本当の初ミッション
「――さて、こっからが本番だ」
巧の姿が見えなくなったのを確認し、俺は立ち止まり、回れ右し、来た道を反対に歩いて行く。
「えーっと、あいつんちってどこだったっけかな……」
「あいつとは誰じゃ?」
「にしてもこれ、本人にバレたらめんどくさそうなことになりそうだよな」
「おい」
「ま、いっか。あいつ鈍いし、そこまで気にしないだろ」
「――無視するんじゃないっ!」
「おっとそうは問屋が卸さない!」
頭に直接響いてくる、独特の声とともに右腕が振り下ろされる。だが甘い! 俺は華麗なステップでかわした。
「ふ、甘いな月草…………うおっ!」
足をクロスさせ、かっこ良く攻撃をよけた――が、その代償といわんばかりに、俺は足をからませてしまい、バランスを崩した。――そして、その先には……。
「…………っ!」
本当に痛いときは声を出すことができず、悶絶する……。まさにそれを俺は今、身をもって知ることになった。勢い良く電柱に当たった頭を、俺はしゃがみ込み、無言のままに両手でおさえた。
「……ふん、神である我を無視したバチが当たったのじゃ。ざまあみろい」
仮にも神を名乗る者の言うセリフではなかった。く、くそぅ……少し調子に乗りすぎた。
「そ、それで何のようだ? 少なくとも、まだあいつは誰とも恋人にはなってないぞ」
「そんなことお主に聞かぬともわかる。我はお主に、今からどこに行くのかと訊いとるのじゃ」
痛みが引いてきて、俺は立ち上がる。立ち止まったまま「独り言」を呟いたら不自然なので、俺は歩きながらぼそっと月草に話す。
「お前の命令通り、『巧を好きな女の子』を、その気にさせに行くところだ」
「その気じゃと……? サジよ、お主何か閃いたのか?」
「ふっ、訊いて驚け見て驚け」
自身に満ちた顔で、俺はポケットの中に手を突っ込み、ある物を取り出し、月草に見せる。月草は不思議そうな顔でそれを見る。
「なんじゃこれは?」
「見ればわかるだろ、ビー玉だ」
俺が手のひらに置いたものは、直径二センチくらいの、紺模様の入った透明な、おそらく全国の駄菓子屋に行けば手に入るだろう、ごくごく普通のビー玉だった。
「いや、それはわかるんじゃが……お主、それを渡して……どうするつもりなんじゃ……?」
「いや、巧からの『お守り』という名目で、「巧のことを好きな女の子」に、渡しに行こうかと――ゲブっ!」
衝撃と痛みが、一気に襲ってくる。月草は気配を感じさせることなく、俺の鳩尾に左拳をめり込ませてきた。
「お、おめえなあ……!」
体をくの字にさせ、俺はふんぞり返る月草を見上げる。――めっちゃ怒っていた。
「お主はアホか! そんなものをお守りとして渡すなど……アホか! ――アホか!」
「何度もアホアホ言うな! お前は関西人か! ……あ、ウソウソ! だからもう殴らんといてくださいっ!」
両手を合わせ、ハンマーのような形にして、月草は俺へと振り下ろそうとする。これ以上の攻撃はマジで生命の危機を感じる。俺は必死になって謝った。
「まったく……どういう思考をすれば、そんなものをお守りとして渡そうなどと考えるのじゃ……」
「いやだってよ、ビー玉ってパワーストーンみたいじゃん。占いだって水晶玉使うし……」
「あくまで見えるというだけじゃろうが! それにお主の持っていたものなぞ、逆に不幸を招くわ!」
「俺はサゲマンじゃねえ!」
必死の弁解もまったく通用しなかった。くそ……! まあ、たしかにこのビー玉は、昨日飲んだラムネ瓶に入っていたやつだけど……。
一瞬、俺は首にかけた「もの」のことを思うが、やめた。似ているが、全くの別物だ。
「こういうのは思い込みが大事なんだよ、言うだろ? 『プリンに醤油をかけたらウニの味』になるって」
「まったく違うじゃろうが! それに思い込みなぞで……まあよい。とにかく、お主はそれを絶対に渡しに行くでないぞ」
「えー……」
「また殴られたいのか?」
「……へいへい、わかりましたよ」
下手な抵抗は危険だと判断し、俺は素直に従った。はあ、面倒くさ……。
半分ほど戻ってきたこともあり、再び引き返すのはかなりダルかった。俺はがくっと肩を落とし、再び回れ右をした。
「あ、佐治」
歩みだそうとした俺を、誰かが呼んだ。八原だった。
「よお八原、今帰りか?」
多分聞かれていないと思うが、俺は緊張しながら八原に応えた。
「まあね。それよりあんた、巧といっしょに帰ったんじゃなかったの?」
「あーいや……」
「……へえ、空気読んで二人にしてあげたんだ。あんたにしては気が利くじゃない」
「……へ、まあな!」
良いように、勝手に解釈してくれたので、俺はそれに乗っかることにする。というかそれはこっちのセリフだった。
八原も巧のことが好きで、一緒に帰りたいと思っているはずなのに、今日巧と波照間を――巧を好きな奴といっしょに帰らせた……苦しくないわけがない。
「サジ」
八原加々美という女子についての評価を、俺の脳内で勝手に上げている中、ちょいちょいと、月草は俺の肩を叩いた。俺は一瞬だけ、目線を送り月草に反応する。
「こやつも木城巧が好きなんじゃろ? ならばすぐにでも――」
「待て、落ち着け」
興奮気味な月草を、俺は小学校の先生のような言い方で落ち着かせようとする。ここで八原を煽るようなことを言うのは、ややこしい結果しか訪れない。
「は? なに……?」
だが失敗だった。立ち去ろうとし八原を止めることになってしまった。俺のバカ! なんど同じこと繰り返すんだよ!
「何なの佐治?」
不審そうな目で俺をじいっと見てくる八原。くっ、かくなる上は……!
「いやほら……えっと……さ……ほら、お前って誕生日もうすぐじゃん?」
「……まあ、もうすぐと言えば、たしかにもうすぐだけど……」
適当に言ったことだがまさかの当たりだった。よし! 俺はこの波に乗って、ポケットからビー玉を取り出し、八原に手渡した。
「……これは?」
「少し早いが誕生日プレゼントだ。大事にしろよ、『恋のお守り』だからな」
「……ビー玉にしか見えないんだけど?」
「――ば、ばっかおまえ! それは今じゃ火事で人こそ寄らないが、かつては縁結びの神社と呼ばれた『草月神社』で買ったパワーストーンだぜ! それを持つだけでどんな恋愛も成就するって――」
「何を適当な事を言っておる!」
「うるせ! お前だってさっき言ってたじゃねえか」
「……じゃ、じゃからとて、無駄に嘘を広めるとじゃな……!」
小声で俺は月草と言い争う。幸運にも、八原はビー玉にじいっと目を落としていた。
「まあそういうわけだ! ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー! また月曜に会おうぜ!」
そう最後に言い残し、俺はバックステップで八原に手を振って遠ざかった。八原は、呼び止めようとも動こうともしなかった。
「――ありがとう」
柄にも無いことを言われた。




