筆談
ボールが無ければサッカーができないように、ソフトがなければゲームができないように……。俺のミッションにおいても、巧という重要人物がいなければ進めることはできない。
よって俺は、巧が学校へ来るまでの間、寝ることにした。
「ね、寝れねえ……」
二時間目の授業が終わってもまだ巧は来なかった。同時に俺に眠気も来なかった。
巧が来ないということ自体はとりわけ珍しくない。「少なくとも一年前」から、あいつは女の子関連に巻き込まれていつの間にか姿を消すことが多かった。文学少女に誘われて図書館準備室に行ったり、ミステリ研の部長に助手役としてガチの事件現場に連れて行かれたり、家出少女につきまとわれる……など、数え上げればキリがないほど、あいつは女の子とフラグを立ててきたからだ。
「『女の子は大事に』が、僕のポリシーだからね」
以前巧がそんなことを言っていたのを思い出す。その時はモテる男の余裕的な見方しかしなかったが、今では違うのではと、なぜか思い始めていた。
――と、今はそれどころではない。俺が今起きている理由、それは……。
「………おい、サジ。起きぬか、起きぬか、起きぬか……起きぬか!」
起きぬか、起きぬか……おきぬか……オキヌカ……キヌオカ……。
「だーうっせっ! そんな何度も『オキヌカ』って言われたら、ゲシュタルトが崩壊すんだろうがっ!」
我慢が限界を超え、俺は窓の外へ向かって、叫んだ。――同時に、後悔した。
「え、なに今の……」女子生徒の一人。
「あいつ、変な奴だとは思っていたけどやっぱり……」男子生徒の一人。
「どうせ妄想と現実がごっちゃになっちゃったんでしょ」これは八原。
クラス内から好き勝手な言葉が俺に飛び交う。あああああっ! やっべえええ! やっちまったああ!
「人間、追い詰められると逆上するか冷静になるかのどちらかに分かれる」
誰かが言った、もとい俺が今考えた言葉の通りなら、俺は意外にも逆上することはしなかった。だが、冷静でもなかった。……どちらでもねえじゃねえか!
くそぅ……クールキャラ(自分なりに)を作っていたのに、これじゃ本末転倒だ。
俺は無言で座り、机からノートを取り出し、白紙のページを開いた。そして俺はシャーペンを握りしめ、ノートに向かう。
こうすれば、他のやつからは「恥ずかしさを誤魔化すために自習するフリを始めた」と、思われるだろう。不本意だが、仕方ない。だが実際のところ、俺がノートを開いた目的はそれだけではなかった。
『何の用事だ!』
苛立ちから筆圧を濃くしながら俺はでかでかとノートに書き込み、窓の外に浮かぶ月草へと見せた。今まで我慢していたのが不思議なくらいだ。
俺が気づいた限りでは、月草は二限目の始まったあたりから、ずっと窓の外から俺を眺めていた。月草は決して中には入ってこようとはせずに、それを遠くから見ながら応えた。
「……お主、字が上手いの」
ずっこけそうになった。いや褒めてくれんのは嬉しいけど、今はそれどころじゃないから。
「お主のことが心配で見に来たのじゃ。にしてもお主、寝てばかりじゃないか。友達、おらんのか?」
生暖かい目を向け、心配そうな声を出す月草。えー、なにこれ……?
『ほっとけ! というか人気の多いところには来れないんじゃねえのかよ!』
俺は誤魔化すように、文字に力を込める。これがギャルゲなら、キャラ崩壊が激しすぎて、攻略する気も起きない。
「じゃからこうして窓の外から話しかけておるんじゃろうが!」
まさかの逆ギレだった。というか窓の外から普通に声が聞こえてくるってすごいな。やっぱテレパシー的なアレなんだろうか。俺は試しに、頭の中で、「パンツ見えているぞ」と、送ってみる。(実際は見えていない)だが月草、それを無視して違うことを言い出した。
「お主がサボっていないかどうか不安だったんじゃが、やはりサボっておったな。ちゃんとした案があるのか、お主?」
まだ学校に来たばかりだというのに、ひどい言いようだった。
『そんな簡単にいったら苦労しねえよ。肝心のあいつがいないんだか……』
そこまで書いて、俺は変な違和感を覚えた。だがそれがなんであるかはよくわからなかった。
「どうした?」
『なんでもねえ。ところでお前はいつまでいるんだ?』
あと三分程度で三限目が始まる。俺はこの際、聞けることだけ聞いとこうと思った。
「うむ、お主から現状報告を聞いたら……」
『いやそういう意味じゃなくて、この依頼を達成するまでの、期限とかあるのか?』
今までまったくそういった話題は出てこなかったこともあり、俺は気にしてなかったが、けっこう重要なことだ。
「う、ううむ……そういえば決めておらんかったの。……それじゃあ、期限は一週間としよう」
まて、今「それじゃあ」って聞こえたぞ? なに、ってことは別に期限とかないの?
「今日より一週間じゃ! 一週間じゃ!」
大事なことなので三回言ったらしい。……まあ、そういうことにしておこう。
『おkわかった。で、もしも期限までできなかったら?』
「お主を呪い殺す」
「ちょっとまて!」
思わず叫んでしまった。が、今度は周囲から何の反応も無かった。うっわ、これはこれでさみしっ!
「嘘じゃ。じゃが、それくらいの意気込みで望めということじゃ。その時が来たら、我も――」
「あ、木城くんやっと来たんだー!」
女子クラスメイトの発した声に、俺は窓の外の月草から教室内へと視点を切り替える。
「やあ巧くん」
と、北出。
「巧、やっと来たんだ……」
と、八原。
「お、木城!」
と、クラスメイトの男子A(すまん、名前忘れた)
クラスメイトの大半が、入ってきた我が親友へと親しみ込めた挨拶をしていく。改めて見ると、やっぱ人気あるな、巧って……。
「よお巧! 年上お姉さんとの情事は済んだのか?」
ノートを閉じ、俺も負けじと巧に、嫉妬とジョークを込めた言葉を送る。
――だが、ミスった。
「年上お姉さんとはどういうことかな、巧くん?」
「えー、木城くん! 彼女いるの~?」
「巧、詳しく聞かせてくれるかしら?」
俺の不用意な一言で、女子連中の纏う空気が一変した。馬鹿か俺は!
女子の何人かは、獲物を前にしたライオンのごとく、鋭い視線を巧に送る。
「い、いや! 別にそんなのじゃないからさ!」
慌てふためき巧が弁解する。――ちょっと待て、まさか本気であのあと何かあったのか……? ゴクリと俺は生唾を飲み込む。
「あ、先生が来たよ! ほら、みんな座った座った!」
運良くそこでチャイムが鳴って、女教師が入ってきた。クラスメイト達は渋々ながらも席へ戻る。
「もう、変なこと言わないでよ謙也!」
同じように巧も席へと座り、前に座る俺に、小声で怒る。
「うっせこの天然ジゴロ! で、実際のところ、何かあったのか……?」
興奮気味に俺は問う。酔ったお姉さんを介抱していく内にえろえろ……じゃなかった色々とあったんじゃないかと、思春期さながらの好奇心で尋ねる。
「何もないって! ……うん、何もない!」
「なぜ二回言った!? 怪しいぞこの――」
「そこうるさい!」
「アウチ!」
おでこに向かってチョークが飛んできた。あまりの痛みに俺は立ち上がった。
「だからうるさい!」
「ヒイッ! す、すいませんっ!」
再び構える女教師に、俺はおでこをおさえながら、大きな声で謝った。忘れていた、今の授業の教師が「神薙高校で怒らせてはならない教師ランキング」において第一位だということに……。
「謝り方もうるさい!」
「んな理不尽なっ!?」
クラスメイトたちが声を出さないように、笑っているのがわかる。ちっくしょ、まさにとんだ赤っ恥だぜ。俺は座り、この時間だけはおとなしく授業を受けることにした。
月草がいつの間にかいなくなっているのに気づいたのは、しばらく経ってからのことだった。




