一つの疑問が浮かんだ。どうして陸上のユニフォームは、あんなに肌を露出させるのだろうか? ……うーん、やっぱあれかな、見る人への――。


「少なくとも謙也が思っているような理由じゃないと思うよ」


「待て、なんだそれは! べ、別に俺は『見る人へのサービス』だなんて、思ってねえぞ!」


 心を読まれたかのような気になり、ドキッとした。くっ、油断のならない奴だぜ!


「詳しくは僕も知らないけど、多分少しでも『軽さ』を追い求めているからじゃないかな、空気抵抗とかさ」


「あー、やっぱりそうだよな。俺もそう思っていたところなんだぜ。知ってたわー、知ってたわー」


「うん、それならそれでいいんだけどさ……あ、そろそろ始まるみたいだよ」


 アナウンスが鳴り響く。選手たちはそれに従い、ストレッチをやめた。


「いよいよだね」


「あー、そうだな……」


 ただ、波照間の勝敗を気にしている巧には悪かったが、正直俺は結果についてはどうでもよかった。いやそりゃ勝ってもらうのが一番だよ?


 ただ、今はそれ以上に、「どうやって二人を仲良くさせようかなあ」という思いでいっぱいだった。


「巧は運動が得意な女の子が好きなのか?」


 かなり遠まわしな、聞く人が聞けば本意がわかるだろう言葉を、俺は悩んだ末に巧に訊いてみた。


 巧じゃなくて女子の方を「そそのかせ」というのが月草の頼みだったが、まあこのくらいならいいだろう。巧は少し考えてから小さな声で答えた。


「うーん、僕はあんまり運動が得意じゃないから、憧れているところがあるのかもしれないなあ」


「どの口が得意じゃないってほざくんだよ、この体力測定オールA判定が」


「いやそれは単なる体力的な面が優れているってだけだよ。僕はサッカーとか野球なんていう、特定のスポーツはできないし」


 それは絶対に嘘だった。というより謙遜だった。巧はクラス対抗スポーツ大会において、帰宅部のくせに運動部とほぼ互角の勝負を繰り広げてきた。そのせいで、今年の春、二年ということも忘れ、色んな運動部に勧誘されていた。


「いやあれはお遊びみたいなものだったからだよ。本気を出されたらとてもかないっこないよ」


「ふうん、まあそういうことにしといてやるけどよ、あんま自分を卑下するもんでもないと思うぞ」


 謙虚でいることが常に良いこととは限らない。時には尊大に振る舞うことを覚えた方がいい。……俺みたいにな。


「あれ? そういえば何の話だったっけ?」


 自分で振った話題だったがすっかりと忘れてしまった。巧は呆れた顔をした。


「僕は頑張っている人は、誰であれ好きだよ」


 俺の質問に対して、巧はとてもシンプルに答えた。


 ――だが、その答え方はなんていうか……「犬が好き」って言うのと、同じように感じられた。



「なあ、お前ってさ、神社がまだあった時ってどうしてたの?」

 何事も無く、スムーズに競技が行われていく中、俺はトイレに立ち上がり、用を済ませ、トイレを出たところで月草に再会した。


もう俺は急にいなくなったり現れたりすることにはツッコまず、スタジアム通路の奥の方で試しに尋ねてみた。


「な、なんじゃ藪から棒に……! それよりお主、こんなとこにおる場合じゃないじゃろ」


「今は競技中だ。流石に何もできねえよ」


 昼休憩まであと三十分ほど。巧曰く、そのとき波照間と一緒に昼食を取る約束をしているようだ。だから俺が何もしなくても自然とフラグがビンビンと立っていくだろう。というか、俺がいない方が上手くいくだろう。


「まあそういうわけで、こうした話を振ってみたわけですよ。で、どうなの?」


 そこまで興味があったというわけじゃないが、俺はまあ時間つぶしを兼ねて、月草の過去についてを訊いてみた。


「……少なくとも、今のように自由に移動はできんかったかの」


 しばらくして、月草はぼそっと呟くように答えた。なぜか、重苦しい表情だった。


「我と……神社は、切っても切れぬ関係じゃったからな。その分、力も大いに発揮できたがの」


「ふうん。ってことはおまえって他の神社の神様とかと会ったことはねえの?」


 今気づいたが、神様が月草だけだとは限らない。俺は他にも月草のような神様がいるのではないかと、妙に期待をふくらませた。


「………いや、そんなことはない……。たまに……我が神社へ遊びに来る者も……おったぞ」


「『野球しようぜ!』的なノリか?」


「……まあ、そんなところじゃ」


「マジかよ……!」


 冗談で言ったのにまさかのガチだった。なんだ、神様で野球チーム作って試合でもするんだろうか。


「まあ、楽しかったぞ。色んな者がひっきりなしに訪れたからの」


 月草は無邪気な子供のような笑みを見せた。神様でも、人間みたいな感情があるんだな。俺は親近感を覚えた。


「――心配すんな! あいつが告られた後も、神社復興には協力してやるからよ!」


 背中をどんと叩き元気づける。月草は想像以上に驚いた。


「よ、よいのか……?」


「乗りかかった船を途中で降りるってのも性分じゃないからな。あ、その代わり力が戻ったら、俺の恋の願い、叶えてくれな?」


 今はいないができたときのために、俺はそう保険をかけておこうと、見返りを頼んでおくことにした。


「――っと、そろそろ行かねえと怪しまれるな。じゃあな月草、またあとで会おうぜ」


 俺は歓声が響く観覧席へ戻ろうと、月草に別れを告げる。


「あ、ああ……。その、サジ……」


「ん? どうかしたか?」


「いやその……なんでもない! 頑張るんじゃぞ!」


 何かを言おうとして、月草は言うのをやめ、月並な励ます言葉を俺に送った。


「任せとけ」


 右手をbの形にして力強く応え、俺は観客席へと戻った。振り返ると、月草の姿は消えていた。

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