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道化上等!  作者: 本間 甲介
第一章
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柔い決意

「な、なあ紗音、俺の後ろに……『何か』、見えるか……?」


「は? 何気持ち悪いこと言ってんの? ……ひくわー」



「い、いや。何でもない。あ、俺今日ご飯いらねえから」


「大丈夫、兄貴のは元々作ってないって。おかーさん」


「お、おうそうか……」


 紗音はリビングへと戻っていった。俺は靴を脱ぎ、階段をのぼり、自分の部屋に入った。


 衝撃の事実から三十分後、俺はすぐさま席を立ち上がり、レジで金を急いで払い、家に向かってダッシュした。

 

 

 明日巧たちに会ったら、めちゃくちゃからかわれるんだろうなあ……。だが俺はとにかく「あれ」から逃げたい――その思いだけに動かされ、できるだけ後ろに振り返らずに、周囲の目を気にしないで走った。


 しかしそれを最後まで続けるのは不可能で、半分も来ないところで俺はへたり、歩きに変わった。


 だがここまで来れば、流石に「あれ」を追い払えただろう。そんな油断から、俺は後ろを振り向いた。だが――。



「お主、中々足が早いのお」


「もういやあぁっ!」


 ずっと背後に立っていた……月草が俺の部屋をグルグルと歩き回る。そう、結果的に俺はこの得体のしれない存在を、家まで連れてきてしまった。俺はヒステリックに叫んだ。


「うるさいのお。……しかし助かったぞ、わざわざ家まで案内してくれて」


「…………」


「さて、それでは続きを話すとするか。我は――」


「おいこら、ちょっと待て」


 叫んだおかげか、俺の頭は冷静さを取り戻し始めた。俺は俺の苛立ち混じった声に、月草は疑問符を浮かべた。


「どうしてお前がついてきてんだよ……じゃねえ、お前はいったい何なんだ?」


 ファミレスの時と同じ事を、俺は再びこの「得体のしれない存在」に向かって尋ねた。


「……何を今さら、我の名は『月草』じゃ」


「そうじゃねえよっ! あんたそれわざと? もしくは天然?」


 見当違いな答えを述べる……「月草」に、俺は苛立ちながら叫ぶ。もう何、この展開? ドッキリテレビ的なあれなのか? ……いや、それはない。

 芸能人でもない俺にそんなことを仕掛けるメリットなんて一つとしてないし、そもそも俺は女子たちから「厄介かつ面倒臭い男」というあまり良くないイメージは持たれていても、こういったイタズラを受けるようなことはない! ……多分。


「心配するでない、お主が思っているほど、我は面倒なことは起こすつもりはない。気づいておるじゃろ、我がもう人間ではないと」


「うっ……」


 み、認めたくねえが、確かにこいつは「生きていない」。こんなに目立つ女に、誰一人として、反応しなかった。というより、月草のことが見えていないのだと、女子三人や紗音などの反応からわかった。影が薄いとか透明人間だとかじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしい片鱗を――いや、まてまて。


「OKわかった。ひとまずお前が人外だと認めよう」


「……その言い方は気にいらんが、わかってくれたか」


「だがそれでも納得しないことがある。何で、俺だけがお前を視認できる? あと触れる?」


 まさか俺の中に隠された力が眠っていたとか、そんな話だろうか。それはそれで何か嬉しいような……。


「――我が選んだからじゃ」


 俺の期待をバッサリと切り捨てる月草。ちぇ、なーんだ残念……ん? 選んだ? 俺を? なぜ? Why?


「それについては追々説明するとしよう」


「いや今説明しろよ」


「それで我がお主に頼みたいというのは」


 自分のペースで、どんどん話を進めていく月草。ここでいちいち口を出していれば、話は平行線だ。俺はその頼みとやらに、一応耳をかたむけることにする。


「先ほども言ったかもしれんが、お主の親友、木城巧に――」


「は、巧?」


 意外な名前が出たことに、俺は月草の言葉を遮った。――いや、ある意味予想していたかもしれない。


「そうじゃ、木城巧。この男とおなごを『恋仲』にして欲しいというのが、我の頼みじゃ」


「……」


 ――時計の音だけが、部屋内に響く。時刻はもう八時を回ろうとしていた。ひと通り、自分の言いたいことを言ったのか、月草は口を閉じ、俺の言葉を待っている。


「恋……仲?」

 

 確認するように、俺は月草の言葉を聞き返す。


「そうじゃ、今風に言うなら……『かっぷる』というやつかの」


 何かの聞き間違えかと思ったが、どうもそうではないらしい。恋仲……ね。


「お前、あいつのこと知ってて、そんなこと言ってんのか?」


「無論じゃ。少なくともお主よりは知っておるぞ。木城巧、やつは稀に見ぬほどの、女子おなごに好かれる男じゃ」

 どうやら巧という人物を表す、一番の特性は知っていたらしい。は~~! 大きくため息をつき、俺はベッドに腰を落とす。


「引き受けてくれるか?」


「断る」


 即答で俺は拒否の答えを出す。月草は思ってもみなかったのか、目を丸くさせた。


「な、なぜじゃ……?」


「なぜもなにも、なーんで俺が、人様の恋路を助けにゃならんのじゃ。自分の恋すら厳しいっていうのに……!」


 言ってて途中で悲しくなってきた。俺はごほんと咳払いをし、その必要の無いことを説明する。


「そもそも、あいつの周りにゃすでに、多種多様なジャンルな女の子が、いっぱいいるんだぜ。俺の助けなんぞなくともそのうち誰かと付き合うさ」


 別名、「歩くフラグメイカー」「ギャルゲ主人公」「天然ジゴロ」と呼ばれるくらい(呼んでいるのは俺だけだが)、あいつは女の子に好意を抱かれている。ギャルゲでいうなら、あと一歩踏み出すだけで、そのヒロインルートへ、選択肢なしで進むような男だ。ハーレムルートを目指さない限りはだが。


「それは絶対にない」


 空気が一変し、部屋の温度が下がったような気がした。月草は思い切り首を横に振り、そう断言した。


「……なんでそんなことがわかんだよ?」


「………それでお主はあくまで、協力には否定的と申すのか?」


「いや無視すんなよ! ああもう、ってかお前はなんでそんなことをしようとすんだよ。昔から言うぜ、他人の色恋沙汰に首突っ込むほど野暮なことはねえって――」


「我が月草神社の神じゃからじゃ」


 間髪入れず、まるであらかじめ言う予定だった言葉を告げる月草。月草はそのまま、台本を読むかのごとく説明していく。


「月草神社はかつては『縁結び』の神社として有名じゃったことはお主も知っておろう?」


「まあ、な」


「じゃがあの火事の一件以来、我が神社はかろうじて形を残しているものの、人が寄り付かなくなった。ゆえに、我への信心する力が失われている状態でもあるのじゃ」


「ふむふむ」


 適度な相槌。ぶっちゃけそんな理解できていない。


「我はしばらく町を回って考えた。どうすれば再び我が神社への参拝を戻せるかを。……そして我はあることを思いついた」


「そ、それはいったい……!」


 ノリ良く俺はそう反応する。やっべ、怒られっかなと思ったが、月草はスルーし、続ける。


「それはの、『草月神社のおかげで恋仲になれた』という結果を残せばいいというものじゃ!」


 自信満々、あるかどうか触れるか(ここ重要)わからない胸を張り、月草は俺への説明をいったん終えた。


「どうじゃ、質問はあるか?」


 あるよいっぱい。だからどこから質問すればいいか迷っているとこだ。うーん…………あ。


「おっぱい触ることできる?」


 悩みぬいて出た言葉は、なんとも言えないものだった。――いやマジで! 何訊いてんの俺? ついいつものノリで、俺はとんでもないことを口にしていた。


「ゴメン嘘! 冗談! だからセクハラって訴えないで!」


 瞬時に土下座の形を取り、俺は月草に心の底から謝る。


「…………」


 やっべぇぇえ! めっちゃ怒ってるよこの人いや神様! 無言の圧力がここまで心身を削るとは思っていなかった。これが八原あたりだったら、俺は今頃病院送りをくらっているかもしれない。俺は必死に弁明する。


「い、いやね、男の子ってのは基本的におっp……胸に興味のある生物なんですよ! いわばこれは自然の摂理! あと俺から触れることができるかを確かめるための実験のようなもの! だから――」


「……それくらいなら安いものね」


「え?」


 小声でそう呟くとともに、月草は俺の右手をガッチリと掴んだ。瞬時に俺の背筋に寒気が走る。「恐怖」という文字に体が包まれた俺は、それを拒むことはできなかった。月草はそのまま、握った右手を自分の体へと持っていく。


 むにゅっ。


 ――そんな擬音がまず俺の脳内に響き渡った。



『唐~揚げ美味しく作るなら~モミモミ~モミモミ~モミモミ~モミモミ~……!』



 子供の頃聞いたCMの歌が頭の中を駆け巡る。とくに最後のモミモミの部分は何度も何度もだ――。


「あ……うえ……いふフュ……むにゅ…パイ……投げ…!?」


「タイタニックでパニックがソニック!」のような状態に陥る。おおおお、落ちつつツケエ! 素数を数えろ2、4、6、8、10……!


「ど、どうじゃ……? これでお主は我に協力してくれるんじゃろうな……?」


 ぎゅうっと目をつむり、恥ずかしさに耐え忍びながら、月草は俺に言う。


「わ、わかった! よくわからねえけど、お前を助けてやる! だから放してくれ! 頼むから!」


 興奮と驚愕、緊張状態からの承諾。手のひらに伝わる感触――男ならば誰もが求めロマン――「おっぱいに触る」を、まさか今日達成できるとは思えなかった。だが、テンパっていた俺は充分に堪能することなく、慌てて月草の胸から手を放した。


 ――後に俺はこの日のことを、「人生で一番幸せな日」として、脳内カレンダーに刻み込むことになった。


 それほど、俺は幸運だと思った――。


 

 


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