いつも通りの朝
いつもと同じようにギャルゲして、いつもと同じくらいの時間に寝て、いつもと同じくらい時間に起きた、いつも通りの朝。なのに妙に体が重かった。
「っかしいな? 悪夢でも見た記憶は無いんだが……」
俺はベッドから立ち上がり、しばらくぼーっとした後、カーテンを開き日光を体に染み込ませた。そして俺はジャージを脱いで制服へと着替えた。
「あれ……?」
首元が寂しいと思ったら、俺は「アレ」をかけていなかった。慌てて俺はあたりを見回す。
「……ほ、よかった」
ベッドの下に顔を覗きこませると、それはちゃんとあった。俺は心底ほっとし、それに手を伸ばし、ティッシュで埃を拭き取りしっかりと首にかけた。できるだけずっと身につけたいと思っていたが、こんな風になるなら、寝ている時くらいは外すべきだろうか……。
「……あ」
などと考えている内に、俺はべつのことを思い出す。やべ。時間割調べてねえや。面倒くさい……。俺は壁に貼られた授業時間割を見ながら、教科書をカバンに入れていこうとした。
「……あれ?」
そこで俺は、あることに気づいた。机の上に置いてあったペン立てが倒れ、中に入っていたペンや鉛筆が、乱雑に机の上に転がっていたのだ。その下には、白紙が何枚か散らばっていた。
「……寝ぼけてたのかな?」
まったく記憶に無かったが、気にしても始まらない。俺は机の上を片付けた後、カバンに教科書を詰めていく。
今日の準備を終えた俺は、一階に行き、洗面所で顔と洗い髪を整えて、リビングへと入った。
「よお紗音、おはようさん」
テーブルに座り、食事を取る妹へ、俺は寝ぼけ気味にあいさつを送る。
「おはよう」
それだけ言って妹は食事を再開する。俺もテーブルに座り、朝食を食べ始める。
「……そういえばさ」
「ん? どうした?」
「ああいうの、マジで気持ち悪いからやめてよね」
まるでGを見るかのような目で、紗音は俺にそう言った。
「いいじゃねえかギャルゲくらい! 別に十八禁じゃねえんだぞ!」
何のことかわからなかったが、それぐらいしか思い浮かぶことがなかったので、そう反論した。というよりも、そもそも俺は十八禁版は一つとして持っていないし買える年齢でもない。俺のやるのはあくまでコンシューマ向けの、全年齢対象版だ。いやだってさ、エロいのあるとストーリーに集中できないし……。
「キモ……というか、それじゃないし」
「それじゃない?」
「……妹怖がらせて楽しい? ごちそうさま」
手を合わせ、立ち上がり食器を流しへと持っていく紗音。……俺、なんかしたっけ?
「ごっそさん」
考えたところでわからない。紗音に続いて俺も食器を流しへと持っていく。
「……真似しないでよ、恥ずかしい」
「別に真似じゃねえよ」
タイミングが重なり、俺と紗音はいっしょに玄関で靴を履き替える。紗音は嫌そうにしながら、俺より早く靴を履き、外へ出た。
「おはよう、謙也!」
ドアが開くと同時に、元気の良い爽やかな声が聞こえてきた。ここ一年ばかりにおいて、俺が最もよく聞く男の声でもあった。
身長およそ百八十、スラっとしたモデルのような体型で、そこいたのアイドルに負けない程のイケメン顔。おそらく全男子高校生が羨み欲する「外見」は確実に持っている(ちなみに性格もかなり良い)俺の親友、「木城巧」が、家の前に立っていた。
「よお、おはよ――」
「おはようございます、巧さん!」
俺があいさつを返すよりも先に、先ほどまでのつっけんどんな態度が嘘のように、紗音は元気いっぱいにあいさつを返した。
「うん、おはよう紗音ちゃん。朝から元気だね」
にっこり笑顔で、俺の隣に立つ女に、あいさつを返す、爽やか男子。俺の隣に立つ女――妹である紗音は、今にも昇天しそうな勢いだった。
「紗音ちゃん、大丈夫? 顔が赤いけど」
爽やか男子こと、木城巧は紗音の額に、手のひらを当てる。
「ひやぁっ!」
素っ頓狂な、それでいて普段じゃ聞かないような可愛らしい声を上げる紗音。巧はそれに気づかず、一人ふんふんと、うなずいた。
「大丈夫、熱はないよ……って、あれ?」
巧が離れたときには、もう遅かった。紗音はみるみる顔を紅潮させ、硬直した。
「紗音ちゃん……?」
再び近づこうとする巧。はあ、仕方ねえ。
「巧、行こうぜ」
俺は巧の肩を掴み、動きを止めた。とにかく、紗音から距離を取らそう。
「え、でも……」
「お前が近づいた方が、余計に悪化す・る・ん・だ・よ」
語気を強め、俺は無理矢理に巧の手を掴み、通学進路へと、引っ張った。
「わ、わかったよ。じゃあね、紗音ちゃん」
引っ張られるかたちで、紗音に手を振る巧。だが紗音はそれに反応せず、突っ立ったままだ。俺はそれを無視し、すぐそこまで来ていた角を曲がった。
はあ、朝っぱらから、めんどくせ……。俺は今日も一日何事も起きませんようにと、半ば奇跡に近い願いをし、巧とともに学校へと向かい始めた。