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道化上等!  作者: 本間 甲介
第三章
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本当の初ミッション

「――さて、こっからが本番だ」


 巧の姿が見えなくなったのを確認し、俺は立ち止まり、回れ右し、来た道を反対に歩いて行く。


「えーっと、あいつんちってどこだったっけかな……」


「あいつとは誰じゃ?」


「にしてもこれ、本人にバレたらめんどくさそうなことになりそうだよな」


「おい」


「ま、いっか。あいつ鈍いし、そこまで気にしないだろ」


「――無視するんじゃないっ!」


「おっとそうは問屋が卸さない!」


 頭に直接響いてくる、独特の声とともに右腕が振り下ろされる。だが甘い! 俺は華麗なステップでかわした。


「ふ、甘いな月草…………うおっ!」


 足をクロスさせ、かっこ良く攻撃をよけた――が、その代償といわんばかりに、俺は足をからませてしまい、バランスを崩した。――そして、その先には……。


「…………っ!」


 本当に痛いときは声を出すことができず、悶絶する……。まさにそれを俺は今、身をもって知ることになった。勢い良く電柱に当たった頭を、俺はしゃがみ込み、無言のままに両手でおさえた。


「……ふん、神である我を無視したバチが当たったのじゃ。ざまあみろい」


 仮にも神を名乗る者の言うセリフではなかった。く、くそぅ……少し調子に乗りすぎた。


「そ、それで何のようだ? 少なくとも、まだあいつは誰とも恋人にはなってないぞ」


「そんなことお主に聞かぬともわかる。我はお主に、今からどこに行くのかと訊いとるのじゃ」


 痛みが引いてきて、俺は立ち上がる。立ち止まったまま「独り言」を呟いたら不自然なので、俺は歩きながらぼそっと月草に話す。


「お前の命令通り、『巧を好きな女の子』を、その気にさせに行くところだ」


「その気じゃと……? サジよ、お主何か閃いたのか?」


「ふっ、訊いて驚け見て驚け」


 自身に満ちた顔で、俺はポケットの中に手を突っ込み、ある物を取り出し、月草に見せる。月草は不思議そうな顔でそれを見る。


「なんじゃこれは?」


「見ればわかるだろ、ビー玉だ」


 俺が手のひらに置いたものは、直径二センチくらいの、紺模様の入った透明な、おそらく全国の駄菓子屋に行けば手に入るだろう、ごくごく普通のビー玉だった。


「いや、それはわかるんじゃが……お主、それを渡して……どうするつもりなんじゃ……?」


「いや、巧からの『お守り』という名目で、「巧のことを好きな女の子」に、渡しに行こうかと――ゲブっ!」


 衝撃と痛みが、一気に襲ってくる。月草は気配を感じさせることなく、俺の鳩尾に左拳をめり込ませてきた。


「お、おめえなあ……!」


 体をくの字にさせ、俺はふんぞり返る月草を見上げる。――めっちゃ怒っていた。


「お主はアホか! そんなものをお守りとして渡すなど……アホか! ――アホか!」


「何度もアホアホ言うな! お前は関西人か! ……あ、ウソウソ! だからもう殴らんといてくださいっ!」


 両手を合わせ、ハンマーのような形にして、月草は俺へと振り下ろそうとする。これ以上の攻撃はマジで生命の危機を感じる。俺は必死になって謝った。


「まったく……どういう思考をすれば、そんなものをお守りとして渡そうなどと考えるのじゃ……」


「いやだってよ、ビー玉ってパワーストーンみたいじゃん。占いだって水晶玉使うし……」


「あくまで見えるというだけじゃろうが! それにお主の持っていたものなぞ、逆に不幸を招くわ!」


「俺はサゲマンじゃねえ!」


 必死の弁解もまったく通用しなかった。くそ……! まあ、たしかにこのビー玉は、昨日飲んだラムネ瓶に入っていたやつだけど……。


 一瞬、俺は首にかけた「もの」のことを思うが、やめた。似ているが、全くの別物だ。


「こういうのは思い込みが大事なんだよ、言うだろ? 『プリンに醤油をかけたらウニの味』になるって」


「まったく違うじゃろうが! それに思い込みなぞで……まあよい。とにかく、お主はそれを絶対に渡しに行くでないぞ」


「えー……」


「また殴られたいのか?」


「……へいへい、わかりましたよ」


 下手な抵抗は危険だと判断し、俺は素直に従った。はあ、面倒くさ……。


 半分ほど戻ってきたこともあり、再び引き返すのはかなりダルかった。俺はがくっと肩を落とし、再び回れ右をした。


「あ、佐治」


 歩みだそうとした俺を、誰かが呼んだ。八原だった。


「よお八原、今帰りか?」


 多分聞かれていないと思うが、俺は緊張しながら八原に応えた。

「まあね。それよりあんた、巧といっしょに帰ったんじゃなかったの?」


「あーいや……」


「……へえ、空気読んで二人にしてあげたんだ。あんたにしては気が利くじゃない」


「……へ、まあな!」


 良いように、勝手に解釈してくれたので、俺はそれに乗っかることにする。というかそれはこっちのセリフだった。


 八原も巧のことが好きで、一緒に帰りたいと思っているはずなのに、今日巧と波照間を――巧を好きな奴といっしょに帰らせた……苦しくないわけがない。


「サジ」


 八原加々美という女子についての評価を、俺の脳内で勝手に上げている中、ちょいちょいと、月草は俺の肩を叩いた。俺は一瞬だけ、目線を送り月草に反応する。


「こやつも木城巧が好きなんじゃろ? ならばすぐにでも――」


「待て、落ち着け」


 興奮気味な月草を、俺は小学校の先生のような言い方で落ち着かせようとする。ここで八原を煽るようなことを言うのは、ややこしい結果しか訪れない。


「は? なに……?」


 だが失敗だった。立ち去ろうとし八原を止めることになってしまった。俺のバカ! なんど同じこと繰り返すんだよ!


「何なの佐治?」


 不審そうな目で俺をじいっと見てくる八原。くっ、かくなる上は……!


「いやほら……えっと……さ……ほら、お前って誕生日もうすぐじゃん?」


「……まあ、もうすぐと言えば、たしかにもうすぐだけど……」


 適当に言ったことだがまさかの当たりだった。よし! 俺はこの波に乗って、ポケットからビー玉を取り出し、八原に手渡した。


「……これは?」


「少し早いが誕生日プレゼントだ。大事にしろよ、『恋のお守り』だからな」


「……ビー玉にしか見えないんだけど?」


「――ば、ばっかおまえ! それは今じゃ火事で人こそ寄らないが、かつては縁結びの神社と呼ばれた『草月神社』で買ったパワーストーンだぜ! それを持つだけでどんな恋愛も成就するって――」


「何を適当な事を言っておる!」


「うるせ! お前だってさっき言ってたじゃねえか」


「……じゃ、じゃからとて、無駄に嘘を広めるとじゃな……!」


 小声で俺は月草と言い争う。幸運にも、八原はビー玉にじいっと目を落としていた。


「まあそういうわけだ! ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー! また月曜に会おうぜ!」


 そう最後に言い残し、俺はバックステップで八原に手を振って遠ざかった。八原は、呼び止めようとも動こうともしなかった。


「――ありがとう」


 柄にも無いことを言われた。

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