好感度Aは……
波照間由利という女子が巧に好意を抱いた、はっきりとした時期はわからないが、キッカケについては、おそらく「アレじゃね?」と思うことはある。
それは今から半年ほど前のこと。その日、俺と巧は中間テストの補習を受けていた。
普段ならギリギリ乗り越えているところなんだが、前日俺は現実逃避のごとくゲームをやり始め、けっきょくその教科には手を付けなかった。よって結果は最悪、「限りなくゼロに近い点数」を取ってしまった。
では巧もそうなのか? そんなわけがない。巧は毎度学年十位以内に入る成績の持ち主、補修とは縁もゆかりもない奴だ。そんな巧が補習を受けることになったのは、ひとえに「休んでテストそのものを受けていない」という、ごくごく単純なことだった。
ゆえに巧は再テストは楽々突破、俺もなんとか平均点を取り、互いに補習を突破した。
ではなぜ巧がその日休んだか? それこそがキッカケだった。
「けど本当に頑張ったよね、波照間さん」
放課後、俺は巧と波照間とともに途中まで一緒に帰っていた。普段なら空気を読み、二人きりにしてやる俺なんだが、今日に限っては違った。……といっても、前に二人を並ばせ、俺はその少し後ろって形なんだがな。
今朝、紗音に対して無理だと悟った俺は、すぐさま方向転換。「巧に好意を抱く女子」において、好感度Aの女子、波照間由利をそそのかす(もっと上手い言い方はないだろうか?)ことにした。
「えへへ、ありがと! いっぱいリハビリしたからね! ……あと、木城くん。本当に、あの時はありがとうね……」
口元をおさえ、照れながら心から感謝の言葉を口にする波照間。その顔は、まさに「恋する乙女」の顔だった。
「もう何度も聞いたよ。それに僕は救急車を呼んだだけだし、無事に復帰できたのは波照間さん自身の力だよ」
「ううん! たく……木城くんの応急処置が無かったら、本当にあぶなかったって、お医者さんが言ってたから、やっぱり木城くんのおかげだよ!」
「……本当にそうだとするなら、それほど嬉しいことはないよ、なにせ未来のオリンピック選手を救えたんだからね」
お世辞でもなんでもない、本当に純粋な気持ちから言ったのだろう。巧の言葉に波照間は漫画みたく、顔を真っ赤にさせた。
「あ、あああありがと! 明日、ががが頑張る!」
「うん、絶対に応援に行くから!」
「俺も行くぜ!」
ここぞとばかりに俺もそう波照間を元気づける。だが、会話に参加するのが少し遅かった。
「そ、それじゃあたしはここで!」
恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、波照間は物凄い速さで、俺たちの前から姿を消した。
「――元気なやつだぜ」
俺は勢い良く走り去っていく波照間の背中を見ながら、そう漏らした。
「本当だね、あれだけの力があれば、明日の大会は心配いらなさそうだよ」
普段は陸上で忙しい波照間が、帰宅部の巧と同じ時間帯に帰ることができたのは、明日の土曜日、となり町の競技場で大会があり、明日に備え英気を養えという顧問の指示だったかららしい。それなりに大きい大会らしく、県内から屈指の強豪校が集うとのことだ。
優しげな瞳を、波照間が去っていった方向へ送る巧。しばらくして俺たちは再び歩き出した。――あ、けっきょく俺、なにもできてねえや……。
「どしたの謙也?」
「――なんでもねえ、空気の流れを読み間違えただけだ」
「空気は吸うものだと思うけど?」
「俺の周りの空気は色々と成分過多なんだよ」
動揺を悟られまいと、俺は曖昧に返事する。巧は頭に疑問符を浮かべながらも、話題をすぐさま波照間へと移した。
「明日、楽しみだね」
「――ああ! 陸上のユニフォームはけっこう際どいのが多いからな!」
今からでも遅くないだろう。そう思い、俺は自らテンションを上げることで、巧のモチベーションも上げてみようとした。
「……犯罪だけはしないでね、謙也」
「しねえよ! 目に焼き付けるだけだよ!」
だが失敗だった。くそっ、言ってて情けなくなってきた。いや純粋に試合も見るよ?
「まあそれは、いざとなれば僕が止めるからいいけど」
「俺の話聞いてたか!?」
「冗談だよ! ……半分は」
「小声の部分、聞こえてるからな!?」
さっきから何度もツッコミを入れたせいで、息が上がってきた。くそ、別にツッコミ属性なんて持ち合わせていないのに、なぜかしてしまう。
「けど、本当に頑張って欲しいよ、彼女には……」
どこか遠くを見るような目で、巧はぽつりと漏らした。巧がこう思うのにも理由がある。
補習を受けたのは俺と巧の二人だけだったが、「テストを受けられなかった」のは俺と巧以外にあと一人いた。それが波照間由利である。
詳しくは俺もよく知らないんだが、テスト開始十五分前くらいに、波照間は学校に来る途中の道において、交通事故に遭ったとのこことだ。
事故を起こした運転手は動転して、倒れた波照間を放置して逃げた。胸糞悪いことこの上ない話だが、運転手は後日逮捕されたので良かった。
まあそれはいいとして、その道は人気の少ない道で、本来なら発見が遅れていたとのことだった。だが、そこに通りかかったのが巧だった。
後に聞いたところ、救急車が到着するまでの間、巧の処置はかなり適切だったらしい。さっき波照間も言ったとおり、巧がいなかったら今頃「走れなくなっていた」かもしれないほどの、大怪我だった。
……とまあ、簡単にまとめたが、これが縁となり巧は波照間と親密になり、巧にとっては「友達」、波照間にとっては「恋の相手」になったというわけだ。
「――そういやさ、お前ってなんであの波照間が事故った日、別の道を通ってきたんだ?」
回想していく内に、少し気になってきた。よく考えると、あの日巧が通った道は、巧が今住むアパートから学校への通学路とは、まったく反対の場所だったのだ。
「あー、それは……」
「なんだよ、女の子の家から朝帰りか?」
「…………ま、まさか!? ち、違うよっ!」
あからさまな動揺を見せる巧。――ちょっと待て、マジなのか……?
「そ、その日は……その、あの日だったんだよ!」
「あの日って……どの日だよ?」
「ほ、ほら……! 水泳の授業で女子が休む時のような――」
「ストップ! それ以上言うな!」
男子にとって、あまり聞きたくない、生々しい話題が出そうになり、俺は必死になって巧を止めた。
「あ、ごめん……! 気持ちにセイリがつかなくて……!」
「結局言いやがった! おまっ、どんだけ動揺してんだよ?」
普段のこいつからはとても考えられない。これ以上踏み込むのは互いにとって不利益しか生じないと思い、俺はこの話題を強制的に終えることにした。
「けど、本当にそういうのじゃないからね」
「……わあったよ」
巧は最後に小さな声で弁明した。嘘とは思えないし、これ以上疑うつもりはない。俺は右手をひらひらさせて、了承した。その後、俺たちはしばらく無言で歩き続けた。
「あ、そうだ――」
巧との別れ際、俺の中にある閃きが生まれた。突発的な思いつきだったが、かなり良いものだった。
「何か言った?」
「なんでもねえ。じゃあな巧、明日迎えに行ってやるよ」
「ありがとう、待っているよ」
分かれ道において、俺と巧は手を振り合いながら別れを告げた。




