出発前のひと騒ぎ
金曜日というのは基本的に夜更かしをしたくなる曜日でもある。事実俺は先週なんて四時近くまでギャルゲをしていた。
だが、昨日に限っては違った。俺は十二時を回た頃にベッドに入り、そのまま音楽を聞きながら寝に入った。
「勝算はどのくらいあるんじゃ?」
その甲斐あって、俺はいつより少し早めに目を覚ました。俺は着替えて、飯を食べ、外に出たところで、月草が現われた。
「いや別に勝負しているってわけじゃねえから。そもそも俺はまだ何もしてねえよ」
中途半端に慣れてきたあたりが一番危険だ。俺は周囲に気を配りながら、ふわふわ浮きながらついてくる月草と話し合う。
「サジ、何か策があるから、行くのではないのか?」
なにもねえよ。俺は無言で首を振る。というか、昨日のビー玉渡すくらいしか俺の中に案はなかった。
「簡単に言ってくれるけどよ、難しいんだぜ、さり気なくするってのは」
気心の知れた友達という間柄ならまだしも(そもそも男女間に友情なんてものはあるんだろうか?)、波照間にとって俺は「別のクラスの男子」程度にしか思われていないのだ。とても恋愛絡みのことなんて話せそうもない。まあ、仮に話せたとしてもそれでどうにかなるというわけでもないんだが……。
「まあなんとかすんよ。心配すんな」
そう言って、俺は月草の頭に手をポンと置いた。――そういえば、自分から触ることはこれが初めてだな……。
「そ、そうか……まあ期待しとるぞサジ」
跳ね除けられるかと思ったが、思いの外に月草は大人しかった。巧のアパートが見えてきた。
「……あ、また消えた」
階段を登り二階へ上がった時、俺は月草の姿が消えていることに気づいた。ったく、気まぐれな神様だよ。俺は月草を探すことはせず、そのまま巧の住む一番端の部屋の前まで進み、立ち止まった。俺は勢い良くドアを開いた。
「よ~巧! 約束通りに迎えに来た――ぜ?」
開かれた先の光景を見て、俺は絶句した。絶句なんてものじゃない、気を失いかけた。
「お、おおおおおおっ!?」
おそらく巧のワイシャツを着た、おそらくワイシャツ一枚の、おそらく全裸よりかなりエロい……!
昨日の朝、巧が遅刻する原因になった張本人、朝海さんが、玄関前の狭い廊下、猫のように体を丸めさせて寝ていた。
「た、巧……お、おま……!」
「うん……? ああ、謙也おはよう……ん?」
短い廊下の奥の居間に敷いてあった布団から、巧が体を起こし寝ぼけ気味に俺へあいさつした。そして、巧は気づいた。
「ううん……あ、たっく~ん! おはよお……」
体をもぞもぞさせながら、朝海さんも体を起こした。その拍子に、ちらっとシャツがめくれて――。
「お、お邪魔しましたー!」
まさに見えようとしたその直前! 俺は今まで生きてきた人生の中で、一番といっていいくらいに、玄関ドアを閉めた。お、俺には刺激が強すぎた!
「ちょっと! 誤解だって謙也……!」
巧の必死になって否定している声が聞こえてくる。そういう問題じゃねえんだよ!
朝っぱらからホント話題に事欠かない奴だ……! 俺はバクつく心臓をおさえ、ドアにもたれかかる。
もうホント、俺の力なんていらないじゃん! 月草に出会ったから、俺は何度目になるかわからないくらい、そう思った。
あれから少しして、俺は巧の悲痛の助けを呼ぶ声に、仕方なく朝海さんを自分の部屋へと返す手助けをすることになった。朝海さんはまた酔っていたらしく、酒臭い息を吹きかけながら、巧におんぶされ部屋へと運ばれた。俺の方は、脱ぎ散らかされたスーツを、緊張しながら手に取り、朝海さんの部屋にあった洗濯カゴに投げ入れた。
「だからね謙也、あれは朝海さんが勝手に僕の部屋に入ってきただけなんだよ」
布団を敷き、そこに朝海さんを寝かした巧が戻ってきて、俺たちはとなり町へ向かうために、駅へと向かうことにした。
「ほー、お前のシャツ一枚着てか?」
道中、巧の必死の弁解に対し、俺はからかい半分、嫉妬半分といった声を出した。
「だからそれも勝手に着てたんだって!」
「うっそくせえぇ! ……まあいいよ、他の女たちには黙っててやるよ」
多分、その通りだろうしな。俺はここ一年ほどの付き合いから、巧が本当のことを言っていると確信し、下手に騒ぎを起こしても面倒だし、さっき見たことは俺の脳内にだけ保存することにした。
「ありがとう!」
必然的に上から見下ろすように、巧は俺に感謝した。
「気にすんな。早く行こうぜ」
駅が見えてきて、ちょうど電車がやってきていた。走ったおかげで、なんとか電車に乗り込めた。
「よし、今日はめいっぱいに応援しよう!」
「お前はあんま、応援しないほうがいいと思うけどな」
となり町までの五分程度、俺たちは隣同士で座りあい、談笑し合う。
とにかく邪魔だけはしないようにしよう……。流石に今日いきなり成功するとは思っていない。だが巧と波照間をこれまで以上にいい雰囲気にさせるためにも、俺はいつも以上に、あいつの引き立て役に重んじることにした。




